探し物を探すには?
窓ガラスを突き破った犯人が俺の方へと近づいてくる。いや、何となく予想がついているというか、あんな声をあげるやつはあいつしかいないはずだ。やがて、近づいてくる足音が俺のすぐ隣まで迫ってきた。そして俺の目の前に現れたのは……
「ぴぃい! ぴぃいいい!!」
やっぱりお前か!! そう、あのやたら俺にくっつくミニドラゴンだった。でも何でコイツがここに? あのドラゴンがここまで俺を送る前に眠らせてたから俺がどこにいるのかは分からないはずだけど。
「ぴぃ? ぴぃい! ぴいいいぃい!!」
俺が床に倒れているのを不思議がってるのかコイツは首をかしげたあと、俺の背中に乗って服を掴み体を起こそうとしてきた。あいたたたたたたっ!! ほんとコイツどこにそんな力を隠し持ってんだよ。あの時だって俺のこと軽々持ち上げるし、今だって動かなかった体がすんなりと宙に浮き始めていた。動かしてもらえるのはありがたいけど服が食い込む食い込む!! 文句を言いたいが口が動かないので呻き声しか上げることができない。
「ぴぃゆ!! ぴぃい!!」
そんな俺の苦しげな声を聞いてくれたのか、ミニドラゴンは俺の体をゆっくりテーブルにもたれかかるような感じで降ろし始めてくれた。そして、完全に体が地面に着くと体制が無防備なのをいいことにコイツはいきなり俺の腹めがけてダイブをしてきた。と言っても頭から思い切りといった感じではなく、まるでぎゅっと抱きつくかのような感じでだったので衝撃は幾分かマシだった。
「うにゅ~……にゅ~……」
「…………」
…………えーと、この状況は何でしょうか? っていうかコイツは何しに来たんでしょうか? 俺は誰かに助けてくれって願ったのに何で抱きつかれて頬ずりされてるんでしょうか? 誰でもいいから教えてください。可愛いとか言ってる場合じゃないんですよおおおおおお!! 俺が心の中で絶叫した時だった。今度は窓ガラスではなく研究室の天井に何かどでかいものが落ちたかのような衝撃音が響き渡った。
こ、今度は何だよ!! っていうかコイツがここにいるってことは……まさか……今の衝撃って!!
「やはりここにおったか。全く少しの間、大人しくしておれと言っておいたのに」
外から何かが飛んでくるような音が聞こえ、部屋の中に入ってきたかと思えばそう言い放つ女性の声が聞こえてきた。この声にも俺は聞き覚えがある。もはや振り返って確認する必要もないな。
「ん? なんじゃこれは? お主は何をそんなところに寄りかかってるんじゃ?」
目の前に現れたのはあの人間バージョンに変化したドラゴンだった。まさか、こんなところまで二人……いや二頭? 揃ってやってくるなんて思ってもみなかった。また少ししたら来る的なこと言ってたじゃないですか。何? 少しって数時間後とかそんなレベルのものだったの? そんなに俺に会いたかったの? やっべえ俺ってばドラゴンにモテてるううう!!
……ってそんなこと考えてる場合じゃねぇっつうの!! 何とかしてこの体をどうにかしてもらわねぇと。
「んんーーー!! んんーんんー!!」
駄目だ、声は出せるけど出すだけしかできない。そんな俺の状況を見てどちらもぽかーんとした顔で首をかしげた。伝わって、俺のこの必死さ! 汲み取って、汲み取って!!
「どうした? 何を言ってるのか……ん? 何だ? ここの空気……何かおかしいな」
おお!! 気づいてくれたかドラゴンよ! 俺はその言葉に同調するようにひたすら声をあげる。あーもおおお!! 言葉が喋れない状況ってここまできついものだったのか。
その様子の異変に気づいた彼女は部屋をキョロキョロと見回すとあのしびれ粉の入った紙袋を見つけまじまじと間近で見つめ始めた。
「ふむ……これは……すんすん。なるほど、そういうことか」
どういうことなのかは分からないが彼女はどうやらこの状況を察してくれたらしい。何かあれだな、傍から見れば今の言動どこぞの探偵みたいだよな。残念なことに彼女にその要素は微塵たりともないけどね。
「ぴいい?」
「まったく誰がこんなことをしたかは知らないが、安心しろ。今何とかしてやる」
そう言うと彼女はおもむろに立ち上がり、俺と向き合うようになるといきなり深呼吸をしはじめた。何やってんだ? っていうか今気がついたけどこの部屋に来てからこいつら普通に動けてるってことはこのしびれ粉が全く効いてないってことだよな。まぁ、ドラゴンの名は伊達じゃないってことなのか?
「まずは、この部屋の空気を綺麗にしなければな!!」
そう言って二度目の深呼吸をした時だった。今までよりも深く息を吐き彼女は思い切り体を前かがみに倒した。
「いくぞ!!」
そして、思い切り体を仰け反らせながら思い切り息を吸い込み始めた。その瞬間、部屋中の本や備品が飛び上がるほどの凄まじい衝撃と突風が巻き起こった。
「んんんんんんん!!」
うおおおおおお!? どうなってんだよその肺活量!! まるで台風の中にでも居るかのような突風に動かないはずの体も引き寄せられそうになる。
「ぴぃいいいいい!!?」
ミニドラゴンも驚いているのか俺の体に必死にしがみついている。しがみつかれるのはいいんだけど……そのせいで服の上から食い込んでくる爪の部分が地味に痛い。あぁ……どうせしがみつかれるならもっと別の人がよかったな。まぁ、これはこれで他の人には体験できない貴重な体験でもあるんだけどね、ちくしょう!! 俺の心から出た涙の粒が風に流されていく。
「んんんんむうううう!!」
あ、イホームの声が聞こえてきた。きっと今のは、やめてえええええ!! 研究室を荒らさないでえええ!! って叫びだろうな。ごめん、イホーム。後で片付け手伝うから今は我慢してくれ。
そして、あの超吸引が終わると部屋中に充満していたあの黄色い粉が跡形もなく消えていた。というか全部吸い込んだのかよ……。やり方が斬新すぎてびっくりするわ。しかも、全然普通に動いてるし。
「ふぅー……こんなもんでいいだろう。後はお主らを動けるようにしてやらんとな」
そう言って彼女はいつかの時のように腕についた赤い鱗の部分を一枚はがし小さく砕くと、俺の口を無理矢理こじ開け中に突っ込んできた。
「んぐううううう!!」
「ほれ、これを飲み込めば大丈夫じゃ」
あんたの鱗は万能薬かなんかなんですか? 空飛んでた時もそうだけど何にでも効くとか便利すぎだろ。まぁ、水が無いと少し飲みにくいのが難点だけど。俺は何とか少しずつ鱗を飲み込んでいく。すると、徐々にだが体から痺れがとれていき自由に体を動かせるようになっていった。
「くあ~!! はぁー、動けるようになった!」
「ぴぃいい!! ぴいいいい!!」
俺が動けるようになったのを見てミニドラゴンが再び体をすり寄せてくる。何で俺ここまで懐かれてるの? 逆に少し怖いんですけど……。
「わ、分かった。分かったから少し落ち着け。そして一回離れろ!」
とりあえず立ち上がるために俺はコイツの体を引き剥がした。何だか寂しそうな声を上げていたがとりあえず気にしないでおく。テーブルに手を付きながら体を起こすが、完全に痺れが抜けきってないのか足元が少しヨロヨロとおぼつかない。うあ~なんか気持ち悪ぃ……。
「大丈夫か?」
「あぁ、何とか。にしてもよくここに居るってわかったな」
「お主と別れた後、一時的に休息できるような場所にいたのだがしばらくしてこのチビ助が目を覚ましてな。突然起き上がったかと思えばいきなり飛び立ち始めて、お主のいる方角へ行ってしまったので慌てて追いかけてきたのだ。恐らくこやつはお主にずっと摺りついておったから匂いでどこにいるのか分かったんじゃろうな」
匂いでって……俺そんなに臭うかな? それともコイツの嗅覚が異常に発達しているんだろうか。お願いだから後者であることを願うばかりだ。
「んんんんんぅ!! んんんんんんん!!」
「ん? 何だ、まだ誰かいるのか?」
あ、そうだイホームも動けるようにしなくちゃいけないな。俺は倒れている彼女のそばまで近づくとゆっくり体を抱き起こした。
「お主の知り合いか? ならばまた我の鱗を……」
「いや、この人は俺が治す」
俺は手をかかげイホームに回復の呪文を唱える。
「レイズ!」
その瞬間、イホームの体が黄色い光に包まれる。もう何度もやってきたことなので流石にその光景には慣れたが、自分がこれをやっているのだと思うとやはり……何というかこう……凄いことしてるなぁという気分になる。いや、実際すごいことしてるんだけどね。
「けほけほっ! はぁ~、助かったよお兄ちゃん」
光が吸収されるとイホームの体は完全に元に戻ったようだ。ゆっくりと起き上がり、俺たちのことを見ていたあのドラゴン達に視線を向けた。あ~……どう説明しようかな、こいつらのこと。
「あ、あのだなイホーム。こいつらは……」
「お兄ちゃん、とりあえずそれについては後で色々聞くから。それよりも今はレミを追いかけないと!!」
そ、そうだった!! こんなところでもたもたしている暇はない。急いでフラウを追いかけないと!
「じゃあ、お兄ちゃん。私は城中の兵士にお願いして街の中に包囲網をはってもらうようにしてくるよ。そしたらそのまま私もレミを探してみる!」
「あぁ、分かった。俺も何とかしてレミアムさんを探してみる」
「うん、じゃあまた後で!」
そう言ってイホームは研究室から飛び出していった。さて……何とかするとは言ったもののこれからどうする。闇雲に追いかけるにしても限界があるし。
「何だ? 誰か探しているのか?」
俺が焦っていた時、ドラゴンがそう俺に聞いてきた。
「俺の連れが掴まっちまったんだ。だからすぐに追いかけないと!」
あのままじゃフラウがどうなるのか分かったもんじゃない。またその研究とやらの材料にしようだなんて冗談じゃないぞ。これ以上あいつを好きにはさせない!
「ふむ、なるほど。そういうことなら我も協力してやろう。お主にとって大切な存在は、我らにとっても放っておけぬ存在だからな」
「え?」
「ぴいいいい!!」
なんかよく分からんがどうやらこいつらも協力してくれるらしい。どんな奴でも手伝ってくれるのはありがたいことだ。まぁ、ミニドラゴンに関しては多分よくわかってないんだと思うけど。
「あ、ありがとう。それじゃあ皆で手分けして……」
「いや、その必要はない」
へ? 必要はないってどういうことだ? まさか、何かいい方法でもあるのか?
「探し物を見つけたい時は全体を見渡せたほうがいいだろう?」
「いいだろうって、それどういう……」
ん? 全体を見渡す? そ、それってもしかして……もしかしてですか?俺の顔色が変わっていくのを見てドラゴンは口元をにぃっと歪ませた。
「気づいたか? まぁ、今お主は我の鱗を飲み込んでいる状態だからそこまで怖くはないだろう」
「え、ちょ、ちょっと待って!」
「急いでいるのだろう? グズグズ言わずに、そら! 行くぞ!! チビ助、我が元の姿に戻るまで貴殿を頼むぞ!!」
「ぴぃいいいいいいい!!」
ドラゴンがそう指示するとミニドラゴンは俺の肩をがしっと掴んだ。あれ、ついさっきこんなことをされていたような気がするんですが……まじですか。そしてミニドラゴンが俺の体を持ち上げ、ガラスの割れた窓めがけて思い切り突っ込んでいく。おいおいおいおいおいまたこの展開かよおおおおお!!
「ういいいいやあああああああああああ!!」
そして、俺の体は完全に宙に浮いた形で外へと飛び出した。




