第14話:虚数解の狙撃
空を埋め尽くす氷の鏡が、一斉に不吉な紫光を帯び始めた。敵もこちらの殺気に気づいたのだ。遊びは終わりだと言わんばかりに、全ての鏡を使って全方位から飽和攻撃を仕掛けてくる気だ。
「魔力反応、臨界!中尉、来ます!」
カテリーナの悲鳴に近い警告。逃げ場はない。数秒後には、この塹壕は光の雨に晒され、蒸発する。
「……カテリーナ、俺を見ろ」
俺は視線を外さず、低く囁いた。焦りは不思議となかった。世界がスローモーションのように静止して見える。これは「ゾーン」だ。死の淵に立った時だけ開く、脳の安全装置が外れた状態。
「敵の座標は?」
「……旧商工会議所、三階北西の柱の裏。床から一・二メートル。……ですが、あそこの外壁は厚さ五〇センチの鉄筋コンクリートです!小銃弾では……!」
「貫通しない、か?」
俺は銃床を肩に食い込ませ、ありったけの魔力を練り上げた。血管の中を溶岩が流れるような熱さ。指先が炭化しそうなほどの負荷。
「だったら、貫通する弾を作ればいい」
俺は薬室に装填された硬芯徹甲弾に、さらに術式を上書きする。回転、硬化、そして一点穿孔。銃身が耐えきれずに悲鳴を上げ、亀裂から青白い火花が散る。
「カテリーナ、同調だ。お前の魔力も全部寄越せ」
「……了解!」
背中から、冷たくて鋭い奔流が流れ込んでくる。カテリーナの純度の高い魔力が、俺の荒々しい魔力と混ざり合い、弾丸を極限まで研ぎ澄ませていく。
敵の鏡が輝きを増す。発射まで、あと〇・五秒。
俺はスコープの中で、敵がいるはずの「壁」の一点を凝視した。そこには何もない。ただの薄汚れたコンクリートの壁だ。だが、俺には見える。その向こう側で、勝ち誇った顔で引き金を引こうとしている魔術師の姿が。
「見えたぞ、幻影使い《ファントム》」
壁の向こうの影と、照準が重なる。物理法則など知ったことか。俺の計算式において、その壁は「存在しない」。
「徹甲術式・全開!」
引き金を引く。
ドォォォォォン!!
轟音。それは銃声というより、落雷の音だった。マズルフラッシュが塹壕を昼間のように照らし出し、青白い光の槍が一直線に伸びる。
光線は、空中の鏡など見向きもしなかった。吸い込まれるように、商工会議所の外壁へと突き刺さる。
一瞬の静寂。
ズガァァンッ!
分厚いコンクリートの壁が、裏側から爆発したかのように粉砕された。直径一メートルほどの風穴が開き、瓦礫と共に大量の粉塵が噴き出す。
直後。空中に浮かんでいた無数の氷鏡が、糸を切られた人形のように力を失い、一斉に砕け散った。キラキラと降り注ぐ氷の欠片が、廃墟の街にダイヤモンドダストの雨を降らせる。
「……目標の魔力反応、消失」
カテリーナが呆然とした声で告げた。リンクが切れ、俺はガクリと膝をついた。銃身からは真っ赤な溶鉄が滴り落ち、もう二度と使い物にならないほど歪んでしまっている。
「……ざまぁみろ」
俺は震える手でタバコ――シケモクを取り出し、歪んだ銃身の熱で火をつけた。深く吸い込むと、肺の中の硝煙の味が少しだけ薄れた。
「壁ごしに安全に撃てると思ったか?残念だったな。俺の弾は、理屈ごと貫通するんだよ」
俺は煙を吐き出し、立ち上がった。敵の死体を確認しに行かねばならない。どんな凄腕だったのか、顔を拝んでやる必要がある。
「行くぞ、カテリーナ」
「……はい、中尉」
俺たちは氷の雨が降る広場を、敵が潜んでいたビルへと向かって歩き出した。静寂が戻った戦場に、俺たちの足音だけが響いていた。




