表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泥濘の魔弾、鉄錆の算術  作者: と゚わん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/20

第10話:一斤のパンの重み

 要塞都市グラード(Grad)の中央駅は、死体置き場のような静けさと、熱狂的な歓声が混在していた。天井のガラスは砕け落ち、雪が構内に積もっている。だが、ホームには痩せこけた兵士たちが群がり、到着したばかりの満身創痍の列車――ベルタ号を見つめていた。


「おい、食料だ!食料が届いたぞ!」「燃料もある!これで今夜は凍えずに済む!」


 亡者のような顔をした兵士たちが、涙を流しながら貨車に殺到する。彼らはもう何週間も、革ベルトを煮込んだスープと雪解け水だけで生き延びてきたのだ。俺はデッキから降り、ふらつく足で地面を踏みしめた。ようやく、終わった。


「どけ!そのコンテナは司令部へ直送だ!貴様らの分ではない!」


 ホームに怒鳴り声が響いた。シュミット大尉だ。彼はあれだけの修羅場をくぐったというのに、到着した途端に元気を取り戻し、憲兵を使って兵士たちを追い払っている。


「なんだと!?俺たちに食わせる物はないっていうのか!」「ふざけるな!中を見せろ!」


 飢えた兵士たちが暴徒化しかける。揉み合いの中、積み上げられた木箱の一つが崩れ落ち、蓋が弾け飛んだ。


 中から転がり出たのは、小麦粉の袋でも、缶詰でもなかった。琥珀色の液体が入った美しいガラス瓶と、最高級の葉巻の箱。そして、ふわりと甘い香りを漂わせる、将校用の焼き菓子だった。


「……は?」


 その場にいた全員の動きが止まった。雪の上に散らばったのは、前線の兵士の年収でも買えないような高級ヴィンテージワインだ。


「こ、これは……閣下たちの士気高揚のために必要な物資で……!」


 シュミット大尉が顔を引きつらせて弁明する。だが、兵士たちの目に宿ったのは、失望を通り越したどす黒い殺意だった。


「ふざけるなッ!俺たちはこんな物のために、仲間を切り捨ててきたのか!」


 護衛隊の生き残りである部下が、銃の安全装置を外す音が聞こえた。怒りで震える銃口が、大尉に向けられる。周りの兵士たちも同調し、今にも暴動が起きそうだ。


「やめろ」


 俺は部下の銃身を手で押さえ、静かに言った。


「中尉!でも、こいつらは……!」


「撃てば反逆罪だ。お前が銃殺されて終わる。……それに、ワインで腹は膨れない」


 俺は冷めた目で、割れた瓶から雪に染み込んでいく赤い液体を見下ろした。あの男爵を切り捨て、四〇〇人の避難民を見殺しにして守ったのが、これだ。上層部の豚たちが、暖かい部屋でグラスを傾けるための嗜好品。笑える話だ。笑いすぎて涙も出ない。


「……行こう。配給所はあっちだ」


 俺は部下の背中を叩き、その場を離れた。背後では、憲兵たちが怒号を上げ、貴重な「物資」を回収している。


 配給所の列に並び、受け取ったのは、木屑の混じった黒パンが一斤と、薄いスープだけだった。カテリーナと並んで、廃墟の軒下に座り込む。


「……成分分析。小麦四〇パーセント、おが屑二〇パーセント、残りは詳細不明の雑穀」


 カテリーナがパンを齧り、無機質に呟く。俺も石のように硬いそれを口に運び、顎が痛くなるほど噛み砕いた。味などしない。ただの砂の塊だ。だが、これが俺たちの命を繋ぐ。ワインよりも、宝石よりも価値のある、現実の重みだ。


「……味は、変わらないな」


 俺は誰に言うともなく呟き、スープでパンを流し込んだ。腹の底に落ちた鉛のような塊が、かろうじて俺を生かしている。


 遠くで砲声が聞こえた。都市の防衛戦はまだ続いている。明日には、このパンのカロリーを消費して、また誰かを殺さなければならない。


「中尉、次の命令です」


 カテリーナが端末を見ながら告げる。市街地西部、激戦区での防衛任務だ。


「……ああ、分かっている」


 俺は立ち上がり、空になった器を置いた。雪が降り続いている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ