出発準備
お願いします。
えーと……何やら盛大にお披露目されたのはいいのだけれど、つまり俺はあれをこれから着なきゃならないってことなのか? ローブなんて今まで着たことないぞ。
「あ、あれを着れば問題解決なのか?」
「そう、まずこのローブにはお兄ちゃんがこの国の魔術師であることを証明する意味があります。でも、お兄ちゃんは実際には魔術師でもこの城の人間でもないからこれで身分の偽装はできるはず。それと、このローブにはもう一つ秘密があってね、うーん……これは実際に着てもらったほうが分かりやすいかな?」
着なきゃ分からない秘密ってなんだ? 驚く程、着心地がよくて通気性に優れているとかか? ……いや、違うか。というか自分で思っといてなんだけど、もしそんなんだったらその場で盛大に膝から崩れ落ちる自信があるわ。
「じゃあ、とりあえず着てみるか」
俺は来ていたパーカーを脱ぎ、メイドさん達に手伝ってもらいながらそのローブを着てみることにした。何だろう、着替えを手伝ってもらうなんてちょっとリッチな気分。サイズもほとんどピッタリだし、どこにもおかしなところはなさそうだ。本当、あの短時間でこれを作ったのは相当すごいことだぞ。
「よし、着れたぞ」
うわぁ、俺こんな真っ白な服って初めて着たかも。いつももっと地味目な服の色とか買ってたしな。うーん、斬新な気分だ。
「おぉ、サイズもぴったりだし完璧だね」
「荒崎さん、似合っていますよ!」
「そうか? こういうの着たことないからよく分からん」
俺は自分の体を眺めてみる。体を曲げてみたり、服を引っ張ったりして隅々までどうなっているのかチェックしてみた。その時、俺の視界に気になるものが映りこんできた。
「ん? 何このマーク。十字架?」
袖の裏側の部分にあの三日月マークと同じ蒼色の十字架の刺繍が施されている。しかも片腕だけではなく両腕に同じものが付けられていた。何でこんなところにこんなものをつけたんだ? あれか、ちょっとしたおしゃれポイント的な奴か。でも、だとしたらもうちょっと場所があっただろう。もしかして、間違えてここにしちゃったのか?
「なぁ、イホーム。何か変なところに十字架のマークがあるんだけどこれ何?」
「ん? あぁそれはね、一応お兄ちゃんが‘回復魔法が使える魔術師’だってことを証明するためのものなんだよ。魔術協会の規定でね、王宮とか貴族とかに使える魔術師は、その人間がどんな魔術を使うことができるのかを明確にしておかなければいけないんだ。だから、お兄ちゃんの場合はその‘十字架’のマークをどこかに施さなければいけなかった訳」
へぇー、そんなもんがあるのか。ということは他の国にもこの十字架マークの付いた服を着ている魔術師がいたりするんだな。一体どれくらいいるんだろうか。いつか聞いた話では魔法を使える人間はそんなにいないと聞いたが、その中でも回復というジャンルに分類されるのはどれくらいの割合なのか。ちょっとだけ気になるな。別に調べようとは思わないけど。
「なるほどね。でも、イホームってそのローブに何もマークを付けてないよな。お前はそういうのしなくていいのか?」
「私の場合はこの国の専属魔術師だからね。マークじゃなくて‘バッジ’を付けてるんだよ。実はずっとこの首のところに付けてたんだけど気づかなかった?」
そう言ってイホームが首元を見せるとそこには俺と同じ蒼い三日月のバッジが付いていた。そんなところまじまじと見ないから気付くわけないっつの!
「そ、そうだったのか。まぁ、それはとりあえず分かった。で、俺はこの格好でピレアムアに向かえばいいんだよな」
「そういうことだね。あ! そうだ、一番大事なこと忘れてた。お兄ちゃんには後これをつけてもらわなきゃいけないんだった」
そう言ってイホームが服のポケットから何かを取り出そうとした。一番大事なら忘れるんじゃないよ。
「じゃーん!! これでーす!」
そう言ってイホームが取り出したのは一枚の布切れだった。いや、一番大事なものが布切れってどういうことなの!? めっちゃしょぼいものじゃねぇか!!
「イホーム、それは一体何ですか?」
「これはですねファリア様、一見するとただの布切れですが実は驚きの機能を隠しているんですよ」
「驚きの機能?」
そう言われてよく見てみると、その布には円の中に大きな星型が描かれており、その周りには見たこともない何かの記号のようなものがいくつも描かれていた。これはあれか? いわゆる魔方陣的なものか?
「お兄ちゃん、この布を口元を隠すように巻きつけてみて」
「お、おう。わかった」
俺は言われるままにそれを自分の顔に結びつけてみた。まるで、アメリカか何かの強盗犯みたいな格好になったな一気に。こんな格好で外歩いたら確実に不審者扱いされるだろうな。向こうの世界なら職務質問待ったなしだろう。
「お兄ちゃん、その状態で何か喋ってみて」
イホームがやたらとワクワクした目をしながらそう言ってきた。何を興奮してるんだコイツは。そう思いつつ俺は喋ろうと口を動かした。
「何かって何を……え、なにこれ! ど、どうなってんだ!?」
「荒崎さん! 声がおかしくなってますよ!!」
俺の口から発せられたのはいつもの俺の声ではなく、全く別の何ともダンディなおっさんのような声だった。うわ、何この感覚! 気持ち悪っ!! そうあたふたしている俺達を見てイホームはドヤ顔をしていた。
「その布には特別な繊維を混ぜてあってね、それに吸収されている魔力にお兄ちゃんが声を発すると反応して声色が変わるようになってるの。まぁ、言わば‘変声布’ってところかな」
「こんな布切れにそんな技術混ぜ込んでんのかよ……」
魔力の混ざった繊維なんてものもあるのか。きっと貴重な資源とかなんだろうな。もしかしたらこのローブにもそういうのが多少なりとも混ざってたりするのだろうか。
「何だか面白いですね。荒崎さんじゃないみたいです」
「そりゃあ声も変わってるしね。口元も隠されてるし、背格好もローブのおかげで少しは分かりにくくなってるしな」
この格好で俺を認識した相手が、俺がこのローブを脱いでこの変声布をはずして外を歩いていたとしても恐らく同一人物だとは思わないだろう。そして、俺がそれを別人だと思わせるようにすれば完全にごまかすこともできるはずだ。最も俺がそこでヘマをやらかさないという保証はどこにもないのだから、油断はしてはいけない。
「それならお兄ちゃんの正体はきっとバレないはず。だから行動もしやすくなる。恐らくだけど今回のこの依頼をお兄ちゃんがこなした後、少なからず噂はどこかから広がる可能性は大いにある。ならば、広まってしまった後のことを考えて、どうやって隠すのか。そこが一番重要なポイントなんだよね」
隠すねぇ……それはあくまでもこの城で働く人間として動く場合に必要なことだ。俺がただの一般市民で本当は何の変哲もない人間だってことを、暴かれてはいけない。意外と難しいかもしれないな。いつでも俺は一般人だった。普通という言葉がぴったりと当てはまるつまらない人間だった。それが今では世界中の人間が欲するかもしれない力を得てしまった。これを使えば誰かを助けることができる。でも、そのせいで自分の身を危険に晒しては元も子もない。だからそうならないためにも俺が気をつけ、警戒していくしかない。
「全く厄介な話だ」
「しょうがないでしょ、力なんてものはそういうものなんだから」
そんなもんかねぇ。まぁ、欲した自分が何を言っても無駄なことはわかっているんだけど。
「とりあえずこれで準備は整った。後はお兄ちゃんがピレアムアに向けて出発してくれれば大丈夫だね」
「ちょっと待ってくれ、出発するのはいいけどここからピレアムアまでって一体どのくらいかかるんだ?」
「そうですね、馬車に乗っていくとしても半日以上はかかるでしょうね。もし今から出発したとしたらピレアムアに着くのは夜明け近くの頃になると思います」
半日もかかるのか。いや、それ以前にこの世界の半日が俺の知ってる半日なのかもわからないが、夜明けまでずっと移動っていうのは勘弁してもらいたい。夜はぐっすり暖かい毛布にくるまって寝たいんだ俺は。
「今すぐ出発っていうのはちょっときついけど、それだけかかるんなら早めに出発したほうがいいのは確かだな」
「そうだね、理想的なのは明け方とかとにかく朝早いうちに出発して明るいうちに向こうに着いたほうがいいね。あの国に行くには森の中を通らなきゃならないし、何かしらの異変がもし起きているのなら夜に通るのは少しリスクが大きいからね」
森の中を通るのか。野生のうさぎが襲いかかってくるかもしれない森を俺は通っていかなきゃならないのか。治す、治さない以前に国に着くまでが大変かもしれないなこれは。
「ピレアムアに行くルートはそこしかないのか?」
「うん、あの国は森に囲まれてるからどちらにせよその中を突っ切って行くしかないよ。まぁ、そんなに心配しなくてもきちんと護衛をつけるし、念のため私も同行するから危ない目には遭わないと思うけどね」
「え? イホームも来るのか?」
「うん、ピレアムアに起きている異変の調査も兼ねてね。今回のこの現象は初めてのことだからきちんと記録もとりたいんだ」
知っている人間がついてきてくれるのは心強いことだ。なにか困ったら相談することもできる。それができるかできないかでは心の余裕が大きく変わってくるだろう。
「本当は私もついて行きたかったのですが、流石にお父様達に止められてしまって……」
「当たり前です! そんな危険な状態にある場所にファリア様をお連れして行けるはずがないじゃないですか!!」
イホームに怒鳴られたファリアはシュンとしてしまった。いや、当たり前だといえばそうなんだがな。
「なんでファリアも行きたかったんだ?」
「そ、それは……その……荒崎さんと一緒にお出かけしてみたくって……」
ファリアは顔を真っ赤にしてそう言った。俺と一緒にお出かけ? 半日もかけての大移動があるのだからこれはもうお出かけなんてレベルではないと思うのだが……どちらかというと旅行の方がしっくりくるかもしれないな。目的は全く楽しいものではないけれども。
「俺と一緒にどこか行きたいんなら、それが終わってからでもいいんじゃないかな? 帰ってきたら俺は特にやることもないんだし、そっちが暇ならいつでも付き合うよ」
「ほ、本当ですか!!」
うお!! いきなり近いなおい!! そんなに俺とどこか行きたかったのか? もしかしてファリアって毎日暇なのかな?
「あ、あぁ。だから今回は大人しく待っててくれ。な?」
「わ、分かりました!! 私、荒崎さんが帰ってくるのを待ってますね!!」
テンション高いなー……ファリア。こんな風に帰りを待ち望んでくれる人がいるというのは、何というかちょっと恥ずかしい気にもなってくる。こりゃあさっさと終わらせてさっさと帰ってくるしかないな。
「ファリア様も納得したことだし、早速だけどお兄ちゃん。出発の日時を決めようか」
その後、俺はイホームとピレアムア出発への日時を決め、一時自宅へと戻っていた。結局出発は明日の朝。日が昇る前にここを出るということになった。こんなに早い時間に起きるのはかなり久しぶりなため、ちゃんと起きられるのか少し不安があるが早いうちに眠ってしまえば何とかなるだろう。ここには目覚まし時計も携帯もない。人間は無くしてみて初めてそれの重要さや、どれだけ依存していたのかを知るというが……全くもってその通りである。特に携帯は本当に便利なものだったのだとここに来てからしみじみ思うようになった。目覚まし、カメラ、電話にメール……どれもあれ一つでできるというのは本当にすごい技術の塊だったのだと。そんなことを考え、現代技術の便利さに思いを馳せながら歩いていると、目の前に我が家の姿が見えてきた。その時、俺はふと思い出した。
「あ、そういえばチビ助起きてるかな」
起きていたとしたらきっとタックルの一つもかまされるに違いない。受け止められるかどうかは分からないが警戒態勢は常に保っておこう。
家の前に着き俺は玄関のドアを開けた。さぁ、来るか!? 念のため腹に力を入れいつでもガードできる姿勢をとる。傍から見たら家に入るのに何をしているのかと思われるだろうなこの光景。しばらくその姿勢でいてみたが、チビ助がこちらに来る気配はない。まだ、眠ってるのかな? そう思い、俺は警戒態勢を解く。そして、ゆっくりと家の中に足を踏み入れた。その時である。家の中から何かが割れたかのような大きな音が響き渡った。
「な、何だ!?」
俺は慌てて家の中に入り込んだ。リビングの方から聞こえてきたってことはあいつらが何かしてるのか? 廊下を駆け抜けリビングの前のドアを開けようとした。その瞬間、
「ぴぃいいいいいいいいい!!」
「え? どぅううおおおわぁあ!!」
ミニドラゴンの甲高い声が聞こえたかと思えば目の前のドアが思い切りこちらに吹き飛ばされ、俺はそれに弾き飛ばされた。俺の体はドアの下敷きになりながら勢いよく倒れてしまう。
「ぴぃいいいい!! ぴいいいいぃいい!!」
「ぅ……ぁ? いってぇ……」
「おい、大丈夫か!?」
「ご主人様!!」
まさかドアが吹き飛んでくるなんて予想もしなかった。流石はドラゴン、力の規模が違うねぇ。そう、俺は痛みに悶えつつ思うのだった。




