表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泥濘の魔弾、鉄錆の算術  作者: と゚わん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/20

第19話:点火と雷管

呼吸を落とす。心拍数を下げる。世界から色が消え、数値とベクトルだけの空間へと変貌していく。


 俺は樹上の枝に固定したライフルのスコープを覗き込んでいた。距離二二〇〇。風は不安定な巻き風。操車場の熱気と、夜の冷気がぶつかり合って乱気流を生んでいる。


「……標的、装填開始。クレーン動作確認」


 カテリーナの囁きが、脳髄に直接響く。巨大なクレーンが唸りを上げ、長さ三メートル、重量五トンの八〇〇ミリ砲弾を吊り上げた。鈍色に輝く弾頭の先端に、小さな突起が見える。信管(プライマー)。あれが、この巨人を殺すための唯一の急所だ。


「……頼むぞ、爆弾魔」


 俺は心の中でヴォルフガングに呼びかけた。彼が仕掛けた爆薬が起爆しなければ、全ては無駄になる。


 砲弾がゆっくりと、開かれた薬室へと運ばれていく。リンドヴルムの後部装甲が展開し、熱排気が陽炎のように揺らめく。防御結界の出力が低下し、一部が開放される。


 今だ。


 ドォォォォンッ!!


 唐突に、地面が跳ねた。操車場のポイント付近で、閃光と共に爆炎が噴き上がる。ヴォルフガングの仕事だ。レールがひしゃげ、敷石が弾丸となって周囲の警備兵をなぎ倒す。


「敵襲! 敵襲ッ!」 「ポイント破損! 工兵隊か!?」


 警報が鳴り響き、サーチライトが狂ったように森を照らす。そして、計算通り――衝撃波が地面を伝い、結界発生杭を激しく揺さぶった。


 ブゥン……!


 完璧だった防御結界が、映像ノイズのように激しく明滅し、歪む。紫色の光のドームに、蜘蛛の巣のような亀裂が走った。


「結界出力、三〇パーセント低下! 座標ズレ発生! ……中尉、射線通ります!」


 カテリーナが叫ぶ。だが、状況はカオスだ。爆風、揺らぐ結界、そして緊急停止しようとするクレーンの動き。全ての要素が複雑に絡み合い、狙撃条件は最悪だ。


 だが、俺には見える。カテリーナから流れてくる膨大なデータが、俺の脳内で一つの「解」へと収束していく。揺らぐ結界の隙間。風の切れ目。弾頭の揺れ。


 それら全てが一列に並ぶ、一〇〇〇分の一秒の奇跡。


「……そこだ」


 俺はためらいなく引き金を引いた。


 ドンッ!


 マズルフラッシュが森の闇を切り裂く。放たれたのは、俺の手持ちで最も硬く、重いタングステン弾芯(コア)を持つ特注弾。弾丸は二キロメートルの虚空を翔け抜けた。


 揺らぐ結界の亀裂を、針を通すようにすり抜ける。熱排気の壁を突き破る。そして。


 薬室に挿入される寸前だった、八〇〇ミリ砲弾の先端。直径わずか五センチの信管に、吸い込まれるように着弾した。


 カァン!


 硬質な音が響いた、その直後だった。


 カッッッ!!!!


 視界が真っ白に染まった。音はない。光がすべてを塗りつぶした。五トンの魔力爆薬が、至近距離で誘爆したのだ。


 リンドヴルムの巨体が、内側から膨れ上がったように見えた。分厚い装甲板が紙切れのように裂け、リベットが散弾となって飛び散る。天を突く砲身が根元からねじ切れ、ゆっくりと傾いていく。


 ズガァァァァァァンッ!!!!


 遅れて届いた衝撃波が、俺たちの潜む木を激しく揺さぶった。凄まじい爆風が森を薙ぎ払い、枝葉をむしり取っていく。操車場は、巨大な火球に飲み込まれていた。


「……命中確認」


 カテリーナがゴーグルを抑えながら、淡々と、しかし確信を持って告げた。


「目標『リンドヴルム』、沈黙。……いえ、大破です」


 燃え上がる炎の中、かつて竜と呼ばれた鉄塊は、無惨な骸となって崩れ落ちていた。周囲の警備兵も、対空砲座も、すべて爆発に巻き込まれて消滅している。


「……デカい図体は、倒れる時もうるさいな」


 俺はライフルを下ろし、熱い息を吐いた。耳鳴りが止まない。だが、仕事は終わった。


「ヴォルフガングは?」


「……合流地点へ移動中。無事です」


「よし。ずらかるぞ。敵の増援が来る」


 俺は枝から飛び降りた。背後の空は、まるで夜明けのように赤く染まっていた。それは帝国の勝利の光ではない。ただの破壊の残り火だ。だが、少なくとも今夜、グラードの街に「重力崩壊」が降ることはないだろう。


 俺たちは炎の熱を背中に感じながら、再び静寂の森へと姿を消した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ