第11話:広場の死角
要塞都市グラードは、墓標の山と化していた。
かつて美しい石造りの街並みを誇った大通りは、瓦礫と鉄屑で埋め尽くされている。建物の壁は砲撃で抉られ、窓枠は歯の抜けた骸骨の口のように虚空を睨んでいた。
「……頭を低く。ここからは『広場』の射線が通る」
俺は泥まみれの塹壕の中で、背後のカテリーナに短く警告した。目の前に広がるのは、市庁舎前の中央広場。かつては市民の憩いの場だったそこは、今や「死の回廊」と呼ばれている。
「またやられたぞ!衛生兵!」
塹壕の先で悲鳴が上がった。身を屈めて駆け寄ると、伝令兵とおぼしき若い兵士が、泥の上に倒れ伏して痙攣していた。側頭部がごっそりと消し飛んでいる。即死だ。
「……くそっ、またあいつだ!姿が見えねえんだよ!」
近くにいた軍曹が、恐怖に顔を歪ませて叫んだ。俺は眉をひそめ、死体の倒れ方と、周囲の地形を確認する。
「カテリーナ、解析だ」
「……着弾箇所は右側頭部。射入角、水平よりプラス一二度。距離はおよそ六〇〇」
カテリーナが即座に数値を弾き出す。俺はその数値に基づき、弾が飛んできたはずの方向――広場の向こう側にある時計塔の方角を見た。
だが、そこには何もない。あるのは、砲撃で半壊した壁だけだ。人が隠れられるスペースはおろか、窓すら存在しない。
「……おかしいな」
俺はスコープを覗き込んだ。弾道計算が正しければ、敵は「壁の中」から撃ってきたことになる。あるいは、透明人間か。
「魔力反応は?」
「……微弱な残滓を感知。ですが、座標が一致しません」
カテリーナが珍しく困惑した声を上げた。
「反応があったのは、時計塔ではなく、その三十メートル左の廃ビルです。ですが、そこからの射線だと、角度的にこの場所は狙えません」
魔力反応と、物理的な弾道が矛盾している。廃ビルから撃てば、手前の銅像が邪魔になるはずだ。だが、現実に兵士は死んでいる。
「幽霊か、あるいは魔法使いか」
俺は呟き、足元の空薬莢を拾って放り投げた。カラン、と乾いた音が響く。次の瞬間。
シュッ。
風切り音と共に、投げた薬莢が空中で弾け飛んだ。銃声はない。
「……!」
俺は反射的に首を引っ込めた。今の一撃。やはり、射線がおかしい。広場の向こう、何もない空間から弾丸が飛んできたように見えた。
「おい、そこの魔導将校!」
塹壕の奥から、煤けた顔の指揮官が這いずり出てきた。この区画を管轄する歩兵中隊長だ。
「あんた、ベルツ中尉だな?噂は聞いている!あのふざけた狙撃手をなんとかしてくれ!」
「状況は?」
「見ての通りだ!今日だけで五人がやられた!どこから撃ってきているのか皆目わからん!おかげで一歩も動けんのだ!」
中隊長は血走った目で俺の胸倉を掴んだ。無理もない。「どこから撃たれるか分からない」という恐怖は、砲撃よりも兵士の精神を削る。
「……分かりました。引き受けましょう」
俺は中隊長の手を外し、再び広場の向こう側を睨んだ。得体の知れない敵。だが、弾丸が物理的な実体である以上、必ず「理屈」があるはずだ。
「カテリーナ、デコイを用意しろ。古着とヘルメットでいい」
「……了解。敵の射撃位置を特定しますか?」
「ああ。幽霊の正体を暴く」
俺はライフルを抱え直し、不敵に笑った。面白い。ただの力比べには飽きていたところだ。この瓦礫の山で、数学の授業を始めようじゃないか。




