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運動は定期的にしておきましょう

お願いします。

「もう一度確認しますが、どうしても馬車はダメなんですね?」


「あぁ、あんな大きくて目立つものが中に入っていったら格好の的にされてしまうだろうからな」


格好の的……そんなの絶対にゴメンだぞ。絶対にボロボロにされるに決まってる。いやむしろボロボロで済めばいいほうかもな。モザイク必至のスプラッター的なものはお断りしますよ。


「ちなみにここからピレアムアまでの距離はどれくらいなんでしょうか?」


「それほど離れてはいないから慎重に進んだとしてもそこまで時間はかからないはずだ」


ほうほう、ってことは運がよければ何事もなくたどり着けそうだな。……そう、運がよければな。俺にそんなものがあるかどうかちょっと考えてみよう。…………あ、ダメですわこれ。上を見上げるんじゃなくて下を覗き込んだほうがいいくらい低い場所にありますわ自分の運は。え、これもしかして他の人が俺の分奪い取ってんじゃないの? 横取りはダメですよ、横取りは。分け合いの精神を、ジャパニーズソウルを大事にしないとね。


「それならば我々がイホーム様達をお守りしながら進めば何とかなるかと思いますが、いかがでしょうか?」


「うーん……まぁ、あなたたちが護衛をしてくれれば並大抵の脅威は振り払うことができるとは思う。それに、私もいざとなったら自分の身くらいは守ることができるからそれほど問題は無いのだけど……」


そこまで言いかけてイホームがこちらに視線を向けた。それにつられて周りもこちらに視線をあわせてきた。ん? なに、何で皆んなこっち見てんの? 俺の顔に何かついてる? はっ! もしかして鼻毛でも飛び出してんのか!?


「そうなると一番危ないのはジアートなんだよね」


「え、俺が?」


あ、危ないとは一体どういうことだ? もしかして俺が一番狙われやすそうだということか? 確かに俺はあまり足も早くないし無いと願いたいが、もし孤立してしまったら自分の身を守るような術も持っていない。……あれ? おかしいな、狙いやすい要素しかないぞ。集中砲火確実だぞこれ。そういえば、昔はよく鬼ごっこをすると何でか俺ばかりを皆んな狙ってきてたもんなぁ。まぁ、今回の場合はそんなレベルじゃなくて俺の‘デッドオアアライブ’がかかってるんですけどね! 


「唯一の不安要素はジアートの身に何か起きたらってことかな。私達が全力で守るからきっと大丈夫だと思うけど万が一も考えておかないと、いざそうなった時に行動できないからね」


なるほどねぇ……にしても全力で守るからか。こういうセリフって普通、男が女性に言ったりするもんじゃないのか? 完全に立場が逆転しちゃってるし。まさかの守られちゃう系男子なんて特殊ジャンル作っちゃってんじゃないのこれ。あんまり需要なさそうだけど。

しかーし! 案ずることなかれ。俺は一つだけいい方法を知っている。というかよくよく考えればこれを使えば全員安全にここを通り抜けれるじゃないか。


「残念だがそんな心配は無用だぞ。彼女が全部解決してくれるからな」


そう言って俺はセルツの肩をぽんと叩いた。そう、彼女が使えるあの見えなくなる魔法を使って全員をカモフラージュすれば今までの問題は全て解決! スッキリオールオッケー! 余裕で通り抜けられるはずだ。またセルツに頼ってしまうことにはなるが、まぁしょうがないだろう。頼るというのはなにも恥ずかしいことじゃあない。むしろ頼れる相手がいるというのは素晴らしいことだと思う。…………え? 頼るのはいいがお前は頼りっぱなしだろうって? ……それについてはコメントを控えさせていただきます。


「む? なんだ主よ。私にどうしろというのだ?」


「ほらあの、ピィタにかけてる周りから見えなくなる魔法あるだろ? あれを皆にかけて欲しいんだ。そうすれば問題なくこの森を進んでいけるだろ?」


俺はセルツにそう小声で耳打ちをした。そんな光景をイホーム達は怪訝そうな表情で見つめている。別にこんなこそこそする必要もないかもしれないけど、この声だと今の喋り方は少し違和感を与えそうな気がしたのでわざとそうした。それを聞いたセルツはあぁ! と両手を叩いた。


「だから頼む、またあの魔法を……」


「残念だが主よ、それは……無理だな」


セルツは俺の言葉を遮りそう告げた。……え? 無理……だと……。何でだ!? 何で無理なんだ!? これ以上ないくらいいい方法だと思ったのに!


「む、無理って何でなんだ?」


「ふむ、ここにいる人間を主を含めて数えてみても……全部で十二人いるな。実は言ってはいなかったがこの魔法は魔力を上手くコントロールし、その対象に対して常に魔力の流れを加え続けなければならない。だから昨日言ったようにこの魔法は私が近くにいなければずっとは効力を持てないんだ。私は魔力の量はすごいといったがそれを上手くコントロールしたり、ましてや流れを限定的に作るという特殊な操作はそれほど得意ではなくてな。申し訳ないがこの人数に一斉にあの不可視の魔法をかけるとなると、できたとしても効果は一瞬。それに下手をすれば魔力の流れがおかしくなり、解けなくてもいい対象まで魔法が解けてしまう恐れがある。だから主の提案を受け入れることは残念だが無理だな」


うあ~マジかよ。あの魔法ってそんなに複雑な技術が必要だったんだな。なんとも簡単そうに使ってたからもっと気楽にかけられるもんだと思ってたんだが……そうかーだめかー……。


「ねぇジアート。さっき彼女が言ってた不可視の魔法ってなんなの?」


意気消沈している俺にイホームがそう聞いてきた。なんなの? ってことはイホームはあの魔法を知らないんだな。という訳で俺はイホームに簡潔にその魔法について教えることにした。その時のイホームはなんとも興味深そうにふむふむと何度も頷いていた。







「ということです」


「ふーん、なるほどねぇ。……ちなみにさ、そのセルツさんはピィタちゃんを含めて後どれくらいの人数ならその不可視の魔法をかけられるの?」


「どれくらいと言われてもなぁ。何とか頑張っても後一人か二人くらいが多分限界だろうな」


「一人か二人か……ならさジアートと後は、フラウちゃんにその魔法をかければそれでいいんじゃないのかな? そうすれば少なくとも不安要素はなくなるわけだし」


「うーん……確かにそうだな」


まぁ自分で言うのもなんだけど俺が国にたどり着けなければ話は始まらないわけだし、それに俺がいれば誰かが怪我をしてもすぐに治療もできるしな。フラウも一応は獣っぽい感じだけど元は人間だし、一応女性だから戦う術っていうのはほとんど知らないだろう。となるとベストな選択はこれしかないか。


「じゃあそれで行くとするか」








その後、俺とフラウはセルツに魔法をかけてもらいお互いの存在を認識できるように範囲解除というのもしてもらった。ちなみにイホーム達にも範囲解除だけはしてもらっているので俺達の姿を認識できるようになっている。その状態のまま俺達は手短に準備を整えついに結界の中へと入っていくことになった。あ、そうそう。そういえば問題の馬車だが片方の妖精族の人が見張りをする際に使っている簡易的な寄宿舎に保管しておいてくれるそうだ。だから帰りはまぁ大丈夫だろう。


「いいか? 今から結界に一時的に穴を開ける。穴が開いたら閉じる前に全員なるべく素早く中に入ってくれ。それと中に入ったらなるべく物音はたてないように気をつけろ。ちょっとした音でも奴らはすぐに反応するからな」


「了解しました」


おいおいおいおい、何だかこんなような会話どっかで聞いたことあるぞ。よくあるホラー映画とかゾンビ映画とかで。まさか生きててこんな会話を大真面目に聞く日が来ようとはな。ほんと感激しちゃう。

そんなこと思っているうちに俺達に付き添ってきてくれる妖精が結界に向かってその手に持っている銛のような刃物を突き刺した。そしてそのまま下から上にまるでドームを描くように大きな楕円形を描いていく。すると、うっすらとだが何か膜のようなものがぺろりと剥がれたように地面にゆっくりと落ちていった。


「よし、行くぞ」


彼を先頭にそれに続いてイホームを囲むように配置された四人の護衛兵とイホームが、そしてその後ろに俺達見えなくなってる組と二人の護衛兵という順番で中に入っていく。入ったあとで俺がちらりと後ろを振り返ってみると穴があいた結界が音もなく静かに元に戻っていくのが見えた。これで後戻りはできなくなったわけか。一気に緊張感が高まってくる。森の中は異常なほど静まり返っていた。動物の声も木々や草が揺れるような音も何一つ聞こえない。只々静寂が広がっている。俺は静かに唾を飲み込みゆっくりと先頭に続いて歩き出した。大丈夫、大丈夫このままいけば何も起きない。道は一本だけだ。きっとすぐについて拍子抜けするだけだ。大丈夫、大丈夫。

いつもはネガティブなことを考えてしまいがちな俺もさすがに今回はポジティブにいこうとプラスなことだけを頭の中でループさせる。いつもこんな思考してれば人生もうちょっと気楽に生きられるのになぁ。こんな時だけこうなるなんて、ある意味皮肉だよな。


「少し進んできましたけど、不気味なくらい静かですね」


俺は少し気を紛らわせようと後ろを歩いていた兵士に小声で話しかけた。


「えぇ、嫌な気配が充満してますね」


彼は緊張した面持ちでそう小さく答えた。嫌な気配かぁ……。やっぱり訓練とかしてるとそういうのにも敏感になれたりするのかな。いや敏感になったところでどうしようもないんだけどね。






そうこうしながら少しずつだが確実に前に進んでいく。今のところは何事もなく順調にピレアムアへと近づいていってる。上を見上げてみれば見たこともない大きさの木の房が上へ上へと果てしなく伸びていた。こんな状態じゃなければ感嘆の声でも漏らしてるんだろうがそんな余裕は今の俺達には全くなかった。


「…………しっ! 皆一旦止まれ」


そんな時だった、先頭の彼は突然右手を上げこちらに振り向くと俺達に止まるように指示を出してきた。その指示に従いピタッと歩みを止める。一体どうしんだろうか? 

後ろから覗き込んでみると彼は右手を上げたまま何かに集中するように目を閉じうつむいていた。何か異変を感じたのだろうか。俺達は不安を必死に抑えながら彼の指示を待っていた。


その時である。突然どこかから何かが動くような物音が聞こえてきた。今まで静かだった森から初めて草木を揺らすような音が響き渡ってきたのだ。その音に護衛兵たちが一斉に持っている剣や槍を構える。次第にその音は大きさを増していき、だんだんこちらに近づいてきているように感じた。


「くそっ! まずい気づかれてる!」


「気づかれてるって……まさか」


「あぁ、森の動物たちにだ」


彼がそう言った瞬間だった。草むらから大きな黒い塊のような何かが突然飛び出し彼めがけて飛びかかっていった。


「危ないっ!」


「させるか!!」


護衛兵の一人がその塊に向かって剣を振り下ろす。それに弾き飛ばされた何かは後ろに吹き飛び再び草むらの中へと姿を消した。


「大丈夫ですか!?」


「あ、あぁ何とか。それよりもまずい、恐らく今ので私達の存在がバレてしまった。一刻も早く森を抜けないと大変なことになる!」


彼の言う通り静かだった森はいつの間にか息を潜め、周りからはざわざわと物音がいくつもひしめき合うように聞こえてきていた。


「もう駄目だ、全員死ぬ気で走れ!!」


「あぁ、結局こうなるのかよ!!」


彼の言葉を合図に俺達は物音など気にせずに一斉に走り出した。ピレアムアは目の前に見えている。あともう少しだ! 奴らには俺達は見えていないだろうがそんなこと関係ない。とにかく俺達がたどり着かなければならないんだ。後ろからはこちらを追いかけてくるように何かが近づいてきている。姿は見えないがさすがの俺でもそれは分かる。


「振り返るな! 走れ!!」


「だぁああああああああ!」


全力疾走なんて久しぶりすぎて体がとっても重く感じるぅううう!! あ、それはピィタをおんぶしてるからか? っていうかそうじゃん! お前飛んで逃げろよ!! 何俺にしがみついてんだよ!!


「ウガァアアアアアウ!」


「うお!!」


そんな俺の横から先程と同じような黒い狼らしき動物が突然飛び出してきた。俺はそれを何とかかろうじでよける。しかし、そのせいで後ろにいた兵士の一人が飛びかかられ、その勢いで地面に倒されてしまった。


「ぐあっ!!」


「このっ! 離れやがれ!!」


仲間の兵士が横からそいつを蹴り上げる。悲痛な鳴き声を上げ吹き飛ばされるも、すぐに体制を立て直し再び襲いかかろうとしてくる。口からはおぞましい程のよだれが溢れ出し、よく見れば目が真っ赤に充血している。


「なんなんだよこれ……」


その姿に恐怖を覚えながらも武器を構える兵士たち。しかし、その後ろを見てみれば恐らくこの狼の仲間と思わしき大量の群れがこちらに向かってきているのが分かった。


「駄目だ、あの数は手に負えない!」


「全員イホーム様達をお守りしながら後退しろ!」



やばい、息が切れてきた。俺ってこんなに運動できなかったんだっけか? もしくは運動不足なのか? って今はそれどころじゃない! やっと目の前にピレアムアの門が見えてきた。あともう少しだ! 


「開けろおおおおおおお!! 門を開けろおおおお!!」


彼が必死にそう叫ぶ。するとその言葉に気がついたのか門が半分ほど開き、その隙間から別の妖精が顔を覗かせていた。


「何やってんだ!! 早く来い! 早く!」


んなことわかってんだよ!! これでも死ぬ気で走ってんだよ! 


「皆もう少しだ、頑張れ!!」


「はいいぃいいいい!!」


そしてやっと俺達とイホームは門にたどり着きその隙間から中に潜り込んだ。


「皆は中に入ってろ!」


「え、ご主人様!!」


後は護衛兵の人達が全員中に入れればオーケーだ。俺は扉の隙間から様子を伺おうとしてとんでもないものを見ることになった。それは、ひたすらこちらに走ってくる護衛兵の後ろを真っ黒に埋め尽くすほどの追跡者たちだった。先程の狼のような奴からまるで熊のような巨体の動物までもが狂ったように彼らを追いかけている。


「マジかよ……」


あんなの追いつかれた終わりだぞ。絶対に逃げられない!


「急げぇえええええ!! もう少しだ、早く!! 早く!!」


その時だった、最悪なことに兵士のうちの一人がつまずいてしまいその場に倒れてしまった。その横にいたもう一人の兵士が必死に起こそうとするが奴らの群れがもうそこまで迫ってきている。


「やばいぞ、間に合わない!!」


どうするどうするどうする!! そして、群れが彼らを飲み込もうとした時、


「コールズ!!」


どこからともなくそう叫び声が聞こえたかと思えば突然巨大な氷の塊が頭上を通り過ぎ群れの中へと突っ込んでいった。その衝撃は凄まじいものだったらしく、飛びかかろうとしていた動物たちを一気に吹き飛ばしてしまった。


「な、なんだ今の?」


「なにしてるの!! 全員早く中に入りなさい!!」


横を見てみればいつの間にかイホームが立っていて、その右手には大きな黒い本とその本につながれるように縛られている黒い鎖が見えた。今のはイホームがやったのか? いや、とりあえず今はおいておこう。それよりも彼らだ。先頭を走っていたグループは何とか中に入ることができたが先程の二人がまだたどり着いていない。

っていうかあんなにすごい勢いで吹き飛ばしたのにまだ追いかけてくる奴がいるのかよ!! 


「もう少しだ! 頑張れ!!」


そしてようやく二人が門の中に入ったのを確認した俺達は今度は大急ぎで門を締めなければならなかった。諦めの悪いことにまだ大勢の動物たちがこちらに向かってきてたからだ。


「皆力を貸してくれ! 全員で門を押すんだ!」


そう言われた俺達は観音開き式の大きな扉を男全員でひたすら押した。その為かさっき開いた時よりも速いスピードで門は閉じられようとしていた。あともう少しで完全に門が締まるという瞬間、その隙間からちらっと見えたその光景は、恐ろしい程に歪んだ表情で迫ってくる動物たちの群れの姿だった。




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