第4話:鉄の棺桶
地響きが、もはや地震と変わらないレベルに達していた。瓦礫を粉砕し、黒煙を撒き散らしながら現れたのは、多脚型の重魔導戦車だ。鋼鉄の塊に、不釣り合いなほど巨大な魔導砲が搭載されている。まるで、動く要塞だ。
「……冗談だろ」
誰かの乾いた呟きが聞こえた。俺たちの持つ小銃弾など、あの装甲の前では豆鉄砲ですらない。戦車の主砲が、ゆっくりとこちらを向く。砲口に紫色の光――高密度の魔力が収束していくのが見えた。
「総員、伏せろぉぉッ!!」
俺が叫ぶと同時に、閃光が迸る。着弾。俺たちが潜んでいた廃ビルの一角が、ごっそりと消滅した。爆風に煽られ、体が宙を舞い、泥の中に叩きつけられる。耳鳴りが止まない。
「中尉!中尉!」
ハンスの声で意識を取り戻す。周囲は火の海だ。瓦礫の下から、押し潰された戦友の腕が見えている。
「……ハンス、生きている奴らを連れて走れ。煙幕を張る」
「で、でも中尉は!あんな化け物、どうしようもないですよ!」
「いいから行け!全滅したいのか!」
俺はハンスの背中を蹴飛ばし、泥まみれのライフルを引き寄せた。部下たちが涙目で駆け出していくのを確認し、俺は通信機のスイッチを入れる。
「カテリーナ、生きているか」
「……問題ありません。観測継続中」
ノイズ混じりの声だが、いつもと変わらぬ冷徹な響きに少しだけ救われる。俺は瓦礫の陰から、再び戦車を見上げた。次弾装填中。排熱のために装甲の一部がスライドし、蒸気を噴き出している。
(……チャンスは、あの一瞬だけか)
だが、距離は六〇〇。雨と風、そして爆炎による熱対流。最悪の射撃条件だ。しかも、俺の手持ちは粗悪な旧式弾が二発のみ。普通の狙撃では、排熱孔の奥にある動力炉には届かない。
「カテリーナ。同調するぞ」
「……了解。接続開始」
通信機越しではない、直接的な「感覚」が脳に流れ込んでくる。カテリーナの視覚、聴覚、そして魔力感知能力が、俺の脳神経と直結する。脳が焼けるような負荷。他人の感覚が自分のものとして上書きされる不快感。
だが、世界が変わった。雨粒の一つ一つ、風の渦、戦車の装甲が発する熱源反応。すべてが数値となって網膜に焼き付く。
「魔力炉、臨界まであと一五秒。排熱孔の開放予測、三・二秒後。開口時間は、わずか〇・八秒」
カテリーナの声が、俺の思考の中で響く。〇・八秒。その瞬間に、全ての魔力を叩き込むしかない。
俺は最後の弾丸を薬室に滑り込ませた。ボルトを閉鎖。銃床を肩に押し当て、呼吸を止める。心臓の鼓動すら邪魔だ。
「術式装填。……全魔力、コンバート」
体中の魔力回路が悲鳴を上げる。血管が切れそうなほどの圧力が、指先から銃へと流れていく。ライフルが赤熱し、雨が触れる端から蒸発していく。
戦車の装甲が動き出した。分厚い鉄板がスライドし、その奥から灼熱の光が漏れ出す。
「――今」
カテリーナの思考と、俺の殺意が重なった。
引き金を引く。
ドンッ!!
発砲音は、もはや爆発音に近かった。銃口から放たれたのは、青白い光の槍。雨も、風も、空気の壁さえも無視して、それは一直線に吸い込まれていく。
開かれた排熱孔の、その数センチの隙間へ。
一瞬の静寂。直後、戦車の内部からくぐもった爆発音が響いた。装甲の隙間から、どす黒い煙と火花が噴き出す。
「……!」
巨体が揺らぎ、膝を折るようにして崩れ落ちた。完全に沈黙した鉄の棺桶。
「……目標の魔力反応、消失。機関停止を確認」
カテリーナとのリンクを切る。途端に、激しい頭痛と吐き気が襲ってきた。魔力欠乏による反動だ。俺は泥の中に崩れ落ちそうになる体を、ライフルを杖にしてなんとか支えた。
「……ざまぁみろ、鉄屑め」
口の中に鉄の味が広がった。鼻血が出ているらしい。だが、生きている。
遠くで、撤退に成功した部下たちの歓声が聞こえた気がした。俺は泥だらけの手で顔を拭い、よろめきながら歩き出した。まだ、仕事は終わっていない。生きて帰るまでが、任務だ。




