回復した王女様
イリヤさんに連れられ廊下をどんどん進んでいく。途中、いくつもの扉の前を通り過ぎていったが一体ここにはどれだけの部屋があるのだろうか? っていうか何に使うものなんだろうか?
そう考えていると、
「着きました、こちらのお部屋でファリア様はお休みになられております」
そう言われた部屋の扉の前には何とも強そうな強面の兵士が二人、ピクリとも動かずに立っていた。それはそうか、なんたって王女様のいる部屋だもんな。ボディーガードの一人や二人いても不思議じゃないか。
「ジャガル様のご命令で彼をこの部屋まで案内するように言われてきました。通していただけますか?」
イリヤさんがそう言うと二人の兵士は全く同じタイミングで横にずれると、びしっと敬礼をしてまたピクリとも動かなくなった。
すげぇ……これが国の兵士ってやつなのかな。ちょっと感動しちゃったよ。
「さぁ、荒崎さん」
「は、はい!!」
イリヤさんは何事もなかったような顔で扉をノックし中に入っていく。
それに対して俺はその扉をペコペコと頭を下げながら入っていった。うーん、やっぱり日本人としての癖は治らないもんだねぇ。
イリヤさんはそんな俺を不思議そうな顔で見ていた。
中には既にジャガル様とゼオラ様が居て、部屋の真ん中にある大きなベッドの隣に立っていた。あれは一人用のベッドなのか? 多分あれ五人くらいなら余裕で眠れそうな気がするんだけど。
そんなベッドの上に一人の少女が上半身だけを起こすような感じで起き上がっていた。あの金色の髪……多分そうだろう、俺が助けたあの女の子だ。あの時は目をつぶってたし、それどころじゃなかったからよく見ていなかったけどかなりの美人さんであった。
見える肌はあの時のような黒さではなく雪のように白い。瞳の色は綺麗で真っ赤なルビーのような赤色(俺はルビーといえば赤色というイメージしかなかった)。
顔立ちも整っており全てのパーツがバランスよく配置されている。なるほど、この二人の子供なだけはある。
「お父様……お母様……私」
「ファリア! 大丈夫か!? どこか苦しいところはないか!?」
ジャガル様が彼女の手を握りながら心底、心配そうな顔でそう聞いた。
「痛いところはない!? もう起きて大丈夫なの!?」
ゼオラ様もまたジャガル様と同じような感じで、彼女の開いたもう一つの手を握っていた。
「うん。どこも痛くないし、苦しくもない。それどころかむしろ体が軽くなった気がするの」
彼女は二人を見つめてそう言った。その言葉に二人の顔が少しずつ泣きそうな顔になっていく。
「よかったな、ファリア。本当によかったな……」
ジャガル様は彼女の頭をくしゃくしゃと撫でた。金色の髪がサラサラと揺れている。
「私の肌、もう黒くなくなってる。ねぇ、私どうなったの?」
今にも泣き崩れそうな二人に彼女はそう訪ねた。そりゃそうだよな、今までいろんな医者やら魔術師やらに見てもらってっも全く治らなかったのだから、自分の体がどうなったのかなんてわからないよな。
「治ったのよ、全部! あなたの病気は治ったの!!」
そう言ってゼオラ様は泣きながら彼女に抱きついた。もう二人とも号泣である。先程までの威厳ある顔なんてどこにいったのやら。
その言葉に彼女も目を丸くした。
「治った……? 私、もう苦しまなくてもいいの? 変な薬飲まなくてもいいの?」
二人はうんうんと頷いた。それを見た彼女も徐々に目尻に涙が浮かんでいく。
「私……私……」
よっぽど苦しかったのだろう。今まで散々辛い目にあってきたのだろう。そんな様々な思いが彼女の中から溢れでてきている。ついにそれを抑えることができなくなっていったのか、彼女もいつの間にか二人と同じように声を上げて泣き出してしまった。
しっかりと離れないように抱き合って泣いている三人を俺は横で見守ることしかできなかった。
……俺、邪魔じゃね? 一度部屋の外に出て落ち着くのを待ったほうが良くないか?
そう思い、俺の横に立っていたイリヤさんにそのことを伝えようとしたのだが……
「ぐすっ……」
イリヤさんも号泣しててそれどころではありませんでした。……どうしよう、勝手に出ちゃおうかな。でも、外にはあの兵士たちがいるし何されるかわかったもんじゃないしな。
少し考えた結果、俺はこっそり部屋から抜け出すことにした。
イリヤさんの横からこっそりと離れ、抜き足差し足で扉の方に向かう。そのまま扉の取っ手にゆっくり手をかけると音を出さないように静かに押し開けた。
僅かに開いた隙間からするりと抜け出すとそのまま扉をまた閉めた。
「ふぅい~~……」
額の汗を軽く拭い息を吐いた。ミッションコンプリートである。
外に出ると案の定、扉の横にはあの強面兵士が二人立っていたのだが、よく見てみると何やら小刻みに震えているのが分かった。
ん? どうしたんだ?
「くっ……ぐすっ!!」
……あなたたちもですか。まぁ、いいか。思う存分泣いてくれればいいと思うよ。
実際、俺もちょっとやばかったしな。
しばらく廊下の壁に腕組をしながら寄りかかっていたが不意に扉が開き中からイリヤさんが出てきた。
目が真っ赤に充血しているあたりあの後しばらく号泣していたようである。
「荒崎さん、申し訳ありません。皆様落ち着きましたのでどうぞ中にお入りください」
そうは言われても何だかせっかくの家族の時間を邪魔してしまいそうな気がするんだよなぁ。
あまり気は乗らないが……行くしかないか。
俺はイリヤさんに言われるままに部屋の中に入っていった。
中に入ると三人共、先程の泣き崩れた顔から凛々しいしっかりとした顔つきに戻っていた。切り替え早いなぁ。特に彼女、ファリア様だっけ? は俺のことをガン見している。
「ファリア、この方が今話したお前をここまで運びそして助けてくれた御仁である」
「ど、どうも。荒崎 達也と言います」
ぺこりと会釈をするとあちらも丁寧にお辞儀をしてくれた。手まで揃えて何ともご丁寧なことだ。
「私の名前はファリア・アディエマス。この国の王女をしております。あなたが私を助けてくれたのですね」
そう言ってにこっと微笑んでくれた。おぉ~可愛い。さすがは王女様といったところか。
「あーまぁ、はい」
しかし、女子に免疫のない俺は全然彼女を直視できない。しょうがないでしょ、あんな風に笑いかけられたことないんだから。
「助けてくれただけではなくここまで運んできていただいたのですよね?」
「ま、まぁはい」
すると彼女は少し俯いてしまった。
「ご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳ありませんでした」
彼女が頭を下げると横にいた二人も頭を下げてきた。またか……そういうのは別にいいんだけどな。
「そんな気にしないでくださいって。俺が好きでやったことなんですし」
それにこんなこと言っているが俺にあの力がなければ彼女を救うことはできなかっただろうし、本当に偶然あそこにいただけだしな。
そう言うと彼女は頭を上げまたにこっと笑った。
「お優しいんですねあなたは」
や、優しいのか俺は? そんなこと初めて言われたからどうなのかよく分からない。まぁ、彼女はそう認識したんだろう。
「そ、そうですかね?」
「はい、あなたはとてもお優しい方です」
うわ!! 背中が痒いいいいい!! なんなんだ一体!? 俺はここまで耐性がなかったのか!!
「ところで……」
「はい?」
俺が一人で悶々としていると彼女の方から不意に声をかけてきた。
「えーと、荒崎様でしたよね? その服装は一体どこの国のものですか?」
そう首をかしげる彼女。やっぱり気になるもんなのかこれ。どう説明するかな。
けど、その前に
「あの、様付けされるとちょっとむず痒いんで呼び捨てにしてくれていいですよ。えーと、ファリア様」
「そんな、私の方こそ呼び捨てにしてくれてかまいませんよ!」
何でか彼女はそう俺に対抗してきた。どうしよう、まさかそう来るとは思わなかった。でもな……王族の人を呼び捨てにするってどうなのよ?
「そうだな、私のこともジャガルと呼び捨てにしてくれて構わない」
「私もゼオラとお呼びいただければ結構ですよ」
三人共そんなこと言ってきた。うーん、偉い人は変なプライドにこだわらないというがこういう事なんだろうか。向こうが了承してるんだしそんなに悩まなくてもいいかな。
「じゃ、じゃあ……ファリア」
「はい!!」
うわ、なんだこれ!? 恥ずっ!! 変な汗かいてきた!。こっちとは違って向こうはニコニコしているし……はぁ~、もういいか。
「それじゃあ俺も様付けは無しでお願いしますね」
「分かりました、荒崎さん」
それでもさん付けにしているあたりに育ちの良さのようなものが自然とにじみでていた。俺は照れ隠しにぽりぽりと頭を掻いた。
「それで、なんでしたっけ? この服装ですか? えーと、まぁその……ひ、東の方の国にある衣装でして」
「東の方の国ですか?」
「え、ええ。そこでは結構、普段着的な感じで着られているものでして」
我ながら適当な上にフワッとした説明である。俺はどうやら嘘をつくのが下手らしい。けど日本なんてこの人達は知らないだろうし、色々混乱させるのも面倒だしな。それにうまく説明できる自信もない。
「東の国というと‘マクダウェル’辺りのものか」
ジャガルさんはそう呟いた。どうやらこの国の東の方にはマクダウェルという国があるらしい。どんな所かは知らないが結果オーライだ。そういうことにしてしまおう。
「そ、そうなんです。そこからこっちの方に来まして」
「そうだったんですか。こちらの方には何か御用でもあったのですか?」
御用も何も起きたらこの近くの森にいたんだけど。どうしようかな、これから住んでいくための家がこの国のはずれにある丘の上にあるわけだし、この際だから聞いてみるか。
「実は、こちらの国の方に引っ越してきたんです」
「お引越しですか?」
う、少し怪しまれたかも。けど言うしかないよな、どちらにせよいつかはバレるだろうし。
「そ、そうなんです。この国の近くにある丘の上に家を作ったんですが、そこに住もうと思ってまして。それで出来ればそこに住む許可をいただけたらいいんですけど、どうでしょうか?」
それを聞いた三人は顔を見合わせた。そして、ジャガルさんが考え込むように顎に手を当てた。
少し難しそうな顔をしている。いきなりこの国の近くに住ませろなんて言ったらそりゃ考えるよな。
素性のしれない男なら尚更かもしれない。
緊張しながら返答を待つ。もしダメだったらどうしよう。俺どこで暮らそうかな。なんて諦めの考えも浮かんできたときジャガルさんはこちらを見てにこっと笑った。
「その場所は我が国の領土だが、そこでいいのなら喜んで許可しよう!」
ジャガルさんの言葉にほかの二人もこくこくと頷いてくれた。
「い、いいんですか?」
「あぁ、むしろ大歓迎だ」
ジャガルさんはそう言うとすっと前に手を差し出してきた。それを見た俺は服で自分の手をゴシゴシと拭くとその手をがしっと掴んだ。
「ようこそ、モートリアムへ!!」
どうやら、住の確保はできたようだ。まぁ、まだ家を見ていないから何とも言えないけど。
その時だった、
‘ぐ~~~’
どこからともなく大きな腹の音が聞こえてきた。やべー……安心したらお腹が鳴ってしまった。
「そういえばもう昼時ですね。荒崎さんよろしければお昼ご飯を食べていきませんか? まだ、聞きたいことが色々とあるので」
ゼオラさんがそう提案してくれた。ジャガルさんもそうすればいいと言ってくれたのだが俺はそれよりも気になっていることがあった。
せっかくここに住む許可が出たのだから家のある場所とどんなところなのかを確認しておきたい。
クーエルは‘食’と‘衣’もある程度用意していると言ってたしもしかしたらその家の中にあるのかもしれない。
「申し訳ないんですが、俺そろそろ家に戻らなくちゃいけないんで」
「そうか、それは残念だな。ファリアの病気をどうやって治したのかも聞いておきたかったんだが」
やっぱりそれは気になるよな。でも今から説明しようとしたら時間かかるだろうし……。
「それならまた明日にでも伺わせてもらいますよ。その時なら色々お話できると思いますし」
その方がきっといいだろう。色々と慌ただしく話すよりは落ち着いて話したほうがうまく考えて話せるだろうしね。
「しかし、わざわざご足労願うのも……」
「気にしないでください、俺もこの国の中が見れるしいい散歩にもなりますしね」
そう言うとジャガルさんはそういうことなら申し訳ないが頼むと了承してくれた。
という訳で俺は自分の家を探しに向かうことにした。
「それじゃあ、これで」
俺は部屋から出ようとした。その時、
「あ、あの!」
急にファリアから呼び止められた。俺は、ん? と振り返る。
「つ、次会うときは何かお礼をさせていただきたいんですけど、何がいいでしょうか?」
「お、お礼?」
急にそんなこと言われても思いつかないんだけどなぁ。別にそんなのいいよと言うこともできるが、それじゃあ彼女は納得しなさそうだしなぁ。うーーん……。
そう考えたとき、俺はいいことを思いついた。
「それじゃあさ、早く元気になってよ」
「え?」
ファリアは意外そうな顔をした。
「ほら、元気になればこの国の中を案内してもらうこともできるじゃん。王女様直々に国の中を案内してもらえるなんて滅多にないことだしさ」
我ながら欲がないなぁ、と思ったが俺的にはこれが一番いいお礼だった。可愛い女の子と散歩できるなんていいことだろう?
そう言うと彼女は嬉しそうな笑顔になり、はい!! と大きく頷いた。
イリヤさんに連れられ俺は王宮から出てきた。いやぁ、こうも広いと入るのも大変だけど出るのも大変だ。でかすぎるってのも不便だねぇ。
「それじゃあ、イリヤさん色々ありがとうございました」
「いえ、私は何もしてませんから。それでは明日、心よりお待ちしております」
そう言って深々とお辞儀をされる。
「はははは……」
うーん……やっぱり慣れない。別に心よりお待ちされなくてもいいんだけどな。まぁ、しょうがないか。
イリヤさんに見送られながら俺はまだ見ぬ我が家を目指して歩き出した。
あ、ついでだからその丘のある場所を聞いておけばよかった。後悔先に立たずとはこのことか。はぁ~……
5月27日、本文修正しました。次から少しずつ不定期になるかもしれません。