やっぱり今日は何かある
イリヤさんに言われて俺は家の自称、物置の部屋にあった少し太めのロープを持ってきた。それをイリヤさんに渡すと彼女は驚くべき速さで玄関の前に倒れていた大柄の男の体をぐるぐる巻きにした。
「イリヤさん……やけに手際いいんですね」
あまりの速さに思わずそう突っ込んでしまった。すると、イリヤさんはニッコリと笑い
「これもメイドとしての嗜みですから」
と、何とも爽やかに返してきた。メイドとしての嗜みに人を素早く縛り上げるというのがあるのなら、俺はこれから全世界のメイドに萌えたりすることはできなくなるだろう。そういう趣味がある人なら逆にいいんだろうが、あいにく俺にはそのような趣味は無い。
「とりあえずこの男はこれでいいですね。後はあの男を縛れば……」
何故だろうか。そう言って家から少し離れたところに寝そべっている男を見るイリヤさんの顔が、少し楽しそうに見えた気がするのだが……いや、気のせいだろう。俺はそう思うことにした。
イリヤさんがロープを持ったまま男に近づく。そしてそのまま体にロープを巻き付けようとしたのだが……
「う、うあ?」
男がそう声を出し体がむくりと起き上がった。それを見たイリヤさんは瞬発的に後ろに飛び退いた。
「意識が戻りましたか」
「あれ? 俺ここで何してたんだ……っけ?」
そこでその男と俺の視線がピタッと合う。男は首を傾げると俺の隣にいたフラウの方に視線を移した。
しばらくそのままフリーズすると大きく目を開け何かを思い出したのか、ああああ!! と大きな声をあげた。
「そ、そうだ。俺はあいつを始末しに来て……ほ、他の奴らは!? どこに行きやがったあいつら!」
何やら一人で色々テンパっているようだが大丈夫だろうか? っていうかよく聞いたら何かとんでもなく気になること言ってなかったかこの人。
「くそっ!! あいつら逃げやがったな!!」
男は思い切り地面を蹴りつけた。本当に何やってんだあの人。
「あの~、あいつらとは一体どういうことなのでしょうか?」
「あん? うおおお!?」
男が一人苛立っている隙にイリヤさんがにっこり笑いながら男に急接近していた。イリヤさん何であんなに素早く動けるんだろう。まさか、あれもメイドの嗜みってやつなのかな?
「な、何だおまえは!? いつからそこにいた!」
「いつからって先程からいましたよ? それよりもあいつらというのはどういうことなのでしょうか? もしかしてあの男の方以外にも仲間がいたんでしょうか?」
そう言うとイリヤさんは玄関前でロープにぐるぐる巻きにされた男を指差した。
「ボ、ボス!!」
ボス? この人ボスなのか。なるほど、確かに大柄だし何となくそれっぽい感じはするな。よくあるゲームとかだと中ボス位の扱いで出てくる奴っぽいし。
「てめぇら、よくもうちのボスを!!」
すると、男は倒れていた場所に一緒に落ちていた大きな刃物のような物を拾い上げるとこちらに向かって構えてきた。
「ちょっ!! 何持ってんだよあんた!!」
日本だったら確実に銃刀法違反で捕まるレベルだぞあれ! ってそんなこと今はどうでもよくて、まずいよこの状況。こっちには武器なんて何もないし、それ以前に俺あんな大きな刃物相手に立ち向かうなんて勘弁願うぞ。
「へへへへへへ、こうなりゃ全員俺が始末してやる」
うわあ……駄目だ、あれ完全にやばい人の発言だ。朝から何なのこの危機的状況。もうテンション下がりまくりだよ。爽やかな朝のさの字もないよ。
俺が心の中でそう嘆いていると突然イリヤさんが男の前に立ちはだかった。
「荒崎さん、後ろに下がっていてください」
「イリヤさん? どうするんですか!?」
そのままゆっくりと近づいていくイリヤさん。
「何だ? まずはお前から切り刻まれたいのか?」
「切り刻むですか……できるものならどうぞやってみてくださいませ」
にっこり笑顔でそんなことを言うイリヤさん。その瞬間男の眉間に思い切り皺がより、表情が怒りの色に塗りつぶされていく。
おいおいおい、何であの人相手を挑発してんだよ。刃物持ってんだぞ向こうは!?
「上等じゃねぇか……なら、お望み通りにしてやるよ!!」
そう叫び、男はイリヤさんに向かって思い切り刃物を振りかざした。ちょ、マジかよ!! 嘘だろ!?
「イリヤさん!!」
思わず体が飛び出しイリヤさんの元まで駆け出そうとしたが、俺のような凡人の足ではそんなに速く動ける訳もなくそのまま刃物がイリヤさんの体を捉えようとした。
のだが……そんな斬撃をイリヤさんは軽く横にずれるだけでひらりと躱す。そのまま振りかざされた刃物を握る方の腕を掴むとぐいっと手前に引っ張り
「はっ!!」
もう片方の空いている腕を曲げると肘の部分を思い切り顔面に叩き込んだ。その打撃は見事にクリーンヒットし何とも鈍い音が辺りに響く。
「ぐがっ!」
男はそのまま後ろによろめく。その隙をついて更に間合いを詰めたイリヤさんは
「ていっ!!」
そこから更に男の顎の部分めがけて強烈な掌低を一発かました。パンッ! という小気味のいい音が響いたあと男はその場に膝から崩れ落ちた。
「盗賊風情が調子に乗るものではありませんよ。いいお勉強になりましたね」
乱れた身だしなみを整えながらそう告げるイリヤさん。
「…………」
そんな様子を口をあんぐりと開けたまま呆然と見つめる俺。イリヤさん、今一度確認したいいんですけどあなたメイドですよね? ここでまたメイドの嗜みとか言われたら、本当にこれから見るメイドさん全員に敬語を使うことになりそうなんですけど……
そんな視線に気づいたのか、イリヤさんがはっとこちらに振り返った。思わずそれにビクッ! となる俺とフラウ。
「あ、あはははははは。少しやりすぎちゃいましたかね?」
エヘッと笑うイリヤさん。ごめん、イリヤさん。俺、今笑い返せる自信がないです。というかあれで少しなのか……。何かもう、今日は色々現実逃避したくなるな。
その後、二人の男を無事ロープで縛り上げたイリヤさん。……これをメイド服を着た女性が一人で全部やった、と言ってもほとんどの人が信じないだろうな。そんな光景が目の前にあった。
「それで、この人達はこれからどうするんですか?」
「そうですねー。とりあえず王宮の警備小隊の方に引き渡して、後は彼らがどうにか処理してくださると思います」
「そ、そうですか……」
処理できるのならいいけれど、その前に少し気になっていることがあるんだよな。少し聞いてみるか。
「あの、イリヤさん。さっきあの男が言ってた言葉覚えてますか?」
「あの言葉ですか?」
「はい、この男フラウのことをみて始末しに来たって言ったんです」
そこでイリヤさんは首を軽く傾げた。
「あの、荒崎さんフラウとは?」
あ、そういえばまだイリヤさんにフラウのこと紹介してなかったな。あんなことあった後だからすっかり忘れてた。
「ああ、ごめんなさい。さっきから俺の隣にいるコイツのことです。最近色々あって今この家で一緒に住んでいるんです」
「あら、そうだったんですか。ここに来た時から気にはなっていましたが、この辺りでは見かけない生き物ですよね」
スっとしゃがみ込むとイリヤさんはフラウの頭に手を伸ばそうとした。すると、案の定フラウはイリヤさんを威嚇するように低い声を出し始めた。
「フラウ、駄目だろそんな風にしちゃ。きちんと挨拶しなさい」
俺がそう言うとフラウは少しだけシュンとなり改めてイリヤさんを見据えた。
「フラウと申します……。これからよろしくお願いいたします」
そんなフラウの自己紹介を聞いたイリヤさんがピシッと固まる。あぁ~……やっぱりそうなるよなー。さて、どう説明したもんか。
「あ、荒崎さん。この子今喋りましたよ……」
「はい、こいつ喋れるんですよ。何でかは知りませんが」
ジーッとフラウを見つめるイリヤさん。そんな視線にフラウは少しそわそわしている。
「あ、あのイリヤさん? 大丈夫ですか?」
「……はっ! え、ええ。申し訳ありません。あんまり珍しいものですから思わず見入ってしまいました。すごいですね、人の言葉を話すなんて。そうとう賢い子なんでしょうね」
「あ~、まぁはい。多分……」
俺もよくわかってないんだけどね。今はそういうことにしておくとしようか。
「あ、申し遅れました。私の名前はイリヤ・カーミュ。この国の王宮でメイド長をやらせていただいております。これからどうぞよろしくお願いいたしますね」
そう言って差し出された手にフラウも同じように前足を差し出しぽすっと乗せた。傍から見ればお手をしているように見えるが、これでも一応握手しているってことなんだろう。
全く、何なんだかな。
「それでは、私はこの男達を一旦王宮まで連れて行きますね」
「連れて行きますねって……どうやって連れて行くんですか?」
そう聞くとイリヤさんは、男達を縛っているロープの端の方を掴むとそのままズリズリと引きずり始めた。え? ちょっ、ちょっと待って!? 仮にも大の男二人分の重さがあるはずなのにどうしてそんなに軽々と引きずってるの!?
「イリヤさん? イリヤさ……え? その方法で王宮まで行くんですか?」
「はい、何か問題でも?」
「えーと……ちょっと待ってくださいね。うん? あれ? 俺が間違ってるの? 問題はないのか? もうこの際だからイリヤさんならどうにかなるとか思えばいいのか?」
そうブツブツと独り言を呟く俺を怪訝そうな顔で見るイリヤさんとフラウ。あ、駄目だ。分かったこの際深く考えたら負けってことにしよう。それがいい、よし決定。
「荒崎さん。またこの男達が目を覚ますと厄介なので出来れば少し急ぎたいのですが……」
「ああ、はい。そうですねすいません」
「いえいえ、それでは私は行きますね。フラウさんのことも出来るだけ聞き出せるようにしますので、何か分かったらご報告いたします」
「はい、ありがとうございます。ほら、フラウも」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして、ではこれで失礼いたします」
ズルズルズルズル……。
「……」
イリヤさんの後ろ姿を俺は遠い目で見つめていた。さて、これからどうしようか。
「それにしてもイリヤさん、ここに何しに来たんだろうな」
それから少しして、俺とフラウは街に来ていた。とりあえず家にいてもしょうがないし暇だから街の中をぶらぶらしてみることにした。相変わらずフラウのことを珍しげに見る視線はあるが、いつかは慣れないといけないものだし、あんなことがあったばかりなのでフラウだけ家に置いていくのもちょっと心配だった。こいつ自体はさほど気にしていないし俺も出来るだけ気にしないよう心がけるようにした。
しばらくぶらぶらしていると俺はある場所に人だかりができているのを発見した。
「あそこってヒルグラウンドのある場所だよな」
どうしたんだろう? 何かあったのかな。気になったのでちょっと覗いてみることにした。
人だかりに近づいてみると何やら皆、開いた扉の外から中を覗き込んでいるようだった。
「まさか、あいつがな……」
「嘘でしょう。何でこんなことに」
「お姉ちゃん、大丈夫なのかな?」
皆何やらヒソヒソと言葉を交わし合っている。後ろの方からでは中の様子が見えないので俺は隣にいた人に話を聞いてみようとした。そこで俺は偶然見知った顔の人物がいることに気がついた。
「あれ? ヴィオーラ?」
「え? ああ! 荒崎さん。いつの間にいたんですか」
隣にいたのはヴィオーラだった。さりげなく人ごみに混ざっていたので気づかなかった。
「今さっき来たとこだけど、それよりこの人だかりは一体何なんだ?」
「実は、この街で有名なヒルグラウンダーの‘ベイル’さんが倒れたらしくて」
ヒルグラウンダーって何だ? 恐らくこの施設関連の何かなのは確かなんだろうけど。
「倒れたって何で?」
「何でも‘スケイルドラゴン’の毒を受けてしまったらしくて……」
スケイルドラゴンって何だ? ってかドラゴンなんかいるのかよ。流石異世界……絶対に関わりたくない存在だな。
「その、何とかドラゴン? の毒ってどれだけ危ないものなんだ?」
「私も、噂でしか聞いたことはないんですがものすごい猛毒だそうです。だから、このままだともしかしたら……」
そうヴィオーラが言いかけた時だった、
「うああああああああああああああああああああああ!!」
突然中から大きなうめき声のようなものが聞こえてきた。その瞬間、人だかりに緊張が走る。
「頑張ってベイル!! もう少しで薬が届くから!」
「今の声は……」
どうやら中にはエストニアさんもいるようだ。中から励ますような声が聞こえてくる。
にしても、今のうめき声から察するに状況はとてつもなく悪いらしい。毒、毒ねぇ。もしかしたらこの力を使えば……よし!
「ちょ、ちょっと! すいません!!」
「ご主人様!」
俺は人ごみの中をかき分けるように突っ込んでいった。何度もすいませんと謝りつつ中に中に進んでいく。そしてなんとかヒルグラウンドの中に入ることができた。
するとそこで見たのは、床に座り込み必死に声をかけ続けるエストニアさんと彼女の膝の上に頭を乗せ苦しそうな呼吸とうめき声を出している一人の女性だった。
その周りで数人の街の人たちが心配そうに覗き込んでいるような状態だった。
「エストニアさん!!」
俺は彼女の傍まで駆け寄った。周りにいた人達は少し怪しそうな視線を送ってきたが今はそんなこと気にしている場合じゃない。
「荒崎さん……どうしてここに」
「そんなことは後です! それよりも毒をくらったっていうのはこの人ですか?」
「え、ええ。そうだけど……」
「分かりました!!」
俺はそれだけ聞くとなりふり構わず右手を構えた。そして、頭の中で毒が消えるように念じる。すると、右腕が青く光りだした。よし、いける!! 俺はこの力を使うときの決まり文句となった言葉を叫んだ。
「レイズ!!」
その瞬間、彼女の全身が黄色い光に包まれそして体の中に吸収されていった。
「あ、荒崎さん一体何を……」
「多分、もう大丈夫です」
彼女を見ると先程まで苦しそうにしていた呼吸は大きくゆっくりしたものになり、うめき声もあげなくなった。それに、心なしか顔色も良くなっているように思える。
「ふぅー……よかった」
どうやら成功したようだ。これでこの力は猛毒にも効くことが判明したな。
「ってあれ?」
何だか周りが急に静かになったような?
そう思った瞬間だった。
ざわっ!!!!!!!
「おい! なんだ今の!!」
「何!! 何が起きたの!」
「あいつ何者だ! まさかあの猛毒を一瞬で治したのか!?」
ざわざわ! がやがやがや!!
何やらこれは面倒くさいことになっている予感が……。
「荒崎さん」
そう呼ばれたと思ったら急にエストニアさんに両手をがしっ! と掴まれた。
「ふぁい!」
「もしかして、あなたは……いえ、あなた様は‘光の魔術師’様なのですか?」
光の……魔術師? って何だ? 今日は知らない単語ばかり出てくるなと思う俺であった。
次回は月曜日にでも書ければと思います。




