労働者互助組合(ヒルグラウンド)
翌日、俺はベッドの上で目を覚ました。その後そのまま少しの間ボーッと天井を見つめていた。
……あ、そうか。もうここ日本じゃないんだっけ。案外全部夢だったりして、なんて思いたかったがやはりこれは現実に起きていることらしい。
「……はぁ~」
今更そんなこと言ってもしょうがないか。さっさと起きて色々確認しないとな。俺はベッドから起き上がると近くに脱ぎっぱなしにしていたシャツとジーパンを着て、頭をぽりぽりと掻きながら部屋を出た。
とりあえず顔を洗おう。
俺は台所のある部屋に行くと蛇口をひねって水を出し、手にその水を溜め顔に思い切りかけた。
少し冷たい水の感触が気持ちいい。顔がさっぱりすると気分もシャキッとなってくる。家の中にあったタオルのような細長い布で顔を拭くと、気分も落ち着いてきた。
「ふぅ~……さて、今日はどうするかね」
そう考えたとき俺はふと思い出した。確か、昨日王宮に行った時に明日また伺いますって言ってなかったっけ俺。だとすると、とりあえず今日はまた王宮に行ったほうがいいのかな。何かこの力のことについて聞きたいって言ってたし。
「またあそこまで行くのか……。まぁ、行くって言ったのは俺なんだししょうがないか」
いい散歩になると思えばあの距離も大したことないだろう。……多分。
まぁ、それはいいとしてだ。
それよりも俺は昨日何も食べなかったためいまだ空腹状態が続いていた。どうにかしてこの状況を解決しなければ死活問題である。
や、やっぱり料理に挑戦してみるか? ほら料理ができる男はモテるってよく言うし。
そう考えて食材たちとにらめっこしていた時、突然どこかから何か叩くような音が聞こえてきた。
「ん? 玄関の方からか?」
俺は廊下に出てみるとまた何か扉をノックするようにコンコンという音が聞こえてきた。誰か来たのか?
「ど、どちら様ですか?」
「あ、あの私イリヤ・カーミュと言うものですが荒崎様はいらっしゃいますでしょうか?」
イリヤさんってあの王宮を案内してくれたメイドさんだよな。こんなところまで一体どうしたんだろうか。
「あ、ちょ、ちょっと待ってください。今開けます」
俺は玄関に近づくとゆっくりと扉を開けた。するとそこには見覚えのある顔と印象的な赤い髪のメイド服を着た女性が一人立っていた。
「おはようございます荒崎さん」
「お、おはようございます……」
朝に女性が家を訪ねてくるなんて初めての経験なので少し驚いてしまった。しかもメイド服を着ているなんてかなり変わったシチュエーションだ。日本だったらまずありえないだろう。
「どうしたんですかこんなところまで?」
「実は荒崎さんにお伝えしたいこととお渡ししたいものがありまして」
伝えたいことと渡したいもの? 一体何だろうか。
「まずはこちらなんですけど」
そう言ってイリヤさんは手に持っていたバスケットのような籠をこちらに渡してきた。何だろうほのかに温かい気がする。
「これは?」
「王宮で今朝作られたブルゴ肉のパイです。お口に合うかどうかは分かりませんが」
おお!! パイ! まさかこんな形で食いもんが手に入るとは!! ブルゴ肉ってのは聞いたことないが何かの動物の肉だろうか? 試しに籠の中を覗いてみるとそこには、こんがりきつね色に生地が焼けて香ばしい匂いを漂わせる美味しそうなパイが見えた。うおお、美味そう!! 自然と口の中に唾液が溢れてきてしまう。
「これはどうもありがとうございます!」
どうしようテンション上がってきた。顔が自然と笑顔になってしまう。
「ふふふ、喜んでいただけてよかったです」
「はい! ……あ、えと、そ、それで伝えたいことっていうのは?」
「ああ、そうですね。実は今日、荒崎さんが王宮にいらっしゃってくださると聞いていたんですが」
「はい、そうですね」
するとイリヤさんは申し訳なさそうに少し俯いてしまった。何だ? 何かあったのか?
「申し訳ないのですが、本日ジャガル様が急遽、隣国に行かなければならないことになりまして、ゼオラ様もファリア様も本日は少し気分が優れないとのことですので出来ればまた日を改めていただきたいのですが」
あらら、そうなのか。やはり王族ってのは色々あるもんなんだろうな。ゼオラさんもファリアも体調が優れないようだしちょっと心配だな。
「分かりました。それじゃあまた機会があったらお伺いしますよ」
無理して会ったってしょうがないしな。それにいつでも会いに行けるだろうし。
「ありがとうございます、荒崎さん」
ぺこっと頭を下げるイリヤさん。うーん……メイドさんに頭を下げられるって今考えると結構貴重な体験だよな。
「いえいえ、こちらこそ美味しそうなパイをありがとうございました」
こっちもぺこっと頭を下げる。何だかこうしてお互いにペコペコしていると日本にいたころと同じような感覚がする。それが少しだけ可笑しくて俺は自然と小さく笑ってしまっていた。それに気づいたイリヤさんも可笑しくなったのか上品にクスクスと笑っていた。
「あ、そういえば荒崎さんは今日これからどうされるのですか?」
「え? 今日ですか? 特に何もすることは決めてないですが」
いや、本当は色々しなきゃならないことがあるんだろうけど……。王宮に行かなくてよくなった今、俺の予定は白紙に戻っていた。
「そうなんですか。荒崎さんは何かお仕事はされていたんですか?」
仕事かぁ……。日本にいた頃はずっとアルバイトしてたけど、この世界にもアルバイトってあるのかな? もしくはそれに似たものとか。
「そうですね、今は何もしていませんが昔は何ていうかこう、雑用仕事とか接客仕事とかしてましたよ。アルバイトって言うんですけど」
「ア、アルバイト?」
首をかしげるイリヤさん。ありゃ、やっぱり伝わらないか。そうだよな、逆にファンタジー世界にアルバイトなんてもんあってもちょと……ねぇ、って感じだし。
「そうですね、簡単に言うと働き先で働く契約をして雇われてる人員って感じですかね」
そう言うとイリヤさんはポンっと手を叩き何かに納得したような声をだした。
「もしかして荒崎さんは‘ヒルグラウンド’の所属者だったんですか?」
ん? 何だ? まーた何かよく分からない単語が出てきやがったぞ。
「ヒ、ヒルグラウンド?」
「あれ? 違うんですか。てっきり労働者の互助組合組織に所属しているもんだと思ったのですが」
労働者の互助組合組織ねぇ。この世界にはそんなものがあるのか。互助組合ってあれだよな。RPGゲーム的なもので言うギルドみたいな感じだよな。そういうのよく分からないが多分似たようなもんじゃないかと思うんだけど。
「そんなものがあるんですか」
「ええ、もしかして荒崎さんが今まで住んでいたところではそういうものはなかったんですか?」
「ああ、まぁ似たようなもんならありましたね。ただ俺はそのヒルグラウンドでしたっけ? には所属してませんでしたけど」
「そうなんですか。でも荒崎さん今何もお仕事されてないんですよね?」
「ええ、まぁ……」
絶賛無職中です。はい。
「それなら一度ヒルグラウンドを訪れてみることをおすすめしますよ。あそこに所属登録をすれば何かしらの仕事は請け負えるはずですから」
「はぁ……」
仕事ねぇ……。まぁ、今はとりあえず家の中にいくらか金があるのは確認できているからまだ心配するような必要はないのだが、いつかはそれも無くなるわけだし先立つ物が無ければ何も出来ないしな。
「分かりました。それじゃあちょっと今日覗きに行ってみますよ」
「それがいいと思います。あ、ちなみにヒルグラウンドは王宮に続いてる道の途中にある大きな赤い旗の目印が建っている建物が拠点地です。わからなくなったら街の人に聞けばすぐに分かると思いますよ」
「大きな赤い旗ね。わかりました」
とりあえず目印があるならそれを目指していけばいいのでまぁ、大丈夫だろう。
「それでは私はそろそろ城に戻らなければいけないので失礼しますね」
「あ、はい色々とありがとうございました。このパイも美味しくいただかせてもらいます」
そう言うとイリヤさんはにこっと笑い深々とお辞儀をするとそのまま丘の向こうに歩き出して行った。
イリヤさんの姿が見えなくなったのを確認すると俺は急いで家の中に戻り、さっきもらったバスケットに入ったパイをテーブルの上に取り出した。ご丁寧に綺麗な切れ目もいれてくれていて一々切り離して
食べる必要がなくなっていた。イリヤさん、気が利くなぁ……。
食べる前にそう感謝しつつ俺はその一つを手に取ると勢いよく口の中にほうりこんだ。
サクッというなんとも気持ちのいい音がして口に含んだ瞬間何かのソースのようなものが口いっぱいに溢れた。中に入っている肉はすごく柔らかくパイの生地はサクサクでその相性は抜群以外の何者でもなかった。
「う…………………んめぇぇええええええええ!!」
俺はもう叫ばずにはいられなかった。
数分後、バスケットの中身はあっという間に空っぽになっていた。あまりの美味さに泣きそうだった。本当にイリヤさんに感謝である。俺はバスケットに向かって手をあわせると心から御馳走様でした!! とお礼を言った。
その後、俺はベッドの下に付いていた引き出しの様な物の中に衣服が入っているのを確認したので、ジーパン以外は全て着替えて街に来ていた。同じような白いシャツに今度は黒のパーカーを着ている。ぶっちゃけほとんど変わっていない。
「それにしても、何であんなにTシャツとパーカー類がたくさんあったんだろう?」
まぁ、いつも俺が着ている服は大体そんな感じだったから問題はないのだけど。この国ではパーカーを着ていると珍しそうな目で見てくる人もいるので少し目立っているかもしれない。しかも、見てくるのは人間だけではないので少し怖くもある。やっぱりまだ慣れないなぁ……
そんなこと考えながら歩いていると
「お、見えてきた見えてきた。あれがヒルグラウンドの拠点地とやらか」
本当にでかいな。まるで学校の体育館位はあるのではないかというほどの大きな建物。その建物のいたるところに大きな赤い旗が建てられている。
こんなところにこんな建物あったんだ。こんだけ目立ってんのに俺全然気づかなかった。
とりあえず、中に入ってみるために入口らしき扉を押し開けてみる。
「あの~……」
中に入ってみると外の見た目通り広々とした空間がそこには広がっていた。おお、これが労働者の互助組合……。随分としっかりしている場所のようである。
キョロキョロと中を見回すと左右にはいくつものテーブルと椅子。そしてその真ん中を挟むように赤い絨毯のようなものが奥の方まで敷かれていて、そこには大きなカウンターのようなものが見える。そのカウンターの右隣には階段もあってどうやら二階に続いているようだった。
うわー……何かゲームで見たことあるような場所だな。そう思いながら恐る恐る進んでいく。左右のテーブルにはものすごくガタイのいい強面の男の人や、数人の男女で何か話している人もいる。中にはやはり人間だけじゃなく色々な種族の人もいて、中にはまるで下半身が蛇のようにうねうねと動いている人もいた。うわぁ……すげぇ。
とりあえずカウンターのある場所まで来てみたものの俺は一体何をすればいいんだろうか?
そう戸惑っていると、受付に座っていた女の人がこちらに気づいてくれたようでこっちに向かってきていた。
「どうかされましたか?」
「あの、ここって労働者の互助組合なんですよね?」
「はい。あ、もしかしてここ初めての方ですか?」
「は、はい。そうです」
「ということは今日は組合へのご登録か何かですか?」
登録か。よく分からないけどしちゃってもいいのかな。
「あの、初めてなんでそのへんのことよくわからないんですけど」
「そうですか、それじゃあ一通りご説明させていただきたいのですがよろしいですか?」
「はい、お願いします」
「それではご説明させていただきますね。まず、ここは労働者互助組合、通称ヒルグラウンドと呼ばれる場所です。ここでは登録してくださっている皆様に様々な依頼や仕事を斡旋させていただいております。その種類は様々でちょっとした薬草の採取依頼などの簡単なものや、はたまた付近に出現した危険生物たちの討伐など特別な資格が必要なものまで色々あります。我々はそう言った依頼や仕事を国から、もしくは街の住民の皆様から請け負い皆様に紹介します。もちろんこれは依頼や仕事なので目的を達成していただければ報酬が払われます。簡単な依頼だとそこまで報酬は高くありませんが、資格が必要な難しい依頼になりますとその分報酬も高くなっていきます。ここまではいいですか?」
「は、はい」
本当に何ていうかゲームの世界で見たことあるような制度だな。まさに異世界の仕事って感じだ。
「それでは続けさせていただきますね。こちらの組合に一度登録されると、登録者自らが辞めたいと申し出をしない限りはそのまま登録されたままになります。それと、もし登録者が依頼や仕事を請け負っている時に犯罪行為、もしくは不祥事を起こした場合には厳しい罰則が課せられる場合があるので注意してくださいね」
罰則があるのか。まぁ、俺の場合そんなことはしないだろうから大丈夫だとは思うけど、一応覚えておこう。
「登録者はやりたい仕事がない場合には無理に仕事を請け負う必要はないですし、逆にやりたい仕事や依頼が複数あったときは最高三件までなら請け負うことができます。しかし、複数依頼や仕事を請け負った場合全てそれを達成しないと報酬は払われないので気をつけてください」
ふむふむ、やりたくない仕事はやらなくていいしやりたい仕事があったら最高三件まで請け負える。しかし、複数仕事を請け負った場合は全部の仕事を終えないと報酬は支払われないということだな。
「なるほど」
「それと、依頼や仕事の最中による怪我や事故、その他の責任は全て自己責任になりますのでご了承くださいね。以上がこのヒルグラウンドに登録する際の規約になります。何か質問などはありますか?」
「ちなみにその資格が必要な依頼とかの資格ってどうやって取ればいいんですか?」
そんな危険な依頼請け負う気はないが一応聞いてみよう。
「こちらの方で用意した専用の仕事を請け負っていただいてその仕事を無事達成することが出来れば資格授与という形になります」
なるほど、案外単純な形式なんだな。もっとテストとか厳しい審査とかそういうのがあると思ってたけど。
「他に何か質問はありますか?」
うーん……特にこれといって何もないんだよな。こういうのってとりあえずやってみないとわからないこともあるし。
「とりあえず今はないです。はい」
「それでしたらお客様がよろしければ早速、契約手続きに入りたいのですがいかがなさいますか?」
「登録しても別に仕事はやりたくなければやらなくていいんですよね?」
「はい、その辺は皆様の自由になっておりますのでとりあえず登録していただくだけでも大丈夫ですよ」
それなら別に迷うこともないか。無理して働くこともないんだし。
「じゃあ、はい。登録しちゃいます」
俺はとりあえずこのヒルグラウンドに登録だけしておくことにした。
誤字などがありましたら申し訳ございません。