新たな一歩(4)
次の日、私は学校から帰宅するとすぐにユンを部屋に呼び出した。
「いかがなさいましたか?」
ユンはにこりと笑って見せたが、私の呼び出しに多少の不安は見え隠れしていた。それはそうだろう。こうやって部屋に呼び出すこと自体、初めてのことだ。ましてや目を輝かせながら呼ばれたら、状況がうまく読みこめないのも無理はない。
「あのね、ユン。私、ボディガードになりたいの」
ユンはきょとんとした表情を見せた。そして一瞬遅れて「はぁ」と気の抜けた返事をする。
「唐突、ですね」
「昨日、ユンのひたむきな姿に感動したの。私もあなたみたいな仕事に就きたいって思って」
「しかし、レイカ様は……」
そこまで言って、ユンはしまったと言う顔をした。なんとか言葉を紡ごうとするものの、うまくできないようだ。もごもご、と何かを口の中で呟いている。
「いいの、気にしないで」
「も、申し訳ございません」
ユンは心底申し訳ないというふうに、頭を深々と下げた。私は慌てて顔をあげさせる。
「やめてよやめて。あのね、私、将来の夢……後継ぎって夢が無くなっちゃったから、困ってたの。でも、昨日やっと決まったの、感謝しなきゃ」
「それは……喜ばしいことですか?」
「もちろん」
私の言葉に、ユンは初めて嬉しそうにほほ笑んだ。
「ユンはどうやってその職業に就いたの?」
「私は、ボディガードの仲介会社に登録しておりまして、その会社からこの家で働かないかと紹介してもらった次第です。試験がありましたから、正確にはこの家で働く人を募集しているから、試験を受けてみないか、という紹介を受けました」
「なるほど……その会社に登録するには、どうすればいいの?」
「試験を受けました。筆記試験と実技に面接です。筆記試験は一般教養、実技では戦闘能力と技術に判断力、面接では他のこと……人柄などが審査されますね――」
その後、私はユンに質問をたくさん浴びせた。
テストの詳細から、心構えまで。時間にしてびっしり三時間だ。
私が得た結論は、これからも学校に行き続け、いい成績をとり続けることと、何か武術を習うことだった。
その晩、私はさっそくアルドさんとメリィさんに私の夢を話すことにした。
最初は反対されたものの、ユンの説得もあり、最後には二人とも折れてくれた。
「君の好きなことをしなさい。でも、中途半端にはならないように」
アルドさんが、最後に私にそう言って、私の将来の話は終わった。最後の一言が嬉しくて、私のやる気がより増した。
さっそく次の日から、空手を習う事に決めた。理由は単純で、私の父が空手好きだったからだ。もちろん父の育った環境では、空手を習う事は出来なかったが、幼いころ、よく私に「空手はかっこいい」と言っていた。ふと、そんなことを思い出したからだ。
学校のジムで持久力のトレーニングもはじめた。筋力の向上も目指した。おかげで私の体育の成績は急激に上昇した。
それからの日々は、ある意味で変哲のない毎日だった。毎日毎日、勉強にトレーニングの繰り返しだ。それでも私は退屈だなんて思わなかった。
はやく立派なボディガードになりたい。
その思いが、私の心を支えていた。
ぐるぐると規則正しく回る進化の日々は過ぎ、私は十六歳になった。
十六歳の四月半ば、私はユンの紹介で、ある屋敷に向かっていた。
人生初の、ボディガードの試験を受けるために。




