~神に一番近い街~
「……ここは……」
ジーロウが扉をくぐり、目を開けると目の前に広がるのは、あずまやに似た形状の、壁がなく柱だけで屋根を支えている祭壇。ジーロウはその祭壇の真ん中、周囲より階段数段分上がったところに立っていた。
「……ふむ、ここがヴェリエールの街ということかの……おや?」
ふと、ジーロウは視線の先に2つの人影があるのを見つけた。耳の尖った壮年の男、式長と角の生えた若い僧侶、アゴラだ。
「……あー、ワシは怪しいものではないのじゃが、どう説明したらいいかのう?そもそも、ワシの言葉が通じておるのか……」
「通じておりますよ、転生者様」
独り言にも似た後半の言葉に式長が返す。ジーロウは「それは一安心」と言い、胸を撫で下ろす。自分のことを転生者と呼ぶのも、状況を理解しているようだとジーロウは判断した。
「ワシの素性を分かって居るのなら助かるのう」
「この祭壇から現れる方は、転生者のみですからね。私の名はルーフェル。こちらの若いのはアゴラ。この街、ヴェリエールの儀式を執り行う『式長』というのをやらせてもらっています。彼は私の補佐をお願いしております」
「アゴラです。よろしくお願いします」
式長、ルーフェルの自己紹介に続き、アゴラが軽く会釈する。ルーフェルと比べて砕けた口調で、『若者の使う敬語』という印象をジーロウは受けたが、敵意も嘘も無いということは感じ取れた。
「ワシの名はジーロウ。口調が爺臭いのは、転生前のワシが実際爺だった故じゃ。口調が不快なら改めるよう努めるが」
「そのままでも構いませんよ。少なくともこの街に、口調で他者への態度を変えるような方はおりません。王族や貴族でも、余程粗暴な言葉遣いでない限り、咎められることはありませんよ」
「それは僥倖」
ジーロウはゆっくりと祭壇を降り、ルーフェルとアゴラの元へ歩を進める。自分にかかる重力は生前と変わらないようで、ジーロウの足取りは若い頃のそれと同じだった。
「……さて、早速なんじゃが、この後時間はあるかのう?神サマからは簡単なことしか聞いとらんし、祭壇の者か冒険者ギルドで話を聞けと言われたんじゃがのう」
「それなのですが、今日はもう遅いです。1週間分の宿をお取りしてますので、まずは疲れを癒し、また明日こちらかギルドの方へお越しください。ギルドでは転生者である旨を受け付けに言えば、ギルド長へ案内されるよう取り計らってくれます」
ルーフェルの代わりにアゴラが口を開く。ジーロウが外を見ると、祭壇の外は闇の中に街灯が浮かび、地面を照らす様子が見てとれた。
「ギルド長には既に話が通っています。私らの方でも話は出来ますが、もし街の外に出るつもりなのでしたら、ギルドの方が詳しい話を聞けるでしょう。逆にこの街に根差すということであれば、こちらへとどうぞ。詳しい街のことやこの街での仕事斡旋など、手伝えることは手伝わせていただきます。人生を左右する決断となるので、ゆっくとお決めください」
丁寧な口調で、と心がけるようにアゴラが説明する。
転生して早々人生の岐路に立つことになるとは、とジーロウは苦笑いを浮かべた。
宿へ向かう途中、街の中心部を通るジーロウとルーフェル、アゴラの3人。すれ違う人々はそのほとんどが人間に無い特徴を備えていた。腕がつる状になっている者、二足歩行のワニ、黒褐色の肌に翼を生やしている者など、ジーロウのように見た目がただの人間、という人は1人も見かけなかった。
「ワシのように完全な人型、というのはいないもんなんじゃな」
「この街にいる人間の姿をしているのは、冒険者をしている人間か、前に来た転生者とそのご子息だけですね。私やアゴラのように一部分だけ人間と異なるような魔族は一定数いますが、そうでない方の方がやはり多数です」
「人間からの転生者というのは、どれくらい居るものなんじゃ?」
「資料によると、転生者でご存命なのは貴方ともう1人、亡くなられた方のご子息を合わせるならば、40人前後となりますね」
「やはり少ないのう」
「魔族への転生者は全員最初にこの街に来るのですが、歴史上10人に満たないですからね。半数が前世の経験を活かしてこの街で店を興し、もう半数が冒険者として活動なさっておりました。この街に住むご子息は、全員この街に根差した者たちです」
その後、ルーフェル、アゴラと雑談をしばらく交わし、3人は宿へとたどり着いた。『泊所白竜の止まり木』。街に点在する宿の中でもグレードが高い宿だとルーフェルは言う。
「今日を合わせて7泊分、朝夕食ありのプランとなっております。部屋には当面の衣類と、少しばかりではありますがお金も用意しております。チェックアウトまで今後のことをゆっくりとお考えください」
宿に入り、受け付けに事情を説明するアゴラ。2人は宿に泊まらず、ここでジーロウと別れ帰路につくと言う。
ルーフェルはジーロウの手を取り、真剣な表情で最後に話はじめた。
「貴方がどのような選択をするのか、それは貴方の自由です。過去の経験を活かすも、新しいことに挑戦するも、決めるのは貴方自身で、私たちはそれを尊重いたします。ただ、何かに迷った時や寂しくなった時、ただ話をしたいだけの時でも、何時でも祭壇へお越しください。2度目の生が、良き生であらんことを」