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ついてきたものは……

俺は付いて来たコイツのことを一通り説明すると、依頼されたエポナ草の入った麻袋をエストニアさんに渡した。エストニアさんは渡された袋を開け中身のエポナ草を数える。


「全部で二十個。はい、確かに確認しました。それではこれでご依頼達成になります」


おお、俺がこの世界に来てからの初仕事はどうやら無事に成功したようである。ただ草を抜いてくるだけの誰にでも出来そうな仕事だったが、自分としては妙な達成感があった。知らない世界に来て見るもの触るもの初めてだらけの俺にしては上出来かな。


「それではご依頼を達成されましたので、報酬の方を渡させていただきますね」


エストニアさんはそう言って、小さな木で出来たトレイに銅色の硬貨のような物を三枚ほど置いた。

あ、そうか。仕事に成功したら報酬がもらえるんだっけ。俺は置かれた大体百円玉位? の銅色の硬貨を一つ手に取るとまじまじと見つめた。

家の中に置かれていた革で出来た袋の中に同じようなものがいくつか入っていたので初めて見る訳ではないのだが、改めて見ると表面に模様や表記がないその銅の塊は、元日本人である俺からすればものすごい違和感を感じる。

ちなみにこの世界での金銭の価値は、その革の袋の中に入っていた一枚のメモのようなものに全て書かれていた。

種類は銅硬貨、銀硬貨、金硬貨、そしてクリスタル硬貨というものがある。銅硬貨は価値が一番小さくその次に銀硬貨、金硬貨、クリスタル硬貨というふうに大きくなっていくらしい。

説明によると銀硬貨は銅硬貨十枚分。金硬貨は銀硬貨十枚分。クリスタル硬貨は金硬貨十枚分。というシステムになっているらしい。

革袋の中にはクリスタル硬貨三枚、金硬貨五枚、銀硬貨十五枚、銅硬貨三十枚が入っていた。ちゃっかりパーカーのポケットの中に革袋を入れているのだが、硬貨ばかりなので少しだけ重い。

うーん……紙幣がないとこういうところで不便なんだなぁ……。


「あのー……荒崎さん?」


銅硬貨を見つめたまま色々考えているとエストニアさんが少し心配そうな顔でこちらを見ていた。


「あ、すいません。ちょっと考え事してたもんで」


「考え事ですか? もしかしてその子のことについてですか?」


エストニアさんが俺の後ろを指差す。あ、そういえばそうだよ。今はお金のことよりこいつをこれからどうするかの方が大事だよな。

にしてもこいつ大人しいよな。さっきからずっとお座り状態のままだし……尻尾はブンブン振ってるけど。


「それにしても荒崎さんに懐いてますよね」


「まぁ、はい……」


懐かれたくて懐かれたんじゃないけどね。


「この辺じゃあ見かけない生き物ですし、やっぱりこの前のあれが原因でこっちの方まで来ちゃったのかしら」


「ん? エストニアさん。この前のあれ、って何ですか?」


俺は少し気になった部分を聞いてみた。エストニアさんは何か知っているのか?


「実はですね、モートリアムから少し離れた国にある‘生命の森’(いのちのもり)という大きな森があるんですけどそこで大規模な火事が起こりまして森の約半分近くが全焼してしまったという知らせが来ていたんです」


「火事ですか」


何やらとんでもないことが起こっていたらしい。森の半分近くが全焼か……。


「ええ、何とか火をくい止めることはできたそうなんですが、その時には森の中は大惨事になっていたらしく多くの森に住む生き物の命と住処が失われたようです」


「……」


何とも痛ましい話だ。俺は少しだけ顔を伏せた。何の罪もない生き物たちが犠牲になる。こういうことってやっぱりどんな世界でも起こりうることなんだな。


「だからその子も、もしかしたらその火事で住処を失ってこちらの方まで逃げてきたのかもしれません


なるほど、こいつも犠牲者って訳か……。住処を無くしてこっちの森に逃げてきたと。

……あれ? でも待てよ。何だろう、何か違和感を感じるんだが。俺は振り向いてコイツのことをじっと見つめた。俺が感じているこの違和感は何だ? 何が原因なんだ?

少しの間ジーッと見つめていると


「くぅーん?」


と小首を傾げられてしまった。俺もつられて首を傾げる。うーん、何なんだろう。何かもやもやするんだよなぁ。


「それで、荒崎さん。これからその子をどうするおつもりなんですか?」


「え? どうするって言われても……。やっぱり森に返したほうがいいと思うんですけど」


「でも付いてきちゃうんですよね?」


「そ、それはそうなんですけど」


でもだからってこのまま連れて行く訳にもいかないし、それにコイツだって自然の中でのびのび生きた方がいいだろうし。


「エストニアさん、何とかできませんか?」


「何とかと言われましても……ここまで荒崎さんに懐いてますし、それに……」


エストニアさんがカウンターからそーっと手を伸ばす。すると、


「ヴゥ~……ヴゥ~」


コイツは滅茶苦茶エストニアさんのことを威嚇していた。え、何で? 何でそうなるの?


「ね? 荒崎さん以外の人物が近づくと途端にこうなるんですよ」


「……」


「だから、こうなったらもう荒崎さんが責任もって何とかするしかないですね」


「いや、でも……」


そう言いかけた時、エストニアさんはこちらにズイッと顔を寄せてきた。


「懐かれた荒崎さんにも原因はあるんですよ? ですからいいですね?」


ひぃいいいいい!! 何かさっきまでと雰囲気が違う!! ニコニコしているのにどこか黒いオーラを感じるし!


「い・い・で・す・ね?」


「はい……」


俺は素直にそう答えるしかなかった。あそこで‘いいえ’と言えるような人間がいるのならば、俺はその人に弟子にしてください! と土下座しているだろう。



と、いう訳でどういう訳か俺がコイツの面倒を見ることになりました。はぁ~……何でこんなことに。

とりあえずヒルグラウンドから出た俺はコイツを連れて一旦家に帰ることにした。

このまま街中を歩いていたら、また注目の的になってしまうだろうし。


「とりあえず行きますか。ほれ、行くぞ」


俺はそう言って歩きだそうとして、ふと考えた。そういえばコイツのことこれからなんて呼ぼう。いつまでもコイツだのあいつだのだとちょっと変だしな。


「家に帰ってから決めるか」


俺はそういうことにして再び賑わっている街の中を歩き出した。





少しして、無事に我が家に辿り着くことが出来た。相変わらず色々な所から注目されたがもういい。もう気にしないことにした。

俺は玄関の扉を開けると後ろを振り返りあいつを手招きして呼び込んだ。

しかし、コイツは何故か俺に背を向けあのぽつんと一本だけ生えている木のある方を見ていた。しかもそれだけではなく


「ヴゥ~……ヴゥ~」


と何かを威嚇している時の声を出していた。


「ほれ、どうした?」


近づいて同じ方向を見てみる。何かいるのか? 木のある方をじっと見つめてみるもののそこにあるのは何の変哲もない木だけだ。


「何もいないぞ?」


「アヴッ!! アヴッ!」


「あ、おい!!」


コイツは急に走り出し木の生えている場所まで向かっていった。っていうか足はや!! そこまで速く動けるもんなの? ここから向こうまで百メートル位はあるのに一瞬じゃねぇか……。

俺も慌ててあいつを追いかけた。全くどうしたんだろ。


「おい、急に走り出してどうしたよ?」


コイツは木の周りをぐるぐると回っていた。そしてしきりにふんふん、と匂いを嗅いでは何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回した。


「お前、さっきから何してんだ?」


「アヴッ! アヴッ!!」


? 俺には動物の言葉を理解する能力はないからコイツが何を伝えようとしているのかさっぱり分からない。うーん……威嚇してたってことはここに何かがいたのは多分確かなんだろうけど。如何せん辺りを見回しても何もいない。


「この辺の生き物でもいたのかな?」


俺には見えなくてもこいつには見えていたのかも。動物って人間よりも視力とか嗅覚とかそういった器官が優れている奴もいるし。


「ほれ、もういいだろう。さっさと家に入るぞ」


俺はコイツの頭を撫でながら軽く体を引っ張った。こいつは後ろを警戒することを止めはしなかったものの、渋々といった感じで大人しく付いて来た。全く何がそんなに気になっているんだ? 俺は不思議に思いながらも家の中に入るとゆっくり扉を閉めた。





そんな様子を木の陰から覗く一人の男。

ふぅー……危ないところだったな。旦那からもらったこの不思議な薬のおかげで助かったが。男は胸元にあるポケットから小さな紫色の石を取り出した。そして、その石を一度地面に叩きつけると石はうっすらと光りだした。


「おい、俺だ。ボスに伝えろ、奴はまだ生きてやがったとな」


男はそう石に向かって呟いた。

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