秘密発覚
うーん、フラウが無事に目を覚ましたのは良かったんだけど……
「…………」
イホームがさっきからフラウをガン見してるんだよなぁ。いや、まぁあんな光景を見ればそうなるのは分からなくもないけど。にしても見すぎだろ。視線を動かさないどころか瞬きすらしてないぞ。なんか怖ぇよ。
「おーい、イホームさーん。もしもーし」
俺が呼びかけながら顔の前で軽く手を振ると、イホームはやっと硬直状態を解いてくれた。
「お兄ちゃん、これは一体どういうことなの」
いつにも増して真剣な声色でイホームは俺にそう聞いてくる。
「ど、どういうこととは?」
「フラウちゃんが人間の言葉を喋れるなんてすごいこと何で今まで言ってくれなかったのってこと!」
「何でって言われましても……面倒なことになると思ったから?」
「面倒って……そんなことでこんなとんでもないこと言わなかったの?」
イホームの冷めた目が俺を睨んでくる。これは……変な言い訳をせずに素直に謝ったほうがいいだろう。こういう時こそ潔さを大事にしなければ。
「えっと……ごめんなさい」
俺がそう謝罪するとイホームは、はぁ……とため息を一つついた。
「これからはなるべく変な隠し事はしないでね。きちんと言ってくれれば私だってちゃんと対処するんだから」
対処ねぇ……。本当にちゃんとしてくれるんですか? 何て今言ったらどうなるのかわからないのでその言葉は胸の奥にしまっておく。
「わかった、これからはきちんと話すようにするよ」
「うん、お願いね。にしてもレミにフラウちゃんを見てもらうだけのつもりだったのに、いろいろ聞きたいことができちゃったよ。レミが戻ってきたらまた話を聞くからねお兄ちゃん」
「へいへい」
結局面倒なことになっている気がするけど、まぁしょうがないか。俺はベッドの上のフラウの体を撫でながら色々と諦めるのであった。
それから数十分がたった。しかし、部屋にいるのは俺とフラウとイホームだけ。未だにレミアムさんが帰ってこない。
「……レミアムさん、トイレ長いな」
「そ、そうだね」
なんだ、もしかしてアナコンダ級のどてかいのを捻り出してるのか? もしくは自分の胃と腸とめっちゃ格闘中だったりとか。あるいは……
「なぁ、イホーム。レミアムさんってこの城には来たこと今まであるのか?」
「うん、随分前だけど一度だけ来た事あるよ。何で?」
「もしかしたらなんだけど、トイレがどこにあるのか分からなくて迷ってるんじゃないかと思って。ほら、この城ものすごく広いから」
俺もどこに何があるのかほとんどわからないし。今からこの部屋から一番近いトイレに行けって言われたら多分迷うと思う。それにレミアムさんがここに来たのは随分前らしいし可能性としてはあり得るだろう。
「レミにはある程度城の中を案内してるからそれはないと思うけど……。何かそう言われたら心配になってきた。私、ちょっと探してくるよ」
「おう、分かった」
結局イホームもレミアムさんを探しに行ってしまい部屋には俺とフラウだけが残る形になってしまった。どうしよう、今のうちにフラウに色々聞いたほうがいいだろうか。そう思っていた時だった、
「あの、ご主人様」
静かになっていた室内でいきなりフラウに呼びかけられる。しかし、その声にはやはり力がない。まだ調子はあまりよくなさそうだ。
「ん? どうした」
「実は……私、思い出したんです」
「え、思い出した?」
突然フラウの口から出てきたのはそんな予想だにしなかった言葉だった。フラウは体を完全に起き上がらせるとこちらを真正面から見つめるように向かい合った。その瞳は今まで見てきたフラウのものとはどこか違うような雰囲気をだしている。な、なんだこの雰囲気。妙な空気を感じ取った俺は緊張しながらフラウの口が開かれるのを待つ。こいつは一体何を思い出したんだろうか。
「はい、私が……その……この体に作り変えられる前のことを思い出したんです」
フラウは落ち着いた声でそう言い放った。ふざけている様子はない。からかっているわけでもなさそうだ。フラウは俺を見つめたままそう言った。その瞬間、俺の頭の中に疑問符が無数に浮かび上がる。正直な話、何を言ってるんだと思った。しかし、コイツはそう言ったのだ。確かに俺は聞いたのだ。
‘この体に作り変えられる前のこと’
この体に作り変えられる前。こんなフレーズを俺は今まで生きてきて聞いたことがあっただろうか。少なくとも俺はない。
「ど、どういうことだ? 作り変えられるってなんだよ」
俺からの質問にフラウは少しだけ視線を下げた。
「そのままの意味です。私は元々こんな体の生き物ではなくあなたと同じ‘人間’の体で生きていたんです」
「に、人間の体で……生きてた?」
それを聞いた瞬間、俺の思考は固まった。人間の体で生きていた? それじゃあ、フラウは元々人間だったってことなのか? 目の前にいるのは白い毛並みで狐のような顔をしてて、ライオンみたいなたてがみがあって、羊のような角が生えてて、狼みたいな尻尾があるそんな見たこともないような動物なんだぞ。それが本当は人間だった。いくら異世界で俺の常識が通用しないとしてもそんなことが簡単に信じられるわけがない。信じられるわけがないのだが……よく考えてみれば色々なことに説明がつくことになる。
フラウのことを誰も見たことがないと言っていた理由。それはフラウが元々この世界に‘いなかった’生き物だったから。そして、誰かに‘作られた’生き物だったから。存在していないものを誰かが知っているはずがないし知りようもない。だからこの国の人達も、エストニアさんも、イホームでさえも知らなかったのだ。
それにフラウが喋るあの言葉。元々人間だったのなら言葉が喋れても不思議ではない。フラウはそれを覚えているのだからこちらに意思を伝えるのは難しいことではないだろう。またこちらの言葉を理解するのもたやすいはずだ。
混乱した頭で俺はフラウを見つめ返す。やはりふざけているような雰囲気はない。只々静かな表情でフラウはそこから動きもせずこちらを見ていた。
「じょ、冗談とかじゃないんだよな。本当にお前は……元々人間だったのか?」
「はい」
「……まじかよ」
フラウはしっかりとした声でそう肯定した。たった二文字の言葉なのに、そう言い返された俺はありえないほどの衝撃を受けていた。この世界では俺が信じられないようなことが起こりうる。ここはそういう世界なんだというその事実を改めて実感した。そんなことを思っていた時、俺はいくつかの疑問を思い浮かべた。
「でも、何で人間からそんな姿になったりなんかしたんだ?」
真っ先に浮かんだ疑問を俺はフラウに遠慮もせずに聞いた。ほかの質問に答えてくれなかったとしてもこれだけは絶対に答えてもらわなければならない。
「私は、人間だった頃ある病にかかっていたのです」
「病?」
「ご主人様は‘黒死の病’というのを聞いたことがありませんか?」
黒死の病。それってファリアがかかってたあの病だよな。肌が黒く変色して一度かかると二度と治らないって言ってたっけ。
「一応知ってるけど、まさかそれに?」
「ええ、そうです。私も黒死の病にかかり命を落とそうとしていたんです」
命を落とそうとしていたか。ファリアは俺の力で助けられたけどこの世界には俺がここに来る前にその病にかかっていた人達が確かにいるはずだ。そのうちの一人がフラウだったということだ。
「そんな時、私のことを助けられるかもしれないと申し出てくれた魔術師様がいたんです。そしてその時に言われた方法が‘私の体をもう一度別のものへと作り変える方法’だったんです。そんなの聞いたこともなかったし、もちろん最初はためらったんですがもう方法はそれしかなくて……」
そんな怪しい方法をコイツは受け入れたんだな。ある意味すごいと思う。まぁ、結果的に見れば成功はしてるんだけど。
「なるほど。それでお前はその体になったってことか。でも、何で動物なんかに?」
「もちろん私だってこんな姿になるとは思ってなかったし、その魔術師様も人間に近い姿になるように努力するって言ってくれたんです!」
「人間に近い姿ねぇ……」
今の姿はとても人間に近いとは思えないけど。むしろ動物よりというか動物そのものだしな。
でも、このままだと死ぬって状況じゃそんなことも言ってられなかったんだろうな。少しでも生きれる可能性があるなら誰だってすがりつきたくなるだろう。人間そんな簡単に死を迎えることはできないもんだろうし。
「とりあえず、それについては分かった。それで、お前をその姿にした魔術師様ってのはどこの誰なんだよ?」
今の話を聞いて、一番気になったのはここだ。これが分かるか分からないかでこれからの話の方向が変わってくる。
「それが何だかその人のことを思い出そうとすると頭がモヤモヤするんです。そういうことをされたっていうことは覚えているんですけど」
「なんだそりゃ」
何かまた随分と都合よくなってんなぁ。やっぱりそういうプロテクトはしっかりしてんのかな。
「じゃあ、なんか手がかりとかないのか? その人に繋がるようなさ」
そう聞くとフラウは考えこむように唸り声をあげた。唸り声と言っても動物チックのではなく人間のうーん……的なのだ。
「そういえば、この前に行ったあの研究室とかいう部屋にあった写真……私が人間だった頃見たことがある気がするんです」
「あの、お前が頭痛を起こした時に見てた写真か?」
そういやあの写真に魔術学院卒業生とかって書かれてたな。……魔術学院。その写真をフラウが見たことがある……。もしかしたら……あの写真に何か手がかりがあるかも。
「なぁ、フラウ今もう動けるか?」
「え? は、はい。大丈夫ですけど。どうしたんですか?」
「その写真を見にもう一度研究室に来て欲しいんだ」
こうなったら確かめてみるしかない。とりあえずイホームとレミアムさんが戻ってきたら一度、フラウと一緒に研究室に戻ろう。それで、皆で一度色々と確認をすることにしよう。俺がそう思った時だった。部屋の外から誰かが近づいてくるような足音が聞こえてきた。誰か戻ってきたようだ。
「うーーん……レミのやつどこに行ったんだろう」
ドアが開かれたと思えば、そう呟きながらイホームが部屋に入ってきた。
「あれ? レミアムさんは?」
「それがさー城の中を一通り探したんだけど、どこにもいないんだよね。だからとりあえずディアに探してもらうように頼んで戻ってきた」
「いない?」
迷ってるんならともかくいないってどういうことだ。本当にどこいってんだよあの人。フラウを見てから様子もおかしかったし……。……もしかして。いやまさか、……まさかな。
「ん? どうしたのお兄ちゃん。そんな険しい顔して」
「なぁ、イホーム。あの研究室にかかってた写真の事なんだけど」
俺がそう聞くとイホームは首を軽くかしげた。
「あの写真って?」
「ほら、あの魔術学院卒業生っていうやつ」
「あぁー、あれね。それがどうかしたの?」
「今からその写真をフラウと一緒に見に行きたいんだけどいいかな?」
「え、う、うん。全然構わないけど」
この時、俺は少しだけ嫌な予感がしていた。そして、その疑念を確かめるべく俺達は研究室へと向かっていった。
いやっほおおおおおう。もうこうなったらテンションだけで書ききるしかねぇ!! 細かいことは気にするな!! テンション、テンション、テンショオオオオオオオオオオン!! v((((((((((゜∀。)))))))v




