魔術研究員
その後、城に着いた俺達は別々の部屋に連れて行かれた。フラウはそのまま客室へ、俺は研究室へと案内された。
前回来てからまさかこんなにすぐにまたここに来ることになるとは……。しばらくの間は来るつもりなかったのになぁ。というか俺みたいな一般人がこう何度も王宮に来るってこと自体がおかしいんだよ。最初にここに来た時のあの感動と驚きもだんだん薄れてきてるし……何か複雑だ。
「それじゃあお兄ちゃんちょっとここで待っててね」
「へーい」
俺が適当に返事をするとイホームとディアさんは研究室からどこかへと行ってしまった。一人残された俺はとりあえず椅子に座り彼女たちが帰ってくるのを待つことにした。……そうしようとしたのだが
「……お、落ち着かない」
研究室という特殊な状況。そして見たこともない機器や装置に囲まれたこの空間。俺にだって好奇心というものはある。見たことないものがあればそれなりに気になるし、間近で見てみたくなるような衝動が湧き上がってきたりもする。それに、前回来た時はあんまりゆっくり見れなかったしな。
「少しだけ色々見てみるか」
俺はそんな興味心に負け部屋の中を軽く物色してみることにした。俺は椅子から立ち上がり部屋の中を歩き回る。
見たこともない植物や怪しい色の液体が入ったビンの並ぶ棚。何に使うのか想像もつかないような奇妙な形をしている道具の詰まった箱。部屋の奥には天井からたくさんの橙色の明かりに照らされたプランターがいくつも置かれている場所なんかもあった。何かを育てたりしているんだろうか。
色々な発見をしつつ一通り部屋を歩き回った俺は再び元いた場所に戻ってきた。その時、俺はフラウと一緒にここに来た時に見たあの写真のことを思い出した。あれを見た時フラウはひどい頭痛に襲われていたんだっけか。俺はその写真の前に立ち改めてよく見てみることにした。数人の男女が集合した白黒の写真。その中には白衣のような物を着ている人物もいる。これは一体どういう集まりなんだろうか。そう思った時だった、
「あれ? ここに何か書いてある」
小さな黒い文字で右下の方に何か書かれていることに気がついた。少し霞んでいるがかろうじで読むことができた。
「えっと……‘第二十九期魔術学院卒業生’」
卒業生か……。ってことはこの写真は卒業写真ってことだよな。魔術‘学院’ということはここに写ってるのは生徒とかなのかな。だとするとこの世界にも学校ってあるんだな。何か、とてつもない学校だけど。
まぁそれはとりあえず置いとくとして、フラウは何故あの時この写真を見て頭痛なんか起こしたんだ。動物が人間の卒業写真なんか見ても普通はそれが何なのか分からないだろうし、そもそも写真なんて物をあいつは知っていたのだろうか。誰からも見たことが無いと言われてるような生き物が人間社会の物を知っていたのだろうか。そう考えるとこの写真との接点が全然思いつかない。あの時のフラウの状況から考えると、物珍しさで見ていたというのとは少し違う気がするしな。
だとするとあれはたまたま起こった出来事だったのだろうか。偶然あのタイミングでフラウに頭痛がはしっただけだったとか。けど、仮にそうだったとしたらじゃあ、原因は? ということになるんだけどな。
静かな部屋で一人、様々な思考を巡らせるが俺のちっぽけな頭では一向に答えは見えてこない。むしろ考えれば考えるほど謎は深まっていく。俺に名探偵級の頭脳でもあれば斬新なひらめきとかできるんだろうけど……残念なことにそこまでの柔軟性は俺には無いようだ。……脳の柔軟性ってどうやったら鍛えられるんだろうか。え? もう手遅れ? 今更やっても遅いだろうって? ……ですよねー。
俺が地味にへこんでいると研究室の扉が開き中にイホームとディアさんが入ってきた。
「お待たせお兄ちゃん……ってなんか暗いけど、どうしたの?」
「だ、大丈夫ですか? 荒崎さん」
「あぁ、いや何でもない大丈夫だから」
軽い自己嫌悪になってましたなんてことはわざわざ言わないでおく。言う必要もないけどな。
「そう? じゃあ気にしないけど。それじゃあこれからお兄ちゃんに色々と聞きたいことがあるから、なるべく詳しく答えてね」
「詳しくねぇ……まぁ、できるだけ頑張るよ」
こういうことは肩の力を抜いて逆にリラックスしながらの方がいいだろう。別に悪いことをしているわけでもないのだし。
「うん、よろしくね。っとその前にお兄ちゃんに紹介したい人がいるんだった。ディア、彼を部屋に呼んできてちょうだい」
「分かりました」
そう言ってディアさんは外に誰かを呼びに向かった。俺に紹介したい人って一体誰なのだろうか。イホームの関係者だとするとやはり魔術師関連の人とかなのかな。
「お待たせしました」
ディアさんが扉を開けながら中に入ってくると、そのすぐ後ろから真っ赤なローブを来た一人の男性が部屋に入ってきた。
「紹介するね。近隣国‘リスタリア’からやってきた魔術研究員の‘レミアム・デリ・クォーツ’。今回の件について色々協力してくれる私の元教え子よ」
元教え子? そういえばさっきヒルグラウンドにいた時そんなようなこと言ってたっけな。そう思い出しながら紹介された彼に注目する。背丈はそこまで高くなく大体170センチちょっと超えてそうくらいの標準的な身長だ。逞しいとは言えないが引き締まったそのスマートな体躯は着ている服さえ違えばファッション雑誌にでも載っていそうな気がする。顔立ちは、何というかほんの少し面長というのだろうか。例えるならば……そう、まさに狐のような感じだ。目も切れ長で若干つり上がっている。
青みがかったサラサラの髪は肩元まで伸びている。いわゆるロン毛という奴だ。なんともしゃれた髪型である。俺がやったら……絶対に似合わないだろうなぁ。
「初めまして、‘レミアム・デリ・クォーツ’と申します。先程、先生から紹介されましたように魔術研究員をさせていただいております。今日はよろしくお願いしますね」
何とも丁寧でどこかおっとりとした口調で彼はそう言い頭を下げてきた。何だか失礼だけど見た目の感じとは少し違う喋り方だなこの人。もっとクールな感じだと思ってた。
「は、初めまして、荒崎 達也と申します。よろしくお願い致します」
俺も頭を下げながら応対する。今まで出会ってきた人達とはどこか雰囲気が違う彼に俺は少しだけ緊張していた。
「先程お聞きしたのですが、先生と荒崎さんはお知り合いなんですよね?」
「え、えぇまぁ。色々とありまして」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
そんな時、不意に後ろからイホームが俺の服を引っ張ってきた。そして口元に手を当てこそこそと俺に何かを伝えようとしてきた。
「ん? な、何でしょうか?」
よく聞き取るために俺は彼女の口元に耳を近づける。身長差が結構あるので半ばしゃがむような体制になってしまった。
「実はね、レミは国外の人間だからお兄ちゃんが特別な力を持っているってことは秘密にしておくように言われてるの。だからお兄ちゃんもそのことをうっかり教えたりしないように気をつけてね。万が一バレちゃうと面倒くさいことになるから」
面倒くさいことって何だろうか。ま、まさか怪しい薬で記憶消去とか極秘裏に存在を消されるとかそういうのか!!
「わ、わかった。絶対に喋らないようにする」
うっかり口が滑って彼が変な目にでもあったら俺の罪悪感がマッハで空の彼方へと飛んでいくことになるだろう。そんなことになるのだけは避けたい。
「あの、先生どうかされましたか?」
「いや、何でもない。それよりも早速、聴取に移るとしよう。ディア、お茶の用意をしてくれ」
「はいはい、ただいま」
ディアさんは一礼してそのまま部屋の奥へと去っていった。御手数かけてごめんなさい、ディアさん。俺は心の中でとりあえず謝罪しておいた。
「さてと、じゃあ始めようか。まずは……当時の状況から教えてくれるかな?」
「当時ねぇ……あの時は知り合いにラミスタ広場に行ってみたら? って言われて、することも特になかったから行ってみることにしたんだ。それで色々と見てたら突然あのドラゴンが俺の真上から飛んできたって感じかな」
「突然ってことは、そのドラゴンがお兄ちゃんに向かって飛んできているような前兆はなかったんだね」
「うん、急に俺の周りに影が出来たと思ったらって状態だったから」
これに関しては俺が気づかなかっただけというのは考えにくいだろう。なんせあんな馬鹿でかい体のドラゴンがこちらに飛んできてたら俺じゃなくても周りの誰かが気づくだろうし、そうしたら俺だってその異変を察することができると思う。
「真上からってことは本当に彼だけをめがけて飛んできたってことですね。ということは、そのドラゴンは無差別に人間を襲おうとした訳ではなさそうですね」
「そもそもドラゴンがこんな街中に来てまで人間を襲おうとするなんてこと今まで聞いたことないけどね」
やはり俺が体験したあの出来事はとんでもなく異常な事態だったらしい。いや、あんなことがよくあることだったら困るけども。
「あのさ、一つ聞いていいかな。俺が襲われたドラゴンって人前に現れたりすることって滅多にないものなのか?」
「うーん……そうだね。一般的な人達は絵とか図鑑で見たことはあるかもしれないけど実物は中々見たことないと思うな。ヒルグラウンダーみたいな特殊な仕事をしてる人達でもほとんど遭遇することはないんじゃないかな」
「そうですね。そもそもあの種族は数があまり多くないですし、生息地もほとんど定まっていませんから見かけること自体が難しいでしょうね」
「なるほどねぇ……」
俺は二人の話を聞きながら一つ疑問に思うことがあった。それは、あのチビドラゴンのことについてである。それほど人前に現れるのが珍しい生き物が何であの時、孤児院なんてところで倒れ込んでいたんだろうか。偶然落ちてきたにしてもじゃあなんで落ちてきたのかってことになるし。あいつがあの時、何であんなにボロボロだったのかって疑問もある。
このことについては聞いたほうがいいんだろうけど……レミアムさんがいるうちは聞いたらまずいよな。俺が力を使って治したってことも説明しなきゃならないしな。
「それにしても何故そのドラゴンは荒崎さんを襲うなんてことをしたんでしょうかね」
「確かに……お兄ちゃん、何か心当たりとかない?」
「え、えーと……」
心当たりは滅茶苦茶あるんだけど、いかんせんあのことを話さなきゃいけないからな。とりあえず今はごまかしといて後でイホームにこっそり教えておくことにしよう。
「特になにも思いつかないかな。そもそもあんなドラゴンを見たのは初めてだし」
「うーん、そうですか」
レミアムさんとイホームは二人して頭を抱えた。そんな二人を見て嘘をついていることを少し申し訳なく思ったが、力のことを言うなと言われている以上はしょうがないだろう。
……っていうか今思ったんだがここにレミアムさんいないほうがいいんじゃねぇか? そうしたほうが色々と話せることもある。けど、話を聞いて意見をくれるって人を邪険にするのも悪いしなぁ。しかもこの人俺の話に興味津々みたいだし。さすがは研究員ってことなのか?
「皆さんお待たせしました」
そう思っていたとき、ディアさんが淹れたての紅茶とクッキーのようなお茶菓子を銀色のトレイに乗せテーブルに運んできてくれた。一人一人の目の前に紅茶の入ったカップがコトリと置かれていく。その瞬間、茶葉独特のいい香りが辺りに漂い始めた。その香りはこの部屋に満ち始めていた重苦しい雰囲気を浄化してくれるには十分なほど落ち着くものだった。ディアさん、グッジョブ!!
「ありがとうございます」
「いえいえ、それでお話の方は順調に進んでいますか?」
「順調……とは言いにくいな。何せ分からないことが多すぎる」
「そうですね。流石に僕もドラゴンを実際に見たことがないので情報が少なすぎて何とも言えないです」
「そうですか……先生にもレミアムさんにも分からないとなると僕が口出しすることはできそうにないですね」
三人がそう考え込んでいる間に俺は一口、紅茶をすすった。前回来た時とは違うフルーティーな味がする。きっと色々な茶葉を用意しているのだろう。バリエーションがあると飽きが来ないので非常にありがたい。
「ふぅ……。あのさ、俺が言うのはちょっと場違いな気もするけど皆そんなに考え込みすぎずにもっと気楽にいこうよ。あまり固まりすぎるとでるものもでなくなっちゃうしさ。ね?」
俺がそう言うと三人は顔を見合わせた。そして、はぁ……と一つ小さなため息をつくとテーブルに置かれた紅茶をすすった。
「それもそうだな。まだ聞いていないこともたくさんあるのに考察をするのは早すぎだな」
「ですね。少し焦りすぎたみたいです」
二人共落ち着いたのか表情が和らぎ幾分か肩の力も抜けたようだ。
「ディアもそんなこと言わずに何か気づいたことがあったら遠慮なく言うんだぞ。生徒の意見に耳を傾けるのも私の仕事だからな」
「は、はい。分かりました。……いつもそうしてくれるといいのにな」
「何か言ったか? ん?」
「い、いえ!! 何でもありません!!」
「あはははは」
あぁ~……ディアさん、苦労してんなー。いつか思いっきり愚痴でも聞いてあげたい気分になった。
そうこうしていくらか部屋の雰囲気が和んだ時、部屋の外から扉がノックされる音が聞こえてきた。
「誰だ? 入っていいぞ」
イホームがそう言うと部屋に入ってきたのは一人のメイドさんだった。
「失礼致します。イホーム様、お客様のお連れ様が目を覚まされたとのことでご報告にあがらせていただきました」
「目覚ましたんだ。よかった」
どうやらフラウは無事に目を覚ましてくれたようだ。その報告をうけ俺はホッと胸をなでおろした。
「おぉ、そうか。それはご苦労だった。ちょうどいい、今から様子を見に行く。部屋まで案内してくれ」
「かしこまりました」
「悪いがレミ、君も一緒に来てくれ。少し見てもらいたいものがあるんだ」
「はい、わかりました」
という訳で俺達はメイドさんの後についてフラウがいる部屋まで案内されることになった。
しばらくメイドさんについて行った後、一つの客室に案内された俺達が中に入ると、そこにはベットの上で目を開けながら横になっているフラウの姿が見えた。
「フラウ、大丈夫か?」
そばに近づいてそう呼びかけてみる。するとフラウはこちらの方に顔を向けた。
「ご主人様、今までどこに行ってたんですか?」
弱々しい声だが俺の呼びかけにはきちんと反応を返してくれた。
「なっ!? しゃ、喋った!!」
そんな光景を見てイホームが驚いていた。そういえばイホームの前ではまだフラウは喋ったことはなかったんだっけ。そりゃあ驚くよな。動物が人間の言葉喋ってんだもんな。しかし、ここまで来たらもう隠すのは無理だろう。
「イホーム、今まで隠してたけどコイツは何でか人間の言葉が喋れるんだ。突然そうなったからどうしてなのかは分からないけど」
「そ、そうだったんだ。な、なぁレミ……レミ?」
イホームがレミアムさんに話しかけた時、俺達は彼の異変に気がついた。フラウの方をジッと見つめたまま固まっていたのだ。目を見開き、口を開けまるでとんでもないものを見ているかのような表情をしている。
「お、おいレミ。どうしたんだ?」
「…………先生、すいません。少しトイレに行きたくなったので行ってきてもいいですか?」
「トイレ? あぁ、全然構わないぞ」
レミアムさんはすいませんと呟くとそのまま部屋から出てトイレへと行ってしまった。
「どうしたんだあの人」
「さ、さぁ?」
俺達は彼の様子に違和感を覚えつつ首を傾けた。
まさか、まさかまさかまさかまさかまさかまさかあれは紛れもなくあの時に僕が創ったものだ。でもあれは言葉を喋るなんてことはできなかったはずだ。
「……まさか、成長しているのか」
だとしたら実験は……。もしかして……。……まぁ、いい。そんなことは調べればわかるはずだ。にしてもやはりこの国にいたのか。
「やっと見つけたよ。僕の大事な‘実験体’ちゃん……」
彼はそう呟くと堪えるように笑みを作った。
あ、ありのまま起こったことを話すぜ。ついこの間、八月になったと思ったらもう八月後半だったんだ。何を言ってるのかわからねぇと思うが……自分にも分からん。すいませんでしたorz
 




