新たな一歩(3)
次の日、私はちゃんと学校に行った。もうへこたれてはいられないと思った。加えて、三日も休んでしまったら、そのままずるずると休んでしまうのではないかという危機感に襲われたのだ。
その次の日、アルドさんと話す機会があった。
彼は泣きこそしなかったが、それでも私に「すまない」と頭を下げた。そんな、と私は首を振った。
「確かに、立派な後継ぎになることが私の夢でした。でも、私は今、新しい夢を探すという目標があるんです。だから、そんなに謝らないで。寂しくなるから」
最後の言葉に、アルドさんはやっぱり申し訳ないという顔をしたが、何も言いはしなかった。
「もう、メリィさんとも話しはしたの。いろいろやっぱり複雑な心境だけど、それでも、二人に子供ができたこと、私は素直に祝福したいと思ってるんだよ。だからもう、辛気臭いのは無し。メリィさんとは、もうすっかり仲良しに戻ってるんだからね」
私はそう言うと、じゃぁねとその場を離れた。強制終了してしまった感があるが、なんとなく逃げ出したくなったのだ。
難しいことは、いやだいやだ。
もう泣きそうになることはなかった。
強くなったな、なんて自分をほめつつ、私は夢を探し続けた。
気がつくと、あっという間に半年が過ぎていた。
半年とちょっと経ったある日のこと、事件が起こった。
休日のことだ。私は家に居て勉強をしていた。テストが近かったのだ。アルドさんも家にいた。私とアルドさんは、休日は大抵家に居るという共通点があった。外出したがりのメリィさんはいつも不満そうで、よく一人で出かけていた。
その日も彼女は、出不精のアルドさんを誘ってみたものの断られ、文句を言いながら買い物に出かけてしまった。
その買い物先で、ひったくりにあってしまったというのだ。
メリィさんのおなかは、もう随分と大きくなっていた。妊婦を狙った犯行だったそうだ。肩に持っていたバッグを、人込みの中でひったくられた。
メリィさんは反動でよろけた。それをしっかりと受け止めたのは、同行していたボディガードのユンだった。ユンは、メリィさんの安全を確認すると、傍でうろたえていた若い警官にメリィさんを見ておくように言い、ひったくり犯を追いかけたのだと言う。
メリィさんの話しによると、彼女は風のように走り、あっという間に犯人に追いついてしまったのだそうだ。
そして、犯人を捕まえようとした際、取っ組み合いになり、奥歯一本が抜け、左手の小指を折り、目の上に大きな傷を負ってしまった。犯人は、かなり屈強な男だったという。そんな相手からメリィさんのバッグを奪い返した彼女は、そのバッグを肩にかけつつ犯人と殴り合い続け、最終的に勝利し、警察に男を突き出したそうだ。
顔面から血を流しながら現れたユンに、メリィさんと警官は驚愕し、すぐに救急車が呼ばれ、彼女は運ばれた。
メリィさんは帰ってくるなり、泣く泣くその事件の一部始終を私たちに話した。とにかくユンの怪我が軽いことを祈りつつ、私たちは彼女の連絡を待った。
「ご心配おかけしました」
と彼女が家に戻ってきたのは、メリィさんが帰宅してから二時間後のことだった。私たちは彼女の笑顔を見るなり、安堵のため息をついた。顔中に絆創膏やガーゼを貼り、包帯もぐるぐると巻いていたが、それでも取りあえず帰ってこれたのだ。メリィさんはおいおい泣きながら、ごめんなさいとユンに謝った。
「奥さま、泣かないでください。私の仕事ですから。荷物が無事戻ってきて、奥さまも無事で、本当によかったです」
私は、彼女の言葉に驚いた。
いや、正確には、彼女の言葉と表情と態度……そこから見える、彼女の本心に驚いた。
彼女は少しも嘘をついた様子が無かったのだ。
つまり、心からそのような言葉を言っていたのだ。信じられず、思わずあんぐりと口を開けてしまったが、慌てて閉じた。どうしたの? なんて聞かれたら、なんと答えればいいか分からない。
部屋に戻ると、ベッドにダイブし、枕に顔をうずめたまま思いっきり笑った。
決めた。
ユンみたいに、誰かを心の底から守りたいと思えるような人になりたい。だから、そういう仕事に就こう。
今までモヤモヤしていた気持ちが嘘のように、さっと晴れ渡った気分だった。
光が見えた、とはまさにこのことだろう。
夢が決まった。
きっとボディガードになるなんて大変だろう、という不安は少しあったが、そんなこと、夢の無い不安と比べてみれば、なんてことはなかった。
ベッドに横になりながら、考える。
もしかしたら、私の「能力」だって、有効に使えるのではないか?
嘘を見抜き、即座に主人を守る私を想像し、またもにやける。
かっこいい。いいぞ、こんな女性になろう。強くて可憐なボディガードになろう。
未来の自分を想像しつつ、私は幸せのうちに眠りについた。
こんなにもよく眠れたのは、本当に久しぶりのことだった。




