外食パーティー
俺は家に帰った後、フラウやピィタ達を一緒に連れて街中にやってきた。ちょうどピィタ達は家に帰ってきていて、空から街の中を見たら大勢の人間で賑わっていたと少しその状況に興味があるようだった。なのでどうするか聞いてみたところ行ってみたいとのことなのでピィタには見えなくなる魔法をかけてもらい一緒にベイル達と合流することにしたのだ。
というわけでまずは寄り道をせずにベイル達と待ち合わせをしていたヒルグラウンドにやってきた。最早お決まりの場所になりつつあるなここも。本当はこういう時くらいもっと別の場所にできれば本当は良かったんだろうけどそんな洒落たことを俺ができるはずもないし、そもそもそういうことをするのに適した場所も俺はよく知らない。
そう考えるとまだまだ俺はこの国には馴染めてはいないんだとつくづく思った。
中に入るといつも通りチラホラと人影が見える。だがよく見ると今日はいつもと様子が違った。いるのはみんな男性ばかり。しかも何故だが妙に殺気ばしった視線をこっちに向けてきている。さらに正体はドラゴンだが見た目は美女のセルツを連れているからか、一部の人間からは嫉妬的な言葉まで吐かれてしまった。何この空間……いますぐ逃げ出したいんですけど。そう反射的に俺は思った。でもそれと同時に何故だかこの空気に懐かしいものも感じる自分がいることに気がつく。
まぁ、それが何なのかはなんとなく分かっている。多分今ここはそういう人間が集まる場所になっているのだろう。本来ならば俺もそっち側の人間だったんだけど……まさかこの視線を受ける側になるとは……。
「? どうしたのだ主よ」
俺の様子がおかしいことに気がついたセルツがそう聞いてきた。
「いや、ちょっと感動してただけ」
わざと振り返らず小声でそう返しておく。どういう意味なのかセルツは完全に分かっていなさそうだったけど、説明しちゃうと俺にもダメージがきそうなのでそのままにしておくことにした。
そんなちょっとした初めての優越感を感じながら、俺は早足気味にカウンター奥の部屋へと向かう。そこで気がついたのだが今日はいつものように受付のお姉さん達の姿が見えない。仕事依頼の紙も貼り付けられていないのを見ると、今日はそういった業務は休みなんだろうか。
そう思いながら部屋の中に入るとそこにはベイルとカルラちゃんに加え、もう一人誰かが椅子に腰掛けていた。
「あ、荒崎さん。お待ちしてました」
「あれ? エストニアさんじゃないですか」
ちょうど背中を向けるように座っていたことと、これまたいつもと雰囲気が違うことによって俺はその人物がエストニアさんだと全く気がつかなかった。っていうか私服姿のエストニアさんじたい初めて見たな。スラッとした黒いズボンに大人っぽいベージュ色のジャケットのようなものを着ている。
これはまた新たな一面が垣間見えたな。エストニアさんはこういう格好を普段はしているのだろうか。
「さっきたまたまそこで合流してな。一人で寂しそうだったから一緒に誘ったんだ」
「ちょっと!! 何よその言い方! 別に寂しそうになんてしてないわよ!」
「ほう、その割には随分とキョロキョロ辺りを見回しながらフラフラしていたじゃないか」
そういたずらっぽい顔でベイルに言われエストニアさんはうっ……と明らかにたじろいでいた。多分なんにも予定とかなかったんだろうな。
「と、とにかく!! 突然私まで混ぜてもらっちゃいましたけど荒崎さんはよかったでしょうか?」
「えぇ、俺は別に構いませんけど」
というか今の流れで断れるわけがなかろうに。もしそんなことしたらエストニアさんが街の闇へと消えて行っちまいそうだもんな。
「そういや、今日はヒルグラウンドってお休みなんですか?」
「一応施設自体は解放されてますが、仕事依頼などは緊急のもの以外は受け付けないようになっています。でも今日はその緊急の仕事がなかったので私達も完全にお休みになってたんです」
なるほど、そうなのか。こんな日でも緊急であれば仕事の請負をしてくれるんだ。でも、まぁそうじゃないと何かあった時に誰も動けなくなって困ったことになるんだろうな。
「それであんなにヒルグラウンダーの人達はここに居るんですか?」
あの妙に殺気だった男達について聞いてみると、エストニアさんとベイルは困った顔で首を横に振った。
「いや、あれは今日の祭りで誰からもハンカチを渡されなかった奴らだ。いつもは緊急の依頼なんかがあればそれを請け負った時にエストニア達のような受付嬢にお礼として貰えるんだが、今年はどうやらそれも無いようでみんな打ちひしがれているようだ」
「姉さんが何とかしてくれましたけど、ここに入ってきたときちょっと怖かったのです」
「まさかそこまで楽しみにされているとは思ってなくてね。どうしようか迷ってはいたんだけど……結局、用意してなかったのよ」
「そ、そうだったんですか」
もうこれ完全にやばいよ!! 俺達がいちゃいけない場所ダントツ一位になってるよ!! 今すぐに脱出しないとどうなるか分からないという不安が一気に押し寄せてくる。なのでとりあえず俺はここから出て街に行こうと皆を急かすような感じでヒルグラウンドを後にした。出て行く時のあの気まずさは多分しばらく忘れないと思う。
という訳で街の中にやってきた俺達はとりあえず中心部近くまで行ってみようということになった。どんどん歩いていくにつれて人の数も多くなり、まさにお祭りという雰囲気がどんどん強くなっていく。横を向けば色鮮やかで細かな装飾の施された飴細工や、食欲をそそるスパイシーな香りを漂わせる串焼きにされた肉料理などどれもこれも美味しそうなものばかりが並んでいる。ちょっとした広場のような場所では様々な大道芸が行われており、子供達が目を輝かせながら夢中になってそれを見ていた。
「すごい活気ですねご主人様」
「これほどの人間が一度に同じ場所に集まるとは……中々見ものだな」
「ぴぃいいいい!!」
うちの連れもそれらを見ては、興奮した様子でしきりに首を右に左に振っていた。セルツとピィタに関してはこんな経験したことないんだろうからそうなるのも納得できるけどな。まぁこれがいい体験として思い出に残ってくれれば連れてきた甲斐があったってもんなんだけど。
「カルラ、ちゃんとついてくるんだぞ」
「うん、分かってるけど……少し人が多すぎるから……」
そう後ろから聞こえてきたので振り向くと、ベイルの後に続いてカルラちゃんが必死についてこようと頑張って歩いていた。すこし油断したらはぐれてしまいそうである。
「そうねちょっとどこかに避難したほうがいいかもね」
「そうですね。これじゃあ進んでいってもまともに見て回れなさそうですし……カルラちゃん、大丈夫?」
「は、はい。なんとか……」
そう彼女が答えた時だった。突然人の波が横に大きく動きベイルの服を掴んでいたカルラちゃんの腕が離れてしまった。
「カルラちゃん!」
それに俺は反射的に腕を伸ばし、彼女の手を思い切り掴んでしまった。そのまま離すまいとこちらの方にその手を引っ張り思い切り引き寄せる。
「っと、危ねぇ。大丈夫か?」
「は…………い」
そこで俺は自分の今の状況に気づいた。勢いよく引っ張ったためカルラちゃんの体は俺の体にぴったりとくっついている。そしてそれを受け止めたため彼女の肩には俺の手が触れられていた。
うわーーーーお……。なんてこったい何この状況。これはどこの少女漫画ですか? いや漫画なら男はもっとイケメンなんだろうけど……ってそこじゃなくて!
「ご、ごめんなさい! お願いだから殴らないでください!!」
「え? 荒崎さん?」
はっ!! 何を謝ってるんだ俺は。別に悪いことをしたわけでもないのに。これじゃ逆にそういうことをしちゃったみたいになるじゃねぇか!!
「カルラ! 大丈夫か!?」
何とか人ごみをかき分けてベイルもこちらにやってきた。その後にエストニアさんとセルツやフラウもついてきた。ピィタは宙に浮いているのでなんの問題もなく俺の背中にくっついてくる。こういう時に飛べるって本当にいいよな。俺にも今だけ翼を授けて欲しいわ。
「とにかく一旦ここから出よう。このままじゃ本当に皆はぐれちゃうよ」
その俺の意見に全員賛成して、脇道にそれるように俺達は人ごみを脱出することにした。
うまい具合に抜け道を見つけることができたので何とかそこに避難して一旦休憩することにした。
「いやーすごかったな。こりゃあしばらくはあの中に行くのは無理そうだぞ」
「あぁ、流石にあの人ごみは酷すぎる。落ち着くまでどこかで時間を潰したほうがいいかもしれないな」
ベイルがそう提案するとエストニアさんがビシッ! と手を挙げて立ち上がった。
「なら私の行きつけのレストランに行ってみない? 今日はお祭りの日だから丁度色んなサービスをしてるみたいなのよ。ここからならそう遠くないし、どうかしら?」
エストニアさん行きつけのレストランか。ちょっと興味あるな。それに俺は昨日ピィタの鱗を換金したおかげで財布の中身もだいぶ潤ってるし、プレゼントのお返しとしてご馳走するのもいいかもしれない。
「いいんじゃないですか? 皆で集まって飲み食いして騒ぐのもこんな日くらいしかできないかもだし」
「……確かに、それもそうだな。考えてみれば外で食事をとるのは久しぶりだし、今日は少しくらいハメを外したっていいだろう」
という訳で、今回はエストニアさんの提案に乗っかり外食パーティーを開くことになった。
それから十数分後。エストニアさんの言っていた行きつけのレストランとやらに到着した。やはりここも人で賑わっていたが、運のいいことに団体用のテーブル席が余っていたおかげですんなり入店することができた。
席に座り各々が注文をして料理が運び込まれてくるまでの間、軽い談笑をしながら時間を潰す。あ、ちなみにセルツ達には食べ物が無理なら何か飲み物でも飲めと半ば強引に注文をさせておいた。それでも念のため確認したところまぁそれくらいなら大丈夫だろう、と言っていたので多分心配はないと思う。
そして俺はそんな中でふとカルラちゃんが随分と大人しくなっていることに気がついた。
「カルラちゃん? 大丈夫?」
そう声をかけると彼女は顔を上げてこちらを見上げた。その顔をよく見ると、何故か瞳がうるうると充血気味になっていた。え!? 何でそんな悲しそうな顔してるの? それを見た俺はどうしていいか分からずうろたえてしまった。
「ごめんなさい、なんだか私嬉しくって……本当だったら私は今もあのベッドの上で寝たきりのままで、このお祭りにも参加することができなくて、荒崎さんや姉さん達とここに居ることもできなかったんだと思ったら……」
すこし震えた声で彼女はそう言った。その言葉にみんな思わず黙り込んでしまう。そうか、彼女にとって今のこの時間は俺達が思っているより何倍もの価値がある時間なんだ。そんな彼女だからこそ今のような言葉がでてきたのだろう。自分といるこの時間が価値あるものだと言われるのはなんだか気恥ずかしくもあり、そしてそれ以上に喜ばしいことでもあった。
「カルラ……」
「……そうだな。これからはまた新しい人生がスタートするんだ。それがどうなるかは俺達には分からないけど、可能性は無限大にある。だからこれからは自分のための時間もゆっくり楽しんでいったらいいさ。まぁ、そこに俺達を加えてくれるならもちろん喜んで参加させてもらうけどね」
俺がそう言うとカルラちゃんは手の甲で両目を軽く拭うと、微かに笑って‘はいっ!’ と元気よく返事をしてくれた。なーんか小っ恥ずかしいことを言った気もするけど、そこは勢いということでひとつ。
そうしている間に注文していた料理や飲み物がどんどん運ばれてくる。何もなかったテーブルが埋め尽くされ次第に宴の準備が整っていった。
「よーし!! それじゃあ今日はとことん飲みまくるわよ!!」
「「「「「おぉーーーー!!」」」」」
「ぴぃいいいいいいいい!!」
それを合図に俺達の外食パーティーは幕を開けた。
数十分後。
「だぁぁぁああああかぁぁぁああらぁぁぁあああ!! 何で私にばっかりいつも厄介事が回ってくるわけ!? こんなに一生懸命働いてるのに……なんにもいいことないじゃないのよおおおおお!!」
俺の目の前にエストニアさんの皮をかぶった誰かがいた。恐らくアルコールの類が入ったグラスを片手にそう喚き散らしている。嘘だろ、おい。この人酔うと性格変わるタイプだったのかよ。
さらにその横には……
「うぅ~……カルラちゃ~~ん! お姉ちゃんがずっと守ってやるからなぁ~~。うへへへへ、カルラちゃ~ん」
「…………」
もはや抱きつき人形と化しているカルラちゃんとそれにまとわりつくベイルの姿。何度も引き剥がそうとしたのだがそれでもこの形に戻るため諦めたらもっとひどくなっていた。完全にカルラちゃんは呆れた顔をしている。もうホントこれどっちが姉なのかわかんねぇな……。
更に俺の隣ではセルツが頼んだ飲み物を飲まされたフラウが膝の上でダウンしている。そしてそのセルツはというと……
「うむ、すまないがもう一杯頼む」
「おまえまだ飲むのかよ!!」
すっかりはまってしまったのか先程から同じ飲み物を何杯も注文していた。ピィタは何とか俺が守りきり普通のジュースをちびちびと飲ませている。
「ねぇ、ベイルどう思う!! ねぇねぇねぇえええええ!!」
「うや~~……カルラ~~~……」
「ぴぃいい!! ぴぃいいい!!」
「うむ、やはりもう一杯頼む」
「ご主人様~……」
「「…………」」
楽しかったはずのこのパーティーが突然ご覧の惨状に変わってから何とか俺の力で皆を正気に戻した後、カルラちゃんからお怒りのお説教があったのは言うまでもないことだった。
酒は飲んでも飲まれないようにしないとね!! そんな教訓を改めて胸に刻みこみ俺達は残りの時間で精一杯祭りを楽しんだのだった。




