第3話:塹壕の狩人
雨音だけが支配する廃墟に、重たい駆動音が混ざり始めた。瓦礫の影に身を潜めた俺は、泥水に浸ったまま呼吸を整える。
「……来たな」
カテリーナからの合図はない。だが、地面を通して伝わってくる振動が、敵の規模を雄弁に物語っていた。歩兵戦車を先頭にした、機械化歩兵中隊。まともにやり合えば、俺たちなど一分とかからず挽肉にされるだろう。
だが、ここは俺たちが選んだ狩り場だ。
「ハンス、合図があるまで絶対に頭を出すなよ」
震える新兵に釘を刺し、俺は魔導小銃を構えた。狙うのは敵兵ではない。瓦礫の山から突き出た、一本の折れた鉄骨だ。あらかじめ、腐食を早める酸性魔術を仕込んである。
敵の先頭車両が、交差点に差し掛かった瞬間。
「……今だ」
引き金を絞る。発砲音は雨音にかき消され、誰の耳にも届かない。放たれた弾丸は正確に鉄骨の結合部を撃ち抜いた。
ガギンッ!という金属音とともに、数トンの瓦礫が崩落する。それは狙いすましたかのように、先頭車両の履帯を直撃し、道を完全に塞いだ。
「な、なんだ!?崩落か!?」「敵襲か!周囲を警戒しろ!」
敵兵たちの怒号が飛び交う。進路を塞がれた戦車が立ち往生し、後続の装甲車が詰まる。まさに渋滞だ。
「カテリーナ、次だ」
通信機越しに短く告げる。
「了解。目標、三時の方向。通信兵のアンテナ基部」
高所の廃ビルに潜むカテリーナから、座標データが送られてくる。俺はスコープを覗かず、遮蔽物の裏から銃だけを出して、魔力感知だけで狙いをつける。曲射弾道。風と魔力を計算し、放物線を描いて障害物越しに標的を狙う高等技術だ。
二発目。乾いた音が響き、敵の通信兵が背負っていた無線機が火花を散らした。
「通信不能!本部と繋がりません!」「狙撃だ!どこだ、どこから撃ってきやがる!」
姿の見えない敵への恐怖が、敵兵たちの足を止める。これこそが狙いだ。奴らが警戒して散開し、慎重になればなるほど、俺たちは時間を稼げる。
「よし、ハンス。例の物を起動しろ」
「は、はいっ!」
ハンスが震える手で、起爆装置のスイッチを押す。ドォォン!敵の足元ではなく、あえて少し離れた空き地で爆発が起きる。殺傷能力はない、ただの閃光爆音魔術だ。
だが、疑心暗鬼に陥った敵には効果てきめんだった。「砲撃だ!敵の伏兵がいるぞ!」「馬鹿野郎、下がるな!撃ち返せ!」
パニックになった敵兵が、闇雲に周囲へ銃弾をばら撒き始める。弾薬の無駄遣い。そして情報の混乱。たった二十数名の小隊が、一個大隊の足を完全に止めていた。
(……計算通り。だが、長くは続かないな)
俺は冷静に戦況を分析する。敵の指揮官が有能なら、すぐにこちらの正体――少数の敗残兵による遅滞戦術であること――に気づくだろう。そして、力ずくで踏み潰しに来る。
「中尉」
カテリーナの声が、微かに緊張を帯びた。
「敵後方より、重魔力反応。……重魔導戦車が出ます」
来たか。共和国軍の切り札。分厚い装甲と、城壁すら吹き飛ばす魔導砲を積んだ鉄の化け物。小細工が通用する相手ではない。
俺は残弾を確認する。ポケットの中には、さっき拾った旧式の触媒弾が残り三発。これで、あの化け物を止めなければならない。
「総員、最終防衛ラインへ後退。ハンス、お前たちは逃げる準備をしておけ」
「えっ、中尉は!?」
「俺は残って、あのデカブツに引導を渡してやる」
俺は泥だらけのライフルを握り直し、不敵に笑った。ここからが正念場だ。狩人が狩られる側になる前に、最高の一撃を叩き込む。




