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夫婦円満の秘訣

作者: tako


「それで、あなたはどうしたいの?」


私は、飲みかけのコーヒーを置いて、出来るだけ感情を込めずに聞いた。

カチャリと白い陶器が音を立てる。結婚祝いに友人達からもらったコンランショップのコーヒーセット。

上品な純白が如何にも結婚祝いに相応しい。彼女達も既に嫁いだが、幸せに暮らしているだろうか。


「ご主人とは、ずっといい関係でいたいと思っています。もちろん今以上に。」


コーヒーに手をつけることなく、声の主は毅然として応えた。

誇らしげで、どこか選手宣誓のようだ。


部屋はコーヒーの香りで満ちている。スターバックスで、昨日挽いてもらったばかりのグアテマラだ。一人で楽しむつもりが、よりによってこんな時に出す羽目になるなんて。

好ましい相手ではないが、突然の来客に自慢のコーヒーを出せるのは悪い気分ではなかった。


どうぞ・・とコーヒーを進めるつもりが、私の口からでた言葉は以外な言葉だった。


「それで、主人はこのことを知っているのかしら?」


「彼はこのことを知りません。もちろん、もっと私と過ごしたいみたいです。私も彼を傷つけたくないので。」


「そうなの。」


私はもう一口、コーヒーを飲んだ。久しぶりの秋晴れは清清しく、空が輝いている。

開け放った窓から、、近くの野原で遊ぶ子供達の声が聞こえてくる。完璧な郊外の休日の風景。

外では、親子が家族が楽しく過ごしている。


私は目をつぶり、夫を思った。


つまり、あなたは、彼を傷つけないために、わざわざ来てくれたのね?彼のかわりに彼の幸せのために。


やすっぽいドラマのように、そう、言い返してやりたい衝動に駆られたが、感情に屈するほど惨めになることも私は良く分かっていた。


夫の様子が変わりはじめたのは、半年前からだ。特定の名前が食卓に挙がり続けたし、帰宅が深夜に及び、慣れないタバコの香りをつけてくることもしばしばだった。休日に家にいても、いつも携帯を気にしていた。


見てみぬふりをすることがこんなにたやすいとは・・・。


夫は私が何もいわないことをいいことに、どんどんエスカレートしていったように思う。

次第に外泊も増えていった。


結婚前、もしも自分がこういう状況に陥ったときは、きっと嫉妬に狂うだろうと思っていた。


しかし、現実は違った。私は全く嫉妬していないのだ。


そればかりか、奇妙な安堵感に包まれていることに気がついた。

その奇妙な安堵感は、次第に増幅していった。罪悪感は人を優しくする。


夫は結婚前よりも、ずっと優しくなった。遅くなった日が続けば、花やケーキを買ってきてくれたし、

レストランも個室で予約してくれた。


以前よりも、ずっと快適に結婚生活を送れるようになったのだ。


私は夫を愛しているし、夫の愛も十分に感じられた。彼の背後にいる彼の支えを見ないようにしさえすれば素晴らしい結婚生活だった。


それを、提供してくれているのが、目の前の人物だ。

奇妙なパラドックスではあるが、私は幸せだった。確実に以前よりは。

目的がなんであれ、この幸せを守るために、私は決断をしなくてはならない。


「それで、具体的にはどうしたいのかしら?」


「5000でどうですかね。」


「・・・ずいぶん、強気な金額ね。」


「安いものでしょう?ご主人の立場もあなたの立場も守れる金額だと思いますよ。」


自信たっぷりに、でも若さが零れ落ちそうな愛くるしい笑顔がそこにはあった。


なんて可愛いのだろう・・・こんな笑顔で毎日接せられたら、恋に落ちてしまうかもしれない。

若さって、本当に宝石だわ。キラキラしている。


「・・・分かったわ。」


「さすが、奥様。物分りが早いですね。ご主人も褒めてましたよ。」


「ありがとう。うちの主人も、素敵でしょ。」


「ええ、とても勉強になっています。自分の将来に役立つ人脈も得られてますし。」

要求が通って、安堵したのか、ようやくコーヒーに口をつけた。


「美味しい。なんていう豆ですか?」


「グアテマラよ。主人の一番好きな豆なの。少し冷めてしまったけど」


「美味しいですよ。ふふ。覚えておきます。」


「もう、主人の好みを覚えてもらわなくて結構よ。」


「え?」

若者は、驚いたように目を開き、私を見た。私は微笑んだ。皺も目の隈も全てが刻まれた笑顔で。



大手の花形WEBデザイナーだった夫は、周囲の勧めもあり3年前に独立した。

最初は以前の付き合いから多くの顧客が仕事をくれ、順調に業績をあげていたが、リーマンショック以降、注文はぱったりと途絶え始めた。当時、10人以上の従業員を抱えていた夫は、デザイナー業を若手に任せ、経営者として会社の再建に奔走した。


その甲斐あって、今ではデザイン事務所ではなく、広告代理店として、そこそこの業績を出せるようになっている。


独立前からずっと夫の最高の相談相手は、私だった。

元々私も同業でおなじような仕事をしていたし、彼よりもキャリアが長かったから、彼のディスカッションパートナーとしては最適だったのだ。


しかし、経営が上手くいかなくなり、事務所のメンバーとのいざこざ等が続くと、彼は私に何も話さなくなった。心配して私が話をふっても、「お前に何がわかる」と突然怒り出し、家に帰ってこないこともしばしばだった。


そんな状態が長く続き、もともとの気難しさも重なって、長く慕っていた友人や後輩も距離を置き始めた。業績は回復し、経営も安定して言ったが、彼は孤独になっていった。


生活は豊かになったけれども、彼や私は幸せとはいえなかった。


そんな時、彼に出会ったのだ。

不況で就職が上手くいかない彼に。将来を悲観し、せめて経営者のもとで、かばん持ちとして勉強したいと彼はいった。そんな彼が私のブログにコメントをつけてくれたところから、付き合いは始まった。

はじめは純粋に就職相談に乗っていたが、ある時、私は彼を使って、夫を支えることを思いついてしまった。facebookのアカウントを持っていたので、彼の身元や学歴、外見なども事前に確認することが出来た

私は彼なら、夫の支えになれると確信したのだ。


夫を慕う優秀な若者。時にディスカッションパートナーとなり、無条件に慕い、絶対に裏切らない可愛い弟。自分の才能に魅了されて傍に居たがる若者。彼の嫌がることを絶対にしない、最高の仲間。


私は彼と時給3000円で契約をした。彼を夫の事務所に学生インターンとして就職させ、夫の好みや、気に入りそうなアイディアを彼を通して、伝えさせたのだ。判断に迷うことがあれば、必ず、ツイッターで報告させ、夫好みの対応をさせた。


案の定、夫はすっかり彼を気に入り、自分の友人や取引先、行きつけの店などに連れ回し、実の弟のように可愛がった。

そして私は夫が彼を連れまわした時間分、彼に時給を払った。半年も経つとかなりの金額となったが、夫の精神状態は安定したし、会社の業績も上どんどんがっていったので、高いとは思わなかった。


私は、少し罪悪感と孤独を引き換えに、最高に幸せな結婚生活を手に入れたのだ。


そして、彼は我が家にやってきた。

時給交渉をするために。自分の価値は時給3000円では安いと感じたらしい。人間の欲が出てくるのは悪いことじゃない。同時に弱みも増えることになるから。


「じゃ、明日から5000円でよろしくお願いします。ご主人と週末ゴルフにいくことになっているので。」

彼は、何事もなかったように時給の話に戻した。


「分かったわ。」

私は静かに応え、続けた。

「時給は5000円にします。ただし、あなたとの契約は今月末で終了するわ。今まで本当にありがとうね。」


「え?何を言ってるんですか?僕がいなくなったらご主人は、寂しがる。会社だって」


「だからよ。あなたは、主人との距離を縮めすぎた。過度な愛着は執着になるわ。これぐらいで距離をおいたほうがお互いのためよ。そうそう、先月から新しい大学生が入ったでしょう。彼もウチのスタッフだから、今月いっぱいで彼に引継ぎをお願いするわ。」


「僕は用無しってことですか?ふざけている。」

若者は怒りをあらわにした。さっきまでの勝ち誇った顔がゆがんでいる。可愛い顔が台無しだ。

安心しなさい。私は前途ある若者を見捨てたりしない。ただ、これ以上は甘やかさないわ。


「そんなことないわ。あなたには別の仕事を用意したの。円楽市場の社長の奥様がお困りでね。あなたには社長の下にインターンとして入ってもらう。そろそろ次のステージにあがるころよ。ただし、この引き継ぎが成功したらね。ふふ。悪い話じゃないと思うわ。あなた、ずっと円楽に入りたがっていたじゃない。」


「・・・」

「大丈夫、この半年で、あなたは経営者に取り入る基礎をを殆ど習得しているわ。あなたの器を広げるためには、もっと大物の下で働くべきなのよ。安心して、あなたはウチで最高のスタッフよ。」


もっと大物・・・という言葉に彼の綺麗な顔が反応したのを私は見逃さなかった。動揺を隠すために手に取ったコーヒーは既に冷め切っていたが、彼の乾いた喉を潤すには十分だった。


「分かりました。頑張ります。」


「さすがね。賢くて助かるわ。但し、円楽の奥様は手ごわいわよ。でも一流の教育を受けれる。私が保証する。期間は半年。3ヵ月で成果をだしなさい。お給料は今までどおり私から支給するわ。」


表情はぎこちなかったが彼は全てを理解し、帰っていった。この半年、意思決定の基礎、リスクのある判断をするときの判断基準を叩き込んだのは私だ。彼は瞬時に自分のメリットを計算し、理解したのだろう。円楽の社長に気に入られれば、彼の未来は明るい。ましてや、あの社長夫人の指導を受けれるなんて、またとないチャンスだ。


私はコーヒーを今度は自分のためだけに煎れなおした。


夫にスタッフを派遣することを思いついた私は、すぐに自分の起業家の妻のSNSを使って、同じようなニーズを探った。するとこのサービスに驚くほど多くの起業家の妻達が賛同してくれたのだ。


私達は、就職に悩む若者の相談に乗りながら、夫達に合いそうな学生を探した。優秀な学生えお見つけては経営者(夫)の下で働ける、かつ自分をマンツーマンで指導してくれるメンター(妻)がつくという条件を提示し、スタッフとして採用した。スタッフはあっという間に増えていった。


派遣先では、やり手の妻が学生を指導をする。世間知らずな若者も一つの派遣先が終了すると驚くほど成長し、見事に就職活動で内定を勝ち取っていく。

そして、会員達は家庭の平和、夫婦円満を守ることに成功している。

これが私達のWINWINだ。


今では起業家の妻ならず、一流企業の重役の妻達も会員だ。内助の功はもはや、家庭の外で発揮されるべきものなのだ。


「ああ、美味しい。」

私は、コーヒーを味わいながら、優雅な午後の時間を取り戻した。秋の空はあっという間に陰り、既に夕暮れをになろうとしている。


そろそろ、夫が帰ってくる。


今日は雑誌の取材だと言っていた。テーマは「優秀な若者を惹きつけるには?」だそうだ。


上機嫌で帰ってくる夫を思い、今夜は夫の好きなすき焼きにしようと考えていた。


私は夫を心から愛している。













内助の功について書いてみたかったので、挑戦してみました。円満な家庭や愛情は、個人の価値観によるということを掘り下げてみたかったのですが、いかがでしょうか。

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