とりあえず帰還
その後、しっかりと目を覚ましたララちゃんとベンダーさんは再びお互いの無事を喜ぶように抱きしめ合っていた。まぁなんとも感動的な兄妹愛なんだけど、これを俺の妹に俺がやろうとしたら多分グーパンした後にスゲェ言葉で罵倒されるんだろうな。いやホントどうしてこんなにも差があるのか誰か俺に教えてください。
「というかあいつを消せたのはいいけど、これからどうやって戻ればいいんだ?」
二人はまだそれに気づいてないだろうけど、俺は冷静にそう思っていた。ここから抜け出すための扉でもまた出現するんだろうか? にしてはなんの動きもないんだけど……はてさてどうなってんのやら。そう思いながら二人をもう少しだけそっとしておいてあげようとその場から離れ辺りを見回してみる。どこかに扉が隠されてるとかそんなことないか? もしくは隠し通路とかでもいいんだけど……。いろんな場所を探りながらそんなものがないかと思っていると、不意にたまたま触った壁から妙な音が聞こえて動きを止めた。
「ん? なんだ今の音?」
なんかが割れるような不穏な音がした気がするんだが……俺なんかしちゃったか? 恐る恐る近づいてもう一度よく壁面を見てみると、そこにはいつの間にか大きな亀裂が走っていた。え? これ俺がやっちゃったのか? ただ触っただけなのに? もしそうだとしたらどんだけ脆いんだよこの壁。
そう思った時だった、突然空間が再び大きく揺れ始め今度は壁だけではなく床にまで大きな亀裂が走り始めた。
「あ~……嫌な予感」
これはもうあれですよね。絶対にここが崩壊し始めてるとかそういうやつですよね。分かります。
「荒崎! 大丈夫か!!」
「俺は大丈夫ですけど早くここから抜け出さないと!」
さっきよりも更に振動が大きくなり後ろの壁が音をたてて勢いよく崩れた。ちょっとマジでまずいよこれ! 出口は! 出口はどこですか!? もしくは非常口でも可!!
「お兄ちゃん、あれ!」
そう言ってララちゃんが指を指した方向には、いつからあったのかあの見慣れた外観の扉が出現していた。だが、見た目は同じでも先ほどのやつとは少し様子が違い、隙間からまばゆい光が漏れ出すように溢れ出していた。
「な、何か神々しいぞあの扉」
いかにも出口っぽいというか、自己主張の激しいやつだな。でもあの扉をくぐったらきっと元の世界に戻れたりするんじゃないだろうか。うん、これがゲームとかならそういう仕様だよな。
「とにかくあそこまで逃げるんだ! 急げ!!」
そう言ってベンダーさんはララちゃんをお姫様抱っこで担ぐと、扉目指して勢いよく駆け出した。いくら小さいとはいえ人間一人抱えてそんなに早く走れるもんなのかね。しかもあの扉、俺のいた場所よりあの二人がいた場所の方が近いってどんだけ俺に厳しいんだよ! そんな地味なペナルティは望んでないっつうの!
俺も走り出したが案の定、揺れる部屋は非常に走りにくくそのくせ距離があるため、なかなかたどり着くのに時間がかかってしまう。更には床がまるで俺の進行を邪魔するかのように崩れたり、突然盛り上がったりして思うように進めない。なんなだよ! 俺だけ障害物競走でもしてんのか!? 運動会で一番嫌いな種目だったのにそれをこんなところでするとは思わなかったよこんちくしょう!!
「荒崎、急げ! もう少しだ!!」
先に扉をくぐった二人は扉の内側で俺が来るのを待っていてくれた。そこで先に行かない気遣いはありがたいのだけど、俺はそれどころじゃない。最早たどり着くのに必死過ぎて何が何だか訳が分からなくなっていた。後数メートル! もうちょっと!
「荒崎!」
そう言ってベンダーさんが手を伸ばしてくれた。俺も死に物狂いでその手をつかもうと必死に手を伸ばす。この手をつかめれば大丈夫! そう思いもう少しで手が触れようとした瞬間だった。突如俺の体が後ろに引っ張られ動けなくなってしまった。
「な、なんだ!?」
何事かと振り返ってみると、そこにはさっき俺の銃で吹き飛ばしたはずの黒い霧の一部分が手の形をして床から這い出し、服をがっしりと掴んでいたのだ。
「ニ……ガサナイ……」
「うわぁぁあぁあ!! キモッ!! キモイ!!」
「荒崎!!」
それを見たベンダーさんは俺を助けようと扉から飛び出そうとした。だがその瞬間、今度は天井も崩れ始め不幸にもその破片の一部が扉の真上に落ちてきていた。
「お兄ちゃん!!」
「ララ、下がれ!!」
ベンダーさんはララちゃんをかばうようにして扉の内側に飛び込む。そしてその瞬間、俺の目の前であの扉は粉々に粉砕され、跡形もなく消え去ってしまった。
「…………」
と、扉がお亡くなりになりましたけど……え? じゃあ俺どうやってここから逃げればいいのん?
そう呆然と固まっていると今度は俺の真上にある天井が勢いよく崩れ始めた。もちろん俺はこの訳のわからん手に掴まれているため身動きがとれない。というか多分動けていても今から逃げたんじゃ間に合わないだろう。つまり俺がこれからたどる道は一つ。
「う、うそん……」
そして上を見上げたままの俺が最後に見たのは、巨大な瓦礫が俺の上に勢いよく落ちてくる光景と、一瞬感じた凄まじい衝撃。ただそれだけだった。
と、そんな訳で俺は瓦礫の山に潰されてしまいそのまま人生ゲームオーバーとなるはずだった。…………のだが、その後俺は何故かもう一度目を開くことができ、なんにもない真っ暗闇の中で意識を取り戻した。
「ここは……どこだ?」
えーと……これは一体どういう状況なんでしょうか? 確かあの後、俺は瓦礫に潰されて意識を失ったはずで……目を覚ましたらこんなところ……。
「うん、さっぱり分からない」
理解しようとはしてるけどいまいち状況がつかめない。俺は一体どうなったんだ? 普通に考えたら多分俺って死んだんだよな? あれで助かったとは到底思えない。でも、あんなことになってこんなに綺麗に体が残ってるはずはないよな。そう思い真っ暗なのに何故かはっきりと見える自分の体を念入りに確認する。その時ふと俺はあることに気がついた。
「あ、減ってる……」
左腕に表示されていたあの数字が一カウント分減った状態になっていたのだ。そういや俺って……確か死んでも生き返れるとかいう体になってたんだっけか。こっちに来てから色々ありすぎて忘れかけてたけど、もしかして今まさにその効果が発動しているってことなのかな? だから肉体も綺麗なままだし、意識もはっきりしているのかも。
「でも、仮にそうだとしてここから俺はどうすればいいんだ?」
まさかこの空間にずっと閉じ込められっぱなしなんてことはないだろうし、とりあえず何か起こるまで様子を見た方がいいのかな? 闇雲に動いてもしょうがないだろうし、とにかく待ってみるか。
そう思いパーカーのポケットに手を突っ込んだ時、不意に手のひらに何かが触れる感触があった。何かと思いそれを取り出して見るとそこにはいつぞやの謎の人物に貰った黒い蝶のペンダントが握られていた。そういやこれ貰ってからずっとポケットの中に入れたまんまだったな。結局これが何なのか分からないけど、くれたんだからって捨てないでおいたんだっけか。
そう思い出し、手のひらに乗せたまま何気なく触ろうとしたその時だった。突如その体がぼんやりと光りだし、生きていないはずなのにその羽を羽ばたかせゆっくりと宙に浮かび上がり始めた。
「マジかよ、動いたぞこのペンダント……」
というか飛んでいる姿は本物の蝶そのものだな。金属っぽい材質で出来ていたはずなのに軽々と舞ってるし、どういう原理になってるんだろうか。そのまま飛んでいる姿をしばらく眺めていると、今度はどこかに向かって進むように動き始めた。
「どこに行くんだ?」
そう思った時、俺の頭の中で響くように誰かの声が話しかけてきた。
‘蝶を追いかけて……’
「え?」
辺りを見回すがここには俺以外の人の姿はない。じゃあ今の声は一体どこから聞こえてきたんだ。そう混乱する俺を尻目に先ほどの蝶はどんどん先に進んでいく。このままだといつかはその姿を見失ってしまいそうだった。
「追いかけて……か」
何だか非常に怪しい気もするけど、ここにいたってしょうがない。今はとりあえずあの声の指示に従ってみるしかないか。俺は念のため警戒しつつも蝶を追いかけるために歩き始めた。さて、この蝶は俺をどこに連れて行ってくれるのか。頼むから変な場所には案内しないでくれると助かるんだけどなぁ。そう思いつつ俺はどんどん歩いていく。蝶は以前、優雅に舞いながら先へ先へと進んでいく。暗闇の中を光る蝶と一人の男が歩いて行く。はたから見ればちょっと幻想的な光景かもしれない。でも行き先がわかっていない俺はそれどころではなく、進んでいくたびに不安が大きくなっていった。
「さっきの所からだいぶ動いてきたけど、どこまで行くんだ?」
一向に止まる気配がないんだけど……本当に大丈夫なのか? まさかこのまま歩き続けて終了とかだったら最悪だぞ。だんだん疑心暗鬼になりながら更に蝶の後を追いかけていく。そろそろ何かしらの変化が欲しいところなんだけど……。
そう思った時、突然蝶がその場で漂うように動きを止めそのまま動かなくなってしまった。
「あれ? なんだ? どうしたんだ?」
今度は急に進まなくなっちゃったよ。俺もその場で立ち止まり辺りを見回してみる。しかし、そこにあるのは只々広がる暗闇の世界のみ。特に何か変化があるわけでもなく、どうしたものかと俺は頭を掻いた。すると、またしても頭の中で誰かの声が聞こえてくる。
‘今度は光を目指して……’
そう語りかけられた。なんなんだこの感覚。誰もいないのに声が聞こえてくるとかすげぇ気持ちが悪い。もしかして俺、幻聴が聞こえてくるようになっちまったのか? そんなに俺の脳は末期に近い状態になってたんだろうか?
「まぁそれはともかくとして……光ってなんのことだよ?」
そんなこと言われても周りは真っ暗で光なんてものはどこにもない。一応この蝶は光ってるけど、光って言うほど明るくもないしな。そう考え込んで俺が唸り声をあげているとまたしても蝶が動き出し、今度は俺が追いつけないほどの速さで飛び立っていってしまった。
「あ、ちょっと!」
マジかよ……完全に見失っちまった。俺は小さな道案内係を失くしたことに軽く心が折れそうになる。俺は思わず項垂れてその場に座り込んでしまった。どうしよう……ここからどう動けば……。
そう半ば絶望しかけている時だった、突然視界の隅に何か白いものが写ったような気がして俺は思わず顔を上げた。するとそこには空間を切り裂くようにして白く光る大きな穴のようなものがあいていたのだ。
「あれって……」
さっき蝶が飛んでいった方向じゃないか? もしかしてあれがさっき言われた光ってやつか。俺は吸い込まれるように立ち上がりその光に向かって歩き始める。近づくにつれてどんどんその眩しさは強さを増していき、目を開けているのがだんだん辛くなってきた。手のひらで顔を覆い、半目状態になりながらも進んでいく。そして、完全に俺の体がその光に包まれようとしたその時、すれ違うように誰かが横からすり抜けていった気がした。
そして……
‘世界の天秤は動き始めた。あなたはその希望になりなさい’
再び俺の意識が今度は光に奪われる直前、今度は聞き覚えのある声がそう囁いたような気がした。
一体今日だけで俺は何度意識を失ったのだろう。多分人生でこんなにも意識をなくす日なんてのはそうそうないんじゃないだろうか。そして、それと同時に一日でこんなにも違う場所で目を覚ますなんてことも中々ないんじゃないだろうか。まぁ何はともあれ、そんなある意味貴重な体験を絶賛体感中の俺です、皆様ご機嫌いかがですか? と頭の中で呟きながら俺は今度こそ元の世界でしっかりと目を覚ますことができた。そして、そんな俺がまず見たものは必死な顔で俺を治療しようとしているイホームとその隣でサポートをしているディアさんとあのとんがり帽子の小人の姿だった。
「あれ? 何か体があったかい……」
そうぼそっと呟くと、イホームはそれが聞こえたのかバッと顔を上げ驚いた様子で俺の顔を覗き込んできた。
「意識が回復した!? お兄ちゃん、私がわかる?」
「えっと……誰だっけ?」
その言葉にイホームは更に驚いた顔をしていた。もちろん冗談で言っただけで、彼女が誰だがはしっかりと認識している。
「嘘だよ、イホーム。俺はまだボケてはいねぇよ」
「んな!? もう! たちの悪い冗談言ってるんじゃないわよ!!」
そう怒鳴られつつも俺は無事に元の世界に帰って来れたことを実感し、自然と小さく笑い声をあげていた。
次は土日明けになると思います。




