死神ベンダー
その後、イホームに言われ同じ状況で何度か銃の試し撃ちをしてみたが結局、一発も当てることができなかった。まぁいきなり命中させるような才能が俺にあるとも思えなかったから別に残念ではない。
「やっぱ難しいなこういうのって」
「まぁそうだろうね。とにかくお兄ちゃんがまず練習すべきは魔力のコントロールからだからそんなに気負いすることもないよ」
魔力のコントロールねぇ……。なんだかまた面倒くさそうな課題がでてきちまったなぁ。俺は何やら楽しそうなイホームを見ながらそう思うのだった。
イホームから銃を受け渡された後、俺は再び街中に戻ってきていた。右手には小さなあの黒い箱を抱えているが、中身が中身なだけに持っているだけで少し緊張してしまう。にしても……これを俺が使うときが本当にいつか来るんだろうか。この世界の治安事情なんて知らないからどうかは分からないが、今のところ俺が巻き込まれた犯罪的事件ってフラウの時ぐらいだもんな。それ以外では街中でも今のところ見たことないし、ここの治安がいいだけなのかもな。知らない場所でいろんなことが起きてるだけかもしれないけど。
「まぁそれは置いといて、今はこれからどうするかだよな」
イホームに確認をしたところ俺が確実に信頼できる人間には今回のことを内密的に話してもいいということだったけど……。とりあえずフラウとセルツとピィタは……まぁ一応話しておくとして、後は誰にこのことを伝えた方がいいかな。
候補としてはまずベイルとカルラちゃんとエストニアさん辺りか。あと俺の知り合いといえば……孤児院の人達とか素材屋のラヴィータさんとかか? あ、それと最近見かけないヴィオーラもいたか。交流自体そんなに頻繁にしているわけでもないからあげられても数える程しかいないな。まぁ話すかどうかは別として頭の片隅にはおいておこう。
それと一応候補にはあげてみたがベイル達にこのことを話すのはどうなんだろうか。最近まで呪いと一番因縁があった人間にこんなことを伝えたらどう思うかは想像しなくても分かる。しかも相手はベイルだ。初めて会った時、俺を試そうとして刃物を向けてくるような彼女がこのことを知ったら何をしでかすか……。もしかしたら妹の仇とか言ってそいつを排除しようとか考えそうだもんな。まぁとにもかくにも彼女たちに話すときは慎重にいかないと。
頭の中で考えながら自分なりに整理していく。そんな風に考え事をしている時というのは大抵周りの時間が早く過ぎているように感じるもので、俺はいつの間にかヒルグラウンドの前を通り過ぎるところまで来ていた。そのまま何気なく通り過ぎようとしたのだが、何故だか周囲の人達がざわついていることに気づき俺はふと足を止めた。
「なんだ?」
みんな中をチラチラ見ながらこそこそと何か言っている。中でなんかあったのかな? まさかまたベイルが毒にやられたとかじゃないよな? もしそうだったら流石にヒルグラウンダーとしてどうかと思うけど。
「……行ってみるか」
そんな冗談は置いといて、俺は様子が気になったので施設の中に入ってみることにした。扉をくぐり周囲を確認する前に早速おかしなことに気がついた。なんだかやけに人が多くないか? いつもはもう少し閑散としているのに、今日に限ってはヒルグラウンダーの人達がこぞって集結しているみたいだ。周りのテーブルに座ってたり、適当な場所に突っ立っていたりと状態は様々だが、みんな視線は同じ方を向いている。その視線の先には受付のカウンターがあるはずなのだが、周囲を囲むように人が立っていてよくは見えない。
あそこに何かあるのか? これだけの人達が注目するってことはよほどのものなんだろうけど……この国の人たちって結構やじ馬根性旺盛だよな。こんな状態、日本にいた頃よりも見ている気がするぞ。そんなこと思いながらも気になった俺はあの集団に混ざろうかどうか考えていた。その時、突然後ろから肩を叩かれ振り返ってみるとそこにはいつの間にかベイルが立っていた。
「おう、ベイルか」
「おう、ではない。どうしたんだ荒崎。朝お前の家に向かったら置き手紙に‘朝食は置いといてくれ’だなんて。何かあったのか?」
「あぁいや、ちょっと野暮用というかなんというか……色々あってな」
今ここであのことを言うのは流石にまずいからな。適当にはぐらかしておくしかない。というか気配を消して近づくんじゃないよ! もう簡単に背後取られすぎな気がするぞ俺。今のままじゃ暗殺とかしようと思われたらすぐにゲームオーバーまっしぐらだなホント。
「野暮用ねぇ。まぁ下手な詮索はしないが……。それより今日はどうしたんだ? 仕事でも受けに来たのか?」
「いや仕事じゃなくてほら。何かあそこに人だかりが出来てるから気になってさ」
俺が指差すとベイルも異変に気がついたようで、怪訝な表情になった。ベイルも知らなそうってことは突然の出来事だったっぽいな。
「なんなんだあれは? なにかあったのか?」
ベイルはそう言って人ごみに近づこうと歩き出した。俺もそれにつられてあとに続く。そのまま半分ほど進んだとき、突然その人だかりが二つに裂けるように両側へ別れ始めた。
その瞬間、中から誰かがこちらに歩いてくるのが見えた。人がいたんだな。そう思いながら俺もベイルも通路を開けるように両側にそれる。そして、そこから出てきた人物の姿を目にしたのだが、それはなんとも異様なオーラを放つ黒髪の人物だった。口元まで覆われた黒いコートのような服。片目が隠れるほどの長髪に白くはえる肌が際立って少し不気味な印象を俺は抱いた。なんていうか墓の中から出てきましたって言われても驚かないくらい顔色悪くないかこの人。それに180センチはありそうな高身長。この人が夜中に突然現れたら全力で逃げる自信あるは俺。
「なんかすごい人だな。なぁベイル……ベイル?」
ベイルがあの人を見つめたまま驚きの表情で固まっていた。え? そんなに怖かったのか? そこまで露骨に感情をだしたら逆に失礼なんじゃないだろうか。
「あの姿……間違いない。あれはヒルグラウンド最上級クラスの一人。‘死神ベンダー’」
「……はい?」
最上級クラス? 死神? 一体全体なんのこっちゃな俺は頭に?マークを浮かべた。
「知らないのか荒崎! ヒルグラウンドのトップ5に入る有名なヒルグラウンダーだぞ!!」
「いや、そう言われても俺ここに来たの最近だし」
興奮するベイルとは裏腹に俺は至って冷静にそう返した。いやそんなマジかよ……みたいな顔されてもしょうがないだろ。テンションの差に戸惑いつつも俺達は再び視線を向ける。こちらにゆっくりと歩いてきている姿を見つめて男はおぉ……と声を漏らし、女性は黄色い声を上げている。
よく分からんがつまりはあれか。いわゆる有名人ってやつだな。あっちの世界で言うアイドルグループの一人みたいな感じか? トップ5って言ってたから他にもこんな人が後四人はいるってことだよな。その人達もこんな風に突然やってきたりするんだろうか。
そんなこと考えながら何の気なしに通り過ぎるのを見送っていく。……はずだったのだが、突然その歩みを止めその場に立ち止まってしまった。それだけならそこまで気にしなかったのだが、おかしなことにその場所の真横には何故か俺が立っていたのだ。
周囲がどうしたのかとどよめきたつ。……ん? なんだ? 何かあったのか? というかなんで俺の真正面で止まってんだこの人。不安になった俺はその場から移動しようと二、三歩後ろに下がり体の向きを変えようと踵を返した。
「待ってくれ」
その瞬間、ハスキーな恐らく男性のものと思われる声が周囲に響き渡った。
俺は体を一瞬硬直させ、生唾を飲み込んだ後その声のした方へゆっくりと振り返った。するといつ動いたのか分からないうちにその姿が向かい合うように近距離まで迫っていた。見下ろすように視線を向けられ俺は背筋に冷たいものが通っていくのを感じる。嘘だろおい、なんで俺に話しかけてきてんだよこの人。俺が何かしたか? どこうとしたのがそんなに気に食わなかったのか? 何の変哲もない人間が視界から外れただけだろうよ。もっと心は広く持とうぜ。
「あ、あの……なにか?」
絞り出すような声でそう聞き返すと、ジッと俺を見つめた後何かを確認するかのように自分の左手のひらをチラリと盗み見ていた。
「君はここのヒルグラウンダーなのかい?」
「え? はい、一応……」
聞かれたから答えたけどその質問には一体どんな意図があるんでしょうか? そう思っているとおもむろにこちらに右手を差し出してきた。
「そうかい。俺も今度からしばらくここで働くことになったから、よろしく頼むよ」
「はぁ……よろしくお願いします」
恐る恐る俺も手を差し出し、その手を握って握手をした。この人の手……随分と冷たいな。血が巡ってないんじゃないだろうか。
「じゃあ、またね」
握手を終えるとそう一言俺に告げて今度は颯爽とした足取りで建物から出ていってしまった。まるで俺以外には興味が無いとでも言うかのような態度である。
それを呆然と見ていた周りの傍観者は彼がいなくなると今度は俺に視線を向けてくる。次々に刺さる視線が痛いのだが、俺も何が起こったのかさっぱり分からないので只々ポカーンとすることしかできなかった。
「あ、荒崎……お前実は彼と知り合いか何かだったのか?」
ベイルも一周回って冷静になったのか、さっきの興奮した態度からいつもの調子で俺にそう訪ねてきた。
「さっきも言ったろ。初対面どころか存在すら初めて知ったわ」
「そう……だよな」
どういうつもりだったんだあの人は。それに‘またね’ってことは今後俺に接触してくるってことなんだろうか。
「はぁ……なんだか面倒くさそうな予感がするぞ」
俺は彼が出ていった入口の扉を見つめ、そうぼそっと呟いたのだった。
一方その頃、ヒルグラウンドから少し離れたベイルの自宅から、カルラが忘れ物を届けようとこちらに走って向かっていた。
「姉さんったらなんでこんな忘れ物するのよ!」
カルラは麻袋に入れられた道具を手に路地を駆け抜ける。何度も通っている道なだけに迷うことは決してない。
すれ違う人ごみをうまく交わしどんどん進んでいく。そのうち施設の姿が遠目に見えてくるところまで近づいてきていた。
「姉さんまだ中にいるよね?」
そう思いながら一瞬気を逸らした時だった、突然目の前に人が飛び出すようにして現れたのである。
「きゃっ!!」
何とかその人影をかわそうと体を動かすが、その健闘も虚しく勢いをつけたまま衝突してしまった。
お互いにはじかれるようにバランスを崩し、地面に尻をぶつけるように倒れ込んだ。激しい痛みが体を襲い、思わず涙目になりながらカルラは声を漏らした。
「痛ったたた……」
お尻をさすりながら痛みを紛らわそうとするがそう簡単にひいてくれるはずもなく、痺れるような感覚を味わうことになっていた。
そんな状態でもカルラはハッと相手のことを思い出し、顔を上げ状態を確認しようとした。すると目の前には真っ白な髪がサラサラと揺れる一人の少女が立っていた。先程突き飛ばしてしまったはずなのにいつの間にか立ち上がっていたのである。
「ごめんなさい! 大丈夫でしたか?」
彼女はどこも痛そうな素振りを見せず、こちらに腕を伸ばしてきた。
「い、いえ! こちらこそ避けきれなくてすいませんでした」
カルラは慌てて謝りその手を掴み返した。その瞬間、突如体中の体温が下がるような強烈な寒気に襲われ、心臓の鼓動が異様なほど大きくなっていった。まるで臓器を直接掴まれるような恐怖がカルラを襲い思わずその手を振りほどいてしまった。
「なに、今の?」
この感覚……私どこかで……。震える手を抑えながら彼女を見ると、明らかに動揺している様子でこちらとの距離を離し始めていた。
「そ、そんな……違うんです。わ、わざとやったわけじゃ……」
「え?」
彼女は顔色をみるみるうちに曇らせながら耐え切れなくなったかのように走り出してしまった。
「あ、待ってください!!」
そう呼び止めるも彼女は振り返りもせずに姿を消してしまった。
「今の子……誰なんだろう」
転んだ時の痛みも忘れる程の強烈な感覚を右手に残し、カルラは彼女の去っていった方向を見つめ続けていた。
次回予告
知らぬ間に動き出す状況。それぞれの思惑。今はまだ緩やかに、だが確実に破滅へのカウントダウンは迫り始めていた。




