新たな一歩(6)
なな、な!
隠し事ってそういうことか!
私はとりあえず、持っていたアタッシュケースを長身の女性にめがけて投げた。それと同時に、その女性めがけて走り出す。パン、と背後から発砲音がし、ほぼ同タイミングでチュンと床に何かがかすめた音がする。
背中がぞっとした。いきなり発砲とは。
何が何だかよく把握していないまま、私はとりあえず、武器確保を最優先事項とした。先ほど投げた鞄は、勢いよく女性の顔面に当たる。
女性はよろめきながらも、私に向かって発砲した。しかし、鞄のせいで目の前が見えない状態からの発砲だ。彼女の攻撃が私に運良く当たることはなかった。
「失礼」
私は女性の懐に潜り込むと、みぞおちに思い切りストレートパンチを繰り出した。見事ヒット。彼女はくの字に折れ曲がった。右手に構えていた銃をむしり取ると、彼女が態勢を立て直す前に同じ個所に蹴りを一発。女性は後方に飛び、大の字で伸びてしまった。
右方向に人影が見えたので、取りあえず相手の足元である右下方向に発砲しつつ、床に落ちたアタッシュケースを拾う。その手をかすめるように、ナイフが飛んできた。小さな、手術にでも使えそうなナイフだ。ナイフは床に当たると、小さく跳ねた。
右方向に発砲を続けつつ、ナイフの飛んできた先を見る。年配の男性だ。
と、そこで背後から気配。実際に自分の命がかかっているときは、案外冷静なものかもしれないと思いつつ、私は背後の気配めがけて回し蹴りを繰り出した。手応えあり。相手は眼鏡の男性だった。
回し蹴りを繰り出したことで生まれた遠心力をフルに使い、私はナイフを投げてきた男に向かって、思い切りアタッシュケースを放り投げた。
「単純」
ナイフを投げてきた男が笑う。小さな声だが、確かに単純と言った。逃げる様子もなく、口もとには笑みを浮かべている。
ナイフを投げてきた男に届く前に、銃声が響く。私が先ほどから銃で威嚇し続けてきた相手は、どうやら銃を使用する男性だったようだ。少し小太りのおじさん、確か私の前に、確か二番目に現れた人だ。
小太りの男性は、私の投げたアタッシュケースに向かって発砲したらしい。アタッシュケースは空中で急に向きを変え、そのまま床に落ちてしまった。相変わらず笑みを浮かべているナイフ使いの男。これで助かったとでも思ってるのかしら。
「単純」
そっくりそのまま台詞を返してやった。それとほぼ同時に、はっとナイフ使いの男の表情が変わる。
私は、アタッシュケースを投げた後、続けざまに投げられたナイフを拾い、彼に向って投げていた。アタッシュケースに気を取られ、そちらまで気が回らなかったらしい。自分の武器を使われたことが悔しいのか、その男はこちらを睨むと、小さな動作でナイフを避けた。頭を右にずらしただけ。ナイフは勢いよく、男の頬近くを通っていった。
男がよけている間に、私が狙ったのは小太りの男性だった。ナイフ使いの男を援護しようとしていた男だ……そのナイフに気がついたときに、一瞬迷いが生じるだろうと読んでいた。実際、小太りの男は一瞬迷った。そのナイフを自分が撃つべきか、撃たないべきか……そこに隙が生まれた。
と言っても、これは後からの説明であり、実際はそこまで考えず、直感で動いていた。小太りの男をめがけて、発砲する。あまり銃は使いこなせないため、足元を狙い致命傷を避ける。雇っていただきたい家の使用人を殺してしまったら、試験は絶対不合格だろう。
三発発砲し、一発が小太りの男のつま先に当たった。うっと男は前によろける。チャンス、と私は男に向かって走った。後方から、ナイフが床を打つ音が聞こえた。ナイフ使いの男が攻撃を再開している……私は蛇行したり緩急をつけながら走ることで狙いをつけにくくさせながら、小太りの男に向かって蹴りを一発お見舞いした。みぞおちに私のつま先が入る。ご愁傷様、彼は目を白黒させながら前に倒れた。
「とうっ」
すぐに、ナイフ使いの男に向かって銃を投げた。予想外の行動に、人は一瞬硬直してしまうものだ。男の眼は見開いていたが、避ける動作がすぐには出なかった。くるくると回りながら銃が男に向かって行く。男は表情をこわばらせ、なんとかその銃を避けた。
「何の真似……」
男が何か言いかけたが、気にしない。今度は自分の靴を、彼に向って投げつけた。できるだけ勢いよく。彼が避けている間、私は間合いを詰める。まだ、あと数歩近付かなければ。彼が避けたと同時に、もう一度靴を投げる。
「しつこいぞ!」
男は叫び、こちらに走ってきた。少し意外だったが、接近戦の方が得意分野だ。彼の右手には小さなナイフが握られていた。しかし、そんなもの避けてしまえば怖くはない。刺さらなければ大丈夫なのだ。
鋭い突きが、私に向かって繰り出された。落ち着け、と自分に言い聞かせながら、私はその手を払うようにして、一気に間合いを詰める。
「おらっ」
予想外。男の突いた腕は、すぐに後ろにひかれ、肘が私の顔面に直撃した。鼻に攻撃をもろに食らう。ふらっとしたが、それでも私は冷静だった。
痛いなぁ。
悠長にそんなことを考えつつ、私は後ろに倒れた。男の背中を仰向けで見る形になる。広い背中だ。上半身がくるりとこちらを向く。上から睨みつけてくる男。その表情には、少しだけ後ろめたさが交じっていた。
「正直な人」
えいや、と私が蹴ったのは、彼の膝の裏だった。
「えっ」
彼はかくんと膝から倒れた。彼が膝をつくのと、私が彼の首の後ろに手刀を繰り出すタイミングは、一緒だった。
「あっ」
小さな声を漏らし、彼は前のめりに倒れた。
戦闘終了。
私は四人の大人を倒し……四人?
目の前が真っ暗になった。それは比喩的表現ではなく、本当に真っ暗に。私の目が、誰かの手によって隠されていたのだ。
「手を挙げろ」




