さよなら
ボト、ボト。 ボト。
その一言が出た瞬間に、上を飛んでいたであろう鳥と、電線に止まっていた鳥が力なく落ちて身動き一つしなくなった。
前から歩いていたお爺さんは胸を抑えて倒れ込んでしまった。
犬がそれを心配そうに駆け寄ったが、その犬さえ動かなくなってしまった。
真美子
「ゆうじ!ゆうじ!」
真美子は勇寺 沢毘の前に出て、肩を揺すって、正気を取り戻すように名前を叫んだ!
勇寺 沢毘
「はっ!?真美子さん!に、にげよう!」
真美子「うん!」
後ろを振り返って足を踏み出そうとした!
足が動かない…
勇寺は自分の足を見た。
震えている。
震える足を見た瞬間、気付いた。
勇寺 沢毘
(あ…俺。怖いんだ…)
心が恐怖する前に、身体が恐怖していた。
トン!
勇寺の背中を真美子さんが軽く押した。
そのおかげで足が一歩前に出ると、それに続いて二歩目が出た。三歩目、四歩目。足が前に出ると拙くではあるが走れた。
勇寺 沢毘
「あ、ありがとう。真実子さん」
震えた声でお礼を言い、走りながら後ろを振り返った。
「さようなら」
真後ろまで迫っていた人形のそれを真美子さんが己を犠牲にし、足止めをしていた。
消え逝く彼女の霊体。
だが、その言葉を放った彼女の顔は子供の頃、眠れない時に見せた太陽のような優しい笑顔だった。
勇寺 沢毘「あ…だめ…待って。」
走る足を止めたかった。
だが、不思議とその足は止まらなかった。
まるで、誰かに操られているかのように。
消えていく。彼女の姿が。
それと同時に弱まる足を運ぶ力。
真美子
(お願い…もう少し…もう少し。私の力、保って。)
彼女は最期の力を振り絞って勇寺の足を前へ、前へと運ぶ。
あと少し。
あと少しだけ。
自分の身体が化け物に完全に飲み込まれる前に。
お願い!
お願い!
お願い…
真美子「逃げて!!」
勇寺は真美子の必死の叫びに呼応し、前を向いて自分の意志で足を前へ前へと送り、走り出した。
分かった!
分かったよ!真美子さん!
絶対に逃げるから!あの化け物から絶対に逃げ切るから!
だから!絶対にまた会おう!
絶対にまた!
「またね!!真美子さん!!」
「うん………絶対にまた……またね……勇寺」
それが聞こえた真美子は力無く涙をこぼした。
犠牲になりたい奴なんて居ない。
だけど、ただ自分より大切な人を守りたかった。
それだけだった。
消えゆく彼女の表情は穏やかで、その心は安堵に満ちていた。