第6話:鉄路の飢餓
灰色の空から舞い落ちる雪が、プラットホームの煤と混ざり合い、汚れた斑模様を描いている。吐く息は白く、吸い込む空気は肺を凍らせるほどに冷たい。
「……ひどい有様だな」
俺は襟元を合わせ、目の前に横たわる巨大な鉄の塊を見上げた。装甲魔導列車「ベルタ号」。全長二〇〇メートルを超える、鋼鉄の巨獣だ。先頭の機関車には巨大な魔導ボイラーが搭載され、黒煙と蒸気、そして余剰魔力の紫光を激しく噴き上げている。
「予定積載量、一二〇パーセント超過。……機関部への負荷、危険域です」
背後でカテリーナが温度計と睨めっこしながら報告する。無理もない。貨車には要塞都市グラードへ運ぶための魔力燃料と食料が満載されている上に、屋根の上にまで避難民が鈴なりになっているのだ。
「おい、そこの護衛隊!突っ立ってないで手伝え!」
怒鳴り声が飛んできた。毛皮のコートを着込んだ輸送司令官、シュミット輜重兵大尉だ。丸々と肥えた腹は、前線の兵士が何日も絶食していることを嘲笑っているように見える。
「貴様らのせいで重量オーバーなんだよ。魔導師だか何だか知らんが、少しは荷物運びくらいしろ!」
「我々の任務は護衛だ。荷役は管轄外だ」
俺が冷淡に返すと、シュミット大尉は顔を真っ赤にして何か喚き散らしたが、俺は無視して貨車の方へ歩き出した。出発まで時間がない。乗車位置を確保しなければ、吹きっさらしの屋根の上で凍死することになる。
その時だった。前方の客車付近で、ヒステリックな叫び声が上がった。
「無礼者!わしを誰だと思っている!帝国貴族、フォン・ライナウ男爵だぞ!」
見れば、立派な髭を蓄えた男が、乗車口で憲兵ともみ合っている。彼の後ろには、従者たちが抱えた巨大な革張りのトランクや、厳重に梱包された家具らしき木箱が山積みになっていた。
「申し訳ありません閣下、ですがスペースが……」
「黙れ!これらは貴重な美術品だ!共和国の野蛮人に汚させるわけにはいかんのだ!」
男爵はステッキを振り回し、既に乗り込んでいた負傷兵を押し退けようとしている。憲兵は困り果て、周囲の避難民は憎悪の眼差しでそれを見ていた。
出発の汽笛が鳴る。このままでは揉め事で発車が遅れ、ダイヤが乱れる。それは護衛任務におけるリスク増大を意味する。
俺は溜息をつき、男爵の元へ歩み寄った。
「――そこを退け」
「なっ、なんだ貴様は!下級将校の分際で!」
俺は男爵の言葉を無視し、積み上げられた荷物の一つ、巨大なアンティーク時計が入った木箱を蹴り飛ばした。ガシャリ、と中で何かが砕ける音がした。
「き、貴様ぁぁッ!?」
「カテリーナ、概算だ。この荷物の総重量は?」
「……およそ四五〇キログラム。成人男性六名分、あるいは小銃弾一万発分に相当」
「だ、そうだ」
俺は腰のホルスターから魔導拳銃を抜き、男爵の鼻先に突きつけた。
「いいか、よく聞け。この列車は、死にかけの都市に血を輸血するための動脈だ。お前の道楽道具を運ぶ霊柩車じゃない」
「ひっ……!」
「そのガラクタを積めば、燃料消費が増え、速度が落ちる。それは俺たちの生存率を下げる要因だ。……俺は、合理的判断なら味方でも撃つぞ」
殺気。言葉ではなく、明確な「死の予感」を男爵に叩きつける。戦場で人を殺しすぎた人間にしか出せない、腐臭に近い威圧感だ。
男爵は腰を抜かし、青ざめた顔で何度も頷いた。
「わ、分かった……荷物は置いていく……体一つでいい、乗せてくれ……!」
「賢明な判断だ」
俺は銃を収め、従者たちに顎でしゃくった。
「そのゴミを線路の外へ捨てろ。空いたスペースに負傷兵を詰め込め」
兵士たちが慌てて動き出す。男爵は小さくなって客車の隅へと消えていった。
「……中尉、そろそろです」
カテリーナの警告と同時に、ベルタ号が野太い咆哮を上げた。車輪が軋み、鋼鉄の巨体がゆっくりと動き出す。
俺は最後尾のデッキに飛び乗った。雪が激しさを増している。視界は白一色。これから向かう先は、気温マイナス三〇度の極寒地獄だ。
「気温低下。防寒術式の展開を推奨」
「温存しろ。まだ敵は出てきていない」
俺はコートの襟を立て、流れていく景色を睨みつけた。重すぎる荷物、無能な司令官、そして足手まといの民間人。最悪の旅が始まった。




