表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泥濘の魔弾、鉄錆の算術  作者: と゚わん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/20

第8話:選別と切断

 警告灯の赤い明滅が、薄暗い機関室を染めていた。カテリーナが計器の針を睨みつけ、切迫した声で告げる。


「前方、大鉄橋。……橋脚に爆破痕を確認。強度が低下しています」


 窓の外を見る。吹雪の合間に、谷底にかかる黒い鉄骨の橋が見えた。だが、その中央部分は歪み、今にも崩れ落ちそうだ。敵の工兵による破壊工作だ。


「強度試算。……現在の総重量での通過は不可能です。橋が落ちます」


「な、なんだと!?」


 シュミット大尉が悲鳴を上げた。


「止まれ!すぐに列車を止めろ!落ちてたまるか!」


「止まれば死にます」


 俺は冷静に言い放った。


「後ろからはスキー部隊、対岸には待ち伏せがいる。この橋の上で止まれば、いい的だ」


「じゃあどうしろと言うんだ!進めば落ちる、止まれば撃たれる、全滅じゃないか!」


 大尉が唾を飛ばして喚く。その通りだ。今のままでは、全滅する。だから、計算式を変える必要がある。


「……カテリーナ。あとどれくらい軽くすれば渡れる?」


「最低でも三〇〇トン。貨車四両分です」


「三〇〇トンか」


 俺は視線を巡らせた。この列車の編成は、先頭から機関車、燃料・弾薬を積んだ貨車、そして最後尾に避難民と負傷兵を乗せた客車だ。


 捨てるべきものは、決まっていた。


「客車を切り離す」


 俺の言葉に、一瞬、場が凍りついた。


「き、貴様、何を言っている!あそこには四〇〇人の市民と、我が軍の負傷兵が乗っているんだぞ!」


「だが、彼らを乗せたままでは全員死ぬ。燃料と弾薬も届かない。そうなれば、都市で待つ数万の友軍も飢えて死ぬ」


 俺は機関室を出て、連結器のあるデッキへと歩き出した。単純な算術だ。四〇〇人を殺して、数万人を救う。感情を挟む余地などない。


「ま、待て!貴様、正気か!?」


 シュミット大尉が追いかけてくるが、俺は無視して雪の吹き荒れる連結部へと向かった。風の音が轟々と耳を打つ。客車との連結器は凍りつき、氷柱が下がっていた。


 ガラス越しに、客車の中の人々と目が合った。あの男爵もいる。彼らは不安そうな顔で、こちらの様子を窺っていた。俺がレバーに手をかけた瞬間、彼らの表情が「不安」から「驚愕」、そして「絶望」へと変わるのが見えた。


「や、やめろ!開けるな!見捨てる気かぁぁッ!」


 男爵が窓を叩き、何かを叫んでいる。だが、風の音で何も聞こえない。俺は魔力を腕に込め、凍りついたレバーを無理やり押し込んだ。


 ガコンッ。


 重たい金属音が響き、連結器の顎が開いた。プシューッ!エアブレーキのホースが千切れ、白い蒸気が噴き出す。


「あっ……あああ……!」


 シュミット大尉が腰を抜かして座り込んだ。切り離された客車は、慣性を失い、ゆっくりと遠ざかっていく。軽くなった機関車と貨車は、逆に加速を始めた。


 遠ざかる客車の窓に、無数の手が押し付けられているのが見えた。泣き叫ぶ女、呆然とする兵士、そして呪詛を吐き続ける男爵。彼らの背後、雪の闇から、追撃してきたスキー部隊の影が迫っているのが見えた。


 虐殺が始まるだろう。武器を持たない彼らは、敵の憂さ晴らしのために殺されるか、捕虜として辱められるかだ。


「……見なくていい」


 俺は隣に来たカテリーナの目を、手で覆おうとした。だが、彼女はその手を静かに払いのけた。


「記録します。……これも、戦場の事実ですから」


 彼女の声は平坦だったが、その瞳はいつもより少しだけ暗く沈んでいるように見えた。


 列車は加速し、軋みを上げながら鉄橋へと滑り込んだ。軽くなった車体でも、橋は悲鳴のような音を立てて揺れた。だが、落ちることはなかった。


 俺たちは渡りきったのだ。四〇〇人の生贄を谷底の向こうに捧げて。


「……行くぞ。対岸にはまだ敵がいる」


 俺は吐き捨てるように言い、背中のライフルを握りしめた。胸の奥に鉛を飲み込んだような重さがある。だが、立ち止まることは許されない。俺たちが運んでいるのは、彼らの命の代価である物資なのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ