大聖樹への捧げ歌
お願いします。
彼女が意を決して取り外したその布の向こう側には、今までの彼女の姿からは想像もできないような光景が広がっていた。
彼女が声を出せなくなった原因。それは確実にこれのせいなのだと一瞬で分かるほどのものが彼女の喉を侵食していたのだ。
まず見えたのは痛々しい程どす黒く変色した皮膚の部分。まるで酷い火傷でもしたかのようにも思えるその箇所は、彼女の白く透き通った肌のせいもあってか凄まじい違和感を放っている。それだけでも俺には充分驚愕的だったのだが、それよりもさらに凄まじいものを俺は見ることになってしまった。
彼女の丁度、喉の中心部分にはその変色した皮膚に加え更に何かがそこから飛び出そうとしているかのようにボコッと盛り上がり、酷く裂傷してしまっている箇所が存在していた。その傷の中には思わず顔をしかめたくなるような膿んでしまっているものもチラホラと見えていた。それを見て俺は思わず自分の喉を手で覆いたくなるような衝動にかられたが、勇気をだして自分達に見せたくないものを見せている彼女に失礼だと思いグッと我慢する。
それにしてもなんなんだこれは? 一体どうしてこんなことになってるんだ? 医者でもない俺には的確な症状の判断は出来ない。だが、それでも流石にこれが異常な状況だということは俺にも分かる。そもそも喉ってあんなふうに裂傷することってあるのか? 少なくとも俺はこんなの今まで一度も見たことないぞ。
「っ……」
俺達がその光景に固まってしまっていると彼女は涙目になり、震える手を必死に膝の上で握りしめていた。それを見た俺はハッとなり視線を彼女の顔の方へと向けた。
「そ、それでは早速ですが治療を始めることにしましょう! イホームいいか?」
「えぇそうね。歌姫様ご安心ください。今からこの者がその傷を全て取り除いてくれます」
イホームはそう言って彼女の震えている手にそっと自分の手を重ねた。やってることはいいことなんだが、何気なくこちらにプレッシャーを与えるのだけは勘弁してくれませんか? 俺本番に弱いタイプなんだから!
「ジアート、それじゃあよろしくね」
「よし…………いくぞ!」
俺は意識を右腕に集中させた。そして目を閉じ、彼女のあの傷が治っていくイメージを頭の中にゆっくりと思い浮かべていく。すると、徐々に右腕が青白い光に包まれていく。
「こ、これがジアート様のお力……」
後ろでそれを見ていたヒナルク王子はそう呟いていた。その間にも右腕はどんどん光り始める。よし、今ならいける! 俺はゆっくりと目を開けると、驚いた顔でこちらを見ている彼女に向かいあの言葉を口にした。
「レイズ!!」
その瞬間、彼女の喉が黄色い光に包まれる。そしてその光は彼女の体内に取り込まれるように消えていった。その後には先程まであったあの変色した肌や裂傷してしまった喉は何一つ残ることなく綺麗に治されていた。
「はい、終了です」
その言葉に歌姫様はこちらを見て困惑した表情を浮かべていた。まぁあんな一瞬で終わりって言われたら普通はそうなるよな。
「歌姫様、試しになにか喋ってみてください」
イホームがそう言うと彼女は戸惑っていた。まだ本当に自分が治ったのか信じられないのか疑っているのか、どうしたらいいか分からないといった様子だ。それを見た俺はヒナルク王子に彼女に話しかけてもらうように頼んだ。いきなり見知らぬ他人と話すよりは身内の方が幾分か気が楽になれると思ったからだ。ヒナルク王子は頷くと座っている彼女の前に座り込みゆっくりとした声で彼女に話しかけた。
「リア、私の名前を呼べますか?」
彼がそう言うと歌姫様は視線を合わせゆっくりと口を動かした。
「ヒ……ヒナルク……様?」
静まりかえっていた部屋にそう彼女の言葉が発せられた。その瞬間、彼女は自分の口元と喉元を手で押さえ目を見開いていた。久しぶりに自分の声を聞いたんだ。そうなるのも無理はないだろうな。そんな彼女を見てヒナルク国王は満面の笑みを浮かべながら彼女に更に話しかけた。
「リア、何処か痛むところやおかしな所はありませんか?」
「は、はい……何処にも……痛みや違和感を感じません。ヒナルク様、私の喉は一体今どのような状態になっているのでしょうか?」
「綺麗な美しい白肌に戻っています。傷も痕も全く残っていませんよ」
それを聞いた彼女は半ば放心するように固まってしまっていた。そして、徐々にだがその言葉の意味を理解し始めたのか表情がクシャリと歪み始める。唇が小刻みに震え始め目元はうるうると充血し赤くなってしまっている。それを隠すように自然と彼女の顔は両手で覆われてしまった。ヒナルク国王はその上から優しく抱きしめるように彼女の頭や背中をゆっくりとさすっていた。そこから彼女の嗚咽する声がかすかに聞こえてくる。今度こそ彼女は自分が治ったのだと実感することができたらしい。これで俺に任されたミッションは完了したってことだ。俺は気づかれないように小さく安堵のため息をついた。
それからしばらくの間、二人が落ち着くのを俺達は見守りながら待っていたのだが、まぁ~これが気まずいこと気まずいこと。いつもなら俺のスニーキングミッションが発令していたとこなんだけど、今回は部屋の中に人数がいたうえにピィタが背中に掴まっているので中々こっそり抜け出すのは難問だった。いやまぁ別に気にしなければいい話なんだけどさ、なんというか妙にこういうしんみりしたムードは肌に合わないんだよなぁ俺。もうこの際、やった!! 治ったの!? マジで!! やっべー、超やべー! マジ激ヤバだわー!! くらいはっちゃけてもらったほうがいいのかもしれない。……いや彼女がそれをやったらやったで別の意味でひくけどね。先程までのおしとやかさは何処へいかれたんですか? ってなるけどね。
「ジアート様! ありがとうございます! 本当にありがとうございました!!」
ヒナルク国王は俺の手をがしっと握るとブンブンと振り始めた。この人本当に手を握るのが好きだなぁ。まぁ今はそうしたい気持ちも分からなくはないけど。
「よくやってくれたわジアート。流石は蒼三日月の魔術師様ね!」
「ご主人様、ご立派でしたよ」
「ふっ、まぁ我が主の手にかかればこれくらいのこと朝飯前だがな」
「ぴぃいいい! ぴぃいいい!!」
おぉなんか賞賛の嵐が巻き起こってるぞ。けど、前半の二人はいいいとして後半のドラゴンコンビには一応ツッコミを入れておこうと思う。まずセルツ、なんでお前がそんなに得意げなんだよ。いやあんたもすごいけど治したのは俺だから。後、朝飯前とか言うな。変にプレッシャーになるから。そしてピィタは何となく喜んでるような感じはするけど何言ってるのか分かんねぇから。後、この鳴き声に若干の癒し効果をみだし始めてる自分がいてちょっと怖くなってきてるから! ……あれ? 最後のは自分にも突っ込んでる気がするぞ? と、そんなくだらないことを頭の中で思っているといつの間にか立ち上がっていた歌姫様が弱々しい声でこちらに声をかけてきた。
「あ、あの……この度は私のためにわざわざこのような場所までお越しいただき誠にありがとうございました。ご、ご紹介が遅れましたが私の名前は‘リア・イーセルト’と申します。このピレアムアで歌姫なるものを務めさせていただいております。わ、私のような未熟者ではまだまだなところもありますがど、どうぞ皆様よろしくお願い致しましゅ!」
「「「「……しゅ?」」」」
え? 今のってひょっとして最後のは噛んだのか? 言っちゃあ悪いがあんなにベタな噛み方をマジでする人って俺初めて見たぞ。
そんな俺達の反応に顔を真っ赤にしアタフタとする彼女。それを見て俺は彼女に対する新たな印象を持つことになった。なるほど、人見知りで少しドジっぽいところがあると…………なるほどなるほど、うん結構貴重かもしれないそういうの。
「す、すみません! すみません! 変なこと言ってすみません!!」
「あぁ、いや全然気にしてないんで。というかそんなに思い切り頭を下げてると脳が揺れて……」
「すいませ……ふぁあ~」
なぁあああ! 言ってるそばから!! 彼女はフラフラと座り込んでしまった。こ、これは……まさかの天然属性も兼ねているというのか! この要素に他国の男共はやられたのではないだろうか。うん、多分きっとそんな気がしてならない。ピレアムアの歌姫、なんて恐ろしい子!!
「リア、大丈夫か?」
「ヒナルク様、申し訳ございません。私、迷惑かけてばかりで……」
「そんなことはないさ、君は我が国のためによくやってくれているよ」
「ヒナルク様……」
おっと何やら二人の間にいい雰囲気が出来上がってるではあーりませんか。もしかしてこの二人って……そういう関係でもあったりするのだろうか。うーん、ちょっと気になる。ちょっとだけね。
「はっ! そうだこうしてはいられない。リア、早速で悪いが大聖樹様への捧げ歌を歌ってくれないか? 国の中も外の森も大聖樹様のお力が弱まってしまっている今、民たちは最早衰弱の一途を辿り始めている。一刻も早くこの状況を打破する必要があるのだ」
「わ、分かりました! まだ上手く歌えるかは分かりませんがこの国の皆さんのために精一杯歌わさせていただきます!」
「よし、それではすぐに準備を始めよう。私は国の民たちを祭壇場へと集めるように指示をしてくる。リアも衣装の準備をしておいてくれ。ジアート様達はこれから客室に一度ご案内させていただきます。準備が完了し次第お声をかけさせていただきますのでよろしければ祭壇の方へと足をお運びください」
「はい、分かりました」
という訳でヒナルク国王は慌ただしく部屋から出ていくと近くに待機していた執事の男性に指示を出し俺達は客室へと案内されることになった。部屋から出たあとすぐにぞろぞろとメイドの女性たちが部屋の中に入っていくのが見えたが、恐らく彼女がその衣装に着替える手伝いをするためなのだろう。
「何だかすごいことになってきたな」
「まぁ国のための一大イベントだもんね」
一大イベントねぇ……無事に終わればいいんだけど。そう俺は心の中でぼそりと呟いた。
ピレアムアが慌ただしくなっていた頃、門の外の森の中で不気味に蠢く黒い影がピレアムアを目指し始めていた。それは地を這うものだけではなく、遥か空高くにも無数に存在していた。狂気に満ちた目を持つその者達は次々にその数を増やしながらこちらに向かい始めていた。
そんなことにも気がつかず俺達はその時、ゆっくりと客室でくつろいでいたのだ。自分たちのいるこの国に大きな脅威が近づいてきているとも知らずに……。
次回はできれば来週の火曜日、もしくは金曜日になります。もしかしたら更新できない可能性もありますのでその際は申し訳ございません。




