第18話:鋼鉄の竜
操車場の照明が、闇を暴力的に切り裂いている。その光の檻の中に、鋼鉄の怪物は鎮座していた。
魔導列車砲『リンドヴルム』。近くで見ると、その異様さが際立つ。全長五〇メートルの車体は、無数のリベットと魔導パイプで覆われ、生物の内臓のように脈動している。天を向く八〇〇ミリ砲身は、もはや塔だ。
「……ありゃあ、兵器ってより神殿だな」
ヴォルフガング曹長が、双眼鏡を覗きながら低い声で唸った。俺たちは操車場を見下ろす丘の上、朽ちた信号所の影に身を潜めていた。
「防御システム解析。……多重結界、厚さ三層。物理、魔導、共に対策済み。戦車の主砲でも傷一つつきません」
カテリーナが絶望的なデータを読み上げる。車体の周囲には、六本の巨大な杭が地面に打ち込まれ、そこから紫色の光のドームが展開されていた。完全な要塞だ。外部からの干渉を一切受け付けない。
「弱点はないのか?」
「ありません。……理論上、この結界を貫くには、戦略級魔導師が五〇人で一斉照射する必要があります」
「俺たちは三人だ。しかも一人は魔力ゼロの工兵ときた」
俺は苦笑し、シケモクを噛んだ。火はつけない。正面突破は不可能。なら、搦め手だ。
その時、甲高いサイレンが鳴り響いた。リンドヴルムの周囲にいる整備兵たちが慌ただしく動き出す。後方のクレーン車が唸りを上げ、巨大な円筒形の物体を吊り上げた。
「……砲弾の装填作業だ」
八〇〇ミリ砲弾。重量五トン。中身は高純度魔力爆薬と、重力制御コア。一発で街を消す悪魔の卵だ。
列車砲の後部、分厚い閉鎖機がゆっくりとスライドし、巨大な薬室が口を開けた。その瞬間。紫色の防御結界が、後部だけ僅かに揺らぎ、薄くなった。
「……!」
俺とカテリーナ、そして曹長の目が同時にそこへ釘付けになる。
「観測。……装填時、排熱とマナの循環のために、結界の一部を開放しています。開口部、直径三メートル。持続時間、四五秒」
カテリーナの報告に、俺はニヤリと笑った。どんな無敵の鎧も、着替える時は裸になる。構造上の必然だ。あんな巨体を動かすには、熱と魔力の排出口が必要不可欠なのだ。
「……だが、装填口は後ろ向きだ。ここからじゃ狙えねえぞ」
曹長が指摘する。現在位置は側面。装填口を狙うには、敵の背後――守備隊が密集しているエリアに回り込む必要がある。
「それに、普通に撃ち込んでも中の装甲で弾かれる。……誘爆させるには、装填される砲弾そのものを、しかも『信管』をピンポイントで叩く必要がある」
距離二〇〇〇メートル。敵のど真ん中で、数センチの信管を狙う。しかも、結界が完全に閉じるまでの数十秒の間に。
「……曹長、あんたの出番だ」
俺は地図を広げ、線路の分岐点を指差した。
「リンドヴルムの足元、あのポイントを爆破できるか?」
「造作もない。だが、あんな鉄塊だ。レールを吹き飛ばしても脱線まではしねえぞ」
「脱線させる必要はない。……揺らせばいい」
俺は冷徹な算術を組み立てていく。巨大な結界発生装置は、地面に打ち込んだ杭で固定されている。もし、地面そのものが激しく揺れれば?精密な魔導回路はズレを生じ、結界に「穴」が開くはずだ。
「あんたが派手に爆破して、敵の注意を引きつけ、地面を揺らす。……その一瞬、結界にノイズが走った瞬間を、俺が縫い通す」
狂気の作戦だ。一歩間違えば、曹長はハチの巣になり、俺たちは反撃で消し飛ぶ。
だが、ヴォルフガング曹長は、醜く焼け爛れた顔で、凶悪に笑った。
「いいプランだ。……俺の爆弾で、特等席を作ってやるよ」
彼は背嚢を背負い直し、匍匐前進で闇の中へと消えていった。残されたのは、俺とカテリーナだけ。
「……位置につくぞ。最高の死に場所を探そう」
俺たちは風下へ向かって、静かに移動を開始した。鋼鉄の竜が、次の咆哮を上げるまで、残された時間はあとわずかだ。




