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さぁ、どうする?

俺が家に帰りたいと言った瞬間、彼女はポカンとした顔でこちらを見てきた。どうやら彼女の中では今の俺の返答は予想外のものだったらしい。素直に‘いいよ’とでも言うと思っていたのだろうか。いくら俺でもそういうことは簡単には決めんぞ。


「家に帰りたいのか?」


彼女はどこかしょげたように顔を伏せ先程までの興奮したような声ではなく静かな声で訪ねてきた。


「まぁ、ほらいきなりこんなところに連れてこられて色々慌ただしく決めるのも嫌だし。何よりそんなにすぐに決めていいことじゃないでしょ、こういうのは」


俺だってこの世界に来てまだ数日しか経っていないのだ。そんな状況でいきなり一緒にいさせてくれなんて言われても正直な話困ってしまう。ましてや相手はドラゴンだ。彼女の話ではこの種族はとても貴重な存在らしい。そんな種族が自分の近くにいれば、もしかしたら変な面倒事に巻き込まれてしまうかもしれない。その可能性はゼロではない筈だ。もしそうなった時、俺はそれに対処するだけの知恵や方法を持っていない。そう考えるとやはり彼女達はこのまま自然の中で自由に生きたほうがいいのではないかとも思う。


「そうか、やはりそう簡単にはいかぬものなのだな」


彼女がそうポツリとつぶやく。もはや完全に意気消沈してしまったようだ。な、何だか俺が悪いことしたみたいな気分になってきた。そんな姿に少し良心が痛んだが俺も折れるわけにはいかなかった。


「で、でもさ家に帰るって言っても別に二度と会えなくなるわけじゃないんだし。また会おうと思えば会えるだろうしさ!」


こんな時どうすればいいのか分からない俺はとにかく慌てふためきながらできる限りのフォローをしようとした。あぁ……こんな時どうすればいいんでしょうか。教えて世界のエロイひと……じゃなくて偉い人。


「まぁ、そうなのだがな。しかし、私はいいとしてもこの子はどうするんだ? これだけ懐かれていると多分離れたがらないぞ」


「えぇ……マジですか」


確かにさっきからずっとくっついてんだよなコイツ。 


「ぴぃ?」


「あれ、でもそもそもコイツは他の群れからはぐれてるんですよね。ならその群れに帰してやったほうがいいんじゃないですか?」


そうだ、彼女がコイツの母親でないのなら本当の母親が今頃探し回ってるかもしれない。ならさっさとその母親を見つけてやったほうがいいだろう。


「あー……それはどうだろうな。恐らくだがこの子の群れはもうすでにどこか遠くへ移動している可能性が高いと思うがな」


「移動しているって……だって自分の子供がはぐれちゃったんですよ? 向こうだって探してるんじゃないですか?」


俺がそう言うと彼女はうーん、と何か困ったように頭を掻いた。俺はなにか変なことを言ったのだろうか? 


「それがだな、実は私達の種族は‘子育て’というものをすることがないんだよ。生まれてから自力で立てるようになる辺りで生みの親は子に興味をなくしそのまま放置してしまうんだ」


「ほ、放置って……」


その話を聞いたとき俺はまだ日本にいた時のあるニュースを思い出していた。どこかの動物園で生まれたばかりの赤ん坊を育てようとせずにそのまま放置し、結局飼育員の人がその赤ん坊を保護して育てることになったというのを見たことがあった。何の動物だったかは思い出せないがそういうことも希にあるとその番組では言っていた。


「これは私達の種族の数が少ないことの原因の一つでもあるんだ。生まれたばかりの状態で周りの環境に適応できずにそのまま死んでしまう個体も少なくないからな。大人へと成長できるのは強い個体だけなのさ」


「適応ねぇ……」


強い個体だけが生き残る。まさに弱肉強食の世界だ。弱い者は強者の生きる糧となる。どうやらそれはこの世界、しかもドラゴンという種族の中でも変わらないようだ。


「だから、これからこの子の母親を探そうというのはいくら私でも無理かもしれない。そもそも見つけたところで向こうは顔なんてもう覚えていないだろう」


「……」


もしかしたらコイツがさっきから俺にずっとしがみついているのは自分のことを助けてくれたからとかそういうことだけではなく、なにかもっと別の意味があるのかもしれないな。そんなことを考えたら本当に少しだけだがコイツのことを可哀想に思ってしまった。いくら自然の摂理とはいえ生まれてからすぐに一人にされ、更に群れからもはぐれて傷だらけになり一人で倒れていたこいつはその時何を思っていたのだろうか。


「ぴぃい?」


そう考えたとき俺は思わずコイツの頭を撫でていた。別にそうしようと思ったのではない。知らぬ間にそうしていたのだ。硬質だが意外とすべすべしている鱗の感触はじっくり触ってみると中々いい感触であった。撫でてやるたびにコイツは気持ちよさそうに目を細める。


「ぴぃ!! ぴぃぃいい!!」


「どうやら、喜んでくれているみたいだぞ」


「そうですか」


俺にできるのはこんなことくらいだがそれでも何かしらの慰めにはなるだろう。まぁ、それでなにが変わるわけでもないんだけど。


「それで、結局その子はどうするんだ?」


「……やっぱり出来れば群れの中に返してあげたいというのが本音です。でもそれが無理ならばやっぱり自然の中に返してやったほうがいいと思うんです」


「もしそれをこの子が望まなかったとしてもか?」


「……」


正直なところ俺は迷っていた。コイツ自身が望むのならばそれを受け入れてやるべきなのかどうなのか。でもなぁー……だってドラゴンだぞドラゴン。犬や猫とは訳が違う。一緒にいるにはある程度覚悟が必要になるし。あー……うー……とひたすら頭の中でぐるぐるぐるぐると考えた結果俺は、


「と、とりあえず色々考えさせてください」


俺は日本人特有の保留という結論に至った。やっぱりしっかりと考えたかったのだ。別に投げ出した訳ではないので悪いことではないはずだ。うん。


「はぁー……まぁしょうがないか。すぐに結論をだすとも思っていなかったからな。どうやらあなたは中々優柔不断な性格なようだし」


まさか、ドラゴンに俺の性格を言い当てられる日が来ようとは思ってもみなかった。俺は複雑な気持ちで苦笑いすることしかできなかった。









という訳で俺は家に返してもらえることになったのだが……ここである問題が発生した。そう、元の場所に帰るには再び俺は大空へと飛び立たなければならない。想像しただけでも胃が痛くなってくる。またあの絶叫体験をしなければならないのかと。そんな俺のこの世の終わりみたいな顔を見た彼女が俺を心配そうな顔で覗き込んできた。


「どうしたんだ? 顔が真っ青だぞ」


「いや……また空を飛ばなくちゃいけないのかと思うと……」


俺がそう言うと彼女は不思議そうな顔をした。


「なんだ、空を飛ぶのが嫌なのか?」


「えぇ、まぁ。高いところが苦手なもので」


「あぁ! だから私の背中の上で大声を出していたのか。てっきり楽しんでいるものだと思っていたがな」


あれのどこが楽しんでいるように聞こえたのか小一時間話し合いたい。俺の心からの叫びだったのに……。色々な感情がこもってたのに……。


「そういうことなら早速、私のお礼が役に立つ時が来そうだな」


そう言うと彼女はおもむろに自分の手の甲についていた鱗を一つペリっと剥がし始めた。な、何だ? 何やってんだ? そして完全に剥がされたその赤く透き通った色の鱗をほれっと手渡された。大きさは丁度、親指の腹くらいだ。


「これは?」


「見ての通り私の体の鱗だ。それを飲めば空を飛ぶのも怖くなくなるはずだぞ」


「これを飲めばって……」


そんなに簡単に俺の高所恐怖症は治らないと思うぞ。そんな彼女の言葉に完全に疑いの目を向ける俺。深夜の通販番組で飲めば痩せるジュースっていうのを見た時と同じくらい信じられなかった。


「まぁ、とにかく飲んでみろ。話はそれからだ」


そんな彼女の自信満々な姿を見た俺はそこまで言うのならと半信半疑なままその鱗を口の中に入れ意を決して思い切りごくっと飲み込んでみた。特に味がするわけでもなくその鱗は思っていたよりもすんなりと食堂を通り胃の中へと運ばれていった。


「ふぅ……。ん~……特にこれといって変わりはないな」


何か異変が起こるわけでもなく俺の体はいぜんとしてそのままの状態である。


「そうか、でもその変化は飛んでみれば分かると思うぞ」





それから俺は再びドラゴンの形へと変身した彼女の背中へと乗せられていた。ちなみに一緒に乗っていたチビドラゴンだが、向こうについてから離れようとすると恐らく嫌がって暴れだすのではないかと思われたので彼女の不思議な力で少しの間だけ眠っていてもらうことにした。どうやら彼女の魔力が強力なのは本当だったようでこれは一種の魔法らしい。本当に便利なもんだ。


「ソレデハ行クゾ。シッカリ掴マッテイロヨ。後、ソノ子ヲ落トサナイヨウニシッカリ押サエテオイテクレ」


「わ、分かった!!」


そしてついに彼女は大きな羽をはばたかせ体を宙に浮かせると、勢いよく崖の上から飛び立ち始めた。


「くぅうう!!」


俺は歯をくいしばり訪れるであろうあの浮遊感と風圧に耐えようとして目をつむった。そしてその時、俺の体に異変が起こり始めた。


「な、なんだ?」


急に胸の辺りが激しく熱くなってきたのだ。まるで心臓が熱せられているかのようにその熱が徐々に上がっていく。鼓動もどんどん早くなりまるで激しい運動をした後のような状態になっていく。俺は胸元を掴みその急激な変化に困惑する。これが彼女の言ってたお礼というやつなのか? ひたすら激しくなる心音に耳を澄ませる。すると何故か次第に気分が落ち着き、熱く感じられていた胸元も徐々にその熱を冷ましていく。鼓動が一定のリズムを刻み始めようやく落ち着き始めた頃俺はふと気がついた。先程までのあの浮遊感が感じられない。それどころかあんなに嫌だった風圧すら気にならなくなっている。

どういうことかと自分の体を見たとき俺はとんでもないものを見た。体の周りにうっすらとだが透明な膜のようなものが出来ていたのだ。それが俺を悩ませていたあの二つの要素を取り除くように守っていてくれたのだ。


「これは……どうなってんだ?」


「気ズイタカ? アナタニハ今、私達ト同ジチカラガ働クヨウニナッテイル」


「同じ力?」


「ソウダ。アナタハ今、私ノ体ノ一部ヲ取リ込ンダ状態ニナッテイル。ソレニヨッテ、イワバ簡単ナ‘ドラゴン化’ヲシテイルワケダ」


ドラゴン化……じゃあ、もしかして先程の胸の異変はそれによる副作用みたいなものだったのか?


「トニカクコレデ空ヲ飛ブノハ平気ニナッタダロウ」


「あ、あぁ……」


確かに先程よりも恐怖感を感じない。本当にまるで高所恐怖症が治ってしまったみたいだ。そんな不思議な感覚に、若干の気持ち悪さを覚えながら俺は街を目指した。










それからしばらくして、眼前に街の姿が見えてきた。どうやら無事俺は帰って来れたようだ。


「あの街の近くに森があるのが見えるか?」


「アァ、分カルゾ」


「じゃあ、そこの入口で降ろしてくれ」


いきなり街の中に突っ込んだらまた大パニックになりかねないし出来るだけ離れた場所の方がいいだろう。俺は彼女にそう告げ高度を徐々に下げてもらう。地面の景色がだんだんとはっきりとしてきてまもなく地上に着陸するところまで来た。本来ならここら辺で絶叫していたはずなのだが今は全くそんなことがなかった。そして、森の入口付近に近づいた彼女は大きな羽を使い器用にブレーキをかけると、なるべく衝撃を出さないように静かに地面に着地した。


「サァ、着イタゾ」


彼女が羽をたたみ俺を背中から降ろすため背中を地面に近づけるようにしゃがむ。俺はそんな彼女の背中からゆっくりと飛び降りた。


「ふぅ~……今度こそ地上だ」


もう断崖絶壁などではない。ここにはしっかりとした地面がある。それだけで俺はとてつもないありがたさを感じていた。


「あ、ところであんた達はこれからどうするんだ?」


「ソウダナ……トリアエズドコカ近クニ、一息ツケル場所ガナイカ探シテミル」


「そうか」


近くにってことはまた直ぐに来るつもりなんだろうなこいつら。本当大丈夫かな。


「アマリ長居スルト人間達ガヤッテクルカモシレナイ。今日ノトコロハココデオ別レダ」


「あぁ、分かった」


彼女はそう言うと再び大きな翼を羽ばたかせ空中に舞い上がる。


「マタ近イウチニ来ル」


そう言い残しそのまま先程とは逆方向に飛び立って行ってしまった。俺はそれを見送った後、街のある方向に向かって歩き始めた。


「近いうち……ねぇ」


また街中でさらわれたりするんだろうか。頼むから騒ぎになるようなことだけはしないでほしいんだがな。

……あ、そういえば騒ぎといえば今頃街はどうなっているんだろうか。やっぱり大騒ぎになってたりするのかな。そこで俺はあることを思い出した。


「って、そういえばフラウ!!」


あのままあの広場に置いてきてしまったんだった。色々ありすぎてすっかり忘れてた。俺は慌ててあのラミスタ広場を目指そうとかけだした。










次回予告


突如訪れるフラウの異変。蘇り始めるのは記憶の断片。少しずつ解き始める謎。



――そして、フラウを巡る事件が始まる……。




皆様のおかげで先日3000000pvを達成いたしました!! 本当にありがとうございます。これからもどうか宜しくお願い致します。

そして、次回は少し遅めの金曜日更新になりそうです……すいません。

6月17日本文一部修正しました。

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