義心と疑心
私の父親はいつまでたっても帰って来なかった。日が経つにつれて心の疲労が蓄積していくばかりであった。母も憔悴してしまい、落ち込む時間が増えてきた。バイトのシフトを増やしても、家計は厳しくなる一方であった。いつの間にかお金の事ばかり気にするようになっていき、大学にも行かなくなり美香とも次第に疎遠になっていた。
暑さが収まり、彼岸花が咲くころになっても父は帰って来なかった。父はもう帰って来ないと考えた私は母や学費の事を考えて大学をやめることを決断した。
退学届を出すために久しぶりに大学に来た。噂はもう広まっているせいなのか、かなり視線を感じるようになった。以前は仲良かった康太も気を遣っているのか目を合わせても逸らしてしまった。教授の元へ向かう途中私に話しかけてくれたのは太晴だけであった。太晴は不安そうに私を見つめながら
「利弥、お前、大丈夫か?」
「太晴か、まぁいろいろあってな大学をやめることにしたよ。」
「そうか....残念だけど仕方ないよね。どんなことがあろうとも俺たち親友だからな。何かあったら連絡しろよ」
「太晴...ありがとう。」
いつもと変わらない太晴の様子を見て少しホッとした。事務室に入り、私は寺楠教授に退学届を提出した。寺楠教授は残念そうに「事情は聞いてるが君みたいな学生が大学をやめるのは残念だよ。」と言ってくれた。学生に冷たい態度を取ることで有名な寺楠教授だが、意外にも優しい所もあるんだなと感じた。
心残りはありつつも私は大学の校門をくぐり「今までありがとうございました。」とお辞儀をして、帰路につこうとした頃、美香に声を掛けられた。
「利弥君、久しぶり。...少し痩せた?大丈夫?」
「うん、大丈夫。」
「嘘つかないでよ。利弥君の姿見れば無理していることくらい分かるよ。」
「美香、もう一回だけ聞いていい?」
「うん。」
「俺のお父さんの事本当に知らない?」
「えっ、まだ疑っているの?」
「疑っているというか、父さんを苦しめたあの秘密を知りたいんだよ。」
「利弥君、秘密ってあの尊考の事?」
「あぁ、そうだ」
「そう...今まで私怖くて秘密とは関わらないようにしていたけど。利弥君がそこまで知りたいというのなら協力しようかな。」
「美香、そのことなんだけどさぁ。」
「うん、どうしたの?」
「俺、しばらく美香と距離を置きたいんだ。」
「えっ、急にどうしたの?」
「俺ずっと、美香に話したかったことがあって....」
私は美香に距離を置く理由を説明した。美香は最初かなり不満気であったが、渋々受け入れてくれた。
その後、私は2年間働いていたバイト先に向かいやめる旨を伝えた。店長はかなり驚いた様子であったがこれも将来の事を考えての決断であった。店長は最後に「困った時はいつでも戻ってこい」と名残惜しそうに優しい言葉を言ってくれた。その後自宅に帰り、母と今後について話しあった上で木恩を再び出ることを決断した。私は父親が逮捕された後に美香から教えてもらった仕事をやろうとしていた。その仕事とは、汚染大陸(イマルク大陸)の調査員であった。
イマルク大陸には80年程前まで約10億人住んでいたとの記録がある。しかし、大規模災害によって土地が汚染され、現在では人が住めない土地になっているという。どうやらその大規模災害には木恩の秘密が少なからず関わっているとの事。美香の話によるとイマルク大陸の調査員になれば危険地での仕事になるので手当てが多くもらえ、給料が高い。しかし、通常調査員になるには国際平和連合加盟国の国籍を取らないと調査員にはなれない。不幸にも木恩共和国は国際平和連合に加盟していない。そのため私は簡単に調査員になることが出来ないはずだが、美香の知人に紹介してもらえば非加盟国の人でも調査員になることが可能である。
今、美香とは距離を置いている状態であり頼めるか不安であった。しかし、美香は快く知人を紹介してくれた。母国を離れるまでに私はお世話になった人々や家族に感謝の気持ちを伝えた。「調査員になればもう帰れないかも知れない。でも、お金に余裕が出る。」そう期待と不安を背負いながら大仁田空港を出発した。
結局、父はどうなったかも分からなかった。美香は私を裏切ったのかも事実は不明である。一つだけ言えるのは裏切り者の可能性がある人に紹介された仕事をしようとしていることだ。
イマルク大陸に向かう途中家族を守るため秘密に立ち向かう義心と美香に対する疑心の葛藤が私を苦しめていた。
完
「義心と疑心」いかがでしたか?イマルク大陸で何が分かるのか?そして大規模災害と秘密との関りは何か予想しながら読んでいただけると幸いです。
新章は12月23日スタートです。
その間カクヨムにて連載してます。「私たちが残すべき記憶(過去編)」を書き進めていきたいと思います。




