妹と一緒に待っている
お願いします。
俺達がピレアムアを馬車で出発してから数時間後、道中何事もなく行きの時よりも若干早くモートリアムに到着することができた。そのまま王宮に連れて行かれるのかと思ったが、長時間の移動で疲れただろうとイホームが気をつかいわざわざ俺の家の近くで降ろしてくれた。
「とりあえず報告は私がしておいてあげるからお兄ちゃん達はゆっくり休んで。あ、後そのローブと変声布はとりあえず私が預かっておくから」
「あぁ、了解。じゃあ後はよろしく頼むな」
そう言って降りるときに脱いでおいたその二つを俺はイホームに手渡した。はぁ、やっと暑苦しい服装から解放された。できればしばらくはそのまま預かっておいて欲しいもんだな。
その後、馬車を見送った俺達は我が家へ向けて歩き出した。といってもピィタは途中で眠ってしまい俺がおんぶをしながら歩いているんですけどね。それにしてもまだこちらに来てから数日程しか経っていないのだが、やはりどんな場所でも自分の家という存在は特別なようで妙な安心感が次第にこみ上げてくる。うん、いやほんと帰る場所があるっていいことだね。
そんなことを考えながら玄関の前に着いた時、俺の目に気になるものが映っていた。ドアノブのところに小さな麻袋がぶら下げてあったのだ。
「なんだこれ?」
誰かが置いていったと考えていいよなこれは。だとすると……家の場所を知っている誰かの可能性が高いから、イリヤさんかベイルあたりだろうか。そう思いつつも何が入っているのか分からないので俺は一応警戒しつつその袋を手に取った。重さは全くないな。というか中身が入ってるのかどうか怪しいくらい軽い。怪訝に思いながら試しに袋の口を開けてみるとその中には、一枚の折りたたまれた白い紙切れが入っているのが見えた。それを横で見ていたセルツと俺は同時に首を傾げた。
「どうしたんですかご主人様?」
「いや、なんか紙切れが入ってたんだけど……」
それを袋から取り出し、広げてみるとそこには黒いインクでこう書かれていた。
‘荒崎へ’
帰ってきたらヒルグラウンドへ来てくれ。私の妹と一緒に待っている。
‘ベイル’
女性らしい綺麗で整った文字の最後にはベイルの名前が書かれていた。どうやらこの袋はベイルがここに掛けていったものらしい。そういや、いつ戻ってくるかちゃんと言ってなかったもんな。にしてもヒルグラウンドに来てくれ、妹と一緒に待ってるってことは恐らく何か俺に話があるのだろう。この文面を見る限り妹さんも多少は動けるようになったようだな。よかったよかった。
「ベイルから俺宛に置き手紙だったみたいだ。ヒルグラウンドに来て欲しいんだと」
「ベイルさんからですか」
待ってるってことは今もヒルグラウンドにいるんだろうか。もしそうだとしたら早めに向かったほうがいいよな。かと言ってこのメンバー全員で行ったら妹さんを色々と驚かせてしまうかもしれないし……。俺だけ行ったほうがいいよな。
「悪いみんな、ちょっと俺このままヒルグラウンドに行ってくるから家で留守番しててもらっていいか? ピィタもまだ起きそうにないからそのまま寝かしておいて、もし起きたら面倒見ておいてやってくれ」
「あぁ、分かった」
「気をつけて行って来て下さいね」
という訳で俺は背中で寝ていたピィタを預けそのままヒルグラウンドを目指すことにした。
しばらくしてヒルグラウンドの前に俺は辿りついた。別に気にすることもないと思うが軽く身なりを整えてから扉をくぐり中に入る。相変わらず強面の男の人やどう見ても人間じゃない風貌の人がチラチラ見えて変に緊張してしまう。なるべく目立たないようにベイル達を探さなくては……あの人達に絡まれたら絶対に終わる。色んな意味で。そう思いつつキョロキョロと室内を見渡すがそれらしき影は見あたらない。もしかしてこの前みたいに2階にいるのだろうか。そう思った時だった。
「あ! 荒崎さん! 来てくれたんですね」
不意にカウンターの方から名前を呼ばれたかと思えば、そこにはエストニアさんの姿があった。どうやら奥の部屋から今出てきたようだ。
「どうも。家に帰ったらベイルからここで待ってるって置き手紙があって今来たんです」
「はい、彼女達は今休憩室にいるのでよかったらこの部屋で待っていてもらえますか? すぐに呼んできますので」
「そうなんですか、分かりました」
エストニアさんに案内され俺はカウンターの奥の部屋で待機することにした。いつぞやの時もこの部屋に連れて行かれたんだよな。思えばその時に俺がベイルを助けたから関わりを持つことになったわけだけど、あの時にそんなことがなければこの部屋にも入ることはなかったんだろうなぁ。そんなこと考えながら待っていると扉が数回ノックされ部屋の扉が開かれた。
「荒崎さんお待たせしました。2人を連れてきましたよ」
エストニアさんがそう言うとそのあとに続いてベイルともう1人小柄な女の子が部屋の中に入ってきた。
「どうやら無事に帰ってきたようだな荒崎」
「おう、まぁ色々あったけどなんとかなったよ」
いやほんと予想外だらけだったけどな。あんなデンジャラスな体験はある意味貴重だったかもしれないが……できればもうしたくないな。
「そ、そうか。お疲れ様」
俺のどこか遠くを見るような顔を見てベイルはあらかた察してくれたようだ。お疲れ様という言葉が何でか妙に沁みる気がする。
「えーと、荒崎。そんな疲れてるところで悪いんだが、今日は私の妹を紹介しようと思って呼んだんだ。ほら、カルラ挨拶して」
ベイルはそう言って隣でちょこんと佇んでいた女の子の肩を軽く叩いた。
「う、うん。あの、初めまして。私ベイル姉さんの妹の‘カルラ・レイミリア’と言います。この度は私の体を治していただいて本当にありがとうございます」
カルラとなのった女の子は礼儀正しく頭を下げてきた。それに合わせて彼女の茶色く少し短めの髪がサラサラと揺れる。流石は姉妹なだけあってベイルと同じ綺麗な褐色の肌をしていて、顔立ちも整っておりどこか妙な気品のようなものを感じた。話し方の感じからしてもベイルとは違い落ち着いている印象を受ける。なんかしっかりしてそうな子だなぁ。
「えっと、初めまして。自分は荒崎 達也と言います。君のお姉さんには料理を作ってもらったりしていろいろお世話になってます。これからよろしくね」
こんな感じでいいんだろうか。小さい子に自己紹介とかあんまりしたことないからどういう風にすればいいんだか分からん。そもそも自己紹介じたいあんまりしたことないからな。とりあえず変なやつだと思われなければいいか。
「荒崎さんですね。姉から色々とお話は聞いていました。すごい力を使うことができるんですよね。それで姉のことも助けてくれたそうで本当に感謝してもしきれません」
「い、いやいやそんなお気になさらず」
おいおいおいおいこの子本当に年下だよな? やけに礼儀正しいというか、いきなり刃物向けてきた姉とはえらい違いだぞ。
「その時に姉がご無礼なことをしたこともエストニアさんからお聞きしました。本当に申し訳ありません」
「うぐっ!!」
あ、それも聞いてたんだ。妹にそう言われベイルはプルプルと震えていたが反論の余地はないと判断しているのか何も言わずに下を向いて黙り込んでいた。もしかしてだけど、こういうところはベイルよりもカルラちゃんの方が強いのかもしれない。常識的な意味で。
「姉にはきつく言っておきましたのでどうかこれからも仲良くしてあげていただけるとありがたく思います」
「は、はぁ……いやこっちもお世話になってるからこちらからもよろしくお願いしますって感じなんだけどね」
チラッとベイルを見るとものすごく何か言いたげな顔をしていたが、どうやら堪えているようだった。あーこれ完全に力関係逆転してんな。
「カルラちゃん、そろそろベイルをいじるのは終わりにしてあげて頂戴。あんまりやるとまたいじけちゃうから」
「エストニアさん、分かりました」
「いじるって言うなぁ!!」
……うーん、なるほど。この3人の関係性が今のやり取りでわかった気がする。っていうかベイルっていじられキャラだったんだ。
「ほら、それよりも2人は荒崎さんに言いたいことがあったんでしょ?」
「言いたいこと?」
エストニアさんにそう言われベイル達はハッと何かを思い出したようだ。言いたいことってなんだろうか?
「そ、そうだった。荒崎、実は一つ頼みたいことがあるんだ」
「ほう、一体何を?」
「今私はお前の料理人として家に通わせてもらっているだろう? それで最近になってカルラの体が徐々に回復して少しの距離なら動いても問題ないまでになったみたいなんだ。だからこれからは私が荒崎の家に訪ねるときにカルラも一緒に連れて行ってやりたいんだ」
「おぉ、そうなのか? まぁそういうことなら全然問題ないけど」
別に一人や二人くらいなら問題はないだろう。むしろ人数が増えて食卓が賑やかになっていいかもしれない。この妹さんがいればベイルが暴走した時にストッパーになってもくれそうだし。まぁ、そんなことがあるのかは分からないけど。
「本当か。よかった、それじゃあ今日の夕食はカルラも一緒に荒崎の家で食べることにしよう」
「あ、でもその前に色々と準備というかなんというか……が、あるから少し後に来てくれるか?」
せっかくうちの特殊メンツを置いてきたのに家に来て早速バレたら意味ないし。とりあえず最初はカルラちゃんに変な刺激を与えないように色々ごまかしておかないとな。
「そうなんですか? あの、もしご迷惑なようなら今日は私、家でお留守番していますけど……」
「いやいやいやいや、大丈夫大丈夫。全然気にしないで。ただちょっとやることがあるだけだから」
「そうか、それじゃあ私達は一度家に帰ってからそちらの家に向かうことにするよ」
「あぁ、分かった。楽しみにしてるよ。カルラちゃんも無理しないように来てね」
ということで俺達は一度解散して俺の家に再び集合することになった。エストニアさんに部屋を貸してもらったお礼をしてぞろぞろと外に出て行く。その時、不意にカルラちゃんがこちらに振り返り話しかけてきた。
「荒崎さん。実は言い忘れていたのですがこれからお食事にお邪魔させて頂いた時にお話したいことがあるんです」
「話したいこと? 何?」
そう聞くと彼女は自分の両手をギュッと握り締めた。
「その、私が動けなくなって眠っていた時に見ていた‘ある夢’のことで聞いて欲しいことがあるんです」
「夢?」
これまた妙な話がでてきたもんだな。あの状態になっていた時に見ていた夢か。なんなのかは分からないが様子を見る限り真面目な話のようだ。
「分かった、その時にゆっくり聞かせてもらうよ」
その答えを聞いた彼女は満足したのかどこか安心したような顔になり、ぺこりと頭を下げてきた。
「カルラ、どうしたんだ?」
「ううん、何でもない。それじゃあ荒崎さんまた後で」
そう言ってベイルとカルラちゃんは手を繋ぎそのまま自宅へと帰って行った。
「さてと、それじゃあ俺も帰りますか」
その姿をある程度見送った後、俺も家路につくことにした。その道中、俺は最後にカルラちゃんの言っていた夢の話という言葉が頭の中をよぎり続けていた。
次回
荒崎の家にやってきたベイル姉妹。和やかな雰囲気で夕食が進む中、カルラは荒崎に例の夢の話を語りだす。だがその内容は少し妙なもので……




