蘇る記憶
森の入口から駆け出して数十分後、俺はようやく先程いた広場まで辿りついた。分かっていたがやはりあの出来事は騒ぎになっていたようで街中の人間が外に出て広場に様子を確かめに行こうとしていたり、情報を集めようとあたふたしていたりとまさにパニック状態だった。広場に現れただけでもこんな状態なのに、これからまたあのドラゴン達がここに……というか俺に会いに来たらどうなるのだろうか。
「面倒くさい……ことになりますよねぇ……」
あぁ、何だか平穏な状態からどんどん離れていってるような……。いや自分がやったことなんだからしょうがないんですけどね。それに、どちらにせよ今までのことは全部放っておかなかっただろうし。今更か。
「はぁ~……とりあえずそれは置いといて、フラウはどこにいるんだ?」
俺は広場の中を見回しながらフラウを探す。しかし、フラウの姿はどこにも見当たらない。あのドラゴンに連れて行かれた場所にもその姿は無かった。やっぱりどこか別の場所に移動したのか? だとしたらどこに行ったんだろう。家にでも戻ったのかな? 俺がそう考えた時だった。
「おい、兄ちゃん。あんたもしかしてさっきドラゴンに連れて行かれた人かい?」
そう声をかけられ振り返ってみると、そこにはやたら筋肉質の巨体な男の人が立っていた。
「うお!?」
あまりの迫力に思わず後ずさってしまった。2メートルは軽く超えてそうな身長に、どうなっているのかは分からないが腕が上下に別れるように四本生えているその姿を見るに彼はどうやら人間ではないようである。彼はそんな四本生えたムキムキの腕にそれぞれ大きな木箱や布の袋を抱えていた。
「は、はい。そうですけど……」
「そんなにビクビクしなくても何もしねぇよ。あんたの連れがここで倒れててな、んであの騒動を見てた俺がたまたまここに来たヒルグラウンドで受付してるエストニアさんに言われて、あそこの休憩室まで運んでやったって教えてやろうとしただけだよ」
「連れって……もしかしてフラウのことですか!?」
「ん? あぁそういえばエストニアさんがそんな風に呼んでたか」
おいおいおいおいおい、倒れてたってどういうことだ。まさかの事態に俺は慌てて今度はヒルグラウンドのある方へと駆け出していった。後ろの方で彼に再び声をかけられたが今はそれを気にしている場合じゃなかった。とにかく早くあいつのところへ行かないと。その思いだけが俺を動かしていた。
しばらくして、ヒルグラウンドについた俺はなりふり構わず思い切り扉を開き中に入った。その瞬間、色々な場所から視線を感じたがそんなこと気にせずに俺はカウンター脇にある通路へと向かった。そしてそのまま休憩室と書かれた扉をくぐる。すると、そこにはベッドに横たわり苦しそうな呼吸をしているフラウの姿とその横で心配そうに体を撫でているエストニアさんがいた。息を切らして中に入ってきた俺に気がついたエストニアさんは驚いた顔でこちらを見た。
「荒崎さん! ご無事だったんですか!?」
「えぇ、なんとか。そんなことよりフラウはどうしたんですか?」
「それが私にもよく分からなくって、ラミスタ広場の方に人が集まっていくから何かと思って見に来たら、たまたま倒れてるフラウちゃんを見かけてそれで配達屋の‘ロック’さんにここまで運んでもらったんです。それからずっと看病してたんですが全然様子が変わらなくて、苦しそうに呻いてばかりなんです」
ベッドの上のフラウを見てみれば歯を食いしばるようにして苦しそうな声を出している。その様子はどう見ても良くはなさそうだ。一体コイツの身に何が起こっているのか。それは俺には分からない。けど、俺が今何をすべきなのかは分かっている。
「待ってろフラウ、今治してやるからな」
俺は右腕を目の前にかざした。そして、フラウに向かって力を使ったのだった。
……ここは、どこ? 何も見えない。真っ暗。誰かいないのかしら。……あれ? 誰かの声が聞こえる。どこにいるんだろう。分からない。……あれは何かしら? ふわふわ浮かんだ黄色い球? どんどんこっちに近づいてくる。何でだろう、すごく暖かい。もっとこっちに来てくれないかしら。触ってみたらどんな感じなのかしら。そう思って私は手を伸ばしそれに触れてみた。うわぁ、とても暖かいわ。でも、何故かしら? 急に頭の中がズキズキして……
「ねぇ、お父様。私これからどうなるのかしら?」
「心配ないよ、きっとなんとかなる」
「待ってくれ! 話が違うじゃないか!!」
「残念ですがもう手遅れです」
「私ならなんとかできるかもしれません」
「もう方法はそれしかないのか……」
「それでは始めさせていただきましょうか」
‘さぁ、思い出して’
俺が力を使った後、フラウが苦しそうな声をだすことは無くなったが一向に目を覚ます気配がない。とりあえず呼吸は穏やかになったし様子も落ち着いているように見えるから心配はないだろうけど。
「フラウ。おいフラウ大丈夫か?」
軽く体を叩き呼びかけてみるも反応は無い。まるで深い眠りにでもついているかのように目はぴったりと閉じられたままだ。
「フラウちゃん、大丈夫なんでしょうか?」
エストニアさんも心配そうに覗き込むがやはり反応は無い。相変わらず聞こえてくるのは穏やかな呼吸の音だけである。
「あの、エストニアさん。申し訳ないんですけどフラウが起きるまでこのベッド借りていてもいいですか? 多分この調子だとしばらく起きそうにないんでこのままここで見ててやりたいんですけど」
「えぇ、大丈夫ですよ。もしよろしければ椅子の方を持ってきますけど」
「あ、じゃあ一つ借りてもいいですか」
「分かりました、今持ってきますね」
そう言ってエストニアさんは休憩室を出て行った。何か色々とお世話になっちゃったな。今度お礼とかしないと。
「にしても、フラウ……お前どうしちゃったんだよ」
元々こいつと会った時から謎は多かった。森では血だらけだったし。城に招待された時にも変な頭痛を起こしたりしてたしな。今回に限ってはブッ倒れて苦しそうにしてたし。本当にコイツの身には何が起こってるんだろうな。……そういえば、忘れかけてたけどフラウと会った時に俺が感じた違和感って何だったんだろう。確か、フラウをここに連れてきてエストニアさんから隣の国の森で火事があったって聞いた時に感じたんだよな。うーん……火事か。フラウと初めて会ったときコイツは血まみれだった。その時、フラウの体には何かに斬られたような切り傷があった。……よく考えてみればこれっておかしくないか? 火事で血まみれになるなら火傷して皮膚が爛れたりとかもしくはその部分の皮膚が裂けてとかそういう状況になるんじゃないのか? けどあの時のフラウは火傷した痕もなかったし皮膚が爛れたりなんかもしてなかった。そもそも火事で血が出るほどの切り傷なんかがつくだろうか。軽いものなら枝に引っかかってとか色々考えられるがあそこまでのものはよっぽどなことがない限りありえないだろう。
それに、この前のあのよく分からん男の襲撃。その時に言っていた言葉が‘あいつを始末しに来て’だったけか。あいつというのが誰を指すのかは分からないが誰かが狙われていたのは事実だ。イリヤさんが連れて行ってから今のところ何の報告もないが何か分かったことはあるんだろうか。うーん……考えれば考えるほど疑問が思い浮かぶ。しかし、その答えは一向に分からない。なんとも気持ち悪いものである。
「荒崎さん、お待たせしました」
そう一人で考え込んでいるとエストニアさんが椅子を持ってきてくれた。俺はお礼を言ってからその椅子を引き取りそのままベッドの近くに腰掛けた。エストニアさんはこれからまだ少しやることがあるようでそのまま受付の方へと戻ってしまった。休憩室には俺とフラウの一人と一匹だけが残された状態となった。……今更なんだがこの状況ってものすごくシュールなんじゃないだろうか。動物がベッドで寝て、それを一人眺める男。……中々斬新である。そんないつも通りのくだらない思考を巡らせたりしながら俺はフラウの意識が戻るのをひたすら待つのであった。
最近調子が良くなくて今回は少しだけ短いかもしれません。ごめんなさいm(_ _)m。次回更新はまた金曜日になりそうです。それまでには体調の方をなんとかしたいです……
 




