第12話:魔弾の屈折
瓦礫の影で、俺は木の棒に泥だらけの軍服を被せ、慎重にヘルメットを乗せた。即席の囮だ。単純なトリックだが、極限状態の戦場では、人間の目は動く輪郭に過剰反応してしまう。
「……上げるぞ。計測しろ」
「準備完了」
カテリーナが観測レンズを構える。俺は塹壕の縁から、棒の先につけたヘルメットをゆっくりと突き出した。数センチ。さらに数センチ。まるで警戒している兵士が、恐る恐る頭を出すような挙動を再現する。
ヒュッ。
風切り音と共に、ヘルメットが弾け飛んだ。やはり早い。迷いのない一撃だ。
「データは?」
「……着弾確認。弾道、直線ではありません」
カテリーナが、信じがたい事実を淡々と告げる。
「弾丸は広場の中央付近で、急激に軌道を三〇度変えています」
「曲がっただと?」
俺は眉をひそめた。風による偏差ではない。三〇度も曲がるなど、物理法則に反している。誘導弾か?いや、それにしては魔力反応が薄すぎる。
「……カテリーナ、空間の歪みを調べろ。熱源、あるいは魔力濃度の不自然な偏りだ」
カテリーナがレンズのフィルターを切り替え、広場の空間を走査する。数秒の沈黙。やがて、彼女の声が僅かに緊張を帯びた。
「……座標修正。広場の上空、地上八メートルの空間に、極低温の魔力層を検知」
「極低温?」
「はい。空気中の水分が凝固し、薄い膜状になっています。……これは」
謎が解けた。俺はニヤリと唇を歪めた。
「氷鏡か」
高密度の氷の膜を空中に展開し、それを鏡として利用しているのだ。だが、単に視界を確保しているだけではない。
「奴は、氷の膜に魔力を通すことで『屈折率』を操作しているんだ。光が水の中で折れ曲がるように、魔弾の軌道を強制的に変えている」
だから、壁の裏から撃てたのだ。一度、空中の鏡に向けて撃ち、そこで跳弾のように角度を変えて、遮蔽物の裏にいる俺たちを狙撃していた。神業だ。角度、魔力密度、風速、全てを完璧に制御しなければ成立しない。
「……敵の位置を特定しました」
カテリーナが指差す。
「広場の向こう、半壊した教会の三階。あの鏡を経由して、逆算すると……射手は壁の裏側、北東の角に潜んでいます」
「ビンゴだ」
俺がライフルを構えようとした、その時だった。
カァァン!
硬質な音が響き、目の前の瓦礫が弾け飛んだ。俺の頬を石礫が切り裂く。
「ッ……!」
「中尉、探知されました!敵はこちらが観測していることに気づいています!」
奴もプロだ。デコイへの反応を見て、逆にこちらの位置を割り出しやがった。
ヒュン、ヒュン!次々と弾丸が飛んでくる。やはり銃声は聞こえない。遥か上空の「鏡」を経由して撃ってきているため、音源の位置さえ誤認させられる。
「伏せろ!動けばやられるぞ!」
俺たちは塹壕の底にへばりついた。完全に釘付けだ。頭を出せば即死。だが、このままではジリ貧だ。
「……中尉、どうしますか。鏡を破壊しますか?」
「いや、あの鏡はただの氷だ。割ってもすぐに再展開される」
俺は血の滲む頬を拭い、泥の中で思考を加速させた。相手は鏡を使って、安全圏から一方的にこちらを狙っている。ならば、その「鏡」こそが、奴を殺すための唯一のパスポートになるはずだ。
「……カテリーナ、鏡の『角度』を計算できるか?」
「可能です。入射角と反射角から、敵の正確な座標を導き出せます」
「よし」
俺は愛銃のボルトを強く引き、新たな弾薬を装填した。
「鏡合わせの遊戯は終わりだ。奴の得意な数学で、引導を渡してやる」




