~朝とカフェ、街の声~
翌朝、ジーロウは早朝から開店しているカフェで朝のコーヒーを嗜んでいた。店内にはジーロウの他には疎らに数人と、恐らく大工なのだろう頑丈で動きやすそうな服に身を包んだ大男が1つのテーブルを独占している。全員姿形が人間とは明らかに異なり、見た目が完全な人間はジーロウ1人だけだった。
「昨日は結局何も口にせず寝てしまったからのう。異世界に来て初めて口にしたのがコーヒーというのも、中々オツなものじゃな」
誰にも聞こえないような声でジーロウは呟く。朝日が顔を見せるか、という時間に起きた辺り、生前の生活習慣が抜けていないのう、と続け、不意に口元が緩む。
「……おい、そこの兄ちゃん」
しばらくコーヒーを嗜んでいると、野太い声が背後から聞こえてきた。ジーロウが後ろを振り向くと、そこにはテーブルを1つ独占していた大工らしきぐるーの1人が、ジーロウに視線を落としていた。
「なんじゃ?ワシの顔に何か付いてるのかの?」
声を掛けられる理由が見つからないまま、ジーロウは大男の目をじっと見つめる。人と話をするときは相手の目を見ろ。生前子や孫に散々言ってきたのう、とジーロウは思い出していた。ジーロウを見下ろす大男に、どことなく息子の姿を重ねてしまったからだろうか。
「お前が式長様の言っていた転生者だな?」
「だったらどうするんじゃ?ワシは式長から、この街は転生者を受け入れると聞いておるがのう」
大男の口ぶりから、この街に転生者が来ることは事前に知らされていたらしい。
「式長様はそう言うだろうよ。でもよ、俺たちは違う」
大男の口角が上がり、言葉に熱が篭っているのをジーロウは感じ取った。やはり転生者は迫害されるものなのか、とジーロウが思っていると、瞬く間に大男の仲間がジーロウを囲んだ。
「……随分な挨拶じゃのう」
教わった魔法を展開しようと、手に魔力を集める。
「ナマ言っちゃいけねえぜ。随分な挨拶はこれからさ」
おい、と大男が合図をすると、小柄な蛇顔の男が抱えていた袋の中に手を入れる。武器でも取り出すのか、とジーロウがさらに手に力を入れる。
大男らは蛇顔の男から何かを受け取ると、それを後ろ手に隠す。蛇顔の男は全員に何かを渡し終えると、店内にいる他の客、さらにはカフェのマスターにもそれを手渡した。
「転生者サマよ。俺たちは転生者サマを『受け入れてる』わけじゃねえ」
大男が周りに目配せをする。仕掛けるタイミングを見計らっているのだろう。ジーロウは何時でも魔法が発動出来るよう、手に神経を集中させた。
「『受け入れ』じゃねえさ。俺たちは転生者サマを……」
後ろ手に隠していたものを目の前に持ってくる。その手に握られていたのは、その手の大きさとは不釣り合いの、小さめのクラッカー。攻めてくる、と思ったジーロウは呆気にとられる。
「『大歓迎』さ!!」
その言葉を皮切りに、店内にクラッカーの音が鳴り響く。次々と響き渡るクラッカーの音。ジーロウの手に集まっていた魔力は霧散し、クラッカーの音が止んだ頃に、「ポンッ」と小さな音をたてる。ジーロウの手の上には、小さな花が1輪。