第20話:崩落のシンフォニー
背後の空は、まだ赤々と燃えていた。森を抜ける風に、焦げた鉄と油の臭いが混じっている。
俺たちは無言で森の中を駆けていた。追っ手の気配はない。あの爆発で敵の指揮系統はズタズタになり、それどころではないのだろう。
「……ここだ」
指定された合流地点――古い炭焼き小屋の跡地で、巨大な影が待っていた。ヴォルフガング曹長だ。彼は煤だらけの顔で、シケモクを美味そうに吹かしていた。
「よう。派手にやったな」
「アンタのおかげだ。……あのタイミング、完璧だったぞ」
俺が息を切らせて言うと、曹長はニヤリと笑い、腰のフラスコを放ってきた。中身は強い蒸留酒だ。俺は一口煽り、焼けつくような液体を喉に流し込んだ。
「いい音だったろう? 五〇メートルの鉄屑が崩れ落ちる音は」
「ああ。……一生分の耳鳴りを貰ったよ」
曹長は満足げに頷き、燃える空を見上げた。
「崩落のシンフォニーだ。これがあるから、工兵はやめられねえ」
俺たちは少しの間、遠くで燃え続けるリンドヴルムの火葬を見つめていた。それは確かに、壮絶で美しい光景だった。圧倒的な質量が、ただの物理法則に従って崩壊したという事実。そこにはある種の公平さがあった。
夜明け前、俺たちは要塞都市グラードの防衛ラインへと帰還した。歩哨線の兵士たちが、幽霊でも見るような目で俺たちを迎える。無理もない。死地へ向かった三人が、五体満足で戻ってきたのだから。
司令部のテントへ報告に向かう途中、通信兵たちが群がっているのが見えた。何やら騒然としている。歓声ではない。悲鳴に近いざわめきだ。
「……なんだ、あの騒ぎは」
俺が近づくと、ノイズ混じりのラジオ放送が聞こえてきた。帝都からの緊急放送だ。
『――繰り返します。西部戦線、要塞線イゼルローンは陥落しました。……我が軍は、第二防衛ラインへの転進を開始……』
その場にいた全員が、凍りついたように立ち尽くしていた。イゼルローン要塞。帝国の絶対防衛圏の要だ。そこが落ちたということは、帝国の敗北が決定的になったことを意味する。
「……嘘だろ」 「終わりだ……帝国は終わりだ……」
兵士の一人が膝から崩れ落ちる。俺は、先ほどまでの達成感が急速に冷えていくのを感じた。
俺たちが命がけで巨大列車砲を破壊し、この都市を守った今夜。その裏で、国そのものが致命傷を負っていたのだ。
「……中尉」
カテリーナが不安げに俺を見上げる。俺は彼女の肩に手を置き、短く息を吐いた。
「気にするな。俺たちの任務は成功した。……それだけが事実だ」
俺はラジオから背を向けた。国が滅びようが、戦線が崩壊しようが、俺たちのやることは変わらない。明日もまた、生き延びるために引き金を引くだけだ。
「曹長、一杯奢らせてくれ」
俺が声をかけると、ヴォルフガングはラジオを一瞥もしないまま、肩をすくめた。
「いいな。……ただし、安酒は勘弁だぞ」
俺たちは敗北のニュースに沸く司令部を背に、瓦礫の街へと歩き出した。空が白んでくる。新しい朝が来る。それは希望の光ではなく、ただの延命措置に過ぎないとしても。
俺たちの戦争は、まだ終わらない。まだ、終わらせてはもらえないのだ。




