無表情で口の悪い専属メイドがわたしをかわいくする為にグイグイき過ぎて怖いけど、もっと怖い真実は別にあった件についてお話しします
眠い……?
違う……眠いわけじゃない。
目を開けてもそこには絶望しかない。
だから目を閉じているんだ。
昨日、家門の結び付きの為に愛してもいない男の妻になった。
そして今……
わたしは一人でベットにいる。
今頃使用人達が面白おかしく噂しているんだろうな……
部屋から出たくない。
夫である伯爵は今年で四十八歳。
あり得ないよ。
わたしはまだ十七歳なのに……
親よりも十歳以上年上の夫だなんて。
「はぁ……」
ため息しか出ない。
わたしが物語の主人公なら……
実は伯爵は絶世の美男だった……とか、実は伯爵の息子が結婚相手だった……とか。
でも現実はそんなに甘くはない。
わたしは地味で、アカデミーで二年間同じクラスだった人に名前も顔も覚えられていないくらい存在感が薄かった。
『メガネを取ったら実は絶世の美女でした』なんて事も物語の中だけの話だ。
地味な奴はメガネを取っても地味なんだから。
目は……二重なんだよね。
眉は三角で……
口はへの字に下がっている。
でも、眉は昨日の結婚式の時に整えてもらったから……
「はぁ……」
誰もいない部屋で手鏡を見てまたため息をつく。
やっぱり、眉を整えたくらいじゃ変わらないよね。
地味な顔だなぁ……
昨日はベールで顔を隠していたから、夫はわたしの顔を見ていない。
聞いた話だと夫は長い間、他国で何かの研究をしていたらしい。
研究に使う時間を無駄にしない為に結婚はおろか恋人でさえ一度もいた事がなかったんだって。
四十八歳まで……?
うーん……
噂通りの変な人なのかな?
でも、この伯爵家を継いでいた長男一家が不慮の事故で亡くなって仕方なく帰ってきたらしい。
それで子爵家の身分で婚約者のいないわたしに白羽の矢が立ったんだけど……
正直、全く期待していなかったわけじゃないんだ。
もしかしたら実際会ってみたら優しかったりするかも……なんて考えたりして。
でも……
昨日結婚式直前に初めて会って……
第一声があれなんて……
根に持つタイプだから一言一句しっかり覚えているよ。
『はぁ……研究もやめさせられて女と結婚なんて。……人生終わったな』だあ!?
それはこっちのセリフだよ!
ガリガリの身体で青白い顔をした、陰気で目の下にクマが濃くある性格最悪男と結婚させられる十七歳の乙女なんて……
わたしの方がかわいそうでしょ!?
しかも、式での口づけも拒絶されたし。
皆が見ている前で『時間の無駄だから帰る』って大声で叫んで、早歩きで会場からいなくなったんだから。
一人で残されたわたしがどれだけ惨めだったか。
驚き過ぎて涙も出なかったよ。
わたし……
これからずっとこんな夫と暮らしていくのか。
仕方ないよね。
それが貴族だし、結婚は家門の繋がりを作る為にするものだから。
愛が無くても耐えないと。
「奥様……お目覚めですか?」
メイドが一人、部屋に入ってきたね。
二十代後半くらいかな?
お化粧はしていなくて、わたしみたいな地味顔だ。
無表情だけどきっと心の中で笑っているんだろうな。
初夜に独り寝なんて、いい笑い者だよ。
あぁ……
涙が出てきた。
「奥様?」
メイドが相変わらずの無表情でわたしを見つめている。
呆れているのかな?
夫に見捨てられたわたしを哀れんでいるのかも。
「わたし……恥ずかしい……地味顔で取り柄もなくて夫からも見捨てられて……それなのに『奥様』なんて……」
ダメだ。
涙が止まらない。
こんな話をしたら陰で笑い者にされちゃうのは分かっているのに。
でも……
わたしに似た地味顔を見たらつい口から出ちゃって……
「奥様……わたしの事が……」
メイドがわたしの顔を見て驚いている。
しかも頭頂部から顎の先まで怖いほど真剣な瞳で見つめている?
まさか地味過ぎるわたしの顔に驚いているの?
あれ?
このメイド……
よく見たらすごく肌が綺麗で髪もツヤツヤだ。
「……あの」
そんなに見られたら恥ずかしいよ。
わたしは子爵家だけど領地がそれほど豊かじゃなくて……
結婚の持参金もやっと準備したくらいで。
だから良い化粧品とかも使った事がなくて、合わない安い化粧品のせいで肌がボロボロなんだ。
「奥様は伯爵家の女主人なのです。きつい事を言うようですが、そのようにずっとうつむいて生きていくおつもりですか? ずっと独り寝をし続けるのですか?」
「……え?」
それは確かにそうだけど……
女主人に対してそこまで言う!?
「変わりたいとは思わないのですか?」
「変わりたい……? わたしが? どうやって?」
「どうやってとは?」
「え?」
「奥様がこうなりたいと思う『自分』に変われば良いのです。奥様はいくらでもやり直せるのですから」
「こうなりたい……?」
「はい。伯爵家の女主人になったのです。対面維持費もかなりの額が支給されます。お見受けしたところ、今まで使っていた化粧品が肌に合っていなかったようですね」
「……え? ええ。使うたびに肌がボロボロになって……」
「とりあえず……湯浴みをしましょう。その後香油を使って全身をマッサージして……髪も毛先を十センチほど切りましょう。前髪もサイドから分けた方が良さそうです」
「え?」
「変わりたいのですよね?」
「……わたしみたいな地味顔が何をしても……わたしは物語の主人公にはなれないわ」
「奥様は地味顔ではありますが……つくり自体は良い方です。不思議な事に容姿に自信がつくと内面も変わってくるのですよ?」
「……え?」
「それに奥様の人生の主人公は奥様なのですよ? 他の誰が奥様の人生の主人公になるのですか?」
「……それは」
「旦那様を見返したくはないのですか?」
「見返す? わたしが?」
「まあ、見返すと言うよりはさらに好きにさせると言った方が正しいのかもしれませんが」
「……え?」
「式場での事を見ていました。旦那様は昔から言葉足らずで……」
「言葉足らず?」
「しかも不器用なのです」
「……え?」
「奥様……旦那様は女性に対する免疫が微塵もありません」
「……え?」
普通に悪口だよね?
「昔から女性が苦手で。研究をしていれば女性の相手をしなくて済むと……それで今でもあのような醜態をさらしているのです」
伯爵相手にかなりの悪口を……
このメイド……
大丈夫なの?
「申し遅れました。わたしはこの伯爵家の先々代の当主の私生児です」
「え? 私生児……?」
「はい。現伯爵はわたしの腹違いの兄です」
「はい!?」
そんな話は初めて聞いたよ!?
「父である先々代の伯爵が平民の母を身籠らせまして。わたしと母は離れに迎えられたのですが、使用人達からかなりいびられまして。あれから数十年……わたしもすっかり強くなりました」
「……え?」
いびられた?
伯爵の娘なのに?
「私生児は肩身が狭いのです。今ではあの頃の使用人達を全て追い出してわたしがメイド長をしております」
「……え? えっと……」
聞きたくなかった……
かなり怖い人なんじゃないの?
実質この伯爵家の女主人はこの人だよね?
「先月出て行った兄嫁とは気が合いませんでしたが、あなたとなら上手くやっていけそうです」
「……? 出て行った? えっと……不慮の事故で亡くなったんじゃ?」
「不慮の事故? 兄も兄嫁も生きていますが? この邸宅に居たくないと出て行ったのです」
「……え?」
まさか、この人がいびり出したんじゃないよね?
「わたしは義理の妹になりますが、今はメイド長としてこの邸宅に居ます。『お義姉様』ではなく『奥様』とお呼びしますので、奥様もわたしをメイド長とお呼びください」
「メイド長……?」
「ふふ。女性と目も合わせられない人が結婚だなんて……面白くなってきたわね」
うわぁ……
悪そうに笑っている……
すごく怖いよ。
わたし……
これから一体どうなっちゃうの!?
なんて不安だったけど……
「うわあ……バラのお風呂……」
すごく良い香り。
「奥様。今から香油マッサージを行います」
香油マッサージか……
気持ちいいんだろうな。
裕福じゃない実家では、した事が無かったよ。
ベットに横になって温めた香油でマッサージが始まったけど……
「ぎいやあああああ!」
痛いっ!
これはマッサージなんかじゃないよ!
「奥様、お若いのにこれは酷い……二十代の頃のわたしよりも詰まっていますね」
「痛たたたた! 詰まるって……何が? 痛いいいっ!」
「奥様……眉間にシワを寄せないでください。今は若いから良いですがわたしくらいになってから後悔しますよ?」
「え? 後悔? 痛ぁぁああいっ!」
「眉間のシワは怒っているように見えますからね」
「それは……そうだけど……痛いっ!」
「ふう……今はこれくらいにしましょう」
「はあ……はあ……メイド長はどうしてマッサージができるの?」
伯爵の血を引いているんだよね?
「伯爵邸を追い出されても生きていけるように努力してきましたから」
「……え?」
「まあ、今ではわたしを追い出せる者はいなくなりましたが」
「メイド長……?」
父親の正妻に嫌がらせでもされていたのかな?
その正妻が亡くなったからメイド長を追い出せる人がいなくなったの?
「……皆追い出してやりましたから」
……!?
また、悪そうに笑っている!?
……まあ、黙ってやられているような人じゃなさそうだけど。
さすがに父親の正妻を追い出すのは無理だろうから、追い出したのは使用人とかだよね?
あれ?
でも、さっき先代の伯爵夫妻が出て行ったみたいな事を言っていたような……
「奥様、それではお化粧を始めましょう」
「お化粧?」
「はい。本日の昼食は旦那様とお二人で……」
「え!? あの人と!?」
絶対嫌だよ!
「そうです。『あの人』とです」
あ、お兄さんに対して『あの人』は失礼だったよね。
「ごめんなさい……『あの人』なんて言って……」
「良いのです。わたしも『ゴミ野郎』とか『クズ野郎』とか呼んでいますから」
「え!?」
さすがに本人に直接は言わないよね?
……あ、この化粧品……すごく良い香りがする。
「奥様、次は髪をコテで巻きますよ?」
「あ、はい」
熱したコテを上手く使ってあっという間にフワフワカールが出来上がった。
メイド長は本当になんでもできるんだね。
「終わりました。鏡で確認してください」
鏡……か。
ずっとドレッサーの前に座っていたんだけど目が悪くて良く見えないんだよね。
「ごめんなさい。良く見えなくて……メガネがベットの辺りに……」
「そうですか。かなり目が悪いのですね。それで目を細めて睨んでいるように見えるのですね?」
「え?」
「旦那様もそれで誤解したのでしょう」
「誤解?」
「はい。ベール越しに奥様がずっと睨んでいたと頭を抱えておいででした」
「ええ!? そんな……あ、確かにメガネをしていなかったから目を細めて見ていたかも」
「若く美しい奥様を自分のような五十近い、親よりも年上の中年と結婚させてしまい申し訳ないとブツブツ呟いていたのですよ?」
「……え? そんな……だって……わたしみたいなのと結婚して人生終わりだって言っていたのに」
「はい。自分のような中年と結婚して、奥様の人生が終わりだと言っていました」
「え!? そんな……じゃあ……お互いに誤解していたの?」
「旦那様は不器用でして。特に女性に対しては目も合わせられないほど緊張してしまうのです」
「……わたし……嫌われていたんじゃなかったんだ……」
「良い事をお教えしましょう」
「……え?」
「遠くが見えないのならば近くに寄れば良いのです」
「近くに寄る?」
「はい。旦那様の膝に座れば目を細める必要はありませんよ?」
「ええ!? 膝に!? 無理無理! 絶対無理っ!」
無理だって言ったのに……
昼食の時間になって伯爵の待つ部屋に入ったら、メイド長に無理矢理膝に座らされたんだけど!?
伯爵の細い膝に乗って骨が折れないかな?
突然の事に伯爵が固まっている。
「クズ野郎、全部お前の勘違いだったぞ? 奥様はメガネが無いと良く見えなくて目を細める癖があるようだ」
メイド長!?
伯爵に向かってクズ野郎って言った!?
これは、さすがに怒るんじゃないかな?
伯爵の顔を覗き込むと目が合う。
「あっ!」
伯爵が真っ赤になって目を背けた?
メイド長の言う通り女性に免疫が無いみたいだ。
……少しかわいいかも。
「あの……わたし……嫌われているとばかり……誤解してしまい申し訳ありませんでした。それと……昨日はメガネをしていなくて良く見えなくて……睨むようにしてしまって本当にごめんなさい」
「え? ……いや、わたしも……昨日は、すまなかった。あまりにあなたが……愛らしくてどうしたらいいのか分からなくなってしまって」
「え? わたしは愛らしくなんて……地味顔だし、取り柄もなくて……」
「あなたは……美しい……今まで見たどの女性よりも……だから……緊張して……昨夜も……独り寝させてしまい……すまなかった。どうしたらいいか分からなくなって。わたしのような中年が麗しい乙女にどう接したらいいか分からなくて……だから……赦して欲しい……」
「わたしが……美しい?」
「あなたは嫌じゃないのか? わたしのような中年が夫だなんて……」
「……嫌ではありません。むしろ……かわいいです」
近くで良く見たらすごく優しい瞳をしているし。
「え? わたしが……?」
「わたし達は似た者同士なのかもしれませんね。自分に自信がなくてうつむいてしまう。ですが……それではいけないとメイド長に教えられました」
「……? メイド長……?」
「はい。義理の妹のメイド長です」
「……え? それは……?」
「え?」
「妹は一人しかいないが……十年以上前に亡くなっているし……」
「……え? 冗談……ですよね?」
……あれ?
近くに立っていたメイド長がいなくなっている?
じゃあ……まさか……本当に幽霊だったの!?
わたしはさっきまでの出来事を伯爵に話した。
とても信じてもらえないような話なのに伯爵はわたしの瞳を真っ直ぐ見つめながら最後まで話を聞いてくれた。
「妹は亡くなってからの十数年ずっとこの邸宅を守ってくれていたのか……」
「守ってくれた?」
「ああ。兄夫妻は横領をしていたらしくて。内部告発があり邸宅から出て行ったんだ。義理の姉は幽霊が……とか言って発狂していたようだが……まさか妹だったとは」
「メイド長は私生児だから苦労したと言っていましたが……」
「父とわたしだけが妹の味方をしていて……それ以外の家族は妹とその母親を嫌っていたんだ」
「そうでしたか……」
「今は……妹はどこに?」
「それが……姿が見えなくて……」
ん?
じゃあ、伯爵はわたしがこの部屋に入っていきなり膝に座ってきたと思っていたの!?
メイド長に無理矢理腕を引っ張られて座らされたのに。
恥ずかしい……
「そうか。わたし達が仲直りする姿を見て安心したのかもしれないな」
「……はい」
伯爵が膝に座るわたしの髪を優しく撫でると……
……!
柔らかい伯爵の唇がわたしの唇に触れる。
ドキドキが速くなる。
自分でも顔が赤いのが分かるくらい身体が熱くなっていく。
「大切にするよ。わたしは不器用だから……怒らせる事もあるだろうけど……これだけは言える。あなたを……あなただけを生涯愛します」
伯爵の身体が小さく震えている。
すごく誠実なのが伝わってきて心が温かくなる。
「……はい。すごく……嬉しいです」
もう一度伯爵の唇が優しく触れる。
青白い顔が真っ赤になって、わたしを見つめる瞳から愛を感じる。
あぁ……
すごくすごく幸せ。
メイド長のおかげだよ。
こうして部屋に戻って少し経つと……急に怖くなってくる。
メイド長は幽霊だったんだよね!?
初めて見たよ!?
って言うよりマッサージまでしてもらったんだけど……
「奥様、大丈夫ですか?」
……え?
この声は……
「メイド長!?」
「はい。わたしですが、何か?」
「何かって……あの……メイド長は……幽霊……あの……亡くなっているの?」
「……はい。そのようですね。父が亡くなった後すぐに父の正妻に毒を盛られました」
「そんな……」
「ですが、すぐに呪ってやったのでおあいこです」
「おあいこ?」
っていう事は……
命を奪ったの?
「昔の事です。さあ、奥様。今宵は旦那様と共に過ごされるのでしょう? 湯浴みをしなければ。その後は香油マッサージですよ?」
「ええ!? またあの痛いやつをするの!?」
「ふふ。全てわたしにお任せください。奥様専属のメイド長として頑張ります!」
「ええ!? いや、ちょっと待って!? この邸宅には生きているメイドもいるんだよね!?」
「わたし以外は生きていますが。それが何か?」
それが何かって……
相変わらず無表情だね。
「いや、目に見えないメイド長が専属メイドだと……他の人達からわたしには専属メイドがいないと思われちゃうんじゃないかな?」
「あぁ、大丈夫です。メイドの一人に霊感が強い娘がいまして、その者にはわたしが見えているのです」
「え? そうなの?」
「ですが、わたしが姿を見せるたびに恐がって泣きわめくのです」
「……まあ、それが普通だよね……」
「ですが奥様はわたしに怯えませんよね?」
それは、幽霊だからとかじゃなくてメイド長の人柄の方が怖いからだなんて言えないよね。
すごく怒られそうだし。
それに……
「メイド長が生きていようと幽霊だろうと……わたしにとってすごく大切な恩人に変わりはないから」
「……奥様」
「えへへ。伯爵の事……大好きになれそうなの。でも、どうしたらいいか分からなくて……だから……これからも色々教えて欲しいの」
「……はい」
メイド長の口角が微妙に上がった?
もしかして頼られて嬉しいのかな?
伯爵以上に不器用な人だったりして……
こうして義理の妹である幽霊がわたしの専属メイドになった。
わたしの人生の主役はわたし……か。
キラキラ輝く幸せな物語になるのかな?
このメイド長と一緒なら……そうなれる予感がする。