表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/86

失われた記憶

翌朝。陽が上り、外が完全に明るくなっても俺はいびきをかきながらベッドの上で熟睡していた。

いつもなら目覚ましやらなんやらで目が覚めるのだが異世界にそんなものあるはずもなく、俺を起こそうとするものは皆無である。こうなったら自然と意識が目覚めるまで待つしかない。


そのはずだったのだが……


「……じ……ま。……きて……」


どこからともなく聞こえてきた誰かの声と体を揺さぶられる感覚。


「ご……じ……さま。起きて……さい」


次第にその声がはっきり聞こえてくるようになる。徐々に意識が覚醒に近づいているようだ。それに伴い体を揺さぶられる感触もはっきり感じるようになってきた。

そして、俺はくぐもったような声を出しながらゆっくり目を開けた。まだ少しだけ視界がぼやけている。俺はそれを直そうとして軽く両目をこすった。

むくりと上半身だけを起こすと、思い切り前のめりになり顔を毛布に押し付ける。あ~……ねみぃ~……。そのまま再び目を瞑ろうとすると、


「ご主人様。おはようございます」


と声を掛けられた。


「おはようございま~す……」


ご主人様だってよ、ご主人様。何かどこぞのメイド喫茶みたいだな。俺初めて言われたけど結構いいもんだね。あはははははははは。……は?

俺はガバっと顔を上げた。目もぱっちりと開きキョロキョロと辺りを見回す。何ナチュラルに挨拶し返してんだ俺は。おかしいだろ。この家には俺とあいつ、フラウしかいないはずなのに誰かに挨拶されるなんて有り得ないことだ。


「ご主人様?」


そう、また声を掛けられた。俺はゆっくりとその声がした方に振り向く。するとそこには、お座りの姿勢で尻尾を左右にブンブン振っているフラウがいた。そういやいつの間にかベッドから居なくなってやがったな。


「……ん? ……んん?」


まさか……いや、まさかな。コイツが喋ったなんてあるはずがない。きっとまだ起きたばかりだから寝ぼけてるんだな俺。いかんいかん、さっさと目を覚まさないと……。


「あのー、ご主人様。どうかなされましたか? 先程から目頭をずっと押さえられてますが」


「うおお!?」


俺に近づいてきたフラウはそう心配そうな声で喋りかけてきた。

み、見てしまった……。今、あの声と同じタイミングでフラウの口が動いた。


「う、嘘だろ……。お前、喋れるのか?」


「はい、ご主人様」


あ~……そうですか。喋れるんですか。さすが異世界、俺の常識なんか一切通用しないね。まさか動物に朝起こされるとは思わなかったよ。うんマジで。


「はぁ~……」


もう俺はため息を吐くことしかできなかった。フラウさんよ、お前は一体何なんだ?





とりあえず服を着替えた後、俺達はリビングに移動した。椅子に座ってフラウと向き合うようにする。

とりあえずだ、色々と聞きたいことはあるが一気に質問したら混乱してしまうので一つ一つゆっくり確認していこう。


「いいか、今から一つ一つ俺が質問するからできる限りちゃんと答えてくれ」


「わかりました」


全く俺は何をしているんだ? という気持ちになる。いい年こいた男が動物と面と向かって真剣に話をしているなんて傍から見たらちょっとあれな人だぞ。


「じゃあ質問一。お前は一体何者だ? どこから来たんだ?」


そう聞くとフラウは少しだけ顔を伏せるように下を向いた。


「どうした?」


「それが……分からないんです。自分が一体何者でどこから来たのか」


「分からない?」


おいおい、一つ目の質問でいきなりこれか。これは前途多難だな。俺は頭をぽりぽりと掻いた。


「分からないってのはつまりどういうことだ?」


「思い……出せないんです。気がついたら血まみれであの森に迷い込んでいて、それで彷徨っていたところをご主人様に助けてもらったのです」


あの時か。こいつと俺が森の中で会ったときのことだな。


「気がついたらねぇ……」


あれだけの怪我をしておいて気がついたらってのはちょっと引っかかるよな。普通ならその時のことを覚えていてもおかしくはないだろうし。それまで意識がなかったってことなのかな? 何にせよ本人が分からないのならどうしようもないか。


「なるほど、まぁ思い出せないならしょうがないな。じゃあ、次の質問だ。何で今まで言葉を喋らなかったんだ? っていうか元々喋れたのか? お前は」


「いえ、昨日までは喋りたくても吠えることしかできなかったのですが、今朝ご主人様を起こそうとしたら喋れるようになっていることに気づきまして」


「喋りたくてもってことは言葉自体は覚えてたってことだよな」


ますます謎が深まったぞ。フラウには元々喋れる位の知能というか知識というかがあってそれが今までできなかったのに今はできるようになった。あ~……訳が分からん。考えるだけ無駄かもな。こんなの習ってもいない問題をいきなり見せられて答えを出せって言われてるようなもんだぞ。


「お前はその、言語はどこで覚えたんだ?」


「……すみません、それも思い出せないんです。何で喋れるのか、どこで言語を覚えたのかも」


しゅん、とうなだれるフラウ。参ったな全く話が進まない。何を聞いても分からない、思い出せないでは聞いてる方も聞かれる方もモヤモヤするだけだ。


「あぁいや、ほら思い出せないもんは仕方がないだろ。それにもしかしたら次第に思い出すかもしれないしさ。だからそんなに落ち込むなって」


わしゃわしゃと頭を撫でる。相変わらずサラサラとした毛並みはとても触り心地がいい。ほんと一体どんな成分で出来ているのかと不思議に思ってしまうほどだ。


「ありがとうございます。ご主人様」


フラウは気持ちよさそうに目を閉じる。全く可愛いもんだ。

しばらくの間撫でてやったあと俺は頭から手を離し、改めてフラウと向かい合った。


「それじゃあ、最後の質問だ」


「はい、何でしょうか?」


俺はとりあえず先程からちょっと気になっていたことを聞いてみることにした。


「フラウ、お前ってもしかして性別はメスなのか?」


先程から喋る時に発せられる声の感じからして何となく女性……というか女の子な感じがする。独特な丸さというかこうふんわりした感じがするのだ。表現しづらいけど。


「はい、私は女でございます」


やっぱりか。予想が当たってちょっとだけ複雑な気分になった。


「なるほど、了解。あーじゃあさ、そのご主人様ってのは何だ?」


これもちょこっとだけ気になっていた。……嘘です、かなり気になってましたごめんなさい。だって姿形はどうあれ女の子……いや、フラウの場合はメスか。にご主人様って呼ばれてんだぞ。何事かと思うだろう?


「何だ? と言われましてもご主人様は私の命の恩人です。あの時、森の中で傷ついていた私をあの不思議な力で助けてくださりました。このご恩は私が一生をかけても返しきれないほど大きなものでございます」


「それで、俺のことご主人様って呼んでるのか?」


いや、確かに助けはしたかもしれないけどちと大げさな気がするなぁ。それにあれは俺がやろうと思ってやったことなんだし。


「そこまでかしこまらなくてもいいんだけどな。もっとこう気楽に……あ、そういえば俺まだ自己紹介してなかったな。俺の名前は‘荒崎 達也’って言うんだ。よろしくな」


「荒崎 達也様、ですか……」


そう呟いたあと、フラウは何度も何度も俺の名前をしっかりと噛み締めるように呟いた。何だかちょっと恥ずかしい。


「だから俺のことは簡単に荒崎とでも呼んで……」


「それは駄目です!!」


いきなり大きな声で反論された。


「私の命の恩人を呼び捨てにするなどもってのほかです! ですから私はこれからもご主人様と呼ばせていただきます!」


ずいっと顔をこちらに寄せてきた。何でそこで必死になるんだこいつは? フラウなりのプライドでもあるんだろうか?


「わ、わかりました……」


結局俺の呼び方はご主人様に決定してしまった。全くこの世界は本当に予想外なことが多すぎて困る。









「それでですねご主人様。先程から気になっていたのですが、この家の外から他の人間の匂いがするのです」


「他の人間?」


「はい、しかも昨日あの木の近くで感じたものと同じものが」


そういえば昨日家に入ろうとしたらフラウが急にあの木の所まで駆け出して行ったんだっけ。

それにしても、昨日と同じ物ってどういうことだ? あの木の近くには何もいなかったはずだけど。


「とにかく外の様子を確認してみましょう」


「ああ、分かった」


俺とフラウはリビングを出ると、玄関の扉を開け外に出た。

すると、そこには


「んん? なにこれ? え、どうなってんの?」


扉を開けてすぐの場所にえらくがたいのいい立派な髭のおっさんが寝ていた。さらには少し遠くの方にもう一人男の人が大の字になって倒れていた。

えーと、これは一体全体何がどうなっているんでしょうか?


「スンスン……やっぱり昨日あの木の近くから臭ってきた人間の臭いと同じものがします」


フラウがそう鼻を鳴らしながら言ってきた。


「マジかよ。でもあの木の近くにこんな人達いなかったけど」


隠れようにもあんな木一本の場所だとかなり隠れられる場所は制限される。だとしたら一体どういうことなんだ?

うーん、と考え込んでいると


「荒崎さーん」


「およ?」


家の向かい側の方から聞き覚えのある声が聞こえた。そちらの方を向くとそこにはメイド服に身を包んだイリヤさんの姿が見えた。


「ご主人様、あのお方は?」


「ん? ああ、あの人はイリヤさんって言ってこの国の王宮で働いているメイドさんだよ」


何とも上品な歩き方でこちらの方にやってくるとイリヤさんは怪訝そうな顔であの寝ている男たちを見つめた。


「おはようございます荒崎さん。あの……この人達は一体」


「さあ、俺が聞きたいです」


二人プラス一匹で男たちを見つめる。今日は朝から何なんだ本当に。

そんな時、イリヤさんは何かに気づいたようで、男の腕の部分に巻かれていた布のようなものに注目していた。


「この模様……どこかで……」


顎に手を当て考え込むように顔をしかめるイリヤさん。おお、何か探偵みたいだ。

その状態で少しの間動かずにじっと考え込んでいたイリヤさんはついに何かを思い出したみたいだった。


「そうだわ、思い出した。この模様……荒崎さん! 何か縛れる紐か何か持ってないですか?」


「縛るって……何をですか?」


「この男達をです。この模様、間違いない。この人達は盗賊です」


「と、盗賊……」


どうやら今日の俺の運勢はあんまりついてなさそうだ。

5月27日一部修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ