第7話:白き死神
視界が白一色に染まっていた。猛吹雪だ。窓の外を流れる景色は、流れる牛乳のように輪郭を失っている。ガタン、ゴトン。車輪がレールを刻むリズムだけが、ここが物理法則の支配する世界であることを思い出させてくれる。
「……観測機材、感度低下。外気温マイナス三五度。レンズの凍結が始まっています」
カテリーナが不満げに機材を叩いた。彼女の吐く息は白く、睫毛には霜が降りている。暖房の効かない貨物車両での護衛任務は、緩慢な自殺に近い。
「魔力で温めろ。敵が来るならこの嵐の中だ」
俺は愛銃の機関部にオイルを差し、ボルトを数回往復させた。寒さは魔導兵器にとっても大敵だ。潤滑油が固まり、魔力伝導管が収縮して亀裂が入る。この状況で襲ってくる物好きがいるとすれば、それは余程の自信家か、狂人だけだ。
ヒュッ、という音が風切り音に混ざった。直後、俺の隣でウトウトしていた見張り番の兵士が、何の前触れもなく崩れ落ちた。喉に小さな風穴が開いている。血が出るよりも早く、傷口が凍りついていた。
「敵襲ッ!総員配置につけ!」
俺が叫ぶと同時に、窓ガラスが次々と砕け散る。銃声は聞こえない。風の音が全てを飲み込んでいるからだ。
「中尉、三時の方向!並走する熱源反応多数!」
カテリーナが窓の外を指差す。目を凝らすと、白い闇の中に、さらに白い影が蠢いていた。雪上迷彩のマントを纏い、足元には魔導力で加速する長靴を履いた強襲部隊だ。
「魔導スキー兵か……!厄介な連中だ!」
列車の速度は、過積載と積雪のせいで落ちている。彼らにとっては格好の標的だ。俺は窓枠を蹴破り、銃身を外へ突き出した。風圧と雪礫が顔を叩く。
「カテリーナ、距離と偏差!」
「距離三五〇。相対速度、ほぼゼロ。風速、横殴りに二〇メートル!」
無茶苦茶な暴風だ。まともな弾道計算など成立しない。だが、撃たなければ殺される。俺は視界に入った影の一つに狙いを定め、引き金を引いた。発射された弾丸は強風に流され、敵の数メートル後方の雪原に着弾する。
「チッ、風が読みきれん!」
敵は正確にこちらを狙ってくる。奴らはこの雪山を知り尽くした「地元の狩人」だ。風の息継ぎを知っている。
「中尉、六両目の屋根上!高魔力反応!」
カテリーナの警告。見れば、敵の一人が列車に取り付き、軽業師のような身のこなしで屋根へと飛び移っていた。白いフードを目深に被った、小柄な人影。構えているのは、銃身の長い魔導狙撃銃だ。
「白魔導師気取りか……!」
俺が銃口を向けるより早く、白い死神の銃火が閃いた。しかし、弾丸は俺を狙っていなかった。カィィィン!という高い金属音。狙われたのは、先頭車両の連結器だ。
「……!」
さらに一発。今度は機関車の蒸気パイプが撃ち抜かれ、白煙が勢いよく噴き出した。ガクン、と列車全体が揺れ、速度が目に見えて落ちる。
「奴ら、この列車を止める気だ」
俺は瞬時に理解した。破壊ではない。鹵獲だ。積荷の燃料と食料、そしてあわよくば機関車そのものを奪うつもりだ。だから機関部や連結器といった「急所だが修復可能な部位」だけを狙っている。
「カテリーナ、俺を援護しろ。あのスナイパーを落とす」
「了解。風読み、補正します」
俺は揺れる車内から身を乗り出した。相手もこちらに気づいている。屋根の上、白いフードの奥で、レンズが光った気がした。一対一。条件は相手が有利。だが、殺意の純度なら負けていない。
「風速低下の瞬間……今」
カテリーナの声と同時に、風が一瞬だけ凪いだ。俺はその隙間を縫うように、圧縮術式を撃ち放った。青白い光弾が雪を切り裂く。敵の狙撃手は反応したが、避けきれなかった。左肩を撃ち抜かれ、その衝撃で屋根から雪原へと転がり落ちていく。
「命中。敵影、後方へ消失」
狙撃手を失ったことで、並走していたスキー兵たちの動きが鈍る。俺はその隙に牽制射撃を浴びせ、窓の内側へと身を隠した。
「……撃退したか?」
「いえ、一時撤退です。ですが……」
カテリーナが不安げに前方を見た。列車の速度は上がりきらない。蒸気パイプの損傷と、重量過多が限界に達しつつある。
「前方に鉄橋があります。この速度で、しかも敵の工作が行われているとしたら……」
俺は舌打ちをした。敵の狙いは明確だ。ここで足を止めさせ、袋叩きにする気だ。
生き残るためには、何かを捨てなければならない。冷たい計算式が、俺の頭の中で組み上がり始めていた。




