表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泥濘の魔弾、鉄錆の算術  作者: と゚わん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/20

第16話:重力崩壊

 その朝、要塞都市グラード(Grad)の上空は、皮肉なほどに晴れ渡っていた。


 瓦礫の撤去作業が進む大通りで、俺は配給の泥水のようなコーヒーを啜っていた。カテリーナは隣で、観測機材のレンズを磨いている。つかの間の休息。遠くで響いていた砲声も、今朝は妙に静かだった。


「……静かすぎるな」


 俺がカップを置いた、その時だった。


 音はなかった。予兆も、魔力感知による警告さえも、間に合わなかった。


 突如として、三ブロック先の市街地が「凹んだ」。


 爆発ではない。地面が陥没し、石造りの建物が飴細工のように内側へ向かってひしゃげたのだ。数秒遅れて、鼓膜を引き裂くような轟音と、猛烈な突風が襲ってきた。


「うわぁぁぁッ!?」「な、なんだ!?空爆か!?」


 兵士たちがパニックに陥り、逃げ惑う。俺はカテリーナを庇って瓦礫の陰に伏せた。舞い上がった粉塵が視界を奪う中、俺は見た。直径五〇メートルに及ぶ巨大なクレーター。その中心で、空間そのものが黒く歪んでいるのを。


「……空間湾曲?まさか、重力崩壊(グラビティ・コラプス)か」


 カテリーナが青ざめた顔で計器を覗き込む。


「高密度の重力干渉を確認。……物理的な着弾痕はありません。純粋な魔力による圧壊です」


「距離は!」


「……計算不能。市内からの発射ではありません。推定距離、四〇キロメートル以遠」


 俺は背筋が凍るのを感じた。四〇キロ。地平線の彼方だ。そんな距離から、防壁も地下シェルターも無視して、都市をピンポイントで押し潰したというのか。


「……魔導列車砲(リンドヴルム)だ」


 俺は敵軍の機密情報にあった、ある兵器の名前を思い出した。口径八〇〇ミリ。都市一つを更地にするための、悪夢のような戦略兵器。あんなものが実戦投入されたとなれば、この都市は一週間ともたない。


 その日の午後、俺は司令部に呼び出された。


「――状況は理解しているな、ベルツ中尉」


 薄暗い作戦室で、連隊長が沈痛な面持ちで地図を指差した。都市の北東、深い森林地帯の中にある、かつての林業用鉄道路線。


「敵の列車砲はここだ。周囲には強力な対空結界が張られており、我が軍の航空隊は接近すらできん」


「……それで、俺たちに歩いて行けと?」


「そうだ。少数精鋭で森を抜け、敵の懐に飛び込み、あの化け物を破壊する」


 連隊長は言い、部屋の隅に立っていた大男を手招きした。


「紹介しよう。工兵隊のヴォルフガング曹長だ」


 ヌッと前に出てきたのは、岩のような巨漢だった。顔の右半分が酷い火傷の痕で引きつっており、隻眼だ。背中には、歩兵三人分はあろうかという巨大な背嚢――中身は爆薬だろう――を軽々と背負っている。


「……ヴォルフガングだ。地雷処理と発破を担当する」


 男は低い、地底から響くような声で言った。愛想のかけらもない。だが、その残った左目には、職人特有の静かな光が宿っていた。


「……爆破のプロか。心強いな」


 俺が手を差し出すと、ヴォルフガングは万力のような力で握り返してきた。


「アンタが『死神』か。……いい目をしている。死に急ぐ奴の目ではない」


「褒め言葉として受け取っておく」


 俺は手を離し、地図を見下ろした。敵地までおよそ三〇キロ。黒き森(シュヴァルツヴァルト)と呼ばれる、針葉樹の樹海だ。そこは今、敵の哨戒部隊と地雷原がひしめく死の庭となっている。


「作戦開始は日没後。……行くぞ、カテリーナ、曹長」


 俺は帽子を被り直した。相手は全長五〇メートルの鋼鉄の竜。蟻が象を殺すための、長い旅が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ