ドラゴン治療と初めての朝食
にしてもまさか、ベイルに付いて孤児院に来ただけなのにドラゴンなんてものの子供を見ることになるとは全然予想していなかった。いや予想しろって方が無理な話なんだけどね。
「ところで、何でそのドラゴン? の子供がここにいる訳? しかもだいぶ弱ってるみたいだけど」
「確かにそうだな。ルド先生、このドラゴンはどうやってここに来たんですか?」
ベイルがそう尋ねるとルド先生と呼ばれている彼は顎に生えている立派な白髭を撫でながら困ったような顔で答えた。
「それがな……子供達が外に出て騒ぎ出しているのを見て私もどうしたのかと様子を見に行ったら、その時にはもうここに倒れ込んでおったんじゃ」
騒ぎ出したのを見てねぇ。ってことはコイツを発見したのはここにいる子供達が先ってことか。俺はチラッと輪になってドラゴンの体を撫でたりしている子供達のことを見てみる。一見そこにいるのは俺と同じ人間の子供のようだが、中には頭から鬼のような角が生えている子や猫耳やうさぎのような長い耳の獣耳が生えている子までいる。普通に考えればコスプレしてるのかなで終わるんだけど、ここにいる子はそうではなく明らかに頭からそれが生えているように見える。まぁ、つまり何が言いたいかっていうと……本物はやっぱりすごいよね。うん。
「なるほど、そういうことだったんですね。それにしてもこのドラゴン、かなりボロボロで弱りきっている。このままじゃ恐らく長く持たないでしょう」
ベイルがそう言うと子供達は一斉に顔を上げ悲しそうに表情を歪めながらこちらを見てきた。
「この子、死んじゃうの?」
「そんなの嫌だ!! 先生、何とかできないの?」
「このままなんて可哀想だよ! ねぇ、先生!!」
子供達の必死の訴えに先生は困ったような顔をすることしかできない。中には既に涙目になっている子供もいる。
「皆、落ち着け。大丈夫だ、私達で何とかする」
そんな様子を見ていたベイルが子供達を落ち着かせるように優しい口調でそう言った。その瞬間、俺とベイルに子供達の視線が集中する。
「何とかってどうするの?」
「それはだな……」
その質問を受けたベイルが俺のことを横目に見てくる。まぁ、言いたいことは分かりきっているのでどうする気なのかはすぐに分かる。っていうかもう必然的にそうなる状況だよなこれは。
「このお兄ちゃんが何とかしてくれる。お兄ちゃんにはものすごい力があってなこの子もきっと助けてくれるはずだ」
そう言って肩をぽんと叩くベイル。それを半信半疑な目で見る子供達。まぁ、そうだわな。こんな見た目普通の男にすごい力があるなんて言われても信じられないよな。
「すごい力って何?」
「ん? そうだな、すごい力っていうのはだな……」
「はい、ストップ。余計なことは言わなくていいから、さっさとあいつ何とかしてやろうぜ。これ以上あのままなのも可哀想だからな」
「あ、あぁ……それもそうだな」
子供達の好奇心を集めて質問攻めにされるのはゴメンだしな。という訳で俺は早速このドラゴンのことを治すことにした。子供達と先生はもしコイツが治って暴れだした時にここに居ると危険なので、一旦室内に避難してもらうことにした。ベイルにも一応そう言ったのだが、
「ヒルグラウンダーの私が新米のお前を置いていく訳ないだろ? いざとなったら自分の身もお前の身も守ってみせる」
と言い張るのでそのまま残らせることにした。頼むからこの発言がフラグにならないことを祈りたい。フラウも横で見張っていると言うのでそのままそこにいてもらうことにした。
……何で俺、美女と野獣に挟まれてこんなことしてるんだろう。そう、一瞬だけだが考えてしまった。
「それじゃあ、いくぞ」
俺は右腕を構えドラゴンに意識を集中させる。もうこの世界に来てから何度見たか、青く光る右腕を見ながら俺は、
「レイズ!!」
そう唱えた。その瞬間ドラゴンの体全体が黄色く光始め優しく包み込んだあと、そのまま吸収されるように消えていった。
「ふぅ……はい、終了」
ドラゴンを見るとそこには先程までとは違い綺麗な赤色の鱗をキラキラと輝かせ、ボロボロだった翼を大きく開かせながら横たわっているなんとも迫力満点な姿があった。
「ドラゴンまで治してしまうとは……やはりすごいな、荒崎の力は……」
そうベイルが驚きの声を上げる。実際この力はすごいんだろうけどな。何せ生きているものなら何でも治せるのだから。
そう思っている時だった、横たわっていたドラゴンの目がパチっと開きゆっくりと体を起き上がらた。
「うお、起き上がった」
キョロキョロと首を動かしながら完全に起き上がるとその体は横たわっている時に見た予想よりも以外に大きく、横に広げた翼は俺の体くらいなら簡単に被い隠せるくらいでかい。
「荒崎、下がれ!」
その迫力に俺が固まっているとベイルが俺の前に立ち、腰につけている短刀を抜こうと構えた。フラウも横で唸り声を上げながら威嚇をしている。
しかし、ドラゴンの子供はそんなこと全く気にする様子もなくこちらに焦点を定めそのままじーっと見つめてきた。そんなドラゴンと一瞬目があったのだが意外と綺麗でつぶらな瞳をしている。まだ子供だからなんだろうか。そしてドラゴンはおもむろに首を上に向けると、
「ぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
と、甲高い声の鳴き声を叫ぶと大きな赤い羽根を思い切り羽ばたかせ宙に舞い上がり始めた。羽根を羽ばたかせる度に起こる風の威力は中々凄まじく、目を開けているのが少し辛くなるほどだった。そのままドラゴンはどんどん上昇していきそして、ある程度の高さまで昇ったところで勢いよく飛び去っていってしまった。
「い、行っちゃった……」
その後、すぐにその姿は見えなくなり周りは先程までの静かな広場に戻っていた。
「はぁ~……」
とりあえず何とかなったみたいだ。こちらに被害はなかったしな。安心した俺は思わず大きく息を吐いた。
「荒崎、大丈夫か?」
「あぁ、大丈夫大丈夫。ちょっと緊張が解けただけ」
何ていうか……流石はドラゴンってところだろうか。子供っつってもあれだけの迫力があるんだ。あいつのご両親はどれだけすごい奴なのか、想像しただけでも鳥肌が立つ。
「す……すっげぇええええ!! 本当に助けてくれた!!」
「すごいすごい!! 私初めてドラゴンが飛んでるところ見た!!」
そう大声をあげいつの間にか子供達が外に飛び出してきていた。皆よっぽど興奮したんだろう、目がどこかキラキラしている。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん! どうやってあの子のこと治してあげたの?」
「え? あ、いやどうやってって言われても……」
「教えて、教えて!!」
「俺も知りたい!!」
子供達に完全に包囲され俺は質問攻めの嵐に巻き込まれていた。ちょ、ま、マジか! 俺は子供の扱いはよく分からんのだけど! という訳でベイルに助けを求めたのだが彼女は笑顔でこちらを見ながら、
「荒崎、一瞬で子供達の人気者だな」
と俺の救難信号をスルーしやがった。これは人気とかそういう類のものなのか!?
「わ、分かった。分かったから皆落ち着けぇぇえええええ!!」
その後、俺達は孤児院をあとにし再び我が家を目指していた。ベイルがあそこに寄った目的は今朝買った食材のおすそ分けだったようで少し話してそれを渡せればいいだけだったようだ。
……ちなみにその間、子供達の質問責めという名の集団攻撃を受けていた俺はフラウのもふもふパワーで何とかそれを制圧することに成功したが……疲れた。只々疲れた……。
「いやぁ、それにしてもあんなところで純粋種のドラゴンを見るとはな。本当に貴重な体験だな」
「……そ、そうだな」
貴重な体験が出来たのはいいがその分変な目にもあった気がするぞ、俺は。
そして、俺達は街の入口を抜けやっと我が家の前まで辿りついた。ベイルはこんなところに住んでいたのかと驚いていたが、まぁそうだろうな。最近建ったばかりの新築ですから。しかも、平屋。
「さぁ、着いたぞ。ここが俺の家」
そう言って玄関を開けベイルを中に招待する。あ、今思ったけど女性を家に招待するなんて生まれて初めてしたな。こんな感じでいいんだろうか? もっとエスコートとかしたほうがいいのかな?
「これが、荒崎の家か……結構大きいんだな」
キョロキョロと中を見回しながら俺のあとに続き、中に入ってくる。ちなみにこの世界では靴は脱がないで入るのが普通なのか、ベイルはそのまま家の中に入ってきた。少し気になったが一々いうのもあれなのでとりあえず今は気にしないことにした。
「はい、どうぞ。ここがこの家の居間」
俺はベイルを居間に案内しとりあえず持ってきた材料をテーブルの上に置かせた。
「結構きれいにしてるんだな。もう少し荒れてるものかと思っていたが」
「何? 荒れてる方が良かった?」
「い、いや別にそういう訳ではないのだが……男の部屋というものは散らかっていることが多いと聞いたことがあるのでな」
あぁ、そういう認識って異世界でもあるんだ。もしかしたら男ってそういう生き物なのかもな。
「まぁ、これから散らかっていくかもしれないけどね。実際」
「そういうものなのか? ふむ……まぁいい、とりあえず朝ごはんにしよう。調理場を借りるぞ」
「はいよー。あ、何か俺手伝うことある?」
「いや、特にはないな。それに私は荒崎の料理人だからな。気にせずとも待っていてくれればすぐに作るよ」
ということなので俺は大人しくテーブルに座りベイルが調理をしている様を後ろから眺めることにした。のだが……何というかこう……なんだこの感じ!! 微妙にそわそわする! そもそもこんな光景が初めてなのでこういう時どう待っていればいいのか全く分からない。テレビやら携帯やらがあればそれで何とか気を紛らわすことが出来るかもしれない。が! この世界にそんなものあるはずもない。ちくしょう、家電製品はやっぱり偉大だったか……。元いた世界の便利さに思いを馳せながらどうしようか悩んでいると、そんな気まずい状況を壊すようにベイルが話しかけてきてくれた。
「そういえば荒崎はどこの生まれなんだ? 最近引っ越してきたと聞いていたが」
「え? う、生まれ? えーと、ひ、東の方……かな」
「東の方? 随分と曖昧な答えだな」
「いやほら、あんまりそういうのって気にされたくないというか何というか」
「そうなのか? ……荒崎はやっぱり変わってるな」
変わってるねぇ……。っていうか俺今までに何回この言葉を言われてきたんだろうか。本当に変わってるのかな俺。
「そういうベイルはどこの生まれなんだよ」
「私か? 私は生まれも育ちもこのモートリアムだ。ずっとこの街で育ってきた」
「そうなんだ。ってことはご両親も?」
そう聞くとベイルは一瞬だけ調理の手を止めた。あれ? もしかしてまずいこと言ったか俺。
「あぁ、そうだ。私の父と母もここで生まれここで育った。私が小さい頃に流行病で二人共死んでしまったがな」
「……」
「私はその時まだ小さかったからよく分かっていなかったが、二人がいなくなったときは毎日のように泣き喚いていたな。孤児院にいた頃はそれでよくルド先生を困らせていたよ」
「そうだったんだ。だからあの先生とあんなに親しげだったんだな」
「あぁ、あの人には本当に世話になったからな。感謝しても感謝しきれないくらいだ。カルラのこともよく見てくれていたし」
そこで俺はふと思い出した。そういえばあの妹さんは今どうしているのだろうか。
「なぁ、ベイル。今お前の妹さんはどうしてるんだ?」
「カルラなら今朝はまだ眠っていたな。体調はもうすっかり良くなったんだが、やはり長い間動けていなかったからな。動き回るとすぐに疲れてしまうらしい」
なるほど、とはいえ動き回れるほどになったのか。よかったよかった。
「そういえばカルラも荒崎に直接お礼が言いたいと言っていたな。荒崎がよければ今度会ってやってくれないか?」
「あぁ、もちろん。全然構わないよ」
「そうか、ありがとう」
その会話を最後に再び居間に調理の音のみが響き渡るようになる。最初の方は気まずい空気もあったのだが今となってはそんな空気も少し薄れ、俺はボーっとベイルの後ろ姿を眺め続けていた。そんな光景にふと自分の母親の姿が重なり妙な懐かしさとほんの少しの寂しさを感じた。今頃、皆どうしてんのかな……。気にしたってしょうがない。そんなことは分かっているのだが頭の隅の方で無意識に俺はそんなことを考えていた。
それから少しして、ついにベイルの手作り料理が完成した。色とりどりの野菜と一口大の肉の塊が入ったスープ。細切りにされた野菜に薄くスライスされたベーコンを巻き、いい具合の焦げ目をつけて焼き上げた料理。それから、見たことのない白魚の切り身を焼いたものとまさに朝ごはんの定番まで並んでいた。
「さぁ、冷めないうちに食べてくれ」
「おぉ、すげぇ! ベイル本当に料理できたんだな」
「まぁな、人並みにはできるといっただろ? 味に関してはまぁ合えばいいが……」
「そんなの気にすんなって。っていうかさ」
俺はそこで気になることがあった。
「ベイルは食べないの?」
そう、用意されていたのは俺とフラウの分だけ。ベイルの分はどこにも見当たらなかった。
「私は家で食べてきたから。だから気にしないでくれ」
「あ、そうなの? てっきり一緒に食べるもんだと思ってた」
「そ、そうなのか?」
「うん。まぁ、どうせ食べるなら皆で食べたほうがいいし?」
そう言うとベイルは口に手を当て何かを考え込むように、ふむ……と呟いた。
「まぁ、ベイルが嫌ならいいけどね」
「別に嫌ってわけではないがな。そうだな、少し検討してみるよ」
「そう、じゃあそういうことで。とりあえずいただきます!!」
俺は顔の前で手をあわせるとそのまま料理の数々に手をつけた。ベイルはそんな俺の姿をニコニコしながら眺めていたが当の俺は料理に夢中でそのことを気にしていなかった。
「うん、うまいよ!! ベイル、本当に!!」
「ヴァヴ! ヴァヴ!」
どうやらフラウにも好評のようだ。
「そうか、それはよかった」
朗らかな笑みを浮かべ、ベイルはそんな俺達の姿を楽しそうに見つめ続けていた。こうして俺達の初めての朝食の時間は過ぎていった。
5月30日一部修正しました。
ベイルの朝食を食べ満たされた気持ちで街の散策に出かけたフラウと荒崎。だがしかし、そんな荒崎の背後に大きな影が忍び寄る。
次回、一体どうなる荒崎!!




