脱走女王 親愛なるあなたへ、お暇させていただきます。
中世ヨーロッパに近い文明を持ち、だけど魔法が使える世界ロクォゼア。
その王国の唯一の子、王女として生まれ育ち、女王となった一人の女性の物語。
中世ヨーロッパに近い文明を持ち、だけど魔法が使える世界ロクォゼア。
その王国の唯一の子、王女として生まれ育ち、女王となった一人の女性の物語。
「レナ」「レナ!」
温かい両親の笑顔と優しい声。私を呼ぶ声を思い出す。
遠い昔の記憶。
兄弟は他になく第一王女として生まれたオニレカナは、6歳の時に前世の記憶を思い出した。
前世は30代半ばでOLをしており、そろそろ結婚したいと思いながらも交通事故に遭い他界した。
ロクォゼアに生まれ変わり記憶を取り戻した後も、厳しい英才教育を受けながら王女として過ごしてきた彼女は、幼少期から彼女を支え最も信頼する騎士クィンサーと18歳で結婚し、この魔法の王国ロクォゼアの女王となる。
だけど、そんな彼女は政治面での不安を毎日募らせるのだった。
「…カナ様!…オニレカナ様!」
執務室の椅子でうたた寝していたオニレカナは目を覚ます。
「ごめんなさいね、つい、うたた寝をしていたみたい」
「毎日お忙しいのにご無理をされますから、お疲れなのでしょう。」
オニレカナの側近が気遣わし気に声を掛ける。
睡眠不足で顔色悪く、気だるげに答える女王。
「まだやらなければならない事がたくさんあるわね。えぇと、どこまで進んだかしら…。」
「あまりご無理をなされますと倒れてしまいます。もう少し休まれては?」
「いいのよ…、執務が残っている状態では返って気になってしまうの…。」
オニレカナは女王になってからと言うもの、執務に追われており睡眠もあまりとれていない。
と言うのも、結婚する少し前、両親である国王夫妻が隣国へ訪問する際に野党に襲われ亡くなったためだ。急な王位継承だったにもかかわらず、ロクォゼア王国が傾かずにいられるのは女王オニレカナの地道な努力によるものだ。
貴族を束ね、女王となった彼女は伴侶、元騎士のクィンサーと婚姻したが、騎士上がりのクィンサーには騎士として知識を生かし自治をすることは出来ても、国の統治という部分ではあまり頼りに出来なかった。
「…コンコンコンッ。」
扉のそばに居る衛士に目配せし、来訪者を招き入れるとクィンサーが入ってきた。
「オニレカナ。ガウケ伯爵がピネ街の収支報告書について相談してきた件だが、まだ返答がないと私のところに苦言が来た。」
「クィンサー。ごめんなさい、まだ時間が取れないの、別件でやることがあって。」
「だがもう2週間経っている。」
睡眠不足で上手く頭が回らないオニレカナは頭を片手で支え、考えるようなそぶりをみせる。
(…どうせ貴族間のただの嫌がらせでしょうに…。)
「ねぇ、クィンサー。あなただったらそれをどうしたいいと思う?」
「私は騎士上がりだから、収支のことはよく分からない…。」
問題を報告に来るだけで、提案や改善策を言わないクィンサーに少しイライラとして投げやりな答えを返してしまう。
「だったら収支報告書を役場で一般の人にも閲覧出来るようにしたらどうかしら。」
「そんな事をしたら貴族の反発心を抱くだけだぞっ!」
カッとして声を荒げながらクィンサー言う。
「…冗談よ、ロッソ。陳情書をそこに置いておいてちょうだい。」
「…かしこまりました。」
クィンサーから陳情書を受け取り執務机に置く側近ロッソ。
「レナッ!」
不服そうにクィンサーが呼ぶが、片付かない仕事と増える問題に、オニレカナは震える手でクィンサーを拒絶した。
「…っ!こういう時にだけ“レナ”なんて呼ばないでっ!もう今日は一人にさせてくださいっ!」
今回の様なやり取りは珍しくはない。
執務室を出て、自室に戻ったレナは自責の念に狩られる。
「どうしていつも喧嘩ばかりになるの…。」
執政のことになると決断をいつもレナに委ねてくるクィンサーに苛立ち、喧嘩になる事からの悲しみ、また決断したことへの正解がいつもなく不安が重く積もっていく。
「今は城下の治安が悪くなっていることへの対策を急ぎたいのに…。これ以上治安が悪くなるようであれば城下町への出入りを固く禁止しないといけなくなる。もう無駄な法律や書類上のやり取りなんて増やしたくないわ。だけど忙しすぎてもう無理…一体どうしたらいいの。」
オニレカナは王女として生まれてからほぼ城下へ下りずに生きてきた。前世は日本人で庶民だったが生活が違いすぎる。
「一度でいいから城下へ下りて市井の生活が知りたい。どうやって生活しているのか、今何に不安を感じているのか…。」
何度も何度も繰り返し考えては、ダメだと自分に言い聞かせてきたことがオニレカナにはあった。
それは子供が出来る前に市井に交じり、生活をしてみること。
前世では元々庶民だ。今の王城生活の方が違和感しかない。女王が城を抜け出し、市井に交じるなどあってはならない。そんなことは無責任だ…そう思うのに、ダメだと思う一方、自分のやって来た事が本当に民や貴族のためになっているのか。毎日そんな不安しかない。
貴族は顔色を窺い、美辞麗句を並べ立て、そして嘘を付く。本音を隠さない市井の民の声を聞きたい。オニレカナはずっとそう思っていた。
準備は元々少しずつ始めていた。
メイドのドレスをわざと紅茶で汚し、側近に頼みメイド服を新調するように依頼。体格はオニレカナと同じような女性だ。本人に手渡すので預かると言って、新しいメイド服が届いたのは最近の事。
即金になるような銀皿やカトラリーも少しずつ集めていた。脱出ルートは王家にしか伝わらない通路がある。城下におりるなら今しかない…。悩んで悩んでオニレカナは筆を取り、クィンサーへ書置きを残して部屋から消えた。
「あった。ここだわ。…ふふ懐かしい。」
庭園の散歩がてらに教えてもらった両親からの脱出ルート。王城のガゼボには中央に四角いテーブルがある。テーブル裏の窪みを引っ張るとかちりと音がする。下水道へとつながる階段がゴゴゴと音を立て現れる
階段を見下ろしながらオニレカナは思い出す。
結婚の誓いをしたのもこの庭園だった。小さな頃から側に仕えて来たクィンサーが好きだった。両親の死がなくとも彼を伴侶に選んだだろう。
結婚の申し出だって、使者伝えで、自分の口から言う事すら敵わない。
だけど、それでもオニレカナは本当に嬉しかったのだ。クィンサーと結婚できることが。だけど、クィンサーの口から出た言葉は彼女を酷く惨めな気持ちにさせたのだった。
思い出しながら一人つぶやく。
「レナ。私は騎士としてあなたを守ることを幼いころ誓いました。これからは夫としても貴方を守り仕えることを事を誓います。」
自嘲気味に笑いながらオニレカナは涙を零した。
「クィンサー…。…仕えるだなんてそんな風に言わないで…。私は…。私は…っ!」
どうして平凡なOLだった自分が女王なんて大役を背負っているのだろう。分からない。
「だけど、このまま迷いつづけてもいい未来なんて描けないわ。」
そう思い、彼女は城下へ進むのだった。
翌日、鍛練場にいたクィンサーに一通の手紙が届けられる。
「ディア クィンサー。しばらくお暇をいただきます。執政を貴方にお任せ致します。」
城下町の一角に店を構える宿屋には2週間前ほど前から住み込みで若い女性が働き始めた。歳の頃は二十歳過ぎと言ったところか。宿屋の奥さんにはお腹の中に新しい命が宿り始めていることから、人手を増やしたかったところに住み込みでの募集を掛けた。
「レナー。3番テーブルの料理出来たわよ。」
「はーい。ただいま!」
「レナ。お客さんのお通しお願いできるか?」
「5卓片付けます!お客様、すぐご案内しますので少々お待ちくださいませ!」
宿屋といっても食堂も併設しているため、時間帯によっては混雑している。オニレカナは、レナと名乗りこの宿屋に住み込みで働かせてもらっている。お昼の忙しい時間を過ぎたころ、少しずつ人が減り、店内も落ち着いてきた。
「はぁ…毎日忙しくて悪いわね、レナ。」
「とんでもないです!ここで住み込みで働かせてもらえて助かっていますから!」
「ノーラさんは、お身体は大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫!と言っても、動き回れる訳じゃないから、レナが配膳や片付けなんかを手伝ってくれるだけでも大助かりよ。」
「それなら良かったです。」
宿屋の奥さん、ノーラは歳は30手前くらいの恰幅のいい女性で、髪を三つ編みで1つに束ねている。快活な女性でレナとは女性同士気も合う。旦那さんのネルさんは、こちらも恰幅のいい男性でお腹周りを気にしつつたくさんご飯を食べる人だ。2人も穏やかで優しい人たちだ。
レナは前世で働いていた飲食店の事を少し思い出す。こんなに優しい人たちではなかったけど、気のいいバイト仲間と休憩室で談笑していたころが懐かしく思えた。
(……王女として生まれた時には前世の知識なんて四則演算くらいしか役に立たなかったけど、アルバイトの経験がこんなところで役に立つなんて…。)
人もまばらになったころ、店のドアベルが音を立てる。
「チリン、チリン。」
「いらっしゃいませ。」
入って来たのは街の警備兵の格好をした20代半ば頃の背の高い男性だ。地味目な出で立ちとは真逆に顔立ちはかなり整っている。レナが働き始めた数日後くらいから宿屋に食事をとりに来るようになったらしい。
この青年の名前はクオンと言い、最初はおどおどとした感じでにぎやかな食堂に慣れない風だったが、レナが接客をして以来ほぼ毎日顔を出すようになっている。最近は人が減り落ち着いた時間に食べに来ているようだ。
「いらっしゃい、クオン。今日はドードー鳥のソテーがおすすめよ。」
「あぁ、じゃあそれを頼むよ。」
「かしこまりました。日替わりAをお願いしまーす!」
「はいよっ!」
レナが配膳するとクオンはテーブルで食事を始める。警備兵の食事なんてガサツなだけだが、この青年はいつも上品な所作で食事をする。
(本当はとてもいい身分の方なのかしら…。)
レナはふとそう思った。
翌朝の早朝、レナは市場へ店の買い出しに行く。
市井の生活を知るためにレナはネルに頼み、市場など何度か連れていってもらっていたが、文字は読めるし、計算も出来ることからレナに任せてもらえるようになっていた。
最近の気がかりは塩の高騰。といってもここ最近の事ではなく、市場へ出かけた際に街の人々が口々に零している不満だった。
「また塩の値上がりかい?」
「あぁ、そうなんだよ。量は同じだけ入るんだが、値段が上がっていてなぁ。こちらも商売だから値段を上げざるを得ないんだ。すまないな。」
「だけど、同じだけ入荷出来るのになんだって値段が上がっていくんだい?おかしなことだよ。」
「それがどうも積み荷を狙った盗賊が頻繁に出ているらしいんだ。」
「それで積み荷を取られているからってことかい?」
「いや、そうなら塩が入手し辛くなるはずなんだが、そうでもなく…。」
「なんだってんだい。全く!」
こんなやり取りがあちらこちらで毎日の様に聞こえていた。塩の生産地と言えばガウケ伯爵領のピネ街だ。城を出る前にクィンサーの話と陳情書をもっとよく知っておけばと後悔する。
(何か伝えたいことがあったのかしら…。)
倍とまでは行かないが、塩の値段がここ数カ月で1.5倍くらいの値段になっているらしい。政務を行っている時に他にも物価の上昇について財務大臣から言われていたが、執務の多さからどの項目がどれくらいとまでは覚えていなかった。
(宝石類のものは貴族間でも問題になっていたけど、食品になると別問題だわ…。他国の介入もないのに我が国だけでこんなに値段があがるなんて確かにへんね。)
レナは時々行商人にも話を聞き、塩や穀物などが多く外国に流れていくようになっているか聞いていたが、そんなことはなくいつも通りだという。もちろん城で執務を取っていた際にも特に特筆すべきことはなかった。
買い出しを終え、一人で悶々と考え込みながら歩いているレナに声を掛けてくる青年クオンがいた。
「おはよう、レナ。朝早くから買い出しかい?」
「ええ。朝早くに買い出しに行かないと新鮮な野菜が買えないからね。」
「そうなんだ…。忙しすぎじゃない?身体を壊してしまうよ?」
「大丈夫よ。私、今の生活になってから頭痛や眩暈が減って、体力もついたし、なんだか元気になって来たの。」
「……そうなんだ。」
晴れやかな顔をしているレナとは対照的にクオンの顔は曇る。
「貴方こそ朝早くに警備のお仕事なの?」
「あぁ、そんなところだよ。」
「いつも街を守ってくれてありがとう。」
「いや、俺はそんな…。」
クオンは美麗な顔立ちと対照的に少し口ごもりながら喋る。そんな雰囲気がクィンサーと被り、どことなく親しさを感じてしまう。
「そういえば何を真剣に考えながら歩いていたの?」
「そうね…最近物価の上昇が酷いみたいなの。特にお塩の高騰が続いているみたいだわ。運ばれてくる量には変化はないみたい。あ、そう言えばピネ街の辺りに行商人の積み荷を狙った盗賊が出てくるらしいの。クオンは何か知らない?」
「盗賊?ピネ街といえばガウケ伯爵領だが…そんな報告は聞いてないな。確かなのか?」
「えぇ、行商人の人たちにも聞いてみたの。確かに盗賊が出てるみたい。だけど、この町の行商人の人たちは今のところ一度も襲われたことがないそうよ。」
「特定の行商人だけを狙った盗賊ってことか?そんなのあり得ない。」
「そうね、なんだかおかしいのよ。」
「……そうだな。俺も他の情報がないか確かめてみるとするよ。ありがとう、レナ。」
「そんな!私は別に。変だなって思っただけよ。」
「変だと思ってそんなに色々な人に話を聞く人も珍しいよ。」
あははっとクオンに笑われ、顔を赤らめるレナ。重たい荷物をさりげなく代わりに持ってくれるそんなクオンにレナは恋心を抱くのだった。
(…だめね、私。ちゃんと好きになって結婚した人がいるのに…。)
少し俯いて歩いているとネルの宿屋の前まで近づいた。
「もう、この辺りまでで大丈夫よ。荷物、ありがとう。」
「どういたしまして。」
クオンから買い出しの荷物を受け取る。すると、レナの前髪にすっと花飾りがついたピンが差し込まれた。
「なぁに?これ。」
「良かったら受け取ってくれないか。守護の魔法がかかっているんだ。」
「魔法がかかったアクセサリーなんて高いんじゃ…。」
「大丈夫、俺のお小遣いで買える程度のアクセサリーだから。」
「そう?本当にいいの?…ありがとう、大切にするわね。」
そう言うと、クオンは照れくさそうに頬を染め、鼻の頭をかいた。
(クィンサーも照れ隠しをする時に鼻の頭をかくのよね。)
「じゃぁ、そろそろ戻るわね!」
「あぁ、また。」
レナと別れた後、名残惜しそうに宿屋の扉を見つめるクオン。クオンの側に町人風情の男と警備兵の男性が近づく。
「気取られていないな?」
「「はっ。」」
「このまま警備を怠るな。」
「御意。」
「クィンサー様、この後はどちらに…。」
「ここではクオンと呼べ。気になることがある。城に戻る。」
「承知いたしました。」
さきほどの2人は別に、やはり市井に紛れた護衛が数人、さっと移動し始める。
オニレカナが城を出てから3日後、クィンサーの元に報告が入った。オニレカナが市井に混じり働いていると。
当初は驚き、彼女への無責任さと愚かな事をしていると苛立ちもあったが、執政を一部代わりにやるようになってからは自分の決断が正しいか迷うこともあり、ロッソを始めレナの側近たちに相談していると、オニレカナもそうやって相談しに来ることが多いとロッソに言われた。
王政だから執務としてやることは多い。だが、すべての王がそんなに真面目なわけではない。オニレカナは一つ一つ丁寧に、側近や信頼のおける貴族に相談しながら執務をこなしていると、この時初めて聞いた。
まだ18歳だった彼女がいきなり王位を継承し、執務をこなすという事は並大抵の努力では出来ないのだと、ロッソは処罰を覚悟したような顔で震えながらも進言した。
彼女を側で守ると誓ったのに、彼女の不安な心に耳を傾けず追いつめていたことに気づき、クィンサーはすぐ自分を恥じた。
市井に降りた彼女がどうしたいのか分からず警備兵の格好をして近づき、話をしていたが、結局市井に交じっていてもオニレカナは為政者のままで、民が何に不安を持ち何に怒り、何を望むのか、それだけを考えていた。
(……愚かだな、私は。自分が何者かも伝えられていないのに。)
クィンサーは騎士としてオニレカナに仕えて来た。結婚してからもその延長線上にいると思い込んでいた。だから、彼女の側に立ち悪いものから守ればいいとそう思って来た。結婚してからのオニレカナはいつも不安そうで顔色も悪くいつも仕事をしてばかりだった。そんな彼女に遠慮して更に距離が遠のいていたことに今更気づく。
レナとして振舞う彼女の側にいると、オニレカナはこんなに明るい女性だったのだと知った。そんなレナと一緒に居ることで今まではなかった一緒に居たい、自分を見つめてほしいと思うそんな自分の気持ちを知った。
「はぁ…。見守るだけがこんなに辛いなんて知らなかったな。」
クィンサーは警備兵の服装をしているが、王家に伝わる姿を変える指輪を使用してる。魔力の使用量が多いため、誰でに扱える代物ではないが、元々騎士として優秀だったためオニレカナの近衛になれるクィンサーにはお手の物だ。
顔立ちは地味目にしてあるが自分の顔をベースに髪やの色の色合いをいじるなどをしている。大きく顔立ちを変えるとなるとよほどの近しい人間で顔や背格好を覚えていないと変化できない。つまりはイメージ出来ないと姿が変えられないのだ。
レナに持たせたのは守護の守りのアクセサリーなんかではない。彼女の位置が分かるように追跡の効果が付いたアクセサリーを持たせたのだ。
嘘を付いて渡したアクセサリーを喜んでいたオニレカナの顔を思い出す。彼女に知れた時に何とも気まずい気分になることをクィンサーは憂鬱に思うのだった。
そして何度追い払っても、すり寄るような下卑た顔をしながら近づいてきたガウケ伯爵を思い出す。
「さて、気になる情報も入ったことだし…。盗賊退治ならお手の物だ。」
クィンサーはにやりと口の端を持ち上げ独り言を言うのだった。
それからまた数日後、早朝いつもの様に買い出しをしに行くレナ。相変わらず塩の値段は高騰したままで、行商人の人たちも自分たちは盗賊に襲われたことはない。そもそも盗賊なんて本当に出るのかと言う話になっていた。
レナはその話を聞き、一体どこのキャラバンが襲われたのか確認するも、誰も知らないという。一つ確実に言えるのはガウケ伯爵お抱えの商人のキャラバンが襲われたという事だけは周知のようだ。
そんな考え事をしているとネルの宿屋までたどり着く。
「ネルさん、買い出し終わりました。荷物ここに置いておきますね。」
「あぁ、ありがとう。」
「私、客室の掃除をして来ますね。」
そう言って、2階の客室へ向かおうと階段を上りかけたら、ノーラが2階から顔を出した。
「客室の掃除は私がやっているから大丈夫よ。」
「あ、私が代わりますよ。妊婦さんなのに大丈夫ですか?休んでください。」
「大丈夫、大丈夫!少しは動かないと!」
「それなら私、ネルさんを手伝いますね。」
「えぇ!それより…最近、街が物騒みたいだけど、買い出し大丈夫だった?」
「あぁ、物取りや人さらいみたいなのが出るようだね。」
ノーラとネルが心配そうに尋ねる。
「大丈夫ですよ、私こう見えても結構たくましいですから!」
「あまり無理をしないでね。」
「わかりました。」
元気そうに振舞えば、夫妻は少し安心したような表情になった。
「さ、昼時に備えて下ごしらえしないとな。手伝ってくれるか?レナ。」
「はーい。ただいま!」
昼を過ぎ、食堂の客も減ったころ、軽く掃除をし始める。
(クオン、今日は来なかったわね…どうしたのかしら。)
ここ数日、毎日の様に通っていたクオンが来ない。仕事が忙しいのだろうと思う反面、彼の顔を見れないことにレナは寂しさを感じた。
(いけない。今は塩の高騰と、盗賊の事を考えなきゃ。)
その他、心配事はないか市場やネル夫妻にも聞いてみたがこれと言って特になく、問題ないと言われた。そんな事を尋ねるなんてお役人みたいね!なんて言われて、レナは恥ずかしそうに顔を赤らめたことを思い出す。
このロクォゼア王国は他国に比べ税が軽く、市場も活気ありとても生活がしやすいのだそうだ。それはオニレカナの両親、前国王の治世より更に前から続いていて、現在に至るまで変わらず移住者も多い。もちろんすべての移住者を受け入れられるわけではない。そうした諸々のことが長い治世と共に整備され、とても過ごしやすい国として知られているようだ。
(…睡眠不足でも頑張って来た事は無駄じゃなかったのね。)
レナは、今までの自分の頑張りも無駄ではなかったことを知り、少し胸がじんとして涙が出そうになった。
「レナ?大丈夫かい?具合が悪いなら休むか?」
「あ、いえ。私、裏にゴミを捨てに行ってきますね!」
「ん?あぁ、頼むよ。」
涙がこぼれそうになる目を少し擦り、レナは店の裏のゴミ捨て場に向かった。
ゴミを捨て終わり、手を軽くぱんぱんと払うと、レナは店に戻ろうと振り向く。
そこへ3人のごろつきの様な男が立ちはだかった。
「きゃあ。」と叫ぶ間もなく、口を布の様なもので覆われ、連れ去れれるレナ。周囲には人気なく、付近にはレナの靴が片方だけ転げ落ちていた。
レナがゴミ捨て場に向かったすぐ後、クオンがネルの宿屋に入店する。
「今日はレナは休みなのか?」
入るや否や、店主に質問を投げかけるクオン。
「いや、今ゴミ捨て場に向かったんですが、会いませんでしたか?」
「いや、会ってないな。」
ノーラが心配そうな顔でネルに話しかける。
「ちょっと戻るのが遅いんじゃないかしら…。あんた、見てきておくれよ。レナは可愛いからさ。人攫いに遭わないか気が気じゃなくて。」
「あぁ、そうだな。クオンさん、すまない、ちょっと失礼するよ。」
「いや、いいんんだ。それより私も一緒に向かおう。」
「なら、一緒に行こう。」
「ああ。」
ネルとクオンがゴミ捨て場に向かうと、レナの靴が片方だけ落ちている。付近には人気が無い。クオンはすぐに異変に気付いた。
「店主。この靴はレナの物で間違いないか?」
「あ、あぁ。なんだって靴が片方だけ…。まさか本当に人攫いにあったっていうのか?!」
とたんに慌て始めるネルに、クオンは声をかける。
「落ち着いてくれ、店主。レナがゴミ捨て場に向かってからどのくらい時間が経ったかわかるか?」
「店の前の掃除もしてたが、合わせても半時も経ってはいない。そんなに時間は経っていないはずだっ。」
「分かった。ここから後の事はこちらに任せてもらえるだろうか。」
クオンの表情にはかなりの焦りが見えるのに、なぜかひどく冷静を装っているようにみえる。ネルは不思議そうに思いつつも、警備兵のクオンに任せるしかないと思うのだった。
「私の方でなにか他に手伝えることはありますかい?」
「いや、今から追っ手を掛けるので大丈夫です。それよりレナが店に戻ってくる可能性もあります。奥方と一緒に待っていてはいただけないでしょうか。」
「わかった…。すまない、レナを頼みます。」
「もちろん。」
ふっと笑うと同時にクオンは王城に向かって駈け出した。
「鷹、猫、状況の報告をどうなっている。」
クオンが誰に向かうでもなくそう声を掛けるとすっと一人の男が側に近づき、クオンと並行して走り始める。
「猫はオニレカナ様を尾行しております。お助けしたかったのですが、オニレカナ様に姿を現していいか迷ました。申し訳ございません。」
「いや、いい。私の指示不足だった。レナはどこへ向かっている?」
「さきほど烏の報告がありまして、どうやら向かった先は…。」
「分かった。やはりか…。」
「いかがいたしましょうか。」
「烏へ伝えろ。ロッソへ馬車を用意しておくように。」
「御意。」
鷹と呼ばれた男は、クオンから離れまた街に溶け込んでいくのだった。
(レナ…無事でいてくれ…。)
全速力で走り続け心臓がつぶれそうになる。少しでも早く助けに行きたい。そう思いながらクオンは走るのだった。
郊外のとある貴族の館でレナは拘束されていた。
ネバついた赤ら顔の男は、身なりこそ良いものの、不機嫌面でカウチに座っていた。
「ふんっ。その女か。塩の値段を聞きまわっているのは。」
不機嫌そうな顔でそう言ったのは、レナには見覚えのある顔だった。そう、ピネ街の収支報告に陳情書を出してきたガウケ伯爵だ。
確か、直近で出してきた陳情書はピネ街の塩が近頃生産不足で税を軽くしてほしいとの内容だったか。
流通量は変わらないのに生産不足とはどういうことなのか、これは益々きな臭い。
レナがそう思っていると、ガウケ伯爵の手下の一人が口を開く。
「はい、この女、行商人に塩の量だとか価格だとかを聞いていました。間違いありやせん。」
「そうか。おい、女。なぜそんな事を嗅ぎまわる?」
ガウケ伯爵にそう問われ、正直に答えることも出来ないためレナは少し俯く。が、思い切って今までの疑問を言葉にする。
「ガウケ伯爵、あなた盗賊が出ると言って塩の値段を不当に釣り上げているのね?」
図星とばかりにガウケ伯爵はカッと顔に朱を上らせるとレナの頬をバチンと叩いた。
「目障りな女めっ!大人しくしていればいいものをっ!」
「旦那、目障りならこの女見れば可愛い顔をしていやすし、奴隷にでもして売ったらどうでやすか?」
「おい、滅多なことをいうんじゃない。まったくお前たちは馬鹿だが言う事を聞くから置いてやっているというのに口が軽い。」
「すいやせん。」
へへへと3人の男たちがガウケ伯爵に媚びを売るようなしぐさをする。
「まぁ、聞かれたからには仕方ない。奴隷にでも落ちてもらうしかないが、な。」
ロクォゼア王国というか、近隣の王国でも奴隷は禁止されていて、ごく一部の国でしか認められていない。塩のことだけではない。ここ最近の人攫いや盗賊と言った治安の悪さも、ガウケ伯爵には叩けば埃しか出てこないような後ろ暗いことが沢山あるようだ。
そんな事を考えていると俯いたレナの顔をガウケ伯爵がじぃっとのぞき込んで来た。そして少しの間を置いて口を開く。
「お前たち、この女は本当に城下で働いていたのか?」
「「へい、間違いありやせん。」」
「そう…か。なら気のせいか。…おい!この女を閉じ込めておけっ!(この顔、似ているがまさかな…?)」
「わかりやした。」
そしてレナは半地下の薄暗い物置に閉じ込められたのだった。
レナは何とか拘束された腕だけでも解けないか試していたが、取れないことを知り諦めた。
「どうにかしてここから出られないかしら。みんなに心配をかけてしまうわ。」
夕暮れになり、半地下の物置部屋はさらに暗くなっている。
ものを積んだらかろうじてのぞき込める小さな格子戸付の窓があるため、小屋の中にあった大き目な木箱を動かし、よじ登る。
背伸びをしてのぞき込むと、遠めにガウケ伯爵邸の正門が見えた。
日暮れ前だと言うのに、豪奢な馬車が止まり正門が開くのが見えた。さらに見ているとその馬車から出て来たのはクィンサーはだった。
「どういうことなの?」
馬車が付き、クィンサーが降りてくるやいなやガウケ伯爵邸のメイドや執事が慌てて飛び出してくるのが見える。そして邸内はにわかに騒がしくなって来た。
ガウケ伯爵は突然の来訪者に驚いていた。国王クィンサーが先ぶれなしに尋ねて来たのだ。
「王陛下。突然訪ねてこられるなどいかがされましたでしょうか。」
ごまをするような手つきでガウケ伯爵は手をすり合わせる。
クィンサーはその姿を一瞥して、答える。
「なに、我妻がこちらへ連れ去られたのを聞いただけだ。どこにいる?」
その言葉を聞くや「ひぃ!」と小さく叫んだ後、ガウケ伯爵は腰を抜かした。
「ま、まさか…似てるとは思ったが、そんな…ばかな…。」
ぶつぶつと独り言を言いながら頭をかかえうずくまり始めるガウケ伯爵。
そんなものにはお構いなしに脚を進めるクィンサーは「猫」と声をかける。すると一人のメイドが近寄り頭を下げた。
「案内をしてくれるか。」
「御意。」
猫と呼ばれた女性は、クィンサーの少し前をゆっくりとそれでもスピードは速く、床をすべるように歩き始めた。
騒がしくなった邸内に不安をいただきつつもドアの側で付近の声や音に耳を澄ましていたレナは、ドアの付近に誰かが近づいてきたのを感じてドアから少し離れる。
ガチャガチャとドアノブの回される音と、鍵が外される音が聞こえた。
キィっと扉が開くと、現れたのは背の高い青年、クオンだった。
「クオン…?どうしてここに?」
「レナ…ッ!無事でよかった。心配したんだ。」
レナの肩に触れ、怪我がないか気にしている様子のクオン。状況が分からないと言った様子のレナに、説明をする。
「レナが連れ去られた後すぐにネルの宿屋に行ったんだ。君がゴミを捨てに行った後中々帰ってこないから、ネルさんと一緒に裏に回ると君の靴が片方だけ落ちていた。それで、人攫いにあったのじゃないかと思って…。」
「…探してくれたの?」
不安からの安堵、そして心配をして探してくれたことへの嬉しさからレナの目にはじわりと涙が溢れた。
「ありがとう…。クオン。」
「君が危ない目に遭っているのになかなか助けにこれなくてごめん。怪我はない?」
「えぇ。怪我はないわ。」
溢れた涙を指ですくい、拭うと、レナの目には真面目な表情で心配をしてくれている青年の顔が映った。それは、いつも幼い頃から自分の側に立ち騎士として守ってきてくれた彼の顔立ちによく似た、だけど、レナにはどこかおどおどとした自信なさげな青年クオンでもあり…。
「本当にありがとう。」
そう言って、彼の頬にキスをする。青年の顔はみるみる内に真っ赤に染まった。そして右のこめかみをポリポリと人差し指で掻く。そんなしぐさまで一緒だったのに何故今まで気づかなかったのか。レナは嬉しさと恥ずかしさと何とも言えない気持ちになった。
ガウス伯爵邸を出ると周囲はすでに衛士で包囲されていて、ガウケ伯爵とその手下は縄を掛けられ連行されているのがみえた。
その様子を見ながらレナは重い口を開く。これを伝えればガウケ伯爵の未来は閉ざされたも同然だ。
「……ガウケ伯爵なのだけど、奴隷商売にも手を付けているみたいなの…。」
「まったく君は…こんな時にまで…。分かった伝えよう。」
「ええ。頼りにしているわ、クオン。」
チクリと胸に刺さった言葉も今は腹も立たない。これできっとオニレカナは戻ってきてくれる。そうクィンサーは思った。
夜半過ぎ、ネルの宿屋にクオンと戻る。
「ただいま戻りました!」
「「レナ。心配したんだよ。」のよ。」
ずっと心配していてくれたのだろうか。誰もいない食堂にランプをつけて待っていてくれたようだ。
涙を流しながら戻ってきてくれたことを喜ぶネル夫妻に事のあらましをかいつまんでだけど伝える。助け出してくれたクオンにネルはお礼を伝え、また来て欲しいとギュッと握手をして別れを告げた。
クオンが去った後、ネルの宿屋にノックをする人が現れる。扉を開けるとそこに立っていたのはロッソだった。
「オニレカナ様…もうそろそろお戻りください…。貴方の支えとしてわたくし共では不十分だったと思います。ですが…。」
「心配をかけて悪かったわ、ロッソ。ずっと待っていてくれたのね。ありがとう。」
どこから見ても貴族としか見えないロッソと名乗る男性が傅くレナを見て、ネル夫妻は察したように告げた。
「いいのよ、この宿屋の事は。また人を募集するわ。」
「ああ、それにレナを目当てで来る人が半分くらいさ。レナがいなくなったらまた食堂のにぎやかさも落ち着くさ。」
「ネルさん、ノーラさん…私…!」
「大丈夫、なんとなくは…ね?だってあなたの手、とても綺麗で家事何てしたことないような肌のきめ細かさだったの。」
「なのにいきなり料理も店も手伝うんだから、不思議なもんだと思ってた!」
ノーラがレナの手をそっと包む。
「綺麗な手だったのにあかぎれでカサカサにしてしまってごめんなさいね。」
「…っ!とんでもないです!私が望んでここに来たのですから。」
少し胸を張りネルが言う。
「レナがどんな方だろうが、レナはレナだ。またここに来たくなったらいつでも来たらいい。クオンと一緒に。」
レナはネル夫妻の温かい言葉に涙が溢れて止まらなかった。そしてその様子を黙って何も言わず見守ってくれているロッソを見る。
「ありがとう。ネルさん、ノーラさん。…そして、ずっとそばに居てくれて見守ってくれてありがとう、ロッソ。私、戻るわ。」
初老を過ぎた頃だろうか、白髪交じりのロッソは涙と鼻水をたらしながら、うんうんっと頷き、鼻水をハンカチで拭った。
翌日もクオンはネルの宿屋に訪れた。
「レナは居る?」
少しだけ意地悪そうな顔をしながら宿屋の主人は答える。
「…レナは昨日で辞めたんだ。突然。だからもうここには居ない。」
その言葉にクオンは驚き、目を見張る。
ノーラが真剣なまなざしでクオンに伝える。
「早く探しに行ってやりな。あの子待ってるよ。」
「今度こそ逃げられないように手を放すんじゃないぞ!じゃないと今度ウチに来たらもう二度と返してなんかやらないからなっ!」
クオンはその言葉の意味が分かるようで分からない。戸惑うクオンにネルが一通の手紙を渡す。
「ディア クオン。ガゼボでお待ちしております。」
それは依然受け取った同じ便箋、筆跡で。ガゼボと言えば思い当たる場所など一か所しかなかった。
「早く言っておやりよ、王様。」
「なに…?」
「そうだぞ、王妃様がお待ちかねだ。」
クオンはその言葉を聞いてはっとした。
「わかった。ありがとう、色々と世話を掛けた。」
「いつでもお忍びで来てくんな!待ってるよ。うちの料理は世界一美味しいからね!」
そう言ってウインクする夫妻に手を振り、クオンは店を後にした。
王城へ着くと真っ先に向かったのは庭園のガゼボ。そこに一人の女性が立っている。
どことなく不安げで。そして、悲しそうに立っていた。
「クィンサー。長い間、留守にして申し訳ございませんでした。無責任に城を抜け出した私を恨んでいるでしょう。」
ギュッとドレスの裾を握りしめ震える手で告白した彼女は、それでも目を逸らすことなくクィンサーへ顔を向けた。
「恨んでなんかない…いや、最初はそう思った。だけど政務をやってみるとすぐに君の悩みが分かるようになった。そうしたら、今度は自分が恥ずかしくなった。私こそすまなかった。レナ…。君をこんなに苦しめていたことにずっと気づかなかった。」
オニレカナの長いまつげが震え、涙が零れる。
「いつも気になっていたんだ。結婚してから君は笑わなくなった。浮かない顔をしていた。なのに、クオンとして逢いに行った君は楽しそうで、いつも笑顔だった。私は一体どこを間違ったんだろうか。言ってくれないか、レナ…。」
俯いて硬くこぶしを握るクィンサーにオニレカナは近づき、告げた。
「ねぇ、クィンサー。結婚の時に私に誓ってくれた言葉を覚えてる?」
少し悩み、思い出しながらクィンサーはつぶやいた。
「…騎士としても、夫としてもオニレカナ、貴方に仕えますと。」
そう自分で言ってはっとし、クィンサーはオニレカナの顔を見た。彼女が悲しそうな顔をした理由にクィンサーはもう気づいていた。
「結婚の誓いをやり直すことは出来るだろうか、レナ。」
「やり直したい…とそう思った時、私達、いいえ、誰でも何度でもやり直すことは出来るわ。」
「そうだな…。」
「それで?どんな誓いを今度は立ててくれるの?」
騎士の誓いの様にまた跪こうとするクィンサーをオニレカナは止め、立たせる、そして両手を握り彼の目を見た。
「レナ。騎士としても夫としても、いついかなる時も貴方の側にいることを誓います。」
そう言ってオニレカナの目を見つめてくるクィンサーにレナは少し口ごもりながら言う。
「相談にも乗ってくれる?」
「ああ。」
「もう二度と仕えるだなんて言わないで。」
「ああ、約束する。」
「ただそばに居て、相談に乗ってほしかったの。私一人ではこの国の事なんて決められないわ。だからクィンサー…。」
「わかっている。すまなかった。本当に、すまなかった…。」
オニレカナを抱きしめると、そこにはただ22歳の華奢なか細い女性が腕の中にいた。
ロクォゼア王国の女王、仕えるべき相手だと思っていた女性は、ただの心細く悩みだらけのどこにでもいる普通の女性だった。
ロクォゼア王国の長い治世の中でも最も良き治世を敷いた時代がある。
それは、女王、国王とも貴族、民の声をよく聞き、最良はなにかと考え続けた夫婦が統治した時代だ。
それを知るものは数少ない。
ふとクィンサーは疑問に思いオニレカナに尋ねる。
「そういえば、いつから私だと気づいたんだ?」
「え?」
「ずっとクオンの姿でレナに逢いに行ってただろう?」
「…ふふ。内緒よ。」
そう言って口に人差し指を当てる。いつも浮かない顔をしていた彼女が、いたずらめいた顔で笑う。
少しでも楽しんでいただけたなら何よりです。