彼女の世界
とりあえず俺は彼のことを起こしあげなんとか無事であることを確認した。彼も起きた瞬間は戸惑っていたが、すぐに落ち着きを取り戻し状況を理解しようとしていた。
「一体何がどうなんってるんですかね?」
「さぁな、とにかくただ事じゃないってことは分かるが……恐らくララの呪いが何か関係しているんだろう」
彼は自分の妹の暴走を止められなかったのがショックなのかそう言って唇を噛み締めていた。自分の身内が目の前であんなふうになったのだから気持ちもわからなくはないが、俺の力を使っても止められなかった以上彼にどうこうできたことでもなかったのではないかと思う。
「とにかくここにいてもしょうがない。ここがどこなのか何か手がかりがないか探してみよう」
そう言って彼は落ちていた大鎌を拾い上げると目の前に続いている道へ進もうとした。
「あ、ちょっと待ってください!」
だが俺はその前に彼に聞いておきたいことがあったのですぐさま呼び止める。それに反応した彼はどうしたのかとこちらに振り返った。
「いや、そういえばお互いにまだ自己紹介してなかったと思って。俺は荒崎達也といいます。」
いつまでも死神だの彼だのと呼ぶのもどうかと思っていたんだ。これから一緒に行動することになるのだし、いい機会だから名前くらい知っておいた方がいいだろう。
「……俺はベンダー。ヒルグラウンドでトップランカーと呼ばれている。今回は色々と巻き込んでしまってすまなかったな」
ベンダーさんは頭を下げてそう言った。一応悪いことをしたとは思ってくれているらしい。
「……ベンダーさん。行きましょうか」
確かに巻き込まれたのは事実だけど彼も妹のために色々切羽詰ってたんだし、こうなった以上うだうだ言うのもただ空気を悪くするだけだろう。だから俺はベンダーさんに頭を上げるように促し、さっさと先に進むことにした。
それからベンダーさんを先頭に奥へと進んだ俺たちだったが、何が起こる訳でもなくずっと一本道の状態が続いていた。しかし無機質な土壁や床でできた薄暗い通路を壁にかけられている松明が一定間隔で照らしてくれているのが、まるで俺達を奥へと誘い込んでいるかのような気分にさせる。というかこの灯りはいったい誰が用意したのだろうか。そんなことを考えながら歩いていると突然ベンダーさんが目の前で立ち止まった。
「待て、何かあるぞ」
そう言われて通路の先へ目を向けると、そこにはこの空間に似つかわしくない銀色の鉄でできた一つの扉が存在していた。
「うわぁ……なんか開けたくねぇ……」
明らかに嫌な予感がするんですけど。重々しい外観から漂う異様な雰囲気に俺の中のアラームが警鐘を鳴らしている。だが、ここから先に進むためにはこの扉の先に行くしかない。
「気持ちは分かるが行くしかない。行くぞ」
「……はい」
こうなったら意外と大したものはありませんでした、というオチを期待するしかないか。そう願いながらベンダーさんが扉を開け中に入った後に俺も続いた。その瞬間、視界が突然まばゆい光に襲われ、俺は思わず顔を手で覆った。
「うおっ、まぶしっ!!」
そして徐々に光が収まり、視界が元に戻っていくと目の前にはとんでもない光景が広がっていた。
「は? うええええ!?」
「これは……」
扉をくぐった俺達が立っていた場所。それは……海の上だったのだ。自分でも何を言ってるのか分からない。でも今立っているのは陸地ではなく、ゆらゆらと波立っている水の上だ。
「どうなってんのこれ。何で水の上で二足歩行できてんだよ」
もしかして俺は夢でも見てるのか? 試しに頬をつねってみる。ベタだけどちゃんと感覚を認識できているということはこれは現実ということだよな。困惑しながらそういえばと思い後ろを振り向くと、先程まであったはずのあの扉が綺麗さっぱり消え去っていた。
「嘘だろ、もう戻れないってことかよ」
「そのようだな」
ベンダーさんは冷静にそう返してくれた。この人のメンタルは一体どうなってんだ。既に不安しかない俺にもその強さを半分位分けて欲しい。
「こうなった以上また先に進むしかないだろう。どうやら俺達はこの水の上を歩き回れるようだし、向こうに陸地も見えている」
そう言って指をさされた方には確かに小さな島のようなものが浮かんでいるのが見えた。本当にどうなってんだよここは……。
「わ、分かりました。じゃああそこを目指して行きましょう」
目標を指定して俺達はゆっくりと歩き出した。多分今まで人類の中で、水の上を道具を使わず歩く感覚を味わったことがあるやつはいないんじゃないだろうか。一歩進むたびに小さな水しぶきが上がりまるで水たまりを踏んだ時のような音が鳴る。でも下にあるのは広大な大海原。それを理解した上で歩いているせいか、脳の処理が錯覚を起こしているようで体に無駄に力がはいってしまう。
「結構あそこまで距離ありますね」
「あぁ、だが歩いていればそのうちたどり着ける」
そ、そうですね。でも普通はここを歩くんじゃなくて泳ぐはずなんですけどね。そう心の中でツッコミを入れながらどんどん先へ進んでいく。なんだかんだ言いつつも半分ほどの距離まで近づいてくると慣れてきたのか、動きがスムーズになってきた。おぉ、コツを掴むと意外と楽しいかも……これ。
そう思った時、不意に後ろで何か大きな水音がした。まるで何かが跳ね上がったかのような……。
「ん? なんだあれ」
見てみれば海の下からブクブクと泡がたち何かが盛りあがるかのようになっていた。
「ベンダーさん、あれって……」
「……何かいるな」
え? なにかいるって何が? そう彼に聞こうと思ったのだが、その必要はすぐになくなることになった。突然勢いよく水が噴き上がり出したかと思えば、そこから這い出してくるように海水が形を作り始めたのだ。そして、完全に水の塊が組み上げられるとそこには魚の頭部のようなものに鎌のような鋭い形状の腕を持つ人型のモンスターが現れていた。
「マジかよ……」
「荒崎! 気をつけろ!!」
そしてそのモンスターはこちらを視認すると妙な奇声を発しながらこちらに襲いかかってきた。
「どうやらやる気らしい、な!!」
それを見たベンダーさんは瞬時に鎌を取り出すと、勢いよく斬撃を飛ばした。その勢いは凄まじく周囲の海水が巻き上がる程のもので、それを避けきれず衝突したモンスターは瞬時にその体を只の水滴レベルにまで分散されてしまった。
「やった!」
流石はトップランカー。今ほどこの人が味方で良かったと思うことはないだろう。そう脅威が去ったと思っていた俺だったが、ベンダーさんの表情は今だ険しいままだった。
「いや、まだ来るぞ」
そう彼が言ったとおり吹き飛んだはずのモンスターだったが、再び同じように水の中から這い上がりそして完全に元通りの状態でこちらに奇声を発してきた。
「くっ! どうやらこちらの攻撃が効いていないみたいだな」
攻撃が効かない!? それなんてチートだよ! そう思っている間にもモンスターはジリジリと近づいてきながらこちらを威嚇してくる。くそっ! このままじゃあベンダーさんが攻撃してもまた同じ状況になるだけだ。どうすればいい、どうすれば……。そう考えたとき、俺は自分も武器を持っていることを思い出した。そうだ俺も銃を持ってるんだった。でも物理攻撃は効かない。ならばどうする。物理以外の何か……。
「あ、そうか!」
イホームからもらってた特殊な石があった。その中で使えそうなのは……。俺はズボンの後ろに隠すように挟み込んでいた銃を取り出し、その中に一つの石を詰め込む。うまくいくか分からないし、当てられるかも分からないけど……とにかくやってみるしかない。
「ギャガアアァァァァァアアア!!」
再びこちらに襲いかかってきたモンスターにベンダーさんが武器を構えた。その後ろから俺は奴に狙いをすましその引き金をひこうとした。
「ベンダーさん!伏せてください!!」
その声に瞬時に反応した彼は後ろに飛び下がり射線上から外れてくれた。そして、引き金を引いた瞬間そこから衝撃と共に俺の魔力が撃ちだされる。少しぶれてしまったが今回は手応えがあった。それを証明するようにモンスターの体に一つ大きな穴があく。そしてその体がその部分から瞬時に凍りついていった。
「よし、うまくいった!」
そのまま全身が氷漬けになったモンスターは最早一つのオブジェクトとなって完全に動きを止めていた。ここまで威力があるとは思わなかったけど結果オーライだ。昔見た映画で何度も復活する敵を凍らせて動けなくするというものがあったのを思い出した俺は、銃に青い石をセットした。確かイホームの説明ではこの石の効力は氷。だからもしかしたらその映画と同じことができるのではないかとかけてみたんだ。
「これは……魔法を使ったのか?」
「魔法というか……特殊な道具を使ったというか」
本来俺が使えるのは回復の力だけだからこんなことはできないんだよな。いやホント、この銃を持ってきておいてよかった。
「まぁとりあえず、これで大丈夫そうですよね」
「……いやそれはどうかな」
ベンダーさんはまだ警戒を解いてはいないようだ。もしかしてまだ何かあるのか? そう思った瞬間、今度は複数の場所から水面に動きが起こり始めた。
「まずいな、奴らのお仲間はまだまだいるみたいだぞ」
「冗談だって言ってくださいよ……」
こんな数を相手にできるはずがない。一斉にこられたらまさにゲームオーバーだ。
「こうなったら逃げるしかない。とにかくあの陸地まで走るぞ!」
今度は水の上を走るという前代未聞の挑戦が始まんのかよ!! なんて突っ込んでる場合ではなく、俺達は必死に走り続けるしかなかった。後ろからは水しぶきの上がる音が聞こえているが、そんなの気にしている場合ではない。
捕まったら終わりだと言い聞かせがむしゃらに走る。そして、何とか陸地まであと少しというところに差し掛かったとき俺は再びあの扉が不自然に建てられていることに気がついた。
「ベンダーさん、あれ!」
「あぁ、あそこまで逃げ切るぞ!」
最後のスパートとばかりに足に力を込め水を蹴っていく。そしてついに砂浜の土を踏むことができたのだが、喜んでいる場合ではなくそのまま一直線に扉の中に逃げ込んだ。あいつらがこちらに来ないように急いで扉を閉め、ドアから離れる。どうやらこちらまでは追ってこないようで俺達はその場に座り込み安堵の息を漏らした。
「どうやらなんとかなったみたいだな」
「し、死ぬかと思った……」
俺、海がトラウマになるかもしれない。というか水が嫌いになりそうだ。それくらいの恐怖体験をしたぞ俺は。
「ところでなんのためらいもなく入ってきたが……」
そう言ってベンダーさんは言葉を詰まらせた。なんだと思い周囲を見るとそこには一つの大きな橋がかかっていた。底の見えない巨大な谷底をつなぐようにできているそれは、非常に立派で西洋に実在していそうな綺麗な装飾が施されている。
「ここは……まさか……」
「ベンダーさん? どうしたんですか?」
それを見た彼の様子がおかしなことに気がついた俺はそう訪ねてみた。まさか……また何か変なのがいるんじゃないだろうな。
「ここは昔、ララが行ってみたいと言って連れてきたことのある‘フローパシーの橋’という場所だ。だが何でこんな場所にこれが……」
どうやら彼らが過去に訪ねたことのある観光スポット的な場所らしい。それが今、突如目の前に現れているということか。そりゃあ驚くよな。というかいきなり海から橋の前にいる時点でも俺は驚いているんだが。
「先程の海の島もララが乗りたいと言って乗った船の行き先の島と酷似していた。……まさかこの空間はララの記憶を元に作られているのか?」
「記憶ですか。まぁ、ララちゃんのあの霧に飲み込まれてここにいるんですから、可能性は無きにしも非ずですよね」
普通ならありえないと否定するところだが、何が起こっても不思議ではないのがこの世界だ。先程あんなことが起こった以上完全にないとは言い切れないだろう。
「まぁなんにせよ普通では無いことは証明されたんですから、考えたって仕方ないでしょ。とにかくここから抜け出す方法を探さないと」
「……そうだな。すまない、余計な時間をとらせた。先へ進もう」
ベンダーさんはそう言って橋に向かって歩き出した。それに続いて俺も橋の中に足を踏み入れる。一瞬橋の外の景色が見えたがそこは谷底。間違ってでも下を見たらその瞬間、俺の足取りは生まれたての子鹿のようになるだろう。高所恐怖症がこんなところでも影響してくるとは……ほんとに厄介な性質だ。
「しかし、綺麗な橋ですね。ララちゃんが来たがるのもうなずけますよ」
「あいつも来た時はずっとはしゃいでいたからな。よっぽど来てみたかったんだろう」
うっすらと微笑みながらベンダーさんはそう話してくれた。いいなぁ~。俺もこんな形ではなくちゃんとした観光としてここに来たかった。そしたらどんなに晴れやかな気分になれたことか。そう一人凹みながらいつの間にか橋の中腹辺りまでたどりついたとき、俺はあるものに気がついた。またしてもあの扉である。橋の向こう側にポツンと同じ扉が出現していたのだ。ということは、またあの扉をくぐれよってことか。一体あといくつあそこをくぐればいいのやら……。そう肩をすくめた瞬間、突如橋が大きく揺れ地響きが起こり始めた。
「な、なんだ!?」
「おい、荒崎! あれを見ろ!」
そう言われて振り返るといつの間にかこの橋に大きな亀裂がいくつもはしっていた。そしてよく見れば端のほうから徐々に崩れていっていたのだ。わーお……ある意味お約束な展開。でも一つだけ言わせて欲しい。橋は渡るものであって崩れるものじゃねぇんだぞコラ!!
「走れ!」
「あぁぁあああ!! もう!!」
こんな状況になるのもう何度目だよ! なんなの? 世界が俺を殺しに来てるの? 馬鹿なの? 死ぬの? 俺は死にたくねぇよ!!
揺れているため走りにくいがなんとか体制を整えながら向こう岸に近づいて来た。振り返ってみれば最早先程の美しい橋は見るも無残な姿へと変わり果てている。そして、なんとか渡りきった俺たちは橋が完全に落ち切ったのを確認して、少しの間そこに立ち尽くしていた。完全に退路を断ち切られた……。
「大丈夫か?」
「なんとか……」
ここまでくるともう戻れないんじゃないかって達観しちゃうよな。あれか? 過去は振り返るなってことかこれは。
「とにかく次だ、行こう」
ベンダーさんはためらいなく扉を開ける。俺も流石になれたからか抵抗心はほとんどなくなっていた。そんな訳で次の扉をくぐる俺達。さて今度は何が待ち受けているのか……。
「真っ暗ですね」
今度の扉の先には今までのように景色が広がっているのではなく、完全な闇に包まれた空間になっていた。そのためどうなっているのかは全くわからない。手探り状態で前に進んでいくと、突然前方に上空から一筋の光が降り注いできた。警戒して一瞬動きを止めると、その光は少しずつ大きくなり巨大な円状となって何かを照らしていた。そして、そこにいたのは……
「な、あれって」
「まさか、ララ!!」
台座のような場所に横たわって眠っているララちゃんの姿が見えたのだった。それを見た瞬間ベンダーさんは動揺した様子で彼女の名前を叫び、近づことした。しかし、その横から何かが現れるのを見て動きを止める。暗闇の中から光で照らされている部分へゆっくりと歩いてくるそれに視線を集中させ、俺は生唾を飲み込んだ。
そしてついにその正体を現したそれを見て俺は目を見開いた。
「やっと、やっと来てくれたんだね…………お兄ちゃん」
そこにいたのは眠っているララちゃんそっくりのもう一人のララちゃんだった。
次回予告
現れたもう一人のララと対峙した荒崎とベンダー。彼女は自分の存在と呪いについて話しを始める。しかし、そこで聞かされた事実はとてつもないものだった。それでもなんとかララを救おうとする荒崎とベンダーだったが……




