1 シロウサギはナイスバディの夢を見るか?
「こんちは~、石川センセ、いますか~」
ちょっと軽そうな声で、フジコちゃんの研究室のドアを叩いているのは、石川ゼミの桐原だ。
「おるで、入ってきい」
そう答えるのは、相変わらずよれよれの白衣姿のクマさんだ。
「失礼しま~す」
入ってきた若い男を見て、
「あら、イケメンだけどちょっと残念な桐原クンじゃないの。何の用?」
と返したのは、我らがフジコちゃんである。
「フジコせんせ、ちょっと残念な、って、ナニそれ?みんないってるんすか?」
「そうよ、かっこいいけど残念な桐原クン。石川ゼミに入った時点で終わってるわね。どうせならウチにくれば就職もできるのに。」
フジコちゃんは相変わらず容赦ない。
「フジコせんせのとこ、全然専攻違いますやん。それに親のコネで、地元に就職決まってますから。」
「そやで、コイツ、ええとこのボンやからな。私立中学の先生になるんや。」
「イケメンの上に、お金持ち・・・」
フジコ先生は何かを振り切るように、軽く頭を振った。
「それはええとして、オマエ、何や、それ?」
クマさんが指差したのは桐原が抱えている白い・・・ウサギだった。
「鍋にすんのか?」
クマさんが真面目な顔で問いかける。
イケメン桐原も真面目な顔で
「うまいんすかね?」
「アンタたち、やるんなら外でやってよ、外で!」
金切り声をあげたのはフジコだった。
「外で拾ったんすよ。フジコせんせの窓をじぃっと見てたから、フジコせんせが飼ってるのかと思って、連れて来たんすけど。」
違うみたいっすねといいながら、桐原はウサギをなでている。
「研究室では飼えんやろ。」
これまたのんびりムードのクマさんに、桐原は
「いや、鈴木教授はウーパールーパーにザビエルって名前つけて、かわいがったはりますよ。」と律儀に答えている。
そのとき、ウサギは桐原の手から飛び出して、フジコの後ろの出窓に上がってしまった。
「あちゃぁ、嫌われてしもた」と頭をかく桐原であった。
「ちょっと、ここはどこなの? 大阪? 動物園? ちがうでしょ、東京で、食物科田中研究室。古文専攻の桐原クンが何しに来たの?!」
イライラした声が上がる。
「フジコセンセ、つれないなぁ。僕、センセのファンやのに。」
「せやで、アンタ、イケメン好きやんか。」
「それに僕、古文専攻とちゃいますよ。卒論はマニアな泉鏡花ですもん。
石川センセは来るもの拒まずやから入れてもろたんです。」
と、真面目な顔で応じている。
それとこれとはちがうでしょと呟くフジコに、桐原が、
「石川先生に用がありますねん。いや違った、ありますです。う~、東京弁はむつかしいなぁ。」
「地元に帰っても教室では標準語つかわなあかんで、仮にも国語の教師やろ。」
とクマさんがゼミの担当教諭らしい言葉を吐けば、すかさず桐原が
「センセかて、使たはりませんやん」
と突っ込んだ。
就職先の中学から卒論送れ言うて来たんすけど、製本はいつくらいにあがりますかねぇ。
と相談を始めた二人に溜め息を吐きながら、
イケメンだけどやっぱりちょっと残念だわねぇ、大阪弁くらい克服しなさいよ、
とひとりごちるフジコちゃんであった。
「・・・あ、そう言うたら、フジコセンセ、『ルパン三世』の峰不二子とスリーサイズおんなじ、ってホンマですのん?」
とクマさんとの話がついたらしい桐原が問いかけた。
「あら、そんな噂があるの?」
まんざらでもなさそうなフジコちゃんを尻目に、クマさんが訊ねる。
「あっちのフジコちゃんはいくつなんや?」
「上から99.9 55.5 88.8 ですよ、クマセンセ。オトコノコの常識ですやん。」
嬉しそうに語る桐原であった。
「他はようわからんけど、上は5センチくらい足りへんのと違うか?」
・・・一瞬の沈黙が研究室内に充満する。
誰も何も話さない。
「ア、アンタ、何言ってんのよ!そっ、それに、手っ! 右手っ、見るのやめなさいよっ!」
沈黙を破ったのは涙目のフジコちゃんであった。
「フジコ先生、いらっしゃいますか?
神代食品の依田です。」
異様な空気をぶったぎるように、能天気なノックが響く。
「・・・いるわよ、入ってきてください。」
明らかにほっとした調子のフジコが応じる。
「あ、それじゃ、僕はこれで。石川先生、卒論の件、よろしくお願いします。」
にやにや笑いが止められません、といった顔で桐原が出ていく。
フジコはその後ろ姿に何か言いかけてはやめた。
なんだか、フジコちゃんの魅力的なボディが、一回り縮んでしまったようだった。
以下、次回へ続く