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数千文字の物語

相合い傘

 委員会の仕事が終わって下駄箱に着いたら、その先にクラスのマドンナがいた。文武両道で、美人で可愛くて、オレがこっそり想いを寄せている桜子ちゃんだ。


 外では雨が降っている。出ていかないということは傘忘れたのかな。……これは、チャンスでは?

 誰だって一回は好きな人と相合い傘してみたいって思う筈。

 オレは下心を悟られないように気を付けて、自然に話しかけた。つもり。


「傘ないの?」

「うん」

「よかったら入る?」

「いいの?」


 二人で歩く。

 ……まさか桜子ちゃんと相合い傘できる日が来るなんて! 幸せだ……。真横に好きな子がいて、誰にも邪魔されることなく話が出来る。それに……はたから見たらカップルじゃんこんなん。知り合いに見られたら勘違いされちゃうかな〜。

 なんてウキウキで足を進める。若干肩が濡れているがそんなのはどうでもいい。今は桜子ちゃんと相合い傘をしているという事実が最重要なのだ。


「今日授業で見た映画面白かったよね」

「そうだね。私あの変なマスコットちょっと気に入っちゃった」

「可愛いよね。ちょっと変だけど」

「うん。もちもちしたい感じ」

「そういえばあれ、ぬいぐるみあるらしいよ」

「え、そうなの?」

「うん。前……」


 そうして暫く心の中ではしゃぎながら、たわいない会話を続けていたのだが……。

 ちらりと彼女を見る。きゅるんとした瞳だけど凛とした美しさを感じる顔立ち。きめ細かな肌に桃色の唇……。あぁやっぱり可愛い。そしてやっぱり好き。くすくすっと上品に笑う姿も、無邪気な性格も。

 ……今くらいしか二人きりの時ってないよな。

 そう思うと、何故かオレの口が勝手に


「あのさ、桜子ちゃん」

「なあに?」

「オレ、桜子ちゃんのこと、好き」

「えっ」

「初めて会った時から素敵な子だなって思ってて。あの、よかったら付き合ってくれませんか?」

「……」


 桜子ちゃんは困ったように目を逸らす。恥ずかしいとかそういう感じじゃない。

 あ、やらかしたこれ。絶対やった。どうしよう。

 オレが半ば察していると、桜子ちゃんはこっちに向き直して


「あの、ごめんなさい。私、好きな人がいるの」

「あ、そうなんだ」

「うん。ごめん……」

「いやいや、オレこそなんか変なタイミングで告白してごめん」

「ううん、そんなこと……」

「いやオレが悪いって、うん」


 はははと笑い飛ばす演技をして、訪れる沈黙。あぁ消えたい。今すぐ家に帰りたい。時間よ、巻き戻ってはくれないか。でもそんなこと起きる訳はない。


 ……マジか。そっか、そっかぁ。

 気まずい空気の中、相変わらず困った顔の桜子ちゃんと、泣きたいオレ。なんでオレは告白したんだ。もっと色々考えてからするべきだろ。いやでも結局振られてたかも。


 取り敢えず、桜子ちゃんの家までは送っていこう。傘差し伸べたし、桜子ちゃんに風邪引かせる訳にはいかないし。……いやでも告白してきた奴に家まで着いてこられたらなんか、嫌か。怖いか。……どうしようか。


 困っていると、桜子ちゃんが口を開いた。


「あの」

「あ、なに?」

「えっと、その、送ってくれてありがとう。私家そろそろだからここでいいよ」

「あ、そう? でも濡れちゃうし、傘……」

「だ、大丈夫。……またねっ」


 走り去っていく桜子ちゃんの背中を見つめていると、ぽつんと一人残されたオレの惨めさが募る。

 ……そんなに嫌だったのかな、オレの傘。いや違うか、傘借りたら返さなきゃなんないからか。あー、相合い傘でウキウキしてた瞬間に戻りたい。ワンチャンいけるかもとか、ラブラブしながら帰宅したいとかいう夢を見たオレのばか……。ていうか、本当に桜子ちゃんって好きな子いるのかな。そうは見えなかったけど。断りやすいからああ言ったんじゃ……。


 なんて考えている内に雨足が弱まって、しまいには太陽が出てきた。

 なにこれ。もう帰るまで雨でよかったって。いやでもそれだと桜子ちゃんが濡れて帰ることになってたから、いいのか。いやでも


「あ〜っ、気分晴れねえ〜!」


 晴れるなら初めから晴れといてくれよ。今晴れてもらってもオレの気分は晴れねえんだよ! 何ならオレの気分も一緒に晴らしてほしい。明日から桜子ちゃんと会うの気まずいよ〜!



 けれども心の中で泣き叫んだところでどうにかなる訳はなく、オレは落ち込んで帰宅した。


「あ……オレの好きなアイス」


 冷凍庫からの慰めか。多分今日の数少ない幸せ。ソーダ味のそれを口につっこんでソファに寝転がる。シャリシャリしててうまい。


 今日は一夏の淡い……いや、苦い思い出が出来てしまったな。けど、桜子ちゃんと相合い傘できたことは嬉しかった。それは紛れもない事実だ。……明日友達にでも自慢してやろ。

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