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~ワシは魔族になるらしい~

「申し遅れました。私の名はヴェリアル。貴方が転生する世界、アズフィルの三神の1柱。以後お見知り置きを」


背筋を伸ばし、アズフィルは軽く一礼し、フードを外す。神を名乗るにふさわしい、非常に整った容姿をしている。


「ベリ……ヴェリアルねえ……」


その名前に、次郎は心当たりしかなかった。悪なるもの、ベリアル。悪魔や堕天使の象徴とも呼べる程知名度が高く、数多くの作品のキャラクターとしても登場している。


「心当たりがあるのも当然でしょう。貴方が元々いた世界とアズフィルは時々『境界の狭間』と呼ばれるもので繋がることがあります。その時に私たちの事を知り、元の世界へと伝承していく。私であったり、同じ三神である同僚たちであったり。貴方の世界で伝わっている神話や伝承は、私たちのことを言っている、という事例は意外と多いものですよ」


「……さすがに天照大神やヤマタノオロチとかはいないじゃろ」


「ヤマタノオロチというのは存じ上げませんが、アマテラスは私と同じ三神の1柱ですよ。あの方は人の神として奉られております」


人の神、その言葉に次郎の眉が動く。アマテラスが人の神だとしたら、目の前の男、ヴェリアルは何の神なのか。

次郎の表情の変化を、ヴェリアルは見逃さなかった。


「私は『魔族』の神です。直ぐに事実を伝えてしまうとショックを受けてしまいかねないので発言を控えておりましたが、花木次郎殿、貴方の転生先は魔族です」


自身の転生先が魔族。その事実を告げられた次郎は目の前が真っ白になる感覚を覚えた。常に新しいものに興味を持ち、年下にもリスペクトを忘れず、分け隔てなく接してきた自分が、人と対立する立場にある魔族に転生する。足に力が入らなくなったのか、次郎はその場で尻もちをついた。


「……ああ、安心してください。アズフィルは種族感で争ったりはしておりませんよ」


次郎の心境を察したのか、ヴェリアルはその言葉を皮切りに、アズフィルという世界について語り始めた。

数万年前という途方もない過去においては、人と魔族は争いをしていた。そこに突如として現れた『宙人』と言う種族が渡来し、三つ巴の争いの後、争うことより共存していくことが益があることを学び、半永久的な停戦協定を結んだ。現在では一部自種族の優秀性を謳う者はいるが、大きな差別もなく、概ね3種族とも平和に暮らしている。

2千年程前から異種族間の交流も盛んになっており、第4の種族、3種族の混血である「亜人」も徐々にその数を増やしている。


ヴェリアルの話を聞くにつれて、次郎の目に生気が戻る。


「……と、言うことで、人間じゃないからと絶望する必要はないということです。種族が異なることに戸惑いを持つのは当然ですので、説明が後回しになってしまったのはお詫び申しあげます」


ヴェリアルはいつの間にか用意されていた椅子に座って、歴史の授業のように話し続けていた。その話が終わり、2人の間に僅かに沈黙が走る。


「のう、ヴェリアル神よ」

「ヴェリアルで構いませんよ。抵抗があるのならさん付けでも」

「なら、ヴェリアルさんと呼ばせてもらおうかの。お主もワシらの世界について色々知っておったようじゃが、転生するワシに種族以外で何かしら変化はあるのかのう?ワシの知る限りでの話じゃと、転生者は概ねスキルやら能力やらが付与されるのじゃが」


「貴方の世界で流行っている、異世界転生を題材とした小説類でよく見かけるものですね。もちろん、というと若干語弊はありますが、貴方の体に変化はありますよ。……少し立ってみてください」


言われるままに、次郎はその場に立ち上がる。ヴェリアルは次郎の胸、心臓部分に手をやると、目を閉じて呼吸を整えた。刹那、ヴェリアルの手がほのかに温かみを増し、次何かを流し込む感覚を次郎は覚えた。


「貴方が魔族に転生することとなった一因に、貴方の死因が関わってきます。貴方は老衰による心不全で亡くなられましたが、アマテラスの力では老衰による心機能の低下を回復させることが出来ないのです。……本来なら異世界転生は事故や事件で亡くなった若者への救済措置、というのが通例ですので、その力を必要としなかった、というのが大きな理由です」

「若者への救済というなら、何故ワシは転生出来たのじゃ?」

「私を含む、三神が総意で、貴方に興味を持ったからです。ほとんどのご老人は、考えが固くなり思考の幅が狭くなる。ですが貴方は、それが20歳の時と変わらず、常に若々しくありました。転生についても『そんなものは無い』と一蹴することなく、『あるとしたらやってみたい』という思念を感じましたので」


頭の中を見透かされたような感覚を覚え、次郎はほのかに顔を赤らめる。それがきっかけとなったのか、ほのかな温かみを感じていたヴェリアルの【何か】が、次郎の全身を駆け巡る。


「話が逸れましたね。今貴方に送ったのは、私の『魔力』です。魔族は人で言う心臓の代わりに、『(かく)』と呼ばれる器官を有しています。心臓の役割を持つのと同時に、魔力を生み出すことのできる器官です。成人した時に魔力を生み出す力が発現し、よく言う『魔法』を扱えるようになります」


そう言うと、ヴェリアルは次郎の胸から手を離した。


「貴方の心臓の代わりに埋め込まれた殻は、これで力を発現しました。血液と同じように、魔力は殻から生まれ、全身を巡ります。手を握って、血の流れを感じるように、魔力の流れを感じとってみてください」


言われるままに次郎は右手をギュッと握りしめた。生前と同じように、一定のリズムを保って血液が流れてくる感覚と同時に、血液とは違う温かい何かも一緒に流れてくる感覚。次郎はそれをしっかりと感じ取ることが出来ていた。


「次に、魔力を握った手の中に溜め込むイメージを」


言われた通りイメージを浮かべると、手を握って熱がこもるのとは違う、魔力がそこに溜まっていく感覚。次郎にとっては、それはまるでお風呂のお湯が身体を巡って手の中に集まってくるように感じられた。


「センスが良いですね。では、それを解放するイメージを持ちながら、手のひらを広げてみてください」


そう言われ次郎がパッと手のひらを広げると、溜め込んだ魔力の中心と思われる部分から、何かが生えてくる様子が見られた。それは瞬く間に成長を続け、次郎の手のひらに1本の若木が乗っていた。


「それが貴方の魔法です。魔法は人1人異なり、遺伝もしないものですが……。……なるほど花木次郎、その名の通り、植物を生み出す魔法のようですね」


次郎が手を広げて十数秒。手のひらに現れた若木はそこから成長することはなく、溜め込んでいた魔力が全て使われたかのを次郎は感じ取っていた。


「始めての魔法でしっかりイメージが出来、発現できる。やはり私たちが見込んだ通り、貴方には相当なセンスがありますね」


ゆっくりと拍手をしながらヴェリアルは言う。その語気から、驚き半分喜び半分、という印象を受ける。


「普通ならこうはならんもんなのかのう?」

「転生者でミスなく発現することは稀ですね。皆私たちの話を信じず、魔力を溜められないことがほとんどですが、貴方は私の話を信じ、疑うことなく魔力を溜め、魔法を発動させた」

「まあ、ヴェリアルさんの話を信じる他なかった、というのが正しいのう」

「心から信じた証左、とも言えますね。頭で分かっていても猜疑心があればここまでスムーズに発動は出来ません」


ヴェリアルはそう言いながら、指を鳴らした。するとヴェリアルと次郎の間に、大きな扉が現れる。


「この扉の先は、ヴェリエールという街の端にある祭壇に繋がっています。魔族の転生者は珍しいですが前例が無いわけでもありませんし、ヴェリエールの住人は転生者を快く迎えてくれます。分からないことがあれば祭壇か冒険者ギルドへと足を運んでみてください。色々と教えてもらえますよ」


ギギィ、と重たそうな音を響かせ、扉が開く、次郎が中を覗いてみるが、その先がどうなっているのかは不可思議な膜のようなもので遮られ、見ることが出来ない。


「最後に1つ。花木次郎という名前は向こうの世界では非常に珍しく、分かりづらいものとなっております。どう名乗るかは貴方の自由ですが、そのまま次郎と名乗るのは推奨いたしません」


「ふむ、そうなのか。それなら……ジーロウ、というのはどうなんじゃ?」

「ジーロウ、ですか」


ジーロウ、という名前の可否をヴェリアルはふむ、と口元を隠し、考え込むような素振りを見せる。が、その時間は極めて短く、「問題ないでしょう」と返ってきた。


「名字の部分が要因でしたので、その呼び名は大丈夫でしょう。特有の言葉として変な意味を持つものでも無いですし、すぐに受け入れてもらえますよ」


その言葉を聞き、次郎、もといジーロウは胸を撫で下ろす。


「やはり親に貰った名前じゃ。多少変わりはするが、大事にしたいからのう」

「そうですね。それは大事なことです。他に何か、向こうに行く前に聞きたいことなどはありますか?」

「いや、大丈夫じゃ。ただの直感じゃが、お主とはまた会う気がするからのう。その時に色々聞かせてもらうとするわい」

「分かりました。では、ジーロウ殿。良き2度目の生を」


ジーロウは1歩踏み出し、扉の中へ入っていく。

不安がないと言えば嘘になる。しかし、ジーロウの頭の中には、それ以上に新しい世界への興味と冒険心で満ちていた。


ジーロウの2度目の生が、今始まる。

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