第9話:凍結線路
鉄橋を渡りきった安堵は、刹那の瞬間に粉砕された。機関車のボイラーを叩く、激しい金属音。カンカンカンカンッ!という無機質なドラムビートが、俺たちの鼓膜を震わせる。
「て、敵だぁぁッ!対岸にトーチカがあるぞぉぉッ!」
機関士の絶叫が響く。雪煙の向こう、線路脇の斜面にコンクリート製の銃座が鎮座していた。銃眼から吐き出されるマズルフラッシュが、猛吹雪の中で赤い点滅を繰り返している。重魔導機関銃。毎分六〇〇発の暴力が、装甲列車を蜂の巣にしようとしていた。
「うわぁぁぁッ!」
デッキにいた護衛兵の一人が、胸を撃ち抜かれて雪の中へ転落する。俺はとっさにカテリーナの首根っこを掴み、炭水車の陰へと滑り込んだ。頭上を曳光弾が掠めていく。
「くそっ、待ち伏せか!完全に殺しに来てやがる!」
俺はライフルを構えようとした。だが、ボルトが動かない。
「……!」
凍りついている。先ほどの切り離し作業で外気に晒しすぎたせいだ。潤滑油がシャーベット状に凝固し、撃鉄が張り付いてしまっている。これではただの鉄の棒だ。
「中尉、敵弾幕、燃料タンクへ指向されています。……被弾すれば爆発します」
カテリーナが冷静に、しかし残酷な事実を告げる。後ろの貨車には、大量の高純度魔力燃料が積まれている。一発でも貫通すれば、俺たちは巨大な花火になって消し飛ぶ。
「溶かすしかないか……!」
俺は銃身を鷲掴みにした。手袋越しでも冷気が伝わってくる鉄塊に、ありったけの魔力を叩き込む。
「熱術式、強制展開。……燃えろ!」
ジュッ、と音がして、銃身から白い蒸気が上がった。内部のオイルが一瞬で沸騰し、氷を溶かす。本来なら銃の寿命を縮める荒療治だが、今は構っていられない。
「カテリーナ、敵の射手は見えているか!」
「銃眼の隙間、幅一五センチ。……視認可能です」
「上等だ」
俺は赤熱し始めた銃身を、炭水車の縁に乗せた。熱い。頬を寄せると火傷しそうな熱気だ。だが、その熱さが、かじかんだ指先の感覚を呼び覚ましてくれる。
スコープの中、激しく火花を散らす銃座の「のぞき窓」が見えた。敵の射手は、こちらの反撃など想定していないだろう。ただ引き金を引きっぱなしにしているだけのアマチュアだ。
「距離二〇〇。風、右から左へ強風」
カテリーナの観測データが脳に染み込む。列車は揺れている。視界は最悪。銃は悲鳴を上げている。だが、外す気がしない。
(……あいつらを切り捨ててまで、生き残ったんだ)
脳裏に、谷底へ消えていった男爵や避難民の顔が過ぎる。ここで死ねば、あの犠牲はすべて無駄になる。それだけは許されない。
「地獄へ落ちろ」
引き金を引く。ドンッ!!加熱された銃身から放たれた弾丸は、湯気を引きながら空気を貫いた。吸い込まれるように、コンクリートの狭い隙間へ。
一瞬後。敵の機関銃がピタリと止まった。
「命中。……射手沈黙」
直後、列車は銃座の横を一気に通過した。すれ違いざま、俺は見た。銃座の中で、頭をのけぞらせて絶命している敵兵の姿を。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
俺は炭水車に背中を預け、荒い息を吐いた。ライフルからは、まだ煙が上がっている。機関車は満身創痍で、あちこちから蒸気を噴き出していたが、それでも車輪は回り続けていた。
後方を見る。白い闇の向こうに、銃座と、そして切り離された客車の幻影が消えていく。
「……中尉、手が」
カテリーナに言われて視線を落とすと、銃身を掴んでいた左手の手袋が焦げ、掌に火傷を負っていた。だが、痛みは感じない。寒さで麻痺しているのか、それとも神経が焼き切れたのか。
「……問題ない。生きている証拠だ」
俺は雪で手を冷やし、再び前を向いた。吹雪はまだ止まない。だが、レールの先には、微かに都市の明かりが見え始めていた。




