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泥濘の魔弾、鉄錆の算術  作者: と゚わん


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第13話:鏡合わせの悪魔

 ヒュンッ。頭上の瓦礫が弾け飛び、粉塵が舞う。姿なき狙撃手は、執拗に俺たちの隠れている場所を削り取っていく。


「……五発目。間隔、四秒」


 カテリーナが膝を抱えたまま、秒数をカウントする。敵は焦っていない。こちらが動けないことを理解し、なぶり殺しにするつもりだ。


「中尉、敵の『鏡』が増えています。……現在、三枚」


 隙間から空を見上げると、鉛色の空に薄氷のような正六角形の膜が三つ、不気味に浮遊していた。どれが本物で、どれが囮か。あるいは、その全てを使って多角的に撃ってくるのか。


「厄介だな。あんなものを展開しながら狙撃とは、随分と魔力が余っているらしい」


 俺は皮肉っぽく笑い、愛銃のスコープのダイヤルを回した。敵は安全圏である分厚い壁の裏側から、潜望鏡のように鏡を使ってこちらを狙っている。まともに撃ち合えば、こちらは姿を晒すことになり、蜂の巣だ。


 だが、どんな魔術にも「コスト」がある。


「カテリーナ、奴が鏡を再生成するまでのタイムラグは?」


「破壊から展開まで、およそ一・二秒。……ですが、中尉。鏡を撃っても無駄です。すぐに次が出ます」


「分かっている。だが、奴の『視界』を奪うことはできる」


 俺は泥だらけの軍服から、予備の弾倉を抜き取った。装填するのは、対物用の硬芯徹甲弾(アーマー・ピアシング)


「いいか、俺が鏡を割る。奴が視界を失って慌てた瞬間、必ず『反応』が出る。そこを拾え」


「……了解。魔力回線の逆探知を試みます」


 深呼吸。肺の中の空気をすべて吐き出し、鼓動を遅くする。俺は塹壕から飛び出すと同時に、空中の鏡へ向けてライフルを構えた。


 敵も反応する。三枚の鏡が一斉にきらめき、殺意のベクトルが俺に向く。だが、俺の方が速い。


 ドンッ!


 一撃。中央の鏡が粉々に砕け散り、キラキラとダイヤモンドダストのように降り注ぐ。


「――二枚目!」


 ボルトを引く。排莢。次弾装填。コンマ数秒の動作。右側の鏡を撃ち抜く。


 敵の弾丸が俺の足元を抉るが、狙いが甘い。視界の一部を失い、動揺している証拠だ。


「三枚目ぇッ!」


 吠えると同時に、最後の鏡を粉砕した。空中に漂っていた「敵の目」がすべて消滅する。


「今だ、カテリーナ!」


「……捕捉しました!」


 カテリーナが叫ぶ。


「鏡の再展開のため、敵から太い魔力パスが伸びています!座標特定……広場の向こう、旧商工会議所ビル、三階北側の柱の裏!」


 やはりな。奴は鏡を維持するために、常に魔力を供給し続けなければならない。鏡を割られれば、反射的に修復しようとして魔力を注ぎ込む。その「補給線」こそが、奴の居場所を教える狼煙となる。


 だが、敵もさるものだった。俺たちが位置を特定した直後、空中に無数の鏡が乱れ咲いたのだ。三枚どころではない。十、二十……。広場の上空が、万華鏡のように氷の膜で埋め尽くされる。


「なっ……!?」


「多重展開……!中尉、欺瞞工作です!魔力反応が分散して、本体が絞り込めません!」


 敵は「質」ではなく「量」でこちらの演算能力をパンクさせに来たのだ。無数の鏡が太陽光を乱反射し、まばゆい光が俺たちの目を焼く。


(……クソッ、性格の悪い野郎だ)


 これでは、どれが狙撃用の鏡で、どれが囮か判別できない。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。これだけの数の鏡から一斉射撃されれば、この塹壕ごとミンチにされる。


「カテリーナ、落ち着け」


 パニックになりかけたカテリーナの肩を掴む。俺は眩い光の中で、冷静に敵の心理を読んだ。


「奴は焦っている。だから、こんな派手な真似をしたんだ」


 俺はスコープを覗くのをやめ、肉眼で空を埋め尽くす鏡を見上げた。美しい幾何学模様。だが、数学的な「美しさ」には、必ず法則がある。


「カテリーナ、鏡を見るな。奴の『癖』を見ろ」


「癖……?」


「奴は几帳面だ。最初の三発も、着弾間隔は正確だった。……この無秩序に見える鏡の配置にも、必ず奴にとって『撃ちやすい』配置があるはずだ」


 俺は目を細める。無数の鏡の中で、わずかに角度が鋭いものが一枚。そして、その鏡と連動するように配置された、中継用の鏡が二枚。


 線がつながる。


「……見えた」


 俺は愛銃を構え直した。狙うのは鏡ではない。その光の反射が導く、コンクリートの壁の向こう側だ。


「カテリーナ、俺の弾丸に全魔力を乗せろ。……壁ごとぶち抜くぞ」


 次話、「虚数解の狙撃」。物理的な遮蔽を無視した、ディートリヒの必殺の一撃が放たれる。

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