生物たちの異変
お願いします。
その後、ベイルが作ってくれた朝食を食べ終えた俺達は、これまたベイルが持ってきてくれた茶葉で淹れられた紅茶のようなお茶を飲んでいた。まさか、お茶まで淹れられるとは……本当、ベイルさんは万能やでぇ。そんなこと考えながら、何ともまったりした時間がゆっくり過ぎていく。あぁー、このまま一日終わらないかなぁ。そう思った時だった、
「そういえば、先程出かけていったあのドラゴン達はまだ帰ってこないのか?」
不意にベイルが俺にそう訪ねてきた。確かに言われてみれば……俺が王宮に行った時に家を出たって言ってたから、結構時間は経ってるよな。狩りを教えに行くとかって言ってたし、もしかしたら色々難航して時間がかかってるのかもな。自然の世界は厳しいって言うし、何事もなければいいんだけど……。まぁでも、あのドラゴンさんがいれば何も心配はいらないか。
「多分、その内帰ってくるんじゃないか。どこまで行ってるのかは知らないけど、そんなに遠くには行ってないと思うし」
「そうなのか? なら別にいいが」
ベイルはそう言ってお茶を一口すすった。にしても自分で言ってて思ったが、あいつらは一体どこでその狩りとやらをしているのだろうか。俺の中のイメージだと狩りって森の中とか後は……この世界にあるのか分からないがサバンナみたいな広大な草原地帯とかそんな場所で行われているって感じがする。いや、まぁそんなところ意外にも狩りなんて出来る場所はたくさんあるのだろうけど。
あのミニドラゴンが狩りをしている姿ねぇ。俺は少しだけ想像してみた。あいつがギラギラと目を光らせ獲物に飛びかかり、勢いよく襲いかかる。そしてそのターゲットの息の根を止め、自らの空腹感を癒すためにその肉に喰らいつく。口の周りや体を真っ赤な血に染め、ひたすら貪るように肉を引きちぎったりして…………や、やめよう。想像しただけで寒気がしてきそうだ。もしそんな姿を実際にみたら今度、俺に飛びかかってきたときに全力で逃げ出すことになる自信がある。そんな生活絶対に嫌だ!
「ご主人様? 顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」
「へ? あ、あぁ何でもない。ちょっと考え事してただけ」
せっかくのリラックスタイムなんだ。そんな余計なことは考えないようにしよう。大丈夫、あいつは俺に懐いてくれてる? はずだ。育て方を間違えなければいい子に育ってくれる。そう、今こそ俺の教育スキルが試されるとき!! ……でも、ドラゴンってどう育てればいいんだろう。というか俺に教育スキルなんてあるわけないじゃん。…………だめだこりゃ。もう、グレないようにひたすら祈っておこう。あぁ、お茶が美味しい。
「それにしても、ドラゴンか。ヒルグラウンダーの中でも一生に一度、実物を見れるかどうかという生き物がまさか知り合いの家にいるとはな」
「俺もまさか、家にドラゴンが住み着くなんて思ってなかったよ。あの日、ベイルが孤児院に寄らなかったらあのミニドラゴンに会うこともなかったんだしな」
これも運命ってやつなのかな。出会うべくして出会ったってやつ? いや、全然嬉しくないんだけどね。
「……なぁ、荒崎。先程からお前は彼女達のことをドラゴンやらミニドラゴンやらと読んでいるが、これからもそう呼び続けるのか?」
「え? あーいや、特に考えてなかったけど……何で?」
別にあいつらも文句は言ってこなかったし、このままでも不満はないんじゃないだろうか。というか、あのコンビがそんなこと気にすることもないと思うがな。
「何というか……この先、荒崎とあのドラゴン達は一緒にこの家で暮らしていくのだろう? それなのに只の種族名で彼女達を呼ぶのは何か味気ない気がしてな。どうせなら気軽に呼び合えるように名前でもつけてあげたらどうだ?」
「名前ねぇ……」
確かに、そのままの呼び方ってのはちょっと寂しいかもしれないな。けど、そうは言っても俺はあんまりネーミングセンスがある方じゃないからなぁ。下手な呼び方つけてあいつらが怒り出すのも嫌だし。うーん……。
「ベイルさん。実は、私の今の名前はご主人様がつけてくれたんですよ」
俺が悩んでいるとフラウが尻尾をパタパタと振りながら嬉しそうにベイルに話していた。
「そうだったのか。何だ、荒崎。中々いいセンスしているじゃないか」
「あ、いや、まぁうん……」
それはセンスじゃなくて単純にフラウの見た目から連想される動物の頭文字を英語にして繋げただけなんですけど。なんて、絶対に言えない。
「と、ともかくさその話はあいつらが帰ってきてからにしよう」
何とかこの話題から話をそらさねば。そう思った時、突然家の近くに何かが落ちてきたかのような大きな地響きが起こった。
「な、なんだ!?」
「今のは……もしかして」
何となく予想はできていたが、念のためベイル達と一緒に外に様子を確認しに行ってみることにした。玄関を開け外に出るとそこには、もう見慣れてしまったドラゴン化した姿の彼女とミニドラゴンの二人組が立っていた。頼むからもう少し穏やかに帰ってきてくれませんかねぇ。
「オォ、主ヨ今帰ッタゾ」
「あぁ、お帰り二人共。結構時間かかってたけど、どこまで行ってたんだ?」
「狩リノシヤスイ近場ノ広イ森マデ行ッテタンダガ、少シ妙ナ事ガ起コッテナ」
「妙なこと? その森で何かあったのか?」
俺がそうドラゴンに訪ねたときだった。大きな背中の上からぴょこっとミニドラゴンの体が飛び出してきた。そして、こちらの姿を確認するやいなや思い切り飛び立つと、鳴き声を上げながら俺めがけて急降下ダイブをお見舞いしてきた。
「ぬおわ!!」
「ぴぃいいい!! ぴぃいいいいい!!」
俺の腹にガシっ! としがみつき顔をすり寄せてくる。思ったより衝撃は少なかったが、あの勢いで突っ込んで来られるとやはり心臓に悪い。
「随分と荒崎に懐いているなこのドラゴンは」
ベイルがそんな俺達の様子を興味深げに観察している。まぁ、こんな光景が見られるのは恐らくここだけだと思うのでそうなるのもしょうがないと思うけど。
「はぁ~……よしよし、頑張ったな。えらいえらい」
「にゅぅぅ~……」
頭を撫でてやると気持ちよさそうに目をつむり、完全に安心しきっている様に見えた。とても貴重な生き物なはずなのに最早、只のペット状態である。こういう時は可愛く見えるんだけどなぁ。そう思いながら頭を撫で続けてやっているとき、突然隣にいたフラウが何かに気づいたのか‘あ!’と声を上げた。
「どうした、フラウ」
「この子の左の羽……少し怪我をしています」
「え! マジで!?」
そう言われてよく見てみると、確かに左側の羽の膜の部分に小さな切り傷のようなものがいくつかできていた。そこからうっすらとだが血が滲んでいる部分もある。多分だが狩りの練習とやらをしている時に負ったものだろう。
「ちょ、ちょっと待ってろ。今治してやるから」
俺はミニドラゴンの羽に右手をかざしいつもの呪文を唱えた。
「レイズ!」
その瞬間、怪我をしていた部分が光りだし、その光がみるみるうちに吸収されていく。そして、光が完全に消えてなくなったあとには傷が全てなくなり綺麗な赤色の羽に戻っていた。
「大丈夫か? 他に怪我をしてるところはないか?」
そう聞くとミニドラゴンは俺に見せつけるように大きな両羽を開いた。一応念入りに確かめてみたがどうやら他に怪我をしている部分はないようだ。見た感じ体の方には何の異変も起きてなさそうだしとりあえず大丈夫かな。
「実は、このチビ助の怪我がその妙なことの要因なんだ」
「のお!! いつの間に人型に戻ってたの!?」
「お主がチビ助を治している間に戻った。そんなことよりさっきの怪我だが、あれはチビ助に実際に狩りをさせている時に負ったものなんだ」
「そうなんだ。……ん? でもさ、狩りなんてしてたら普通は怪我の一つや二つするもんなんじゃないのか?」
そんなことしたことないから分からないが、狩られる側だって必死に抵抗とかするんだろうし何かのはずみでそうなってもおかしくはないだろう。だとすると妙なことって一体何だ?
「それはそうなんだが……今日、狩りの対象にしたのは気性も穏やかで我々なら簡単に捕まえられるはずの生き物だったんだ。しかし、どういう訳か私達が見つけた今日の獲物はこちらに気がついても怯えも逃げもせずに逆にこっちに向かって攻撃を仕掛けてきたんだ。油断していた私は慌ててチビ助に襲い掛かった奴らを追い払ったのだが、その時には先程の怪我をすでに負ってしまっていてな……それからというもの完全に他の生き物達に怯えてしまって、結局狩りどころではなかった」
「なんだそりゃ。そんなこと起きるもんなのか?」
「いや、私もこんなことは初めてだ。恐らく、何か森の中の生き物に異変が起きているとしか思えない」
異変ねぇ。普段は静かな生き物が急に襲いかかってくるようになるなんて、確かに異常なことだよな。今回は彼女が一緒にいてくれたからいいものの、もしミニドラゴン一匹でその場所にいたらもっと酷いことになっていたかもしれない。とにかく無事でよかったな。俺はミニドラゴンの背中をゆっくり撫でてやった。
「ベイルは今の話、どう思う?」
「そうだな、かなり興味深い話ではあるな。ちなみにあなたたちが行ったその森の場所と、狩ろうとしていた生き物っていうのはどんなものだったの?」
「場所はここから少し離れたところにある巨大な木が生えた場所の近くの森だ。それから狙っていたのは、確か人間達の呼び方だと‘ウサギ’というものだったか」
「ウサギ? ということは恐らく‘コルダラビット’か‘エクシムラビット’のどちらかだな。巨大な木が生えた場所となると……この辺りではピレアムアの大聖樹くらいだな。その近辺の森となると……多分、荒崎が今朝受けた依頼のことも関係しているかもしれないな」
「まさか、ピレアムアの国だけじゃなくてその周りにも影響が出ているってことか?」
おいおいおいおいおい、それってかなりまずいんじゃねぇのか? 広範囲に異常が起きてるって、これ以上広がったら下手すりゃ他国とか他の地域にまで被害が及ぶってことだろ。
「……こりゃあ、グダグダ悩んでる場合じゃないかもな」
「なんだ、お主は何かこの異変について知っておるのか?」
「朝、お前達が狩りに行く前に俺出かけただろ? そこで今日、その狩りをしていた場所の近くにあるピレアムアって国で大変な事が起きてるから俺に何とかしてくれないかって相談があったんだ。とりあえず考えさせてくれって言ってたんだけど……どうやらそうも言ってられない状況みたいだな」
俺にしかできないってんならこれ以上、誰かに被害が及ぶ前になんとかしなきゃいけない。それに、今後このミニドラゴンが狩りをする時に何か危険がある状態でいるのは宜しくないだろう。大きな怪我でもされたらたまったもんじゃないからな。
「ぴぃいいい?」
「はぁ~……まったく、またとんでもないことに関わっちゃうんだな俺は」
「しょうがないだろう、こればっかりは荒崎に頼るしかないんだから」
そう言ってベイルが肩にポンっと手を置く。頼るしかないか……。響きだけ聞いたらいい感じなんだけどなぁ。まぁいいか、とにかくそうと決まれば早速行動あるのみである。
「よし、それじゃあまずはもう一度王宮に行く必要があるな」
俺はポケットからイホームがくれた‘疎通石’を取り出した。
という訳で俺はイホームに連絡をとった後、王宮に入れるように手配をしてもらいジャガルさんと話をするために再び城を目指していた。ちなみに、フラウとドラゴン達には家で留守番をしていてもらいベイルは一度家に帰ってカルラちゃんの様子を見に行きたいと言っていたので一旦解散することになった。ミニドラゴンはあんなことがあった後で俺から離れたくなかったようだが、街に連れて行って騒ぎになっても困るのでドラゴンの魔法で眠らせてもらいベッドの上に寝かせてきた。起きたら大変なことになるんだろうなぁ。帰った時はどこから来てもいいように防御の姿勢を忘れないようにしよう。
「よし、着いた」
しばらく歩いていくと目の前に大きな城門が見えてきた。イホームの話ではどうやらイリヤさんが迎えに来てくれてるはずなんだけど。俺は辺りを見回すがそれらしき人影が見えない。おかしいな、まだ来てないのか? とにかくここまで来たら俺にはできることがないので大人しく門の前で待機することにした。……なんか、門を見張っている兵士達の目線が怖いんですが。別に悪いことしているわけではないから大丈夫だよね? ね?
そう思っていた時、急に城門がほんの少しだけ開きその隙間から誰かが外に這い出るように出てきた。
「あ、荒崎さん。お待たせしました」
「イ、イリヤさん!?」
なんでそんな奇抜な登場の仕方してるの。どこぞのテレビから出てくる怨霊じゃああるまいし。俺がそう不思議そうな顔で見ていると、イリヤさんは俺に向かってちょいちょいと手招きをしてきた。え? なに? 本当に何してんの?
「荒崎さん、申し訳ないんですけどここから中に入ってくれますか?」
「え、いやでも……もっとちゃんと門を開いてもらえばいいのに」
「そうなんですけど……ちょっと事情がありまして。と、とにかくここから来てください。お願いします!」
えぇ~……なんでそんな面倒くさいことを……。そう思いつつも文句を言ってても始まらないので俺はその狭い隙間から城の中に入っていくことにした。あ、ちょっと足が、足が挟まった。靴が脱げる、靴脱げるって。地味なところで悪戦苦闘しながらなんとか俺は門なのかに入ることができた。
「すいません、大丈夫でしたか?」
「別に平気でしたけど、なんでまたこんな入り方を?」
「それが……」
そう言ってイリヤさんが向いた視線の先をたどるとそこには……
「荒崎さん、お待ちしておりました!」
「え、ファリア!? なんでこんなとこに」
「実は、荒崎さんが王宮にやってくることをお聞きになって城門まで迎えに行きたいとおっしゃられまして。それで、民衆の前にむやみに王女様のお姿を晒すわけにもいきませんので致し方なく……」
それであんな風に出てきたのか。迎えに来てくれるのはありがたいけどかえって入りづらくなってるぞ。
「ごめんなさい、荒崎さんとお話できると思ったら舞い上がってしまって……」
顔を赤くしてファリアは俯いてしまった。
「そ、そうなんだ。ま、まぁそう言っていただけて光栄です」
うん……何ていうか……こう……くるものがあるよね。今のセリフは。俺は心の中で地味に感動していた。
前回のアンケートではたくさんのご意見ありがとうございました。個人的にはファリア王女に意外と人気があることが分かって一人ニヤニヤしてました。これからもちまちま続けていく予定ですので皆様よろしくお願い致します。




