何をお願いしようかな
俺が力を使い彼女を治したあと、しばらくの間誰も一言も喋らず沈黙が続いていた。あれ? と思い後ろを振り返ってみればフラウ以外の二人はその場で硬直していた。と言うよりも彼女から目が離せないといった状態だった。
「あのー……」
俺がそう声をかけると二人共ハッとなって我に返ったようだ。そしてそのまま、ベイルさんは彼女に近づくと治ったことを確かめるために彼女の綺麗な褐色の肌を触り始めた。
「ほ、本当に治ったのか? あれだけ治せないと言われていたのに」
未だに信じられないのか念入りに確認をするベイルさん。そんなにぺたぺた触ったら彼女が可愛そうな気がするんだが……。
「すまないが服の中も確認したいんだ。向こうをむいてもらっててもいいか?」
「うええ!? わ、分かりました」
慌ててベッドと反対側に視線を向ける。まさかそこまでするとは……。いやでもしょうがないのか? たった一人の家族だもんな。それも妹とくればなおさらか。
「治ってる……全部、治ってる……」
確認が終わったのかベイルさんがそう呟いた。どうやら服の中も異常は無いようだ。
「荒崎さん、本当に治ったんですよね!? カルラちゃんもう大丈夫なんですよね!!」
興奮気味にエストニアさんが詰め寄ってくる。だから近いんだっての!! 気持ちは分かるけどもう少し慎みを持って欲しい。
「た、多分大丈夫ですよ。症状も消えてますし」
そう言うとエストニアさんは大きく目を見開き、いきなり駆け出したかと思うとベイルさんに思い切り抱きつき始めた。
「むぎゅ!! エ、エストニア!」
「よかった……本当に……」
ベイルさんに抱きついたままエストニアさんは大粒の涙を流した。よほど彼女のことを心配していたのだろう、最早自分の感情を抑えることができなくなってしまったようだった。
そんなエストニアさんにベイルさんはどうしていいか分からずにオロオロしてしまっている。必死に頭を撫でながら落ち着かせようとしているが、その手つきもどこかたどたどしい。
何かさっきベイルさんが怒られていた時と微妙に立場が逆転しているような……。
そんな二人を見ながら俺がそう思っていた時だった、
「う……ん」
ベッドの上で彼女の体がもぞっと動いた。そして今まで閉じられていた瞼がゆっくりと開いていく。どうやら無事、目を覚ましたようだ。
「カルラ!!」
それを見たベイルさんがエストニアさんに抱きつかれたまま彼女の顔を覗き込んだ。
「お姉……ちゃん? あれ? エストニアお姉ちゃんもどうしたの?」
「カルラ、どこか痛いところはないか? 呼吸が苦しかったりしないか?」
「え? 息は……苦しくなくなってる。痛いところも……」
そこで彼女は自分の体に起こっている異変に気づいたようだ。体を軽く起こし、自分の手足を食い入るように見始めた。
「お姉ちゃん……これどうなってるの? 足も腕もちゃんと動かせるようになってる」
何が起こったのか分からないのも無理はないだろう。ずっと寝たきりだったのにそれがいつの間にか治っているのだから。
「ああ、それはなお前のかかっていた病気が全部治ったからだよ」
「治った……嘘でしょ。だって今までずっと治らなかったのに……」
「そうだな、けど治せたんだよ。治すことができたんだよ」
ベイルさんは彼女の手を握り力強くそう言った。彼女もそんなベイルさんを見て両手で握り返す。
「じゃあ、私……またお外を歩いたり皆と遊んだりすることができるの?」
「出来るぞ、もうベッドの上で寝たきりじゃなくていいんだ」
ベイルさんの声が徐々に震えていく。
あー……これは……またしても俺の緊急脱出ミッションが始まりそうな予感。って言うか確実にそうなるなこれ。はぁー……しょうがない。
「なぁ、フラウ」
俺はフラウの耳元までしゃがみこむと小声で声をかけた。
「はい、何でしょう?」
「俺達、邪魔者になりそうだから外に出てよう」
「分かりました」
という訳で俺とフラウは息を殺しつつ、外で待機することにした。
それからしばらくして、俺がいないことに気づいた二人が中から出てきた。案の定ベイルさんは泣いたような跡があり、俺の予想は当たっていたことが分かった。
「いつの間にかいなくなっていたからびっくりしたぞ」
「いや、まぁ……お邪魔かと思いまして」
俺がああいう空気が苦手ってのもあるけどね。
「そうか……気を使わせたようですまなかった。それにしてもあの時のあれは一体何なんだ? あれがあなたの言う生まれつき持った力というものなのか?」
「ええ、まぁ……一応」
ベイルさんは俺の右腕を思い切り凝視していた。そりゃ目の前であんなこと起きればそうなるか。
「それよりもベイル、あなた荒崎さんにまず言わなければならないことがあるでしょ」
「う……そ、そうだな」
言わなければならないこと? 一体何だろうか。そう思っているとベイルさんは俺の目の前まで来ていきなり頭を勢いよく下げた。そして、
「カルラのこと助けてくれてありがとう。本当にありがとう」
そう俺に言ってきた。なるほどね、言わなければならないことってきちんとお礼しろよってことだったのか。
「えーと……どういたしまして」
俺がそう言うと彼女は頭を上げ、にこっと俺に微笑んだ。そんな微笑みに俺は一瞬ドキっとする。
まったく……こっちの世界に来てから俺はつくづく思うようになった。今までどれだけ女性と縁がなかったのか、と。
けどまぁ、そうでなくてもこんな美人さんに微笑まれたら大抵の男はドキっとするんだろうが。
「はい、よくできました。荒崎さん本当に色々とありがとうございました。今回の私の依頼報酬は後日、ヒルグラウンドできちんとお渡しいたしますので」
「ああ、はい。分かりました」
そういやこれエストニアさんから依頼という形で請け負ってたんだっけ。すっかり忘れそうになってた。
「それと荒崎さんはちゃんとカルラちゃんを治せたんだからベイル、あなたは彼の言うこと何でも一つ聞かなきゃならないのよ。わかってるわよね?」
「うく……あ、ああ!! 分かってるとも。そう言う条件だったからな」
ああー……そういやそうだった。そんな条件があったんでした。って言われても俺まだ特に何も考えてないんだけどな。さて、どうしようか。
「何でもいいんですよね?」
「はい、何でもいいですよ」
何でもか……。そう言われてベイルさんを見る。見事なスタイルに顔も美人……そんな彼女を好きにできる……。好きにできる……。ほわん、ほわん、と頭の中でそれはもうピンク色の妄想がふくら……。
はっ!! 今俺は何を考えようとしていたんだ! ダメダメダメダメ! いくら何でもそんな事したらこれから先、一生軽蔑されるかもしれない。それに豆腐メンタルな俺にそんなこと実行する度胸はないしな……。悲しき男の性を胸の奥に押し込め、改めて何をしてもらおうか考える。
「うーん……」
中々思い浮かばず、そう一人唸っていたときだった。突然俺の腹からグー……と大きな音が鳴り響いた。あ、そういや俺今日朝から何も食べてないんだったっけ。
「何だ、お腹が空いているのか?」
「いやー……朝から何も食べてなくて」
「朝は食べないと力が出ないぞ。何か作ってやりたいが今、家には材料が無いしな……」
その言葉に俺はピクリと反応した。
「作ってやりたいが、ってことはベイルさん料理できるんですか?」
「んな!? 私だって料理くらいするぞ!! ……そりゃあんまりそうは見えないと言われたりするが……」
「こう見えてもベイルは中々料理の腕もあるんですよ。ま、そうは見えないんですけどね」
そう言われてベイルさんはエストニアさんを睨みつけ、うるさい! とそっぽ向いてしまった。
へぇーそうなんだ。言っちゃ悪いがベイルさんは料理すると絶対に焦がしたり調味料の分量間違えたりするような人だと思ってた。ほんと人は見かけによらないな。
にしても料理の腕があるか……。ってことは材料があれば美味いもの作れるってことだよな。
そこで俺は思いついた。
「それじゃあ、ベイルさんに家の料理人になってもらおうかな」
俺はそう軽い気持ちで言ってみた。
「え?」
「料理人ですか……」
「あ、あれ? 駄目ですかね?」
「い、いや駄目ではないが……そんなことでいいのか?」
いいのか? って言われてもそれくらいしか思いつかないんだよなぁ。それに食事の問題は結構どうしようかと悩んでたし、ちょうどいいかと思ったんだけど。
「実は俺、全然料理できなくてどうしようかと思ってたんですよ。だからちょうどいいかなー、なんて……」
俺がそう言うと二人共顔を見合わせクスッと笑いだした。俺そんなに変なこと言ったかな?
「そういうことなら喜んで任せてもらおう」
「ふふっ、やっぱり荒崎さんはちょっと変わってますね」
「ええー……そうなんです……かねー……」
よく分からないがとりあえず俺からのお願いは無事受け入れられたようだった。
今回は少し短いかもしれませんがご勘弁を。少しずつでも更新速度を上げられるように精進していきたいです。唸れ、俺の想像力!!




