予想外の救世主
研究室にたどり着いた俺たちは早速、飾ってある写真を確認した。まずはフラウにもう一度ちゃんとこの写真を見てもらわなければなない。またあのおかしな頭痛を起こさなければいいんだけどな。
「フラウ、どうだ? 何か思い出せたりしそうか?」
「そうですね……やっぱりこの写真、どこかで見たことがあるというのは思い出したのですがそれ以上は……」
「うーん、そうか。でも見たことあるのは確実なんだな」
だとするとやっぱりこの写真にフラウに関する手がかりがある。
この写真に書かれてる文字からしてこれは卒業写真だ。そんな写真を持っているということは……恐らくその人物はこの写真に写ってる卒業生のうちの誰かか、もしくは関係者ということになるだろう。
そして、その関係者のうちの一人が今まさに俺の隣にいるイホームだったりするわけでして。
「ねぇ、お兄ちゃん。一体何の話をしてるの?」
「えっと、実はな……」
俺はフラウが前回ここに来たときこの写真を見てひどい頭痛を起こしたこと。そして、この写真をどこかで見たことがあると言っていることをイホームに一通り説明した。それを聞いた彼女は眉間に皺を寄せながら首を傾げた。
「フラウちゃんがこの写真を見たことある?」
「あぁ、でもどこで見たかは思い出せないらいけどな」
そこが分かれば一気に真相を明らかにすることもできるかもしれないのだが、そうは問屋がおろさないらしい。全く面倒な話だ。こんなミステリーな展開はお呼びじゃないんですよ。
「この写真は……私が魔術学院に最後に勤務していた時の卒業生たちの写真だよ。私は写ってないけどこれで最後だからって記念にもらったの」
イホームはそう話しながら壁に掛けてあった写真を外し始めた。最後に勤務していた時のってことはイホームがこの城に来る前の写真ってことだよな。というかイホームは元からここの専属魔術師じゃなかったんだな。
……あ、でもそういえば初めて会ったとき‘今はここで魔術を教える先生として働いてる’って言ってたっけ。‘今は’ってことは昔はこの学院で魔術を教えていたりしたんだろうなきっと。
「へぇー……でも、写ってないってことはその写真に写ってる人達とはあまり接点がなかったのか?」
「ううん、ここに写ってるのは私が教えていた生徒たちだから皆、面識はあるよ。ただこの時、私は別の用で学院にいなかったから一緒に撮れなかったの」
なるほどねぇ……。あっちの世界の写真みたいに別枠で合成して後からくっつけるなんて技術は流石にこの世界にはないだろうしな。こればっかりはタイミングが合わなかったってことか。
そのことについてはとりあえず分かった。だが、それよりも今聞きたいのはここに写っている人物たちのことだ。
「ちなみになんだけど、面識があるってことはどれが誰なのかっていうのもわかるんだよな?」
「え? うん、もちろん。生徒の顔と名前は全員覚えてるからね」
どことなく誇らしげにそう胸を張るイホーム。全員覚えているなんてすごいな。まさに教師の鏡だ。今のイホームは何よりも頼もしい存在に思えた。
「さすが白の魔術師様だな。じゃあこの写真に写ってる人物について色々詳しく教えてくれ」
「詳しくねぇ……あ、そういえば実はこの写真にレミも写ってるんだよ」
「レミアムさんが?」
「うん。ほらこの端っこにいる長髪の生徒。これがレミだよ」
イホームが指さした場所を見ると確かにそこには細身で長髪の生徒が写っていた。言われてよく見てみれば確かにどことなく今のレミアムさんの面影が残っている。
なるほど、レミアムさんはイホームが魔術学院にいた頃の最後の卒業生だったわけか。
「ちなみになんだけどさ、これって何年前の写真なんだ?」
「えーと、私が辞めた時だから……十年ちょっと前かな」
十年ちょっと前か……。……え? 十年も経ってるのにあなたはその姿なんですか? 教師ができるような年齢がこの世界ではどれくらいからなのかは分からないが……イホームって本気で今何歳なんだろう。見た目がアレなだけで実はかなりのおばさんだったりして。
いや、流石にそれはない……とは言い切れないのが恐ろしいところである。それこそ魔術で若返りとか!!
「ねぇ、お兄ちゃん。何か今ものすごく失礼なこと考えてない?」
イホームが黒い笑みを作りながらこちらを覗き込むように見上げてきた。っていうか何故分かった!? まさかイホームには人の心を読む能力まで備わっているのか! それとも、何か顔とかにでてたかな? この聞きたいけど聞けないもどかしさ的なのが。
「か、考えてないよ?」
あ、やべ。若干声がうわずった。
「ふぅーん…………まぁ、いいけど」
じとーっと俺を見つめながらもイホームはどうやら俺を許してくれたらしい。やはりイホームに年齢の話はタブーだな。でも、考えるのもだめって徹底しすぎだろう。何なのその鉄壁の守り。
「そ、それよりも今はフラウのことだ。この写真にレミアムさんが写ってるってことはもしかしたら彼が何か知ってることがあるかもしれない」
この時、俺はレミアムさんがフラウを見たときのあの態度の変化とこの写真に写っているという二つの共通点から何かしらフラウとの関係があるのではないかと推測していた。あくまでも可能性の話だがやはり何か違和感を感じる。先程からどこに行ってしまったのかが分からないのも気になるし、恐らく卒業生ならばこの写真をレミアムさんが持っていてもおかしくはない。繋げようと思えばいろんなところで結び付けられる。
それに、彼は‘研究員’だと言っていた。ならば黒死の病について何か研究していたかもしれない。そしてその結果あんな方法を思いついたなんてこともありえなくはないだろう。まぁ、全ては想像なのだが。
「やっぱり本人にきちんと確認するしかないよな」
「ご主人様」
俺が頭の中で色々考えているとフラウが写真を見つめながら話しかけてきた。
「ん? どうした? 何か思い出したか?」
「思い出した……というほどでもないのですが、先程からご主人様が言っている‘レミアム’さんという言葉を聞いたことがあるような気がして……」
「聞いたことがあるって……本当か?」
「はい、でも気がするだけなので本当にそうなのかは思い出せないのですが」
「フラウちゃんがレミの名前を聞いたことがある? 何だか変な話ね」
イホームも何か気づき始めたのか顎に手を当て考え込んだ。
にしても、またフラウとレミアムさんを繋げる手がかりがでてきたな。これに関しては気のせいで終わるかもしれないが、フラウ本人からの言葉なだけに無下にはできない。もう、ここまで来たらやっぱり見つけるしかないよな。
「なぁ、イホーム。俺達も今からレミアムさんを探しに……」
俺がそう言いかけた時だった。
「あれ? 皆さんここにいたんですか。客室にいないからどこに行ったのかと思いましたよ」
突然扉が開いたかと思えばそこからレミアムさんが何事もなかったかのように入ってきた。
「レミアムさん!」
「レミ!! お前今までどこに行ってたんだよ!」
「どこにってトイレですけど……僕そう言いましたよね?」
「そうだが……中々戻ってこないからどこに行ったのかと心配したんだぞ」
「すいません。ちょっとお腹の調子がすぐれなくて」
腹部をさすりながら恥ずかしそうに頭を下げるレミアムさん。やっぱり調子が良くなかったのか?
「大丈夫なのか? よければ腹痛に効く薬を持ってくるが」
「いえ、大丈夫です。と、言いたいところなんですが出来ればお願いしてもいいですか?」
「分かった、すぐに持ってくる」
そう言ってイホームは部屋の奥へと消えていった。いいタイミングだ。今のうちに色々と聞いておきたいことがある。疑問をスッキリさせるために聞きたいことは山程あるが……さて、何から聞こうか。
「すいません、荒崎さん。何だか色々とお待たせしてしまって」
「いえいえ、全然気にしないでください。それよりもレミアムさんにいくつかお伺いしたいことがあるんですけど、いいですか?」
「? ええ、構いませんよ」
相変わらず落ち着いた口調でレミアムさんは了承してくれた。この人には何聞いても怒られないんじゃないかな。いや、ホント。
「今ここにさっきまで客室にいた俺の連れのフラウがいるんですが、レミアムさんはコイツのこと見たことがありますか?」
俺は隣にいるフラウを指差した。レミアムさんはフラウを見ると首をかしげ
眉間に皺を寄せた。
「いえ、こんな生き物は見たことがありませんね。それに先程、人の言葉を喋ってましたよね。びっくりしました、まさか人語を話す動物がいるなんて」
「俺も初めはびっくりしました。しかも突然話せるようになったんですよコイツ」
俺がそう言うとレミアムさんは興味深そうに、そうなんですか……と呟いた。
「それでですね、どうやらコイツは自分のことをよく覚えていないらしいんです。いわゆる記憶喪失ってやつですかね」
「記憶喪失ですか?」
「はい、でも今日少しだけ思い出したことがあったみたいで……レミアムさん、この写真見たことありますよね?」
俺は壁から外されテーブルの上に置かれていた写真を渡した。レミアムさんが写っている卒業写真だ。見たことが無い訳がないのだが一応確認のために見てもらう。
「これは……僕が魔術学院を卒業した時の写真ですね。これがどうかしたんですか?」
「実はフラウがこの写真をどこかで見たことがあるって言うんですよ。それで、その写真にレミアムさんが写ってるってイホームから聞いて何か知らないかと思って。卒業写真ならレミアムさんも持ってますよね?」
これで彼がこの写真を持っていないと言えばフラウとレミアムさんは面識がない可能性が高くなる。しかし、卒業写真何て記念の写真を飾らないにしても捨てる人はそうそういないはずだ。
「ええ、確かにこの写真は持っていますが……フラウさんが見たことがあるというのはよく分からないですね」
やっぱり持ってたか。当然といえば当然のことなんだがな。とりあえず彼とフラウを切り離すのはまだ早いようだ。
「そうですか……ちなみになんですけどこの写真っていうのはここに写ってる人物全員が持っているんでしょうか?」
「そうですね、確か全員に配られたはずです。けど、みんな卒業した後はほとんど散り散りになってしまいましたから一人一人確認するのは難しいと思いますよ」
「なるほど……」
しらみつぶしは無理か。だとすると写真を元にフラウの記憶をたどるのは中々難しそうだな。だとすれば……もうこのことについて聞いてみるしかないよな。これに関してはある意味信じてもらえないかもしれない。馬鹿にしてるのかと怒られる可能性もある。まぁ、いちかばちかだな。
「それじゃあ、最後にもう一つだけ。レミアムさんは黒死の病というのをご存知ですか?」
「黒死の病ですか? それはもちろん。僕が今、研究している病ですから」
研究しているか……。これは可能性が無きにしもあらずか?
「そうですか……あの、レミアムさん。落ち着いて聞いて欲しいんですけど、実はフラウにはとんでもない秘密があるんです」
「とんでもない秘密?」
レミアムさんの顔が一気に真剣なものへと変わる。全くかっこいい顔しやがって。
「そうです、そしてその秘密というのは…………実はコイツは……元人間だったんです」
俺がそう言った瞬間、彼は呆然とした顔になった。そりゃあそうか、俺だって最初はこんな感じだった。何を言ってるんだこいつはって顔をしていたんだ。だから何もおかしいとは思わない。むしろ正しい反応をしてくれて少しだけホッとしていた。
「人間だった? フラウさんが?」
「はい、信じられないですよね。俺もこいつに言われてぽかーんとなりましたよ」
苦笑いをしつつレミアムさんの反応を待つ。やばいなぁ……絶対おかしなこと言ってるって思われてるよなぁ。何か急に恥ずかしくなってきた。
「ま、まさか……それじゃあ、彼女は元からこんな生き物ではなかったと?」
「ええ、そういうことらしいんです。俺もよく分からないんですけどね。あははは……」
俺が渇いた笑いを起こしたときふと気になることがあった。今、レミアムさんはなんて言った?
(それじゃあ、‘彼女’は元からこんな生き物ではなかったと?)
俺はフラウのことを詳しくレミアムさんに教えてはいない。それこそ性別についてなんて一言も言っていない。それなのに彼は何故フラウが女だと分かったんだ?
「レミアムさん、今コイツのことを彼女って言いましたよね? 何でコイツが女だって分かったんですか?」
「え? それは、見た目も白くて可愛らしいし、それに体つき的にもそうかなと」
「レミアムさんはこんな生き物見たことないんですよね? それなのにそんなことが分かるんですか?」
「……」
俺の問いかけにレミアムさんは答えなかった。ただ黙って無表情でこちらを見ていた。この反応は……まさか。
「レミアムさん、本当のことを話してください。あなたは……フラウのことを本当に知らないんですか?」
レミアムさんは何も答えず只々無表情で佇んでいた。その視線は最早こちらを見ているのか見ていないのか分からない。それだけに彼が何を考えているのかこちらも汲み取ることができず俺はひたすらその返答を待つことしかできなかった。俺の中の嫌な予感が破裂しそうなほどに膨れ上がっていく。どうすることもできない居心地の悪さが辺りを支配する。先程まであんなに穏やかで接しやすかった人物が、今では目の前にいるだけなのに異様な空気を放っている。そんな状況に耐え兼ねた俺は思わず口を開いていた。
「どうなんですか。はっきりしてください!」
俺がそう再び問い詰めると、彼は小さなため息を一つついた。
「全く、こんなところで記憶の回復が始まるなんて……予想外でしたね」
レミアムさんは今までとは違う感情のない声でそう言った。それはどこか冷たく奥底に刺を持ったような鋭い言葉だった。
「やっぱり、フラウのことを知ってたんだな」
「ふふ、知ってるも何もそれは僕が作り出した研究の成果だ。と言ってもまだ一体目だけどね」
一体目? どういうことだ。
「いやー、驚いちゃったなぁ。実験は失敗したと思ったのに言葉は喋れるようになってるし記憶は所々思い出してるし。改善点はまだまだあるけど、初めてにしては上出来な結果だったんだな。まさか実験室から逃げ出すとは思ってなかったから慌てて処理しようとしたけど……他の人間に飼われているとは驚きだったね」
レミアムさんはそう言って軽く笑い出した。とんでもないことを言ってるのになにヘラヘラしてんだこの人は! そう思った時、後ろで何かが落ちる音がした。振り返ってみるとそこにはイホームが薬の入っていたと思われる瓶を落として立っていた。
「レ、レミ……い、今の話はどういうことだ?」
イホームがそう聞くと彼は面倒くさそうに頭をポリポリと掻き始めた。
「あーあ、先生にもバレちゃいましたか。まぁ、いつかは話さなきゃいけないことだったんですけどね」
「どういうことなのかと聞いているんだ!!」
イホームの怒声にも似た声が部屋に響き渡る。彼女も相当動揺しているようだ。
「どういうことってそういうことですよ。僕は黒死の病について何年も前から研究してきました。それでも一向に治療方法は発見されず研究は難航するばかり。嫌気がさしていたんですよ。何も出来ずに病にかかった人達を救うこともできない。そんな何も得ることができない研究にね。でも、そんな時俺はひらめいたんですよ。病を治すことができないのならば病に罹っていない体を作り出せばいいのではないかって」
「それで、フラウを創ったのか?」
「そうです。彼女は僕の記念すべき実験体一号なんです!!」
「ふ、ふざけるな!! 人間を材料にした魔術実験は禁忌とされているはずだぞ!」
禁忌? そうなのか? そうだとしたら彼はその掟を破ったことになる。
「そんなこと知っていますよ。それでもね先生、時には必要な犠牲というのもあるんですよ。それがなければ人類はいつまでも前に進むことはできない。それにね先生。姿形は違えど僕は彼女の命を救うことができたんです。彼女がこうして今生きているのは僕のおかげなんですよ!」
レミアムさんは興奮したように目を見開きながらそう、まくしたてた。気分的には救世主にでもなったつもりなんだろうか。
「僕はこれから彼女を研究して更にこの魔術を発展させる。そして、いつかは完全に別の人間へと生まれ変われるような完璧な治療法にしてみせる」
そう言いながら彼はフラウの元へと近づこうとしてくる。俺はその間に割り込むように立ち塞がりレミアムさんを抑えようとした。
「あんたの言ってるそれは治療法じゃない。只の禁忌を犯した違法な魔術だ」
「はっ! 何もできない一般人が僕の実験に口出しをするんじゃない!! そこをどけ!!」
「なっ!! ちょっ! やめろって!!」
無理矢理フラウに掴みかかろうとするレミアムさんの体を俺は思い切り突き飛ばした。
「ぐあっ!」
勢いよく床に倒れたレミアムさんは呻き声を上げながら再び立ち上がろうとする。こちらを見つめる目は最早何かに取り憑かれたかのように鋭いものに変化していた。
「貴様アアアアっ!!」
「レミ! もうやめろ!」
イホームが抑えようとするが彼はそんな彼女を片手で振り払い弾き飛ばした。
「イホーム!!」
「こうなったら仕方がありませんね」
そう言ってレミアムさんは片手をこちらにかざしてきた。おいおいおい何をするつもりだよ。
「‘我の生み出し束縛の檻よ。我が命に従い、かの者を囚えよ’!!」
彼がそう叫ぶと突然、足元に赤い魔法陣のようなものが浮かび上がる。
「な、何だ!?」
その魔法陣がフラウの周りに素早く移動するとその円の中から下から上に向かうように真っ赤な柵がいくつも伸び始める。
「フラウ!!」
その魔法陣に手を伸ばしフラウをどけようとするが柵に触れた瞬間、俺の体に激痛が走り思い切り後ろに弾き飛ばされた。
「っだあ!!」
「ご主人様!!」
くそっ! 体中が痛い。何なんだあれは。触れた場所だけじゃなく全身にダメージがあるなんてそんなの反則だろ。
何とか起き上がろうとするが力が入らない。フラウの方に視線だけでもと向けてみるとそこにはとんでもない光景が浮かんでいた。
「なんだ……これ……」
フラウはまるで鳥かごのような形をした真っ赤な檻に囚われていた。よく見ればその檻の一つ一つに黒い電流のようなものが流れているのが分かった。どうやら俺はあれに触れてしまったようだ。
「さて、いつまでもここにいたら大変ですね。さっさと帰ることにしましょう」
レミアムが研究室の扉に向かって歩き始める。すると不思議なことにあの檻もぴったりとくっつくように後をついて行った。なんて便利な機能だよちくしょう!!
「おい、レミ!!」
研究室を出ようとする彼をイホームが大声で呼び止めた。彼はその声にゆっくりと振り返る。
「なんでしょう? 先生?」
「このままお前を返すわけには行かない。大人しくフラウちゃんを放すのよ」
今まで聞いたことのないようなドスの効いた声でイホームはレミアムさんにそう言った。しかし、そんなの気にする様子もなく彼は首を横に振っていた。
「はぁー……先生。あなたなら僕のことを理解してくれると思っていましたが、そんなことはなかったようですね。残念です。でも、ここで僕を止めることは先生にはできないでしょうね」
「どういうことだ!」
「先生の大事な生徒さん。名前はディア君でしたっけ? 彼がどうなってもいいのなら僕は全然構いませんけどね」
「なっ!?」
そういえばさっきイホームがディアさんにレミアムさんを探してくるように頼んだって言ってたっけ。多分その時に何かあったんだろう。人質までとりやがって。本当にとんでもねぇ野郎だ、こいつは!!
「それが嫌ならそこで大人しくしていてください。そうすれば彼は大人しく返してあげますよ」
「お、お前!!」
「あ、そういえばこんなこともあろうかとこんなもの持ってきてたんです」
そう言って懐から何かの茶色い紙袋のようなものを取り出した。
「僕が作った特性のしびれ薬です。これでも吸ってしばらく大人しくしていてください。効果は数時間ですのでご心配なく。それじゃあ、お元気で」
彼は扉を開け外に出ると片腕だけを部屋に残した状態で袋をこちらに思い切り投げた。すると中から黄色い粉のようなものが撒き散らされ辺りに充満し始める。
「レミ!!」
「くそっ! くそっくそっくそっ!!」
まずい体が痺れてきたのか全く動かなくなってきた。隣の方でどさっと何かが倒れる音が聞こえる。首が動かせないので何が起こっているのか分からないが、きっとイホームもこの粉を吸い込んで床に倒れ込んだのだろう。
このまま何もできずに終わるのか。俺はフラウを助けることはできないのか……。唇を噛み締めたい気持ちになったがそれすらも出来ない。苛立たしさだけが積もっていく。誰か、誰か気づいてくれ! 頼む、誰でもいいからフラウ達を助けてくれ。頼む!! 誰か! 誰か!!
俺がひたすら祈っていた時だった。
「……ィーーー」
え? 今何か聞こえたような……どこからだ。どこから聞こえてきた?
「……ピィーーーー」
さっきよりはっきり聞こえてきた。っていうかあれ? 何かこの声どっかで聞いたことあるような?
「ピィイイイイイイイイ!!」
三度目のその声が聞こえた瞬間、俺は一気に確信した。この声はまさか!! そう思った瞬間だった。突然研究室にあった窓ガラスが勢いよく砕け散り、辺りに破片がまるでシャワーの粒のように飛び散っていく。
ぬうおおおおおおおおおおおお!? なになになになになに!!! 危ない、危ないいいいいいいい!!
「ぴいぃい!! ぴぃいいい!!」
そして、その窓ガラスを割った犯人はそう甲高い声を上げながら俺の方へと近づいてきていた。




